暇人肥満児の付録炸裂袋

「ふろくぶろぅくぶくろ」は、「徒然読書日記」のご紹介を中心に、周辺の話題、新聞・雑誌の時評等、気分の趣くままにブレークします。

『フーコーの振り子』―科学を勝利に導いた世紀の大実験―

(ADアクゼル 早川書房)

そして、ついに彼は目撃した。追い求めていたとおり、おもりの揺れ動く面(これを振り子の振動面と呼ぶ)が徐々にだがはっきりと目に見える変化を起こしていることに、彼は気づいた。振り子の振動面が、最初の位置からずれていたのである。

1851年1月6日午前2時。

長さ2mの鋼鉄製ワイヤーの一端を、それがねじれることなく自由に回転できるように工夫して天井に固定し、

ワイヤーのもう一方の端には、重さ5キロの真鍮製のおもりを取り付けることで、

パリ左岸のカルチェ・ラタン地区にある自宅の地下室に、天井から吊り下げられ自由に揺れ動く振り子を完成させ、

フーコーは、この驚くべき発見に辿りついた。

東京・上野の国立博物館の本館にあった、長さ約20mの巨大な振り子を見たのは、中学2年の時だった。(今も動き続けているのだろうか?)

ゆっくりと振動面をずらしていく振り子を見ながら、まるで何かの力(コリオリの力?)に導かれているかのようだ、と思ったように記憶しているが、

とんでもない!

振り子はまったくぶれてはおらず、動いていたのは見ている自分の方だったとは・・・

<レオン・フーコーは、まさに地球の自転を目撃したのである。>

この困難な振り子の実験を成功させると、彼は新型の望遠鏡を組み立て、舞台照明の調節装置を発明し、写真技術を改良し、光の速さ測定の精度を上げ、そして、ジャイロスコープを発明するなど、

並はずれた自然に対する理解力と、語り継がれるほどの器用さによって、科学界に貢献する偉業を達成していくことになるのだが、

科学教育を受けていないという経歴から、当時は必須とされた数学の才がないと見做され、科学界の主流派からなかなか認められなかった。

そんな不遇の天才に光を当て、排他的なパリ科学界に彼を認めさせ、パリ帝国天文台付きの物理学者に登用したのが、

ボナパルト家異端の後継者、皇帝ナポレオン三世だったのは、まことに奇しき因縁というべきものだった。

というわけでこの本は、

地球が自転していることをわれわれに知らしめ、何世紀にもわたる執拗な懐疑論や科学と宗教との論争に終止符を打った、「振り子」を巡る物語なのであり、

地球が自転しているという事実を教会が最終的に受け入れたのは、何よりもフーコーの発見がその理由だったことに、間違いはないのだが・・・

自らの過ちを素直に認め、悔い改めることは、いかな人格者であろうとも、なかなかに難しいことのようなのである。

ヨハネ・パウロ2世が1992年10月に「ガリレオへの謝罪」を表明したのは、とにもかくにも1世紀半前に行われたレオン・フーコーの研究のおかげだったのである。

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『芭蕉という修羅』

(嵐山光三郎 新潮社)

のちに俳諧師として名をあげるが、いかほどの才があるといっても、山国の伊賀上野から大都市の江戸へきて、そのまま俳諧宗匠になれるものではない。

<芭蕉は、水道工事人として江戸にきたのである。>

土木、水利の技術にすぐれていたため、幕府より神田上水の改修を命じられた藤堂藩から派遣されて、芭蕉は伊賀上野から江戸へとやってきた。

俳諧を余技とする水道工事のエキスパートが、若き日の芭蕉こと桃青だったということなのだが、

日本橋の旦那衆が集まる俳諧の席で、顔を覚えられたことにより、受益者負担であった水道工事を相対契約で請け負うことができ、大金を手にすることになる。

しかし、水道・水路の工事は幕府の機密事項であったから、当然ながら諜報がかかわってくる。これ以降、芭蕉は幕府の諜報機関の人々と深いかかわりを持つことになった。

というわけで、泉鏡花文学賞を受賞した問題作『悪党芭蕉』から11年。

その後もさらに現場検証を続ける著者が、原典と関連資料を渉猟することで辿りついた、これはもうひとつ別の芭蕉の生活の実像なのである。

芭蕉の発句は、のちの枯淡なる独白や、風雅なる旅の句も、基本的には作り話が多い。フィクションである。芭蕉の頭のなかには中国詩人や西行の吟ほか多くの雑多な古典からの引用があって、風景などはさして見ていない。

