暇人肥満児の付録炸裂袋

「ふろくぶろぅくぶくろ」は、「徒然読書日記」のご紹介を中心に、周辺の話題、新聞・雑誌の時評等、気分の趣くままにブレークします。

『蜜蜂と遠雷』

(恩田陸 幻冬舎)

なんだ、この恐怖は?
その恐怖は、少年が最初の音を発した瞬間、一瞬にして頂点に達した。三枝子は文字通り、髪の毛が逆立つのを感じたのだ。その恐怖を、隣の二人の教授と他のスタッフ、つまりこのホールにいるすべての人が共有していることが分かった。それまでどんよりと弛緩していた空気が、その音を境として劇的に覚醒したのだ。


<違う。音が。全く違う。>

近年、ここで優勝した若者がその後著名コンクールで優勝することが続き、とみに注目を集めるようになった、

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクールの、書類選考落選者を対象にしたオーディションが開催されていたパリ会場に、

遅刻してやってきたその少年は、ステージ衣装ではないまったくの普段着で、そのへんに溢れているような16歳のガキんちょだった。

日本の小学校を出てから渡仏したこと以外、学歴、コンクール歴など何もない真っ白な履歴書に、添えられていた1通の推薦状。

<皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする。文字通り、彼は『ギフト』である。恐らくは、天から我々への。だが、勘違いしてはいけない。試されているのは彼ではなく、私であり、審査員の皆さんなのだ。>

それは、世界中からの尊崇を集めながら、晩年は弟子を取ろうともせず最近亡くなった、伝説的音楽家ユウジ・フォン=ホフマンからのものだった。

風間塵――養蜂家の父の手伝いで各地を渡り歩く生活のため、正式な音楽教育を受けていないばかりか、自宅にはピアノすらない、にもかかわらず5歳からホフマンに師事。

「僕がいなくなったら、ちゃんと爆発するはずさ」と、生前にホフマンが知り合いに言葉を残したという、それは「世にも美しい爆弾」だったのだ。

本年度「直木賞」受賞作品。

栄伝亜夜――内外のジュニアコンクールを制覇し、CDデビューも果たしながら、庇護者だった母が13歳のときに急死したことで、表舞台から姿を消して7年が経ってしまった元・天才少女。

高島明石――生活者の音楽は、音楽だけを生業とする者より劣るのかという疑問から、妻子ある勤め人の身でありながら、音楽家としてのキャリアの最後を賭けて応募した、28歳の最高齢出場者。

マサル・カルロス・レヴィ・アナトール――5歳から7歳まで日本で暮らしたペルーの日系三世で、フランスで神童としての頭角を現し、現在はアメリカの名門ジュリアード音楽院に所属する優勝候補の大本命。

と、毛並みも経歴もまったく異なる4人のコンテスタントたちの、ここに至るまでに費やしてきた楽曲との格闘の日々を背景にしながら、

第一次から第三次までの予選と最終本選までの二週間に渡り、丹念に選曲されたに違いない一曲、一曲が、圧倒的な筆致で美しく奏でられていくことになる。

<世界はこんなにも音楽に満ちている――>

圧倒され飲み込まれそうになるピアノの、塊となって迫ってくる音楽の中から、頭の中に鳴り響く風間塵の声に触発されるかのように、

「これからも音楽家としてやっていける」という確信を得た明石。
「見失ってしまっていたあたしの音楽」を取り戻した亜夜。
「自分の作った曲を演奏して発表したい」という野望に火をつけられたマサル。

その時、私たちは気付くことになる。
『ギフト』とは何であったのかということに・・・

審査員の誰もが、この素晴らしいしめくくりに満足感を覚えていることだろう。充実したコンテスタントたちに巡りあえて、自分たちは幸運だと思っているはずだ。ふと、ホフマンの仕掛けた「爆弾」とは何だったのだろう、という疑問が湧いた。
そう、ずっと考えていたはずだ――あたしたちは、ホフマンの放った矢は、どこを目指していたのだろうと。


