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土曜日は、ある会合の催しで、東山界隈を散策しました。
梅雨の晴れ間の、冗談のような快晴は、日頃の行いがよさ過ぎるせいか、熱射病を心配せねばならないほどの暑さでした。


スタートは「宇多須神社」。
養老2年(718)創建という、由緒正しき神社、地元では「毘沙門さん」と呼ばれて親しまれています。
宇多須神社の脇の坂道「子来坂」を息を切らせながら昇り、美食家・北大路魯山人が愛したという料亭「山乃尾」を横目に通り過ぎて、


なにやら怪しげな脇道に誘い込まれるかのようにたどり着いたのは、「茶店」という名の食べ物処。
見晴らし絶景の「隠れ家」のような空間で、吹き抜ける清すがしい「涼風」を最大のご馳走に、まずは昼食となりました。
昼食後は、今が盛りの「花菖蒲園」を鑑賞してから、
金沢城の「鬼門」を護る「摩利支天」を本尊とするという、真言宗の古刹「宝泉寺」にて、ご住職の法話。
この時ばかりは、違う時空の流れの中に身を置いたかのような「濃い」体験をさせていただきました。


その後はいよいよ「裏東山」の界隈散策へ。
徳田秋声記念館の陰にある昆布〆屋「やまきち商店」。
安政5年の米騒動の首謀者の霊を祀る「七稲地蔵尊」。
(この向かい側に「くりゑンテ」という人気の料理屋さんもあります。)


明治37年建築の「経田屋米穀店」。
藩政期からの老舗「福島三絃店」。
旧観音町通り沿いは、伝統的保存建築物の宝庫。
その多くが、単なる観光客用の書割ではなく、今も変わらず、昔ながらの生業を保ち続けているというところが、
「東山」という檀那文化が育んだ町の「底力」なのではないかと思っています。


散策の最後は、道路が一段と狭くなる「木町」の界隈へ。
同業者がどんどん廃業しているというお話を、七代目という若い後継者から聞くことができた「高木糀商店」。
本日の締めくくりは「極楽屋」。
無農薬・100%の「人参ジュース」で渇いたのどを潤しました。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
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土曜日は、ある会合の催しで、東山界隈を散策しました。
梅雨の晴れ間の、冗談のような快晴は、日頃の行いがよさ過ぎるせいか、熱射病を心配せねばならないほどの暑さでした。
スタートは「宇多須神社」。
養老2年(718)創建という、由緒正しき神社、地元では「毘沙門さん」と呼ばれて親しまれています。
宇多須神社の脇の坂道「子来坂」を息を切らせながら昇り、美食家・北大路魯山人が愛したという料亭「山乃尾」を横目に通り過ぎて、
なにやら怪しげな脇道に誘い込まれるかのようにたどり着いたのは、「茶店」という名の食べ物処。
見晴らし絶景の「隠れ家」のような空間で、吹き抜ける清すがしい「涼風」を最大のご馳走に、まずは昼食となりました。
金沢城の「鬼門」を護る「摩利支天」を本尊とするという、真言宗の古刹「宝泉寺」にて、ご住職の法話。
この時ばかりは、違う時空の流れの中に身を置いたかのような