(市川沙央 文藝春秋)
私は29年前から涅槃に生きている。成長期に育ちきれない筋肉が心肺機能において正常値の酸素飽和度を維持しなくなり、地元中学の教室の窓際で朦朧と意識を失った時からずっと。
<歩道に靴底を引き摺って歩くことをしなくなって、もうすぐ30年になる。>
湾曲したS字の背骨が右肺を押し潰す「先天性ミオパチー」という難病を抱える40代の釈華は、<普通に子どもを宿して中絶がしてみたい>という夢を持っていた。
自分の曲がった身体の中で胎児は上手く育たないだろうし、出産にも耐えられないだろうが、生殖機能に問題はないのだから、たぶん妊娠と中絶までならば・・・
私は(正しい設計図を内蔵していた)あの子たちの背中に追い付きたかった。産むことは出来ずとも、堕ろすところまでは追い付きたかった。
本年度「芥川賞」受賞作品。
自身が障害者である著者の受賞写真を目にしたが、まだ未読であるという方が、冒頭のような紹介から想像するであろう筋書きを、この小説は軽く凌駕してくれる。
どうも、ライターのミキオです。今回は、ハプニングバーの超有名店「×××××」に潜入取材してまいりました。ではさっそくレッツゴー。
とアカウント名 Buddha で男性風俗レポーターとしてコタツ記事を、Shaka では女性向けの官能ライトノベルをテキストアプリに打込むバイトをしているのだが、
(高齢処女重度障碍者の書いた意味のないひらがなが画面の向こうの読者の「蜜壺」をひくつかせて小銭が回るエコシステム。)
そんな「いかがわしい」記事で稼いだ収入は全額、居場所のない少女を保護する子どもシェルターやフードバンクやあしなが育英会に寄付しているのは、
彼女が毎日を過ごすグループホームの土地建物は彼女が所有しており、他にも多くの家賃収入があって、親から相続した億単位の現金資産もあったからだ。
(親が頑張って残した財産は、係累なく死ねば国庫行きとなる。生産性のない障害者が気に入らない人々もそれを知れば留飲を下げてくれるのではないか?)
そんなある日、いつも不愛想な若い男のヘルパーが、彼女が「紗花」の名で下品な妄言を吐き出しているアカウントを、随分前から読んでいたことに気付かされる。
(せむし<ハンチバック>の怪物の呟きが真っ直ぐな背骨を持つ人々の呟きよりねじくれないでいられるわけもないのに。)
「そんなに妊娠したいんですか。ああ、中絶だっけ」
「田中さんだってあるでしょう。どうしても欲しいものとか、したいこととかは」
それなら「1億ほしい」という、165センチの自分より背の低い田中に、「1億5500」で妊娠させてくれるよう依頼する。
「田中さんの身長分です。1センチ100万。あなたの健常な身体に価値を付けます」
というわけで、この先どうなったかという物語の筋は筋として、重度の障害を抱えて生きる著者の稀有な心象の吐露が痛烈である。これは究極の「悪態」小説なのだ。
私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓

私は29年前から涅槃に生きている。成長期に育ちきれない筋肉が心肺機能において正常値の酸素飽和度を維持しなくなり、地元中学の教室の窓際で朦朧と意識を失った時からずっと。
<歩道に靴底を引き摺って歩くことをしなくなって、もうすぐ30年になる。>
湾曲したS字の背骨が右肺を押し潰す「先天性ミオパチー」という難病を抱える40代の釈華は、<普通に子どもを宿して中絶がしてみたい>という夢を持っていた。
自分の曲がった身体の中で胎児は上手く育たないだろうし、出産にも耐えられないだろうが、生殖機能に問題はないのだから、たぶん妊娠と中絶までならば・・・
私は(正しい設計図を内蔵していた)あの子たちの背中に追い付きたかった。産むことは出来ずとも、堕ろすところまでは追い付きたかった。
本年度「芥川賞」受賞作品。
自身が障害者である著者の受賞写真を目にしたが、まだ未読であるという方が、冒頭のような紹介から想像するであろう筋書きを、この小説は軽く凌駕してくれる。
どうも、ライターのミキオです。今回は、ハプニングバーの超有名店「×××××」に潜入取材してまいりました。ではさっそくレッツゴー。
とアカウント名 Buddha で男性風俗レポーターとしてコタツ記事を、Shaka では女性向けの官能ライトノベルをテキストアプリに打込むバイトをしているのだが、
(高齢処女重度障碍者の書いた意味のないひらがなが画面の向こうの読者の「蜜壺」をひくつかせて小銭が回るエコシステム。)
そんな「いかがわしい」記事で稼いだ収入は全額、居場所のない少女を保護する子どもシェルターやフードバンクやあしなが育英会に寄付しているのは、
彼女が毎日を過ごすグループホームの土地建物は彼女が所有しており、他にも多くの家賃収入があって、親から相続した億単位の現金資産もあったからだ。
(親が頑張って残した財産は、係累なく死ねば国庫行きとなる。生産性のない障害者が気に入らない人々もそれを知れば留飲を下げてくれるのではないか?)
そんなある日、いつも不愛想な若い男のヘルパーが、彼女が「紗花」の名で下品な妄言を吐き出しているアカウントを、随分前から読んでいたことに気付かされる。
(せむし<ハンチバック>の怪物の呟きが真っ直ぐな背骨を持つ人々の呟きよりねじくれないでいられるわけもないのに。)
「そんなに妊娠したいんですか。ああ、中絶だっけ」
「田中さんだってあるでしょう。どうしても欲しいものとか、したいこととかは」
それなら「1億ほしい」という、165センチの自分より背の低い田中に、「1億5500」で妊娠させてくれるよう依頼する。
「田中さんの身長分です。1センチ100万。あなたの健常な身体に価値を付けます」
というわけで、この先どうなったかという物語の筋は筋として、重度の障害を抱えて生きる著者の稀有な心象の吐露が痛烈である。これは究極の「悪態」小説なのだ。
私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓
