2018年04月14日

地下鉄にて。

地下鉄に乗って。
回りを見渡しガックリ🌂⤵
誰一人として目がキラキラ輝いていないのです…。
夢も希望もないとろんとした覇気のないめ。
日本はどうなってしまうの……。
寂しさが身にしみます。 

himawarijyunko at 15:18|PermalinkComments(0)

2017年08月19日

長らくご無沙汰でした。

随分長い間ご無沙汰でした!! 五年ぶりだそうです
5年の間に、一口では言えないくらい私の人生も変化しました。
お仕事を始め、その仕事に振り回されている毎日です。はけ口もないまま3年経ちました。
なので、今後暇を見つけてはこのブログに思いのたけをぶつけようか・・・と思っています。
まずは、体調を整えて(何せ歳ですから)頑張ります(^_^)ニコニコ





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2012年08月20日

ミステリーツアー

今回のツアーは、焼き物をめぐる旅でした。
まずは、多治見の虎渓山永保寺、ここは毎年3月15日とお正月にしか拝観できない重要文化財が祭ってあります。今回は特別に拝観できるよう取り計らっていただき、中を見て回ることが出来ました。
今は亡き国宝級女性(名前は忘れました)の手によって掘られた仏様の中にはもう一体の仏様が入っているとのことでした。以前火事にあい本堂も新しく、屋根も新しく葺き替えられたばかりでとてもきれいになっていました。
菩薩様のやさしいまなざしには心みたされるものがあり、しばし足止めされてしまいました。
次は土岐の五斗薪(ごとまき)、ここには11件の窯元があり、伝統工芸の展示と即売をしています。、近くには鬼岩温泉があり土岐インターチェンジも近いところです。
美濃焼伝統産業会館には、有名作家による作品が一堂に展示されています。一点のお値段が・・・。
ここでは目の保養をさせていただきました。
茶道の先生方とともに行くこのミステリーツアー、勿論お茶をいただくことは言うにい及びません。
さすが地元です、いただいたお抹茶碗は普段私たちには手の届かない高価な名のある先生の作品で、志野、鼡志野、織部、黒織部、黄瀬戸、河南天目、粉引茶碗、灰かぶり茶碗・・・と、一人一人に心配りしいただき、お抹茶の味もまた格別というものです!!
このような作品を毎日目にできればそれなりに良し悪しが解ってくるのでしょうが、わたしには到底ほど遠い世界です。
その後、定番の道の駅でのお買い物、帰途につきます。久しぶりのバス旅行私は少々疲れ気味です

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2012年07月26日

アメーバーピグにはまって・・・

久しぶりの投稿となりました。
タイトルで書いたように最近は寝る間も惜しくピグにはまっています。ピグって何?
自分のお庭と島がありまして、いろんな指示に従ってクリアーしていくんですが、スタミナを使い切ると次にスタミナがたまるまで我慢しなくては・・・それだけでなく、韓流のDVDも見なくてはなりません。
あっちやって、こっちやって・・・まだまだHULUも見なくては結局一日中パソコンの前にくぎ付けです。
外出しても時間が気になり、もうスタミナいっぱいかな・・・とか(;一_一)思ってしまうのであります★☆そんなこんなで最近はホームページもブログも御無沙汰なのです。
今後はもう少し頑張って書こうと思っています。


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2012年05月02日

最近フッと過去を振り返る時があります。
仕事に恋に、一生懸命生きていたあの頃に比べ、
なんとなく過ぎてしまう今のこの時がとても惜しい気もします。
若いころ理解できなかったことが、歳を重ね理解できるようになっているだろうか?
少し解るとすれば自分の心のなかを覗くいてみなければ・・・・・

ある本に、こんなことが書かれています。
全てのものは心から起こる。
身も心も、因縁によって出来ている。
 (因とは結果を生じさせる直接的原因、縁とはそれを助ける外的条件
この身には実態がなく、この身は因縁の集まりだから無常。
 (あらゆる存在が消滅変化してうつり変わり、同じ状態にとどまっていない