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『げんきな日本論』

(橋爪大三郎 大澤真幸 講談社現代新書)

日本人が、どこから来て、どういう価値観と行動様式をもっている人びとなのか、自分の言葉で説明できる――これこそ、21世紀を生きる日本人の、元気の源でなくて何だろう。

と考え、歴史上の出来事の本質を社会学の方法で、つまりは日本のいまと関連させる仕方で掘り下げてみんと、

古代、中世、近世から、それぞれ6つずつの疑問を用意したのが、当代社会学者では屈指の論客・橋爪大三郎で、

設定された18個の問いをめぐって、お互いに仮説を出し合い、相手の仮説に触発されてさらに論点を加え、そうすることで、ふたりでひとつの明晰な回答へと向かっていく。これこそ、生きた「弁証法」である。

と受けて立ったのが、自他ともに認める好敵手・大澤真幸ということになれば、

<なぜ日本の土器は世界で一番古いのか>

(稲作開始以前の狩猟採集時代にこれほど持ち運びに不便な土器が造られたのは、日本中いたる所に居心地よい場所が分散しており、すでに定住していたからだ。)

という、「はじまりの日本」から始まって、

<なぜ日本には源氏物語が存在するのか>

(武家とは違い父系社会ではなかった貴族の社会では、子どもの本当の父親が誰であるかということにほとんど関心がなく、王宮にハーレムがなかった。
公的空間に男女がいて、コミュニケーションをする世界を描いたのが、世界では日本にしかない源氏物語なのだ。)

という、「なかほどの日本」を経由し、

<なぜ攘夷のはずが開国になるのか>

(政争の中、倒幕のため戦略的に朝廷を担いで攘夷を唱えたが、本気で攘夷するつもりもできるとも思っておらず、本当に追求したかったのは独立を全うすることだった。
幸運なことに米国が条約を結んでくれたため、主権国家として認められた日本は一気に開国へと進んだ。)

という、「たけなわの日本」で締め括られる、

この<日本列島で起こったあれこれの出来事が、人類史のなかでどういう意味をもつのか、普遍的な(=世界の人びとに伝わる)言葉で、語ろうとする試み>が、

「わくわくする刺激的な体験」(@橋爪)や、「どんどん分かっていくという快楽」(@大澤)に導いてくれるものになることなど、

あの『ふしぎなキリスト教』を読んだ人ならば、初めからから分かっていたことであるに違いない。

そう、「日本ってこんなにおもしろい!」のだ。

橋爪 この本は、よくある「日本人論」と、まるで違ったものになる。内容から言えば、日本人じゃなくて、むしろ外国の人びとに読んでもらいたい。日本社会とはどういうものか、合理的に、客観的に、見取り図が描いてあるんだから。
大澤 外国の人に理解できるように語るということは、結局、普遍的な概念をもって説明するということですからね。結局、日本人自身にとっても、そのように語ることができなければ、自分をほんとうに理解したことにならない。


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『最古の文字なのか?』

―氷河期の洞窟に残された32の記号の謎を解く―
(GVペッツィンガー 文藝春秋)

3時間近く泥を這い回って得た収穫が、たった二つの赤い点だけということに、グスタボは申し訳なそうだが、その甲斐はあったと私は請け合う。氷河期の遺跡にあるものを確認するためにこそ、ここにきたのだから。これでデータベースを更新できる。(中略)
私はいつも思うのだ。彼らはいったい何に駈り立てられて、たいまつや獣脂の明かりだけを頼りに、こうした危険でじめじめした地下を進んで行ったのだろう、と。赤い点を二つしか描かなかったとくればなおさら・・・


