暇人肥満児の付録炸裂袋

「ふろくぶろぅくぶくろ」は、「徒然読書日記」のご紹介を中心に、周辺の話題、新聞・雑誌の時評等、気分の趣くままにブレークします。

『死んでいない者』

(滝口悠生 文藝春秋)

人は誰でも死ぬのだから自分もいつかは死ぬし、次の葬式はあの人か、それともこちらのこの人かと、まさか口にはしないけれども、そう考えることをとめられない。むしろそうやってお互いにお互いの死をゆるやかに思い合っている連帯感が、今日この時の空気をわずかばかり穏やかなものにして、みんなちょっと気持ちが明るくなっているようにも思えるのだ。

「よしなさいよ、縁起でもない。」

通夜の会場となったのは、故人の家から歩いて十分ほどのところにある、地区の集会場だった。

そこに集まったのは故人の五人の子供たち。

おしゃべり好きの喪主・春寿と、重なった寿司桶の数を数えている吉美、

まだ実家にいる弟の保雄に数珠を持ってくるよう頼んでいる多恵と、その電話を受けている保雄、元旦生まれで引っ込み思案の末子・一日出。

そして、その家族である配偶者や十人の孫たちとひ孫たち、それにもはや誰が誰だかよくわからない故人の親戚たちだった。

本年度「芥川賞」受賞作品。

それはもちろん、すでに<死んで―いない者>である故人を悼み、思い出話にふけるために設営された厳粛な儀式の場ではあるわけなのだが、

そこでの話題はもっぱら、まだ<死んでいない―者>たちが、あれはどこの誰で、今は何をしているのだったかという、お互いの今の境遇を確認しあう場となりがちなのも世の常なのである。

こういった冠婚葬祭の集まりだとか、なにか電話で連絡を取り合う際などに、誰かと誰かの間に小声で、手短に、寛の話題が出る。寛という名前は出さなくとも、自然と前屈みになり、眉間にしわが寄り、口元に手を当て小声になるその所作だけで、寛の話だな、とわかり、聞く側も同じ姿勢と顔つきになる。

暴力的で、アル中で、賭け事好きで、借金を繰り返し、離婚して二人の子供を残したまま、5年前に蒸発してしまった春寿の長男・寛。

刑務所にいる。ホームレスになっている。病気して入院している。一度再婚したがすでに離婚している。沖縄にいる。・・・

と、それぞれに聞き知った情報を出し合い、どれが正確な最新情報なのだろうかと互いに詮索しあいながらも、

結局、寛のその後はよくわからない、というところにとどまったままに終わることになるのだが、

もともと、寛の家族は親戚との交流も乏しかったから、いとこ連中などは、寛のことなどほとんど知らないのであれば、

<どこかであの厄介者を今確かに厄介がってやるのだ、という活力を、わずかに心中に感じてもいる。>

明日の葬儀が終わってしまえば、それぞれの家族はまたそれぞれの日常に戻っていくのだから、

今宵一夜限りの、親類縁者の集まりの場で交わされる非日常のそんな会話は、<死んでいない―者>たちにとって、おそらくその場限りのものであるに違いない。

そして、<死んで―いない者>がそのあたりに身を潜めて、それに聞き耳を立てているのだとしたら、

それこそが、<通夜>のもつ意義というものでは、あるのかもしれない。

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『「罪と罰」を読まない』

(岸本佐知子 三浦しをん 吉田篤弘 吉田浩美 文藝春秋)

「だから、よく覚えていないんですけど」と彼らは前置きし、「たしか主人公がラスコーなんとかで」「おばあさんを殺しちゃうんじゃないですか?」――どこかで聞いたことのある台詞だった。
つまり、「読んだことはあるけれど、よく覚えていない」人たちの認識に、さほど大差はないのだった。
では、いったい、「読む」とは、どういうことなのか。何をもって、「読んだ」と云い得るのか――。
(『読まずに読む』 吉田篤弘)