同じく心にも実態がなく、心もまた因縁の集まりであり、常に移り変わるものです。
もしも、心に実態があるならば、かくあれ、かくあることなかれ、と思って、そのとおりにできるはずなのに、
心は欲しないのに悪を思い、願わないのに善から遠ざかり、一つとして自分の思うとおりになりません。

つまり、無常であって移り変わるものを、実態である、わがものである、と思うのは間違っている。
だから、この自分を組み立てている身と心や、それをとりまくものは、我とか、わがものという観念を離れたものなのです。
智慧のない心が、我である、わがものであると執着するに過ぎないのです。
 身も心も執着を離れた時に初めて悟りが得られる・・・・と書かれています。

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2012年03月05日


  全ては風の中だ 悩む必要などない


  出会いの喜びも 別離の悲しみも ほんの一瞬の出来事


  深い愛も 山越えの風にすぎない


  大きな誤解も 雨交じりの風


  深い孤独感も 吹雪だと思えばいい


  激しい嵐の後には 静寂だけが残る


  苦しみが過ぎ去った後には 風だけが残る


   全ては風なのだ

 これは少し前に見た韓国ドラマの中で読まれた詩です。
 とても心を惹かれ書き止めました。
 今日まで自分自身に起こった出来事の数々が頭の中をよぎり、何故か泣けて仕方ありませんでした。
 この世の誰しもが平坦な道ばかりではなかったはずです。
 でも、この詩を読んで少しでも心が休まるのであれば、そして少しでも心が落ち着けるのであれば
 それはそれで決められた一生の時間の中で得した気持ちになれるのかもしれません・・・



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2012年02月12日

涅槃

А±載僉覆佑呂鵝

歩き続けて四十五年、八十歳で入滅。
 最後の言葉はこの世は無情である。私が亡くなっても怠りなく精進せよ!だった。

最後の旅が始まった時、すでに八十歳になっていました。
 常にお釈迦さまにつかえ助けてきた智慧第一の舎利子、神通第一の木連も今は亡く、弟子のアーナンダを 
 連れた旅でした。

そそて、長年の旅の疲れもあったのか途中、食あたりにかかり、クシナガラまで行った時、お釈迦さまは、右脇
 を下にして、沙羅双樹(さらそうじゅ)の下に横たわると、「この世は無常である。私が亡くなっても、怠りなく 
 せよ!」とのべると静かに目を閉じ、涅槃に入りました。

涅槃とは?
 
涅槃とは梵語のニルバーナのことです。
火を吹き消した静かな状態の事を言います。
お釈迦さまの亡くなられたのは紀元前三八三年ごろの二月十五日。お釈迦さまの入滅を忍び、日本各地の寺院でも涅槃会の法要が営まれます。

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伝道

Α‥粗
不況の開始・仏教教団の成立

ブッダの四十五年の伝道の旅、あらゆる人々が帰依していった。
 五人の修行者への説法を終え、お釈迦さまはヤサという長者の息子など次々と説法を続けました。
 ヤサへの説法は在家の信徒に対する初めての説法でした。
 このようにして仏教の信徒、修行者は確実に増えて行きました。

やがて千人の弟子を率い、当時のインドの王国マガタ国へと向かいます。王はビンビサーラです。
 教えを聞いた王様は非常に感激し、王舎城郊外の竹林園に精舎を寄進しました。これが竹林精舎といい
 仏教教団の最初の宿舎です。
 
その後もコーサラ国の長者、スダッタから祇園精舎の寄進を受けました。
 お釈迦さまは故郷のシャーキャ国に入り、息子のラーフラ、父のシュッドーダナも帰依します。後に十大弟子の  
 一人、アーナンダも出家しました。

父王の死後、養母のマハーパジャーパティ、妻のヤソーダラーも出家しました。女性初の出家者です。
 そののち、比丘尼の教団も生まれました。

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ソ蘚硝[

初転法輪
  
ブッダとなった王子は説法を決意。初転法輪、お釈迦さまが第一声を発する
 心理に目覚めたお釈迦さまはあたかも悟りの境地を楽しむかのように、なお座りつづけ、人々に説法しよう  
  としません出した。それは、自分の悟った心理は難しく、一般の人にはとても理解出来ないであろうと考えた 
  からです。このようなお釈迦さまに対して梵天は教えを説くよう説得を繰り返しました。
  そして、ついにお釈迦さまは、「耳ある者たちに甘露(不死)の門は開かれた」と答え、説法を決意、立ち 
  上がりました。これを仏伝では【梵天観請(ぼんてんかんじょう)】と言います。
 