<彼らはいったい何のためにこの洞窟を奥まで探検したのだろう?>

人類学専攻の4年生だった時、旧石器時代の芸術の講座で見せられたヨーロッパの洞窟壁画のスライド。

ラスコーの壁画など、誰もがよく見知っている、牛や馬などの動物画の後ろに、幾何学模様のようなパターンが写っていることが多いことに気付いた著者は、

かつて誰もそこに注目しようとせず、この記号のようなものについて、いまだに体系的な研究も行われていないということを知り、俄然興味を募らせることになった。

<壁画に描かれた抽象的な記号は全部で何種類あるのか?>
<同じ記号がヨーロッパ全体の多くの遺跡で見られるのかどうか?>
<抽象記号は約4万年前から1万年前までの後期旧石器時代を通して見られるのだろうか?>

というわけでこの本は、150を超えるフランスの岩絵遺跡で過去に収集されたデータを分析することから始めて、

ついには、ヨーロッパ全体368箇所の洞窟に残された記号を、時には実地踏査までして、世界で初めてのデータベース化に挑んだという記録なのである。

その結果は?

彼女がにらんだ通り、この時代に存在した抽象模様は、三角形、円、線、長方形、点などの限られた32種類にとどまっており、

同じシンボルが時空を超えて(たとえば2400kmも離れたシチリアとスペイン)、繰り返し描かれていることが確認された。

<それは文字なのか?>

岩壁画や小像、首飾り、複雑な埋葬、楽器など、人類史の太古の一幕を彩る芸術的慣習のすべてが、

10万年以上前にすでに「話し言葉」は完成していたという通説を裏づけるものとなっているのだが、

当時どんな言語が話されていたかを知り得ない私たちにとって、「書き言葉」がいつごろ、どのような形で発生してきたかを証明することはできない。

しかし、身元や所有権に関するメッセージを送ったり、さらに複雑な概念を伝えようと試みた痕跡が、

こうしたシンボルを使う象徴的な行為に潜んでいるのではあるまいか?

というのが、カナダ・ビクトリア大学の博士課程に籍を置く、この気鋭の人類学者の推察するところなのである。

幾何学記号は、抽象化と象徴的思考というすばらしい能力が備わった知性の産物だと、私は確信している。もしも祖先たちが図形によるコミュニケーションの世界におずおずと足を踏み入れなかったなら、その子孫である私たちが今日あたりまえのように使っている文字体系を生み出す上で必要だった認知能力は存在しなかっただろう。

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『とりつくしま』

(東直子 ちくま文庫)

「じゃまっけなんだよ、これ」
「じゃまっけ」だって!?お父さんがこれを買ってきたとき、おまえ、お父さん、うれしい!とか言ってすぐに使ってたじゃないか。気持ちいいって、叫んでたじゃないか。(中略)
「なに言ってるの、二人とも。お父さんの最後の大きな買い物だったのよ。使ってあげなさい」


<使ってあげなさいって、そんな、頼まれてまで使ってもらわなくて、結構だ。>

と、家族からのひどい言われように、おれが少しだけ傷ついてしまったのは、

我が家のリビングにひときわ存在感を放つ、このマッサージ器にとりついて、家族をマッサージしてあげれば、

みんな気持ちよくなってよろこぶだろうし、きっとおれもうれしいだろうと思っていたからだった。

「そう、なんでもいいんですよ。思いついたモノを言ってごらんなさい。モノになって、もう一度、この世を体験することができるのです。ただし、生きているモノはダメですよ。」

と、この世に未練を残して亡くなった人の元に突然現れ、その思いをかなえてくれるという<とりつくしま>係の力を借りて・・・

中学校最後の軟式野球の公式戦を見届けられるくらいの、ほんの少しだけ一緒にいられれば、その方がよいのだと、息子のロージンバッグの白い粉になった母。

<あ、と思った瞬間、陽一の襟足が見え、ユニフォームの赤いベルトが目に入り、まぶしい太陽の光に刺され、なにも見えなくなった。>

文通がきっかけで結ばれた妻の、毎日のたわいもない出来事の報告と、出会った頃の思い出ばかりが綴られる日記になった夫。

<だから、と希美子が書いたところで、万年筆が止まった。そして、「だから」の文字が二重線で消された。>

まだ14歳で、恋を成就したことがない「心残り」がいちばん切ないという少女は、憧れの先輩の彼女のリップクリームになった。

<ほんの、数秒のことだったと思う。とても軽いキス、なんだと思う。でも、あたしには、くらくらする、永遠の時間だった。>

孫に会いたい一心で、せがまれて入学祝に贈ったカメラのレンズになった祖母は、売っぱらわれた中古屋で見ず知らずのじいさんに買われてしまった。

<乾いた、細い指がアタシを包んで、シャッターのボタンを押した。アタシはこれから、こんなふうに、同じ景色を見るんだね。この人がきれいだと思う景色を、一緒に。>

死んでしまってはどうしようもないけれど、それでも、死んでみなくては気付くことのない真実というものもある。

その切なさと優しさが、心に染み亘ってくるような、これは一服の清涼剤のような掌編なのである。

「ねえ、お父さん、気持ちいい?」
え?気持ちいいもなにも、おれが自分で動かしてるんだが。
美穂の顔をじっと見てみた。美穂は、おれをぼんやりと見ている。いや、正確には、おれが座っているであろうあたりを、見ているようだ。そうか、おれがマッサージされているのを想像しているんだ。
大丈夫だ、美穂。お父さん、気持ち、いいぞ。こうしているだけで、十分、気持ちいいぞ。


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『罪と罰』

(Fドストエフスキー 新潮文庫)

老婆はいつものように素頭だった。白髪まじりのまばらな薄色の髪は、例の癖で油をこてこてにつけて、鼠の尻尾みたいに編み、角櫛のかけらで止めてあるのが、後ろ頭に突っ立っていた。斧はちょうど脳天に当った。それは彼女が小背だからであった。彼女はきゃっと叫んだが、・・・

「たしか主人公がラスコーなんとかで、おばあさんを殺しちゃうんじゃないですか?」

というくらいに<有名な>この世界の名著を、恥ずかしながら今ごろになって読まされるという<罰>を受ける羽目になってしまったのは、

先にこの欄でご紹介した、『「罪と罰」を読まない』を無防備にも読んでしまったことに、その<罪>の大半があるのだが、

貧困の淵に沈む学生のラスコーリニコフが、金品強奪の目的で金貸しの老婆を殺害し、

嫌疑をかけられながらも、度重なる偶然のいたずらから逮捕を免れた、にもかかわらず、

<罪>の意識に堪えきれずに、ついには自首することになり、シベリヤ送りの<罰>を受けることになる。

などという、読む前にそれとなく予想していた単純な物語ではあろうはずもなかったことに、深い感動を覚えることになった。

<『非凡人』は、ある種の障害を踏み越えることを自己の良心に許す権利を持っている――全人類のために救世的意義を有する思想の実行が、それを要求する場合にのみ限り――>

という思想を信奉するラスコーリニコフにとって、極悪非道の高利貸しの老婆を殺害することに、まったく<罪>の意識はなかったのだから、

法の裁きを受けて、第二級徒刑囚として8年間の牢獄生活を強いられることになろうとも、それを<罰>と感じることもなかったに違いないのである。

では、何が<罪>で、何が<罰>だというのか?

最近の文庫本に比べて、体感で2倍近い活字の密度。
本名、俗名、愛称などが錯綜し、時に発言者不明となる会話。
捕物帖の岡っ引きかと突っ込みたくなるような口調の取り調べ。

などなど、噂にたがわぬ読みにくさではあるが、昭和26年初版なのであれば、これは訳が悪いというよりも、この時代の日本語のスタイルという部分も大きく、

(ちなみに、なぜ新訳を読まなかったのかと言えば、以前に改修工事を請負ったお宅の本棚にあった、未読のドストエフスキー全部を頂戴したからだ。)

なにより、書かれてある中味については、なんら古びることのない、現代でも十分に通用する人間ドラマが、軽快なテンポで展開されていくのである。

う〜む。ドストエフスキー、さすがに本物である。
(なんて、今さら暇人が言うまでもないことだが・・・)

『一体どういうわけでおれの思想は、開闢以来この世にうようよして、互いに打っ突かり合っているほかの思想や理論に比べて、より愚劣だったというのだ?』

『権力を継承したのではなくて、自らそれを掌握した多くの人類の恩恵者は、各々その第一歩からして、罰せられなければならなかったはずだ。しかし、それらの人々は自己の歩みを持ちこたえたが故に、従って彼らは正しいのだ。ところが、おれは持ちこたえられなかった。従って、おれはこの第一歩を己れに許す権利がなかったのだ。』
つまりこの一点だけに、彼は自分の犯罪を認めた。持ちこたえられないで自首したという、ただその点だけなのである。


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『サイコパス』

(中野信子 文春新書)

1位 企業の最高経営責任者
2位 弁護士
3位 マスコミ、報道関係(テレビ/ラジオ)
4位 セールス
5位 外科医


というのは、「学生がなりたい職業ランキング」なんかではなくて、実は「サイコパスが多い職業」の順位だという。

「サイコパス」と言ったって、必ずしもとんでもない犯罪を遂行する、冷酷で残虐な殺人犯ばかりではなく、

冷静で大胆な決断を下さなければならない職種に就いているような人も多い、ということがわかってきているというのである。

つまり「サイコパス」には、ためらいなく犯罪を犯してしまうため、悪事も発覚しやすい「捕まりやすいサイコパス」(負け組)と、

他人をうまく利用して生き延び、容易にはその本性を見せない「捕まりにくいサイコパス」(勝ち組)の2種類があるのだ。

そして、そんな彼らの特徴と言えば、

・外見や語りが過剰に魅力的で、ナルシスティックである
・恐怖や不安、緊張を感じにくく、大舞台でも堂々としている
・倫理的理由で人がやらないようなことも平然と行うため、挑戦的で勇気があるように見える

などなど、好意的な反応を受ける場合が多く、容易に私たちの隣に紛れこむことを可能にしている。

それは、かなり<厄介なこと>ではあるだろう。

しかし、100人に約1人の割合で存在していると言われる「サイコパス」が、人類進化の過程で淘汰されることなく生き残ったのは、

普通の人からすればとんでもないものに見える彼らの生き方が、生存戦略としては意外に有効だったことを意味している。

つまり、サイコパスが一定割合で存在することは、ある意味で人類の種の保存にとってプラスに働いた可能性もあるのではないか。

と主張するこの気鋭の脳科学者が、「実は私もサイコパスなのだ」と、いつカミングアウトするか、凄く期待しながら読んだのだが、その期待は裏切られることになった。

まあ、よく考えてみれば、「勝ち組サイコパス」が自らがサイコパスであることを、あっさりと認めるはずはないのである。

「反省できない人もいる」「罰をおそれない人もいる」という事実を、人はなかなか認めることができません。しかし、これは事実です。そして、罰をおそれない人間からすれば、反社会的行為を抑制するために作られた社会制度やルールは、ほとんど無意味です。(中略)
好むと好まざるとにかかわらず、サイコパスとは共存してゆく道を模索するのが人類にとって最善の選択であると、私は考えます。


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『偽善系』―正義の味方に御用心!―

(日垣隆 文春文庫)

○○市内を大急ぎで駆け回ると、競技施設はほとんど何も存在していなかった。「どれだけの施設があるかをIOC東京総会で他の候補都市は競ったが、我が○○は、どんな施設をつくるかをCG画像で誇らしげにPRした」と地元紙には書かれていた。

<要するに、これからゼネコン・バブルを起こす力のある都市が、今は勝ちうるのだ。>

と言ったって、これはもちろん、会場施設候補地の二転三転(「大山鳴動鼠一匹」だったっけ?)に揺れる東京都の話・・・ではない。

近代オリンピック開催百周年(1996)の記念大会であったにもかかわらず、大本命のアテネを打ち負かした「○○=アトランタ」の戦略を踏襲し、

「オリンピック招致でもしない限り、国と県の多額の補助金は期待できず、高速道路もフル規格の新幹線ももってこれない」

という「夢」に向かって突っ走ってしまった長野県の、その実権を永年にわたって握り続けてきた吉村知事(と池田副知事)の五輪招致にまつわる県政の実態を暴き出そうとしたものなのだ。

長野ではこれが、長野五輪後の「田中知事」誕生につながるスクープへと発展していくことになったわけだが、

「小池知事」にとって、五輪前に就任してしまったことは、旗を振らせてもらった栄誉と引き換えというには、あまりにも重い負担となるに違いない。

政治家も、役人も、ゼネコンも、あの頃とな〜んにも変わってないもんなぁ。

というわけで、この本は、

「少年にも死刑を」、「心神喪失を廃止せよ」といういつもながらの主張から、素人目にもおかしな判決を連発する「裁判がヘンだ!」と怒ってみたかと思えば、

「取材力ゼロ」で「破綻するコメント」を繰り返してばかりだと、人気絶頂の評論家である左高信を「ヤリテ婆ァのイヤらしさ」と罵倒してみたり、

「どこからでもかかって来なさい!」とばかりに、売られてもいない「喧嘩」を買ってしまう、

辛口の論客の、主に2000年ごろに雑誌に掲載されたコラムをもとに、大幅に加筆されたものなのである。

で、そんな本をなぜ今ごろになって、かと言えば、

暇人はこの著者の本が好きで、名前を見掛けたら買ってしまうのだが、さりとて毎日読む本の列には加わらず、

月1回通院している病院の待ち時間と、年4回ほど飲み会に出かけるときのバスの中でしか読まない(トイレで読む本は別にあるのだ)ため、

読み終えるのに何年もかかってしまって、たまたま五輪招致のタイミングにヒットするという幸運を得た次第なのである。

私の場合、私憤から公憤へ、ではなく、その反対に、もともと公憤として体得されてしまったマグマが、体内で長いことエネルギーを溜めたすえ折々の場面で噴出してしまう、らしいのです。もしかすると、傍で見ていたら、ただの短気や頑固や「時々壊れる」という現象と区別がつかないかもしれません。

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『伊勢と出雲』―韓神と鉄―

(岡谷公二 平凡社新書)

古代伊勢というと、伊勢神宮が正面一杯に立ちあらわれて、余のすべてはことごとく脇役となるか、片隅に押しやられるか、場合によっては、その痕跡さえ消し去られてしまう。伊勢神宮にそぐわないものは一切、この土地では存続が許されないかのようだ。

「韓神社」

内宮と外宮のほぼ中間、五十鈴川沿いにある「韓神(からかみ)山」の鬱蒼とした深い森の中にある、

それは「粗末な鳥居がいくつか並んでいる」だけの小さな神社だった。

かつてここは、内宮の禰宜荒木田一門が伊勢神宮の祭祀とはまったく別の、山宮祭を行ってきた場所なのだが、

荒木田氏の祖霊が祀られた墓地であったことなど、地元の人々にさえほとんど知られていなかった。

「朽羅(くちら)神社」

そんな荒木田氏の本貫の地、伊勢市の西に位置する度会郡(現・玉城町)田辺にある、この内宮の摂社は小さいながらみごとな社叢である。

祭神は「大歳神児、千依比古命、千依比売命」とされるが、大歳神といえば素戔鳴尊の子なのであり、つまりこの神社は出雲の神を祀っていることになる。

<なぜ内宮の摂社に出雲の神々が祀られているのか?>

「韓竈(からかま)神社」

出雲の日御碕の近く、産銅遺跡のまっただ中にある式内社で、竈は溶鉱炉であると考えられている。

神社の所在地である唐川は「加羅・伽耶」の国名を音訳したものであり、約60戸のほとんどが荒木姓だという。

「アラキ」とは、釜山の西にあった伽耶系の小国・安羅から渡来した人々、という意味なのだ。

というわけでこの本は、神道には無関係で、古代史の研究家でもないにもかかわらず、

前著『神社の起源と古代朝鮮』(平凡社新書)において、

<神社がどのようにして生まれたのか>という問いには、渡来人が大きな役割を果たしていることを解き明かしてみせた著者が、

伊勢神宮と出雲大社という現在の姿の裏に隠された、それ以前の、或いはそれら以外の伊勢・出雲に潜む「韓神の残影」を探り、

出雲から伊勢へと至る渡来人の足跡を辿り直すことで、見事に浮かび上がらせてみせた、「鉄の道」巡行の記録なのである。

なお、こうした切り口については、以前ご紹介した『出雲と大和』(村井康彦 岩波新書)を併せ読むことをお勧めしておきたい。

それにしても、文献に記述があれば、どんな人里離れた山奥の地でも、実際にこの目で見なければ気が済まない、このご仁。

なんと、昭和4年の生まれなのである。

私は、山の裾でタクシーを下り、参道の山道を登って行った。やがて行く手の森の中に百段近くはあろうかと思う長い石段が現われた。(中略)私は新羅の幻影を求めてあたりをさまよい、社殿の奥まで入りこんでみたが空しかった。私は、萌しはじめた夕暮れの中、この村が経てきた、すべてを消し去る茫々たる歳月のことを思わずにはいられなかった。

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『神社の解剖図鑑』―日本各地の神様とご利益がマルわかり―

(米澤貴紀 エクスナレッジ)

神社といってもその姿はさまざまで、同じ祭神を祀る神社でも性質や信仰の形態が異なるところは少なくない。また、この「多様さ」こそが神社を考える上で重要であり、魅力の源泉ともなっている、

穀物や食物の神への崇敬から生まれ、やがて産業振興・商売繁盛などの幅広い霊験も信仰されるようになった、

狐を神使とする「お稲荷さん」(伏見稲荷大社・大阪)

神功皇后が新羅遠征の際に託宣した住吉三神を祭神とし、大阪から瀬戸内、山口、福岡、壱岐、対馬という三韓征伐のルートに位置する、

航海の守り神「住吉さん」(住吉大社・大阪)

インドの僧院・祇園精舎の守護神が中国で陰陽道の影響を受け変化した、牛頭(ごず)天王を祭神とする、

疫病除けの「祇園さん」(八坂神社・京都)

修験道との関わりから、御師や先達と呼ばれる宗教者が、参詣のご利益を説いて信者の集まりである講を先導した、

富士山を拝む「浅間信仰」(浅間大社・静岡)

雷に琴で対抗する「ことひき」を由来とし、歌舞伎や浄瑠璃でご利益が説かれたことから、参詣できない主人に代わって犬が参詣することも流行った、

庶民に大人気の「こんぴらさん」(金刀比羅宮・香川)

清涼殿の落雷事件が、左遷先の大宰府で不遇の死を遂げたことを怨む祟りであると恐れられた菅原道真が、

学問・受験の神となった「天神さん」(太宰府天満宮・福岡)