<嘘つき芭蕉の誕生である。>

天和2年(1682)12月28日、駒込大円寺を火元とする火事、世に言う「八百屋お七」の大火で深川にあった芭蕉庵が焼けた。

焼死しそうになった芭蕉は、小名木川(隅田川の支流)の泥水につかり、洲を這い上がって難をのがれ、一命をとりとめた。

――古池や蛙飛こむ水の音 芭蕉

蛙はふつう、池の上から音をたてて飛びこんだりはしない。池の端からするり、と音をたてずに水中に入っていく。

とすれば、芭蕉が聴いた音は幻聴だろうか。あるいは、観念として「水の音」を創作したのか。

芭蕉の眼前にあるのが、深川の水の濁った焼け跡の古池だとすれば、その池に飛び込む蛙には芭蕉自身の死にそこなった記憶が重なっていることになる。

<そうと気がつくと、「古池や・・・」の吟は寂ではなく、修羅の句となる。>

元禄2年(1689)3月27日、深川を出発し8月下旬大垣につくまでの東北巡行の旅は、芭蕉没後に紀行文として発刊された。

『おくのほそ道』である。

それは、日光東照宮造営にからむ仙台藩謀反の動きを探るという幕府隠密としての裏の任務(同行の曽良が担当)を携えながら、

神祇・釈教・恋・無常・羇旅・述懐という流れで「歌仙形式」に仕立て、風景を詠みつつ故人を追悼するなど、深く思考してわかりやすく詠んだ、文学的挑戦だというのだった。

芭蕉は『ほそ道』の旅から帰って5年後に没するが、生涯を通じてはげしい闘争のなかに身をおき、妄執が心からはなれることはなかった。風狂とはそういうことである。俳諧は共同体の文芸で、修羅場に屹立する孤峰が芭蕉である。修羅の巷を芭蕉は運動体として歩きつづけた。

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『影裏』

(沼田真佑 文藝春秋)

なかば放心したように眉をあげ、そっけない語調で何ごとかぶつぶつ呟いたなり日浅は無言になってしまった。剥がれやすそうに亀裂の入った樹皮を撫で、幹の上部から下部へと順番に耳を押し当てた。こうした作業に、倦きもせず没頭しているらしかった。

医薬品会社の盛岡の子会社へ異動となった今野(わたし)は、同性で同年輩、ともに釣好き、日本酒好きだった日浅という男と、親密に付き合いだしたのだが、

暇さえあれば出かけるようになった川釣りスポットへの道の、行く手を遮るように姿を現わした巨大な水楢の倒木に、

ゆうべの酒がまだ皮膚の下に残っているのか、磨きたての銃身のような首もとを、滴る汗で油光りに輝かせながら、馬乗りにまたがっている友の姿を、

いくら暇を持てあましていたからといって、「普通」の男だったなら、携帯で撮影したりはしないだろう。

<そもそもこの日浅という男は、それがどういう種類のものごとであれ、何か大きなものの崩壊に脆く感動しやすくできていた。>

本年度「芥川賞」受賞作品。

突然退職した日浅の追想に耽って職場をふらつく姿を、「禁断症状」と同僚から揶揄されてしまうような日々を送っていた今野は、

互助会の訪問営業マンに転職した日浅との、久しぶりの再会に舞い上がり、夜釣りへのお誘いにいそいそとめかしこんで出掛けていくことにするのだが、

「本社待遇の出向社員なら、カードか何かでためらうことなく決済し、さぞかしご満悦だろうラムレザーのダウンベスト」

などと、いちいち難癖をつける攻撃的で陰鬱な日浅の態度に、もうそこにかつてのような関係性は成り立っていないと気付かされることになる。

日浅の狙いは、互助会入会ノルマあと一口の達成だった。職場の年上の女性パートから、少しまとまった金を調達してもいた。

今野には異動になる2年前、気詰まりな対話を重ねた末に別れた男がいた。彼はその後、性別適合手術を受けていた。

そして・・・<東日本大震災>が発生。

姿を消した日浅の情報を求めて、実家を訪ね、事の次第を説明し、捜索願を出すべきだと説く今野に、日浅の父は思いがけない言葉を発する。

「あれを捜すなど無益だ。おやめなさい」

光が当たるところに影が生まれるのだとすれば、その影の裏にはいったい何が潜んでいるのだろうか?

捲れ上がった影の裏から滲みだす、様々なおぞましいモノを封印するかのように、今野は美しい光景を夢想する。

急発進し、坂道を猛スピードで駆けあがってゆくバイク。
遠くから逃げろと叫ぶ人の声。
海の向こうから海岸線いっぱいに膨れあがった防潮堤。

そしてその瞬間、ついに顎の先が、迫り来る巨大な水の壁に触れる。いつも睡眠不足でくたびれたような、そのくせどこか昂然としたあの童顔が包み込まれる。その最後の瞬間まで、日浅は目を逸らすことなどできないだろう。

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『英国二重スパイ・システム』

―ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦―
(Bマッキンタイアー 中央公論新社)

この兵器は、人の命や手足を奪ったりはしない。科学や工学や腕力に頼るのでもない。都市を破壊したり、Uボートを沈めたり、ドイツ軍戦車の装甲に穴を開けたりもしない。そうした華々しい活躍とは無縁の働きをする。敵を殺すのではなく、敵の頭の中に入り込む。

<ナチが、イギリス側の望むとおりに考え、それによってイギリス側の望むとおりに行動するよう仕向けるのだ。>

イギリス情報局MI5で、ドイツ側スパイを二重スパイに変える任務を担当する情報将校の小チーム「ダブル・クロス」を率いていたター・ロバートソンが、

その任務の成果として、イギリス国内にいるドイツ側工作員が一人残らず確かに自分の手の内にある、という驚くべき結論に達したのは、1943年6月のことだった。

これはつまり、この「二重スパイ・システム」をうまく運用すれば、戦争の行方を変えるような大々的な嘘もつける、ということではないのか?

タ―は早速、「ヒトラーに嘘を伝えることのできる兵器」を作り、第二次世界大戦で最も重大な局面で、これを使うようチャーチルに迫った。

「フォーティテュード(不屈の精神)作戦」

1944年6月に、ナチ支配下のヨーロッパへの反攻作戦として挙行された、大規模上陸作戦「Dディ」を成功に導くため、

本来の上陸目標がノルマンディーであることを隠し、ドイツ軍を偽の上陸地点パ・ド・カレーに引きつけ、同地に足止めするための、それは欺瞞の網だった。

「ダブル・クロス・チーム」の中核をなした5人のスパイたちは、しかし、今まで招集された中で最も奇妙な一団でもあった。

セルビア人プレイボーイで国際的な実業家「トライシクル」。
ポーランド軍パイロットで本物の情報将校「ブルータス」。
ギャンブル好きで両性愛者のペルー女性「ブロンクス」。
優れた独創力を持つ、ドン・キホーテのような情熱的スペイン騎士「ガルボ」。
犬を溺愛するロシア生まれの移り気なフランス女性「トレジャー」。