「鹿野苑」で五人の修行者に初めての説法。
 初めての説法の地はサールナートの「鹿野苑(ろくやおん)」です。相手はかって苦行を共にした五人の修行者 
  たちでした。この五人の修行者はお釈迦さまに対して、苦行をやめ堕落した男だから敬意を表すのをやめよ
  うと決めていましたが、お釈迦さまが近づいてくると、その威厳に満ちた態度、言葉にたちまち納得。五人の 
  修行者は、お釈迦さまに帰依してしまいます。このときの説法が初転法輪と呼ばれてるものです。
   これが仏陀となったお釈迦さまの第一声、仏教の始まりでした。

「四諦八正道」、「中道」の教えとは。
 お釈迦さまが悟った心理とは縁起の理法、いかなるものも、独立して存在するものではなく、常に他のものと関
  係しあっている、苦しみの原因はものごとをを固定的にとらえ、執着するからである、としました。
  お釈迦様は五人の修行者に【四諦八正道】【中道】の教えを説いたとされています。

四諦とは、「苦・集・滅・道」の四つです。
 1)苦諦・・・人生は苦の連続
 2)集諦・・・苦の原因を考え、それを明らかにする
 3)滅諦・・・苦の原因を知り、それを滅すること
 4)道諦・・・苦の原因を取り除く方法

八正道は、
 正見「正しく見る」 正思惟「正しい考え」 正語「正しい言葉」 正業「正しく生きる」
 正命「正しい生活」 正精進「正しい努力」 正念「正しい自覚」 正定「正しい精神統一」

中道とは、
 二つの極端からはなれた、かたよらない心、生き方です。

  このような修行によって、人間は悩みや苦しみからのがれ、脱出できる。ということを

  お釈迦さまは初転法輪で表示されました。
  



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2012年01月31日

ついにブッダとなる

だ道
  悪魔の誘惑をたち、王子は悟りを開いてブッダとなる。
  
スジャータの乳粥供養
六年間の血の滲むような苦行が無益に終わり、シッダールタは尼連禅河(にれんぜんが)に入り六年間の苦行 
 の汚れを落とします。しかし、簡単に体力は回復しなかったのですが、一人の娘スジャータが現れ、乳粥の供
 養を受けました。この供養は何日も続きましたがシッダールタはみるみるうちに体力を回復しました。
悟りを求めて瞑想に入る 
 尼連禅河のほとりに一本の菩提樹を見つけたシッダールタは東側を向いて座りました。
 「心理を悟るまで、座り続ける」という決意のもと深い瞑想に入りました。
 美女の誘惑、悪魔の襲撃など様々な攻撃がかけられます。これらの攻撃は、シッダールタの心にある煩悩の  
 ことです。
シッダールタはこれらの煩悩を全て克服しました。
   これを、仏伝では【降魔成道(ごうまじょうどう)】と呼んでいます。
菩提樹軒の下、ついに悟りを開く
 座り続けて七日目、十二月八日、暁の明星が美しく輝く頃、ついに悟りを得られ仏陀となられました。この時お 
 釈迦 様は三十五歳でした。これを成道と言います。

悟りとは一言で言えば「心理に目覚めること」です。お釈迦様の悟りはこの世の真実です。
 この世の真実とは「四諦・八正道」のことです。
 人間は欲望が強く我に執らわれて生きています。我に執らわれてはいけない、すべてのものを不変と考える  
  のは間違いで、その迷いが苦しみを生む。我執から解放されれば苦から抜け出すことができる

   これがお釈迦様の悟りです。

 次回はイ禄蘚硝[悄覆靴腓討鵑曚Δ蠅鵝砲任后


himawarijyunko at 22:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)