(Tチャン ハヤカワ文庫)

光の屈折というのを覚えているだろうか?空気中から水中へはいる光の経路は、水面で下に折れ曲がる。お風呂の底が浅く見えるというあれである。

なぜ光は屈折するのか。それは空気中と水中では光の速度が違うからである。水中では光は遅く進む。

では改めて、それでなぜ光は屈折するのか。
「光は常に最短の経路を進もうとする。」からである。

空中のA点から水中のB点まで、直線で進むよりも、速度の速い空中を余計に通過した方が(例え距離的には長くなっても)早い。しかし水中の経路を最短にするために水面に直角に進む経路を選んだのでは迂回が大きすぎて遅くなってしまう。中を取って丁度いい水面上のC点を選択し、そこで屈折するのである。

では、それは誰が決めるのか?
光が自分で決めるのだとしたら、いつ決めるのか?

何度か試して決めるというわけにはいかないとすれば、光にはあらかじめ最短経路がわかっていることになる。


これが表題作「あなたの人生の物語」のヒントとなった物理学の変分原理だと聞かされたあなたは、取るものもとりあえず近くの本屋へ走るでしょう。

そして気付くの。
「読みたい本っていうのは、探すとなかなか見つからないものだ。」ということに。

で、ようやくアマゾンで手に入れた本を、まずは最初の1篇から読み出したあなたは後悔することになるわけ。
だって「バビロンの塔」「理解」「ゼロで割る」と続く導入の3篇が、打ち出すと止まらない巨人打線のようにあなたに襲い掛かり、肝心の4番打者が出て来る前に、誰かと語らずにはいられなくなるわけだもの。
もう明け方近くだというのにね。

思わず「あなたの人生の物語」風の語り口となってしまうほどに、はまり込んでしまった、この短編集に収められた珠玉の8篇。

そのすべてが、長編でも描くことの難しい完璧な独自の世界を構築しているその8篇が、この天才作家の今のところのすべての作品であることを、わたしは驚愕の思いで受け止めている。

駄作が一つもないことと、次に読むべきものがないことに。


<付記>
今日は時間がないので、以前の「徒然読書日記」から、特に「お奨めの本」を再掲させていただきました。