などなど、知っているようで知らない神様のグループ分け以外にも、

神社で見られる鳥居や社殿などさまざまな建物の見分け方に加え、歴史や神話、祭神とご利益、最後は正しい参拝のやり方まで、

イラスト満載で、わかりやすく説き明かしてくれるこの本で、本当に著者が言いたかったのは、

流行りのパワースポットのご紹介なんていうことなんかではなくて、

<なぜそこに神社があるのか?>

という神社の奥深さについて、私たち日本人が今一度よく考えてみることが、神社の未来をつくっていくのだということのようなのである。

太古の人々は何を思いこの空間や建築を造ったのか。それぞれの時代に生きた人の、神社へのまなざしに思いを巡らせることで、古来つむがれてきた時空の物語をも見つけることができるのではないだろうか。

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『神社と政治』

(小林正弥 角川新書)

2016年の初詣時に一部の神社で改憲のためのブースなどが出されて、その署名活動が行なわれた。初詣は多くの日本人にとって慣習になっていて、世事は脇に置いてほろ酔い気分で出かけることが多い。政治は世事の最たるものの1つだから、驚き違和感を抱いた人も少なくなかった。

神社界のこのような動きは、戦前の「国家神道」の復活を狙っているのではないかとも受け止められ、このような政治活動を神社が行なうことは、「政教分離」に反しているのではないかという批判が、

特に、改憲に消極的な人々の間から、巻き起こったようなのである。(恥ずかしながら暇人は、もちろん初詣には出かけたが、そのような署名活動があったこと自体、全く気が付かなかった。)

<しかし、そもそも神道は宗教なのだろうか?>

通常の神社における神道には、キリストや釈迦のような明確な「開祖」は知られていないし、「教典」も存在しない、

そういう意味では「宗教」の典型的イメージを逸脱しており、たまに参拝するなど多少の関わりは持っている人でも、自分がその信者であるという自覚を持つ人は少ないだろう。

寺院における「僧侶」はもともとは出家したプロの修行者だが、神社における「神職」は神と人とを媒介する「中執り持ち」であるにすぎず、専従者である必要さえないのだ。

とはいえ、記紀の時代よりも古くから、わざわざそこに行って「祈る」という、不可視の存在に対する「信仰」や「崇敬」に基づいて成立してきたのだから、

その起源から考えれば、やはり神道は「宗教」に他ならないと言わねばならず、つまり神道には、

多くの日本人がなじんでいる、神道的習慣・習俗ともいうべき「習俗的神道」という表層と、

氏子や崇敬者でさえそれを持っているとは限らない、神道的信仰に基づいた「宗教的神道」という深層の、二層が存在しているということなのだ。

明治維新の「祭政一致」の布告により「国教」となることを目指した神道は、仏教など他宗教からの抵抗もあり、

「国家神道」という、国家の管理下であくまでも国家祭祀の機関として特別の地位を与えられる代償として、「宗教に非ず」とされ、「宗教」ではなくなった。

敗戦直後、忠君愛国を説く日本ファシズムの思想的支柱とされた「国家神道体制」は、GHQの「神道指令」により解体に追い込まれ、

国家から分離された多くの神社がその傘下に入った「神社本庁」には、他の宗教と同じように民間の一宗教法人となる他、道は残されていなかったのだ。

家族や地域という基本的な共同体の弱体化により「氏子」が減少し、いまや『神社消滅』の危機に瀕している神道ではあるが、

宗教法人となったことによって、今日では逆に自由に(参拝する外国人にでさえ)宗教的な教えを解くことができるのであれば、

これからの神社神道が目指すべきは、その広い習俗性と深い宗教性とを統合して、

<「公共宗教」として発展する道だろう。>

というのが、日本を代表する神道研究者5名との「特別対談」の結果も踏まえながら、長い論考の果てに辿りついた、この気鋭の公共哲学者の結論のようなのである。

「狭く深い共同的宗教性」に支えられることによって、「広く浅い公共的習俗」も「広く浅い公共的精神性」へと変容することができる。この狭広深浅双方の宗教性ないし精神性が有機的に連関することによって、「広さ」と「深さ」をともに実現し、神社神道としての個性を生かしながらその宗教性を展開していくことができるのかもしれない。

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