彼らは誰もが認めるような英雄ではないし、二名は倫理的に問題のある人物だった。飼い犬を見殺しにされたことを恨み、敵に寝返るための罠を仕掛けていた者さえいた。

彼らは武器を持って戦ったりはしなかったが、実際に武器を持って戦った兵士たちがノルマンディーの海岸に上陸できたのは、彼らの献身的な努力のお陰だった。

人間の心理や性格や個性といった曖昧模糊としたものや、紙一重で変わる忠誠と裏切りや、真実と嘘の狭間を縫って蠢くスパイたちの奇妙な衝動についての物語。

これは「もう一つの別の戦争」の物語なのである。

そして、工作員「アーティスト」。

ドイツ国防軍情報部「アプヴェーア」に所属しながら、工作員「トライシクル」の親友として、ゲシュタポに囚われながらも、最後まで秘密を守り通した男。

戦場で戦いたくないのでスパイとなり、姿をくらます才覚も手段も動機もありながら、そうしないことを選んだ男。

<彼もまた、Dディの英雄ではないが、それでもやはり、彼は英雄なのであった。>

ダブル・クロスの二重スパイたちがスパイになった理由は、冒険心だったり、報酬目当てだったり、愛国心からだったり、欲望からだったり、個人的な信念からだったりした。彼らは一風変わったチームとして、ときには上司の手を焼かせながらも、勇敢に振る舞い、最後には目覚ましい成果を挙げた。

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『医療者が語る答えなき世界』―「いのちの守り人」の人類学―

(磯野真穂 ちくま新書)

私たちは自分の身体になんらかの不具合を生じた際、それが何かを明らかにするため病院に行く。そこには自分が感じる違和感の正体をハッキリさせ、できることならそれを取り去りたいという思いがある。不確かなものが明らかにされること、問題の解決法が見出されること。私たちの中で、この二つは明確に結びつく。

<しかし残念ながら実際の医療現場は常にそうとは限らない。>

放っておいたら確実に消えてしまう命の炎が、カテーテル治療によってふたたび燃え始めたり、

わけのわからない身体の痛みが一粒の薬で和らいでしまう、なんて目を見張るような治療の成果だってもちろんないわけではないのだが、

一方で、様々な事情が織りなす中で病院に置きっぱなしにされてしまった老人たちや、

治療法もなく、徐々に身体が動かなくなっていくのをただ受け入れるしかないALS患者が存在するのも、また今日の医療の現場なのである。

専門家としてのあらゆるアドバイスに対し、頑なに首を振り続けた患者が診察室を去った後、

「一生懸命考えた方法を全く受け入れてもらえないとこちらも傷つく」とぽつりとつぶやいた内科医。

認知症の親の入院中のケアがなっていないと息子に怒鳴られ続け、

「自分たちの努力は何のためにあるのだろう」とやりきれない思いを吐露した看護師。

患者の薬に対する不信を払拭するため、治す方法を知りながら、あえて治らないであろう方法を選択し、

「治す」にすぐに踏み切らないことが、「治す」ための地平を開くと遠回りをした漢方医。

病気を「治す」ことが医療の仕事であるというしごく当たり前の考えは、かれらの仕事の本質をむしろ見えにくくするし、もっといえば、誤解すら招きかねないのではないか。

<医療者も私たちと同じ人なのである。>

というわけでこの本は、医療をフィールドとする文化人類学者である著者が、多くの病む人が訪れる現場に赴き、

医療者は自分の世界をどのように見据えているのか。
そこから見える世界は、病む人が見る世界とどのように違い、どのように同じなのか。

ということを、相手の肩越しの視点から覗き見た、今日の医療現場の実態に迫る迫真のレポートなのである。

むしろそこで重要になるのは、医学を目の前の患者にインストールすることではなく、標準化が不可能なそれぞれの患者の人生の文脈に、医学という知をどう混ぜ合わせていくか、医療者の持つ専門知と患者の人生の間にどのような再現性のない知を立ち上げ、実践し続けていくかである。

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『火山で読み解く古事記の謎』

(蒲池明弘 文春新書)