<「読んだ」と「読んでない」に大差がないのなら、読まずに読書会をひらくことが出来るのではないか。>

それでは、『罪と罰』という小説を読まずに、『罪と罰』について徹底的に話し合ってみようではないかと、なりゆきに任せて決められたルールといえば、

・読書会当日に、『罪と罰』の最初のページと最後のページの翻訳だけを配布する。
・『罪と罰』を読了した「立会人」に、推理の進展が暴走しないよう、ときどき内容をリークしてもらう。
・本編全六部の各部三回まで、当てずっぽうに指定した1ページを読んでもらうことが出来る。

つまりこれは、「『罪と罰』を読んだことがない」というマイナス・ポイントを、「読んだことがない者だけが楽しめる遊び」に転じてしまおうという、ナンセンスな実験の試みではあるのだが・・・

浩美 ラスコってニートっぽいんだよね?
岸本 なぜ、そんなに貧乏なのかな。
三浦 たぶん、下級武士の家みたいな感じなんですよ。お金がすごくあるわけでもないけど、立身出世をして一族を繁栄させるために、「ラスコ、行ってこい」って言われて都会に出てきた。でも、そんなにおうちに余裕はないから、仕送りもカツカツで。本人も勉強にいまいち身が入らない。


と、冒頭3ページのみの紹介で、のっけから圧倒的な妄想を爆発させてしまう三浦しをんに導かれるかのように、

なしくずし的に始まってしまった「秘密の読書会」なのであれば、もう誰にも、この暴挙を止めることなどできようはずもなく、

私たち読者は置き去りにされて、ただ扉の陰からこっそりと、覗き見る以外に術はないのである。

にもかかわらず、気が付けばいつの間にか、この「読まずに読んでしまう」ことの想像を絶する醍醐味を、充分満喫していることになるわけなのだが、

篤弘 推理していくうちに生じた疑問がいくつかあるでしょう?その答えをやっぱり確認したいよね。
三浦 どうしよう、感動のあまり涙、涙で涙腺決壊ということになったら。
浩美 「『罪と罰』、いいですよ!」って会う人ごとに言ったりして。
三浦 「読んで人生観変わりました。いや、いままさに『人生が到来しました』と言えましょう!」
岸本 「えっ、まだ読んでないの?」ってドヤ顔で言ったり。
篤弘 わかりました。やっぱり読むことにしましょう。


「えーっ!結局読むのかよ!」

と、あきれ返るほどの節操のなさなのだが、この抱腹絶倒の<読後座談会>まで読まされてしまえば、

う〜む『罪と罰』読まねばなるまい、という気持ちを抑えきれなくなること必定なのである。

いったい、どうしてくれるんだぁ!

『罪と罰』をまだ一文字も読んでいないときから、我々四人は必死に「読んで」いました。いったいどんな物語なのか。期待に胸をふくらませ、夢中になって、「ああでもない、こうでもない」と語りあいました。それはなんと楽しい経験だったことでしょう。ページを開くまえから、『罪と罰』は我々に大きな喜びを与えてくれたのです。
(『読むのはじまり』 三浦しをん)


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『異類婚姻譚』

(本谷有希子 文藝春秋)

「あっ。」
私は思わず大きな声をあげていた。
旦那の目鼻が顔の下のほうにずり下がっていたのだ。
瞬間、私の声に反応するかのように、目鼻は慌ててささっと動き、そして何事もなかったように元の位置へ戻った。私は息を呑んだ。


――ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。

小さな会社の事務員として、人手が足りず激務を押し付けられ、体調を崩して悩んでいた頃に、バツイチの<旦那>と知り合い結婚した<サンちゃん>は、

持ち家付き、子供なしで、一体誰がこの家の家事をしているのかという専業主婦の暮らしの、あまりの楽チンさに後ろめたさを拭えない毎日を送っていた。

「俺は家では何も考えたくない男だ。」

という旦那は、前の奥さんの前ではいろいろと格好をつけてしまったせいで疲れてしまったから、サンちゃんには本当の俺を見せたいと、

まるで画面から味でもするみたいに吸いついて、バラエティ番組を三時間、飽きもせず眺めながら、ハイボールのグラスを傾けているような男だった。

――振り返れば、その頃から旦那の顔は少しずつ緩み出していたのかもしれない。

本年度「芥川賞」受賞作品。

「サンちゃん、座ってな。今日は揚げ物ナイトだから。」

付き合っていた時も結婚してからも、一度も料理などしたことがなかった旦那が、ある日家に帰るとキッチンで揚げ物を作っていた。

それまで没頭していたスマホのゲームに変わり、会社を早退してまで連日、揚げ物を作るようになってしまった旦那にうんざりしながら、

一口噛みしめた途端、自分でも驚くほど猛烈に食欲がわいて、このままずっと食べ続けていたくなる。口をはふはふと動かし続けるうち、味が少しずつ変化し始め、よく知ったものになっていく。

気が付くと、美味い美味いと涙を流しながら、その<よく知ったもの>を頬張っているのだった。

「サンちゃんは、本当はぜんぶ分かっているんじゃないの。どうして自分が俺と結婚したか。どうして俺が、サンちゃんと結婚したのか。」

――その瞬間、悲鳴をあげかけた私の口に、ひょいと熱いものが放り込まれた。

これは恐らく、結婚したことがある人なら、誰もが一度は感じたことがあるに違いない、世にも恐ろしい物語の顛末なのである。

熱い。火傷しそうに熱い。だが今すぐ吐き出さねばと焦れば焦るほど、はふはふと舌が揚げものを味わい始める。旬の茗荷のいい香りが、口の中に立ちのぼる。
大丈夫、大丈夫。段々美味しくなるから。
旦那がこちらを振り向いた。
久し振りに目にしたその顔は、私と旦那がちょうど半々、ちょうどひとつに混ぜ合わさった顔だった。


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『第三のチンパンジー』―人間という動物の進化と未来―

(Jダイアモンド 草思社)

遺伝子をめぐる人間と二種類のチンパンジーの違いはごくわずかでしかない。しかし、このわずかな違いが私たち人間に特有な性質をもたらしているのは明らかである。遺伝的な歴史をたどると、これらの変化はごく最近になって生じたことがわかる。私たちはわずか数万年のうちで、人間のもつユニークで危なっかしい性質をはっきり示しはじめていたのだ。言語や芸術、人間のライフサイクルに始まり、みずからの種やほかの種を絶滅に追いやる人間の能力――こうした善悪両面におよぶ特徴を人間は、なぜ、どうやって発達させてきたのだろう。

<もし、宇宙人の研究者が人間を目の当たりにする機会でもあれば、人間はコモンチンパンジー、ボノボ(ピグミーチンパンジー)に続く、三番目のチンパンジーだとただちにそう分類されてしまうだろう。>

構成する遺伝子の98%以上は同じであることが分かっているチンパンジーと別れて、私たちはどうやって「人間」になったのか。

というのが、

デビュー作である『人間はどこまでチンパンジーか?』以来、この著者が一貫して問い続けてきたこの本におけるテーマなのではあるが、

進化生物学、生物地理学のもともとの素養に加え、人類進化学、古環境学、育種学、言語学までに渉る該博な科学的知見を駆使して、

「人間とは、文明とは何か?」という問題に迫った『銃・病原菌・鉄』でピュリッツアー賞を受賞し、「ゼロ年代の50冊」の第1位に選出されたダイアモンドなのだから、

いつ、なぜ、どのようにして人間は「ありきたりな大型哺乳類」であることをやめたのか?

という「人類進化史」の謎が、進化生物学の手法によって鮮やかに解明されていったとしても、

人間は動物ではあるが、ほかのいろいろな動物とは違って、特別に偉いのだ、なんてことを言おうとしているわけでは、もちろんないし、

ヒトの生息分布の拡大がどうやって言語と文化の興隆をもたらしたのか?

という「文化的特質」の特異性を、生物地理学の観点から丁寧に考察して見せるのも、

ある民族がほかの民族を征服できるほどの優位性を獲得できたのは、決して生物学的に優れていたからではなく、

単に地理的条件に恵まれていたために、思いがけずに征服者になってしまったに過ぎない、と言いたいわけなのである。

生物界の中では、まことにユニークな存在ともいうべき人間は、いまや地球生態系に大規模な影響を与えてしまうという意味で、<重要な存在>となってしまった。

なぜ人間にだけそんなことができたのか。
それを可能にした人間の性質はどのように進化してきたのか。
この現状に至った過去の経緯を知らなければ、人間という生物の将来を導いていくことはできない。

これこそが、この著者が<若い読者のために>伝えたかったこの本の真意なのである。

自分の生涯を書きとどめたビスマルクは、「私の子どもと孫へ。過去を理解し、将来の手引きとするために」とその回想録を捧げた。
この精神こそ、私が自分の息子やその世代に本書を捧げる理由にほかならない。本書がたどってきた過去から私たちが学ぼうとするのであれば、その将来はほかの二種のチンパンジーの将来よりは明るいものになるのではないだろうか。


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『天智朝と東アジア』

(中村修也 NHKブックス)

日本が敗戦したにもかかわらず、そのことを閑却し、戦勝国である唐が戦争に対する賠償を何も求めないどころか、低姿勢で友好関係を求めてきたという幻想に囚われてきた『日本書紀』の記事を解釈する際に、敗戦という厳しい現実から目を背けることなく、いかにその敗戦から立ち直ろうと天智朝が悪戦苦闘したかを描くことが、本書の目的である。

「白村江の敗戦後、倭国には唐・新羅軍侵攻の脅威があり、防衛体制の整備が急務であった」(『朝鮮三国の動乱と倭国』森公章)

という従来の一般的な解釈に対し、武力を持たない敗戦国がしなければならないのは、「防衛」ではなく「外交」であったはずだと、この著者は主張する。

全軍をあげて戦い、壊滅的な敗北を喫した倭国が、肝心の兵力がない状況で防衛施設を築くことは防衛的に意味がない、というのである。

だから・・・

<大宰府に築かれた朝鮮式山城は防衛施設ではない>

これは、対馬から瀬戸内海経路で大和まで点々と設けられた「通信施設」の一つとして、進駐してくる唐軍が自分たちのために、百済人の指導によって作らせたものなのだ。

<大和から近江への遷都は防衛上の意図ではない>

唐が占領軍の司令部を飛鳥に置いたため、明け渡しを余儀なくされた大和朝廷は、強制的に都には不適な大津へと遷都させられたのである。

つまり・・・

この時点で、自らが指揮した白村江の戦いにおける敗戦国としての立場を、当事者として認識していた倭国の大王・天智は、

唐からの降伏調印の要求に唯々諾々と応ずる以外になく、その後に待ち受ける問責と賠償請求という難問に、国の存亡を賭けて立ち向かおうとしていたのだった。

天智朝はわずか十年で終わる。天智10年(671)12月3日に天智が大津宮で崩御するからである。斉明朝に決定した百済復興軍への救済に始まり、白村江の戦で敗北を喫し、その後、唐の羈縻政策とのせめぎ合いに明け暮れた十年であったといえよう。母親の後始末で始まり、戦争の後始末で終わった一生であったともいえよう。

え?『日本書紀』には、唐の羈縻政策のことなど一切記載されていないじゃないかって?

もしも 「そんなことはなかった」 ことにできるのならば、わざわざ敗戦後の屈辱的な状況を歴史に書き残したくないと考えるのは、当然のことだろう。

唐と結託して高句麗を討った新羅は、その後突如として反旗を翻し、朝鮮半島から唐を排斥する。

一方、倭国においては天智の死後、近江朝は半年ともたずに、大海人王子の政権簒奪により天武朝となる。

<壬申の乱>による再リセットである。

この二つの出来事により、『日本書紀』の記事内容は大きく書き換えられた可能性を考える必要がある、というのだった。

以前ご紹介した、『白虎と青龍』と併せ読まれることで、

古代日本の国家成立への道程が、東アジアの勢力圏のせめぎ合いの中に、鮮やかに浮かび上がってくるに違いない。

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『ブラック・ヴィーナス 投資の女神』

(城山真一 宝島社)

なぜこんな目立つような格好をしているのか――一度本人に訊いたことがある。彼女いわく、「看板の代わり」なのだという。携帯電話と電子メールでしか依頼を受ける方法がない彼女にとって、その独特の姿が看板、つまり、宣伝効果になるらしい。

黒のスーツに黒のブラウス。
膝上丈のミニスカートから伸びる細長い足。
うなじのあたりできれいに揃えられた白金色の髪。
まるでフィギュアのような風貌。

<黒女神>

金が必要な人間は、“自分がもっとも大切にしているもの”を差し出しさえすれば、それと引き換えに希望した金額を、

それがどれだけ高額であろうとも、必ず手に入れることができる。しかも、返済は一切不要なのだ。

という「都市伝説」が、資金繰りに行き詰まった中小企業の社長たちの間で、まことしやかに広まっていた。

彼女は株取引の天才で、わずかな種銭さえあれば、どれだけでも金を増やすことができる、というのだった。

「雨の日に傘を貸さない人間にはなりたくなかったんです」

という理由でメガバンクを退職し、石川県庁の臨時公務員として、金融の苦情相談の仕事をしていた百瀬良太は、

受け継いだ零細工場の経営が危うくなり、<黒女神>に救いを求めた兄に、噂通りいとも簡単に用意された4千万円の見返りとして、

<黒女神>こと二礼茜の助手となり、彼女の指示があるときに限って行動を共にする羽目となり、

やがて壮絶な金融取引の舞台裏に、否応なく引き摺り込まれていくことになるのだった。

第14回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。

老舗和菓子屋の社長に、娘三人の学資三千万円と引き換えに用立てられた五億円。

28歳で急逝した歌姫の父が、まともじゃない連中に払い続けねばならなくなった大金を準備して欲しいという依頼。

<黒女神>への報酬の約束を破って立候補にこぎつけたた元高級官僚と、<黒女神>を報酬として拉致の依頼を引き受けたヤクザの顛末。

まるで<半沢直樹>のTVドラマを見るかのような一話完結のお話を、軽快なテンポで読み進んでいくうちに、

日本の中小企業の最先端技術の乗っ取りを企む中国企業の狙いを阻止せんがための、国家的使命を帯びたミッションに収斂していくという大団円を迎えるのも、

最終回二週連続スペシャルのお約束といえば、お約束なのではある。

しかし、これを“ミステリー”と呼ぶには、<黒女神>の天才の証明が、あまりにもお粗末だったような気がするのは、期待し過ぎていたからなのだろうか?

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『戦略がすべて』

(瀧本哲史 新潮新書)

日本人は「競争」というと、同じ方向に同じように走って、頑張った人が勝つようなイメージを持つかもしれない。いわばマラソンのイメージだ。あるいは、ルートが決まっているコースをチームで繋ぎ合う駅伝のイメージかもしれない。いずれも、日本人に人気があるスポーツだ。

しかし、実際の競争では全く違うルートをとったり、今までのルールを変えてしまったりした者が、勝利することになる。

たとえば、自動車のような新しい技術を発明して、桁違いのスピードで追い抜くことさえ「あり」なのだ。

<最強の軍隊はアメリカ人の将軍、ドイツ人の将校、日本人の下士官と兵だ。最弱の軍隊は中国人の将軍、日本人の参謀、ロシア人の将校、イタリア人の兵だ。>

と、その組織における現場力の強さに比して、圧倒的に見劣りする意志決定能力のなさを、揶揄されてしまう私たち、

「日本人には戦略がない」 (これは悲しいことに、ジョークになってしまうほど、世界中に流布してしまった定説なのだ。)

そして残念なことに、<戦術の失敗は戦略で補うことが可能だが、戦略の失敗は戦術で補うことはできない>というのが、「戦略論」の定石なのである。

<バカは市場で勝ち残れない。>

という過激な帯をまとったこの本は、『僕は君たちに武器を配りたい』でビジネス書大賞を受賞した「戦術論」のカリスマが、

<戦略的思考>を身につけるためには、机上の空論ではなく、「実戦」の場に出て多くの問題を解き、その成否を検証するプロセスを何度も経験することが重要だと、

24の「必勝パターン」を俎上に乗せ、ケーススタディを大量にこなすための「疑似トレーニング」を用意してくれたものなのだ。

「コケるリスクを排除する」――AKB48の方程式

(複数のタレントを包括する「プラットフォーム」を作れば、「誰が売れるかわからない」などというリスクを回避できる。)

「勝てる土俵を作りだす」――オリンピックの方程式

(どの土俵なら勝てるかを見極め、メダルを取りやすい競技に集中して、徹底的に勝負する。)

「ネットの炎上は必然である」――ネットビジネスの方程式

(詐欺メールは最初から明らかにおかしいものを提示し、それでもおかしいと思わない「カモ」を選び出している。)

「身近な代理人を利用する」――地方政治の方程式

(すべての人が無能と判断される職階まで昇進でき、そこでとどまるような組織では、無能な人ばかりが各ポストに配置される。)

などなど、これは身の回りに起きている出来事や日々目にするニュースを題材にして、戦略的に「勝つ」方法を考える習慣を身に付けるためには、必修の「練習帳」なのである。

戦略を考えるというのは、今までの競争を全く違う視点で評価し、各人の強み・弱みを分析して、他の人とは全く違う努力の仕方やチップの張り方をすることなのだ。
そういう意味で言うと、「戦略」は弱者のためのツールでもある。同じ戦い方で正面から衝突すれば、もともと強い者が勝つだろう。だから弱者が勝つためには、戦いのルール自体を変えたり、攻守を逆転したりして、大胆な転換を模索するしかない。


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『地名の楽しみ』

(今尾恵介 ちくまプリマー新書)

ある英国の地名学者が地名のことを「過去への道標(Signposts to the Past)」と表現した。道標になり得ない地名も、もちろん今の日本では溢れかえっているけれど、地名を実際に復活させるかどうかは別として、埋もれてしまった道標を地道に掘り起こし、過去と現在を結びつける作業は必要だ。

東村山市、東大阪市、東久留米市は、いずれも頭に「東」のつく市なのだが、その意味合いは少しずつ異なっているのだという。

「東村山市」は、中世の武士団・村山党の本拠地である村山地方の<東部>にあたるということで、明治22年の町村制施行に際して命名されたものである。 

「東大阪市」は、昭和42年に枚岡市、布施市、河内市の3市が合併して誕生したのだが、こちらは巨大都市・大阪の<東隣>に位置する、ということを意識している。

さて「東久留米市」はといえば、こちらは東京都北多摩郡にあった久留米村が、戦後になって人口が急増したため、昭和45年の市制施行に至ったのだが、

「市名は同名を避けるべし」という、当時の自治省の行政指導を受けて、名乗らされることになったものなのだ。

つまり、明治22年に市制施行した大先輩である、福岡県の久留米市に敬意を表するかのように、それよりはるかに<東方>に位置することを表現したのである。

「花小金井」駅が、東京都小金井市の隣の小平市にありながら、小金井と名付けられたのはなぜか。

(花見の名所「小金井の桜」の最寄り駅であることをアピールした、西武鉄道の経営戦略だった。)

「湯布院」町にある由布院温泉に、温泉であるにもかかわらず「湯」がないのはなぜか。

(「湯布院」町は、昭和30年に由布院町と湯平村が合併して成立した合成地名なのである。)

「上越妙高」駅へ行くのに、上越新幹線に乗ってはいけないのはなぜか。

(上越新幹線は上州・群馬県と越後・新潟県を結んでいるから「上越」なのだが、高田市と直江津市が合併してできた上越市へ行くのは北陸新幹線である。)

え?だからどうしたって?
そんなこと知ってたって、なんの役にも立ちゃしないって?

最近、半世紀近く前に消えた城下町などの、地名を復活させる事例が目立つようになってきた。(我がふるさと、金沢市は特に熱心のようである。)

地名を復活させたところでなんの得にもならず、様々なものの表示を書き換えるのに、面倒なことばかりであるにもかかわらず、

地名を復活させた地区の住民の表情は、まるで「ご先祖さんを取り戻した」かのように、どこか誇らしげだ。

<たかだか100年前の東京を舞台にした夏目漱石や永井荷風の作品を読んでも、その場所をたどることができないなんて・・・>

これは、「わかりやすい地名」を目指そうとするあまり、連綿と積み重ねてきたはずの歴史を失い、全国一律の「のっぺらぼうな」風景になっていく、

そんな世間の風潮を心から憂う、地形図に親しみ、時刻表を愛する著者からの、ささやかな贈り物のような本なのである。

思えば人間は生来的に「過去を記録する動物」である。さまざまなアーカイブ(文書)を調べるにしても、まずはその見出しラベルとしての地名さえしっかりしていれば、それらの文書は生き生きと輝いてくるに違いない。

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『一般意志2.0』―ルソー、フロイト、グーグル―

(東浩紀 講談社文庫)

本書はいわゆる社会思想の本である。また情報社会の本でもある。しかし、一般に「思想」や「情報」という言葉が冠せられる多くの書物と異なり、本書の主張はきわめて単純だ。

<民主主義の理念は、情報社会の現実のうえで新しいものへとアップデートできるし、またそうするべきだ。>

いまから二世紀半前に記されたジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』が提出した「一般意志」の理念は、人民主権の理念を説いたものとして、フランス革命に決定的な影響を与えたのだが、

人民の総意を意味する造語とされた、この「一般意志」にルソーがイメージしていたものは、

いま、あなたが漠然と頭に思い描いたような、「民意」や「世論」なるものとは、実は大きく異なるものだった。

「一般意志」とは、「個人一人ひとりの意志」(特殊意志)の集合ではあるが、それは私的な意志の利害の総和でしかない「みんなの意志」(全体意志)などではなく、

そこから相殺しあうプラスとマイナスを取り除いた「差異の和」として残るものだというのである。

つまりそれは、ルソーの時代にはまだなかった、現在の数学的概念を導入すれば、スカラーの和ではなくベクトルの和として、方向性を持ったものとして捉え直す事ができるということなのだ。

このようにして、その解釈をめぐっては誤解されることも多かったルソーの「一般意志」の概念を、極めて明晰な議論の下に再検討してみせた著者は、

21世紀のいま、コンピュータとネットワークに覆われた情報社会の視点で、つまり著者お得意の、グーグルやツイッターからルソーを読み替えれば、

驚くほどすっきりと、シンプルかつクリアに理解できることに気付き、「一般意志」の新しい定義を提示してみせる。

近代民主主義の基礎である「一般意志」は、つまるところ集合的な無意識(@フロイト)を意味する概念だった。

しかるに、情報技術は集合的な無意識を可視化する技術であり、だとすれば、

これからの統治は、選挙を行い、議員を選出し、時間をかけて政策審議を繰り返すなどという厄介な手続きを打ち棄てて、

市民の行動の履歴を徹底的に集め、その分析結果に従って行なえばよいということにはならないか。

視聴者の反応がたえずコメントモニタとして可視化され、密室で行なわれる議論にフィードバックされる、

「ニコニコ生放送」の討論番組のように・・・

というのが、極めて斬新であるだけに、また極めて誤解を受けやすいに違いない、この著者が思い描いた未来社会の「夢」のようなのである。

民主主義は熟議を前提とする。しかし日本人は熟議が下手だと言われる。・・・けれども、かわりに日本人は「空気を読む」ことに長けている。そして情報技術の扱いにも長けている。それならば、わたしたちはもはや、自分たちに向かない熟議の理想を追い求めるのをやめて、むしろ「空気」を技術的に可視化し、合意形成の基礎に据えるような新しい民主主義を構想したほうがいいのではないか。・・・そのとき日本は、民主主義が定着しない未熟な国どころか、逆に、民主主義の理念の起源に戻り、あらためてその新しい実装を開発した先駆的な国家として世界から尊敬され注目されることになるのではないか。

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『ミドルセックス』

(Jユージェニデス 早川書房)

わたしは二度生まれた。最初は、1960年1月、デトロイトでは稀なスモッグの晴れた日に、ゼロ歳の女児として。そして、次は、1974年8月に、ミシガン州ペトスキー近くの救急処置室で、十代の少年として。

1922年、トルコの山中の小集落に暮らしていたギリシャ人、デズデモーナとレフティーは、トルコとギリシャの戦争で壊滅状態となった村を棄て、

先に渡米していた従姉妹のスーメリナを頼って、デトロイトへと向かった貨物船の上で、長い間心に秘めてきたお互いへの思いを果たす。

純然たる姉弟だった二人は、夫婦として新しい世界に飛び込んで行ったのだった。

レフティーが開業した食堂を受け継ぎ、ハンバーガー・チェーンに育て上げた息子のミルトンは、スーメリナの娘テッシーと結婚し、

長男のチャプターイレヴンに続いて生まれた女の子が「わたし」、カリオペ・ステファニデスなのだ。

<5―α―還元酵素欠乏症>

巨大な女性器のようにしか見えない男性器を天から授けられることになった<偽半陰陽>の典型的症例ゆえに、

同級生には、いつまでも<女>にならないと嘲笑され、
医者や専門家には、モルモット扱いでいじくりまわされ、
正体を知らない赤毛の女の子とその兄がわたしに恋した。

男であるという烙印を押されてからも、自分の女の部分をそのままにして、覗き窓付きのプールに入って下半身を晒し、神話の存在に成り上がりもした。

成人してからは、カル・ステファニデスという米国国務省の職員となって、今は41歳の大人の男性として、

<両性具有者>として送ることを余儀なくされた、数奇なる半生を独り語りした物語である・・・

だけならば、確かにそれでも十分面白かったには違いないが、この作品が「ピュリッツアー賞」を受賞するほどの評価を受けることはなかったに違いない。

わたし(カリオペ)の語りは、自らが誕生する瞬間どころか、実は祖父母であるデズデモーナとレフティー姉弟のトルコ時代の青春譜にまでさかのぼり、

まるで自分の目と耳で見聞きしたことでもあるかのように、鮮やかに描かれている。

そう、これはステファニデスというギリシャ系一族が、先祖伝来の正業である養蚕のように紡ぎだして見せた、

「遺伝子」のオデッセイとでもいうべきものだったのだ。

「あんた、今は男の子なんだね、カリオペ?」「まあね」
祖母はそれを受けいれた。「わたしの母さんがね、よくおかしなことをいってたよ」祖母はいった。
「村では、昔、ときどきあったっていうんだよ。女の子みたいに見えてた赤ん坊がね、それがそのあと――15、6になると――男の子みたいになるんだと!母さんからそんな話を聞かされたけど、わたしはまるで信じなかったよ」


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