もしも、巨大な火山噴火に遭遇した縄文時代の人びとの、驚きや畏怖の感情が古事記神話に痕跡を残しているのだとしたら・・・

これから試みようとしていることは、こうした仮説を足がかりとして、古事記にしるされた物語を火山の神話として読み解いてみることです。それによって、古事記のなかのいくつかの謎を解明できるのではないか。そんな予感がするからです。

たとえば、アマテラスの「岩戸隠れ」の神話。

これを、最長でも7分台の皆既日食への畏れであると解釈したのでは、「あれ?太陽の様子が何か変だな」と思っているうちに終わってしまい、太陽の復活を祈る暇さえないのだから、

これは、スサノオを火山の表象とみなし、太陽を噴煙で覆い隠してしまうほどの巨大噴火をおこした、荒ぶる火山を鎮める女性祭祀者の物語として読むべきだというのである。

頭が八つ、尾が八つというヤマタノオロチは、溶岩流が山の谷や沢を求めて合流あるいは分流する様を暗示している。

オオナムチ(大穴持)とも呼ばれるオオクニヌシは、大きな火口を持つ火山の神であり、彼が支配する出雲とは八雲(噴煙)立つ火山の王国だった。

天孫降臨としてニニギが降り立った九州南部の高千穂は、縄文時代における火山集積地であり、アメノウズメらの祭祀者集団が先遣されたのは、荒ぶる大地を鎮めるためだった。

そこでニニギと結ばれたコノハナサクヤ姫(美しい円錐形の成層火山・開聞岳)は火山の女神であり、いまは富士山信仰の象徴として、全国各地にある浅間神社の祭神となっている。

などなど、7300年前に九州最南部で発生した、巨大な噴火(「鬼界カルデラ」)にまつわる縄文人の記憶が、古事記神話の根源にあるのだと想定しさえすれば、

<なぜ、古事記神話は日向(九州南部)、出雲(島根県)が主な舞台となっているのか。>

(九州南部と出雲は西日本における二つの火山集積地である。)

<アマテラスをはじめとする神々はたえず戦っている。そうした戦いの背景には、どのような歴史的事実が存在するのか。>

(神々の戦いは、現実の戦闘行為ではなく、荒ぶる火山活動を鎮めるための祈りの比喩的表現である。)

<古事記の素材となった神話や伝承の起源は、どの時代までさかのぼることができるのか。>

(古事記に記録されている神話は、縄文時代あるいはそれよりも古い旧石器時代に起源をもつ可能性がある。)

と、これまでは神話の世界のお話なんだからと、何となく見過ごしてきた辻褄の合わない古事記のエピソードの数々が、

まるで目の前で繰り広げられる出来事の実況中継でも見るかのように、まことにしっくりと腑に落ちてくる気分を味わうことができる。

これは、古事記専門家でも、火山専門家でもないからこそ書けたという、「驚異の風景」のルポルタージュなのである。

なぜ、地震や台風ではなく、火山の記憶が神話化するのかといえば、その光景の荘厳さ、美しさにあるのではないでしょうか。・・・
人智を越えた驚異の情景を目にした古代の人たちが、そこに神のようなものを見出したとしてもまったく不思議ではありません。そこに神話が発生するきっかけがあるはずです。


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『異才、発見!』―枠を飛び出す子どもたち―

(伊藤史織 岩波新書)

ここにくれば、特別な英才教育をするのかと受け取られることも多いが、決して天才を育てる場所ではない。
また、一般的な学習の遅れをサポートし、不登校だった子どもを学校に戻すことを目的としたフリースクールやボランティア団体は今までにもあったが、それとも違う。


東京都目黒区駒場にある東京大学先端科学技術研究センターの敷地内に建つ、なかでも最も古い校舎。

かつては航空研究所があったため、日本の航空史を語る上で極めて重要な木製風洞を有するという、1号館の地下にその「教室」はある。

<ROCKET>(もちろん航空研に因んだ通称だ)
“Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents”

「学校に馴染めず、不登校の子どもたちの中には、特化した才能を持った子どもたちもたくさんいてね、その才能をもっと伸ばすことができたらおもしろいと思いませんか?」(人間支援工学研究室・中邑賢龍先生)

そうこれは、今までは出過ぎた杭としてつぶされてきた子どもたちを、社会に適応させるために矯正する場ではなく、

枠からはみ出したまま、特化した才能をつぶさないで、いきいきと生きられる社会を作ろうというプロジェクトなのである。

突出した能力はあるものの、オールマイティに物事をこなせるわけではないため、教室に居場所を見つけられずに不登校となったのだが、

不登校で時間がたっぷりあるため、一つのことを突き詰め、夢中で取り組んでいるうちに、ますます好きなことにのめりこんでしまい、

<同じ歳の子どもとはまったく話が合わなくなってしまった。>

そんな子どもたちが全国から集まってきた。(601人の応募の中から男子14人、女子1人が第一期生に選ばれた。)

学校では自閉症、注意欠陥多動性障害、学習障害として認識される、「発達障害」の困難を抱えている子どもたちが多いのだが、

・ROCKETの現場に教科書はいらない。時間の制限もない。
・与えられたテーマから自由にやりたいことを見つけ出す。
・子どもたちは世界で活躍するトップランナーの講義を受ける。
・やりたいことを申請し、それが認められれば実行することもできる。
・申請したプログラムをしっかりとやり遂げる責任も子どもに課す。

という方針のもと、彼らがいきいきと目を輝かせ、得意な分野を追及し、才能を誰にも邪魔されることなく発揮できる「居場所」を作ったのである。

現在、一期生、二期生を終えて、不登校だった彼らは学校に行き始めたのだという。それは、学校では孤立していても、仲間のいる居場所を得たということなのかもしれないが、

「子どものことを真剣に考えるのであれば、好きなことをやって突き抜ける勇気も必要だ」と、安心する親たちを尻目に、中邑先生はいささか不機嫌である。

検索エンジンで情報を探し、頭でっかちで知識だけは豊富になる、今の引きこもりの子どもたちに、

「自分の周りの狭い世界ではなく、現実の広い社会の中で、自分の立ち位置がどこにあるのかはっきりと知れ」と言う。

ROCKETとは「挑発する」プロジェクトなのだ。

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『すごい進化』―「一見すると不合理」の謎を解く―

(鈴木紀之 中公新書)

生存に有利な形や色といった生まれつきの性質(これらを「形質」といいます)をもっている個体は、結果的により多くの子孫を残し、遺伝によって後の世代にもそうした形質が増えていきます。このプロセスを「自然淘汰による進化」と呼びます。

<それでは進化は本当に完璧さをもたらしているだろうか。>

わざわざ孵化しない卵=「栄養卵」を生んで幼虫に共食いさせる親がいる。

(もし栄養卵が子への追加的投資だというのなら、はじめから大きい卵として投資すればよいのでは?)

異種のメスに誤った求愛をしてしまう、みさかいのないオスがいる。

(子孫を残せないエラーをなくすより、正解を取りこぼさないようにした方が、リターンが大きいから?)

自然淘汰の絶え間ないチェックは、不利な形質が生き残れるほど甘くはなく、いま現在見られる生き物の戦略は、さぞかし巧みで合理的であるはずなのに・・・

<弱肉強食の世界で、このような進化の不合理性が見られるのはなぜなのか。>

著者が属する進化生物学者の間では、進化を自然淘汰でどこまで説明できるのか、という点について驚くほどの考え方の違いがあるそうなのだが、

(自然淘汰の原理は認めるとしても、さまざまな制約によって淘汰が妨げられたり、まったくの偶然によって有利でない形質が維持されたりすることを重視するなど)

一見すると不合理な形質や生態に焦点を当て、「実は合理的に機能しているはずだ」という見方で「進化はどれほどすごいのか」を吟味していこうという、

「自然淘汰をできる限りあきらめない」というスタンスが、この著者の真骨頂なのである。

本当に生存力の高い個体でなければ発信できないような無駄なシグナル(孔雀の羽根とか)で、オスは魅力をアピールし、メスはそれを好むという「ハンディキャップ理論」。

病原菌などの寄生者に対抗するために、毎世代必要とされる短期的な対応策として宿主が遺伝的な組み換えを要したことが、有性生殖が無性生殖に卓越した理由であるとする「赤の女王仮説」。

天敵からの攻撃を避けるため、毒針を持つハチに模様や飛び方を似せながら、「あまり似ていない擬態」となってしまったアブにしたって、

遺伝や発生のメカニズムにより完璧に近づけない「制約仮説」。
別々の地域に生息しているため完全な擬態が要求されない「ひとり相撲仮説」。
複数のモデルや天敵に対応する必要がある「八方美人仮説」。
天敵はだいたい似ていれば区別しないから「そこそこで十分仮説」。
似すぎてしまうと間違って求愛してしまう「求愛エラー仮説」。

などなど、むしろその不完全さに着目することで、様々なアイデアが浮かび上がってくることになるのである。

我々の想像を超えた自然界の摂理は、<不合理だから、おもしろい>のだ。

地球上の生物の多様性を生み出した進化はそもそも驚嘆に値するもので、私がくり返して強調するまでもありません。ただそうは言っても、すごくないように見える生き物の形や振る舞いがあるのも事実です。しかしながら、そこであきらめずにつぶさに観察していくと、一見すると不合理に見える形質ほど、実は「すごい進化」の秘密が隠されているのだと、私は考えています。

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『浄土真宗とは何か』―親鸞の教えとその系譜―

(小山聡子 中公新書)

親鸞の教えは、一見すると革新的かつ分かりやすく見える。親鸞自身も、自分の教えを易行(いぎょう)であるとした。しかし、呪術が日常的に行われていた時代に、はたして容易に受け入れられたのだろうか。

経典読誦や念仏が、仏菩薩に由来する超自然的な力によって極楽往生できると期待して、日常的に行われる「呪術」であった時代に、

悟りも正しい修行もない「末法」の世なのであれば、もはや自己の努力による修行(「自力」)で成仏や往生を得ることはできないと否定し、

ただひたすらに阿弥陀仏の力にすがることのみが、その居所である極楽浄土へ導いてもらえる道だ、と信じることこそが肝要である。

と説いたのが、浄土真宗の開祖・親鸞の「他力」の教えだった。

難解な経典を読むことも、超人的な修行をすることも不要(「絶対他力」)であり、

たとえ殺生を生業とする者(「悪人正機」)や無学の者であっても、

「他力」の信心を得て念仏を称えさえすれば、極楽往生することができる、とするこの教えは、

特に、それまで往生を絶望視していたような人びとにとっては、さぞかし魅力的に映ったに違いない。

しかし、信仰する者の弱さを許容するかのようなこの柔軟さゆえに、浄土真宗は日本最大の仏教宗派へと発展できたのだと、

<本当に、そう言ってしまってよいのだろうか?>

というわけでこの本は、浄土真宗の開祖として理想化するかたちで、親鸞やその家族や継承者を語ることは、

信仰する立場からであるならば大いに意義があるが、学問的な立場から彼らの等身大の姿を活写するためにはまた別のアプローチが必要になると、

親鸞の師法然やその弟子、親鸞の家族、継承者、さらには浄土真宗教団を確立した蓮如の教えと信仰まで、

理想化することなく歴史の中に位置付け、具体的に明らかにしようと、豊富な史料に基づき描き出した、気鋭の日本宗教史学者による意欲作なのである。

家族は必ずしも親鸞の信仰と同じ信仰を持ってはいなかった。

継承者も親鸞の教えを敷衍して、門弟に向けては他力信仰について説きつつも、実際の信仰はそこにある内容と同じだったとは言えなかった。

(たとえば、彼ら自身が病気や臨終といった生命の危機に瀕した時、彼ら個々人の信仰の真髄が露わとなった。)

そして、当の親鸞自身が晩年になって、いまさら「他力」信心を得ることの難しさを痛感したりもしていたのだ。

<煩悩を抱える我ら人間にとって、愚の自覚に徹することは非常に困難なのである。>

「人間が救われるにはどうしたら良いか」。そのことに苦悩し、自ら「愚禿」と称して揺れ動いた人間親鸞のほうが、理想化された親鸞よりも、よっぽど魅力的である。また、それぞれの時代の中で親鸞の教えを受容し、工夫しながら門弟に説き続けた継承者がいたからこそ、現在の浄土真宗があることを忘れてはならない。

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『傷だらけのカミーユ』

(Pルメートル 文春文庫)

油断もあるだろう。長く生きてきた、あるいは人生をめちゃくちゃにされた経験があるという場合、自分にはもう免疫があると思い込む。カミーユがそうだった。妻を殺されるという言いようのない苦しみを味わい、立ち直るのに何年もかかった。そういう試練をくぐり抜けると、これ以上ひどいことは起こらないと思ってしまう。

親友アルマンの葬儀(食道癌だった)に出かけようとしていたカミーユのもとに、突然警察から電話がかかってきて、

携帯の連絡先の使用頻度トップがあなたの番号なのだが、アンヌ・フォレスティエという女性をご存知ですかと訊かれる。

「武装強盗に巻き込まれ、病院に搬送されました」というのだが、女性係官の声色からすればどうやら重体であるらしい。

あの悲惨な事件から5年がたち、ようやく立ち直りかけていたカミーユにとって、アンヌは新たに巡り合ったかけがえのない女性だった。

『悲しみのイレーヌ』
『その女アレックス』
に続く、カミーユ・ヴェル−ヴェン警部シリーズの第3作。

偶然、犯行現場で犯人と鉢合わせをし、瀕死の重傷を負わされたアンヌが、病院搬送後も執拗にその命を狙われることになったのは、一体なぜなのか?

捜査の担当から外されることを逃れようと、信頼すべき部下ルイはおろか、理解ある上司グエンにさえ、アンヌの素性を明かすこともできず、

周囲から浴びせられる疑惑の視線を撥ねつけるかのように、これまでに培ったあらゆる伝手を辿りながら、事件の真相解明に突き進んでいくカミーユだったが・・・

それは罠だ。> *一応、文字を白くしておきます。

と言ってしまったところで、決してネタバレと謗られる恐れはあるまい。

だって、著者自身がこのお話の冒頭で、はっきりとそう書いているんだから。(もっとも、暇人を含め、誰もそんな事には気が付かず、読み進んでしまうだろうけど。)

この罠にはまると人はガードを下げる。だが運命はそれを見逃すはずもなく、ここぞとばかりに襲ってくる。そして襲われた人間は、“偶然”という矢は狙いを定めて放たれるのだったと改めて思い知らされる。

そんなわけで、

「もう二度と愛する者を失いたくない。」という切ない思いに端を発したカミーユの、すべてを擲ってもいいとでもいうかのような献身的な独り芝居は、

すべてにけりをつけるためには、最後まで行くしかないという、痛みにも似た恍惚感のうちに終演を迎えることになる。

決めたのはカミーユだった。そして、傷ついたのも・・・

ひとりになって、母が遺したアトリエでゆっくり時間をかけてコニャックを啜っていた時、彼の脳裏をよぎったのは、

ニコチン中毒により、彼に「低身長症」という宿命を刻んで逝ってしまった、赦すことのできない女性の面影だった。

これは、慟哭の三部作「完結編」なのである。

おかしなことにカミーユは、いい年をして、不意に母が恋しくなった。どうしようもないほど恋しくて、我慢しないと泣いてしまいそうだった。
だがこらえた。一人で泣いても意味がない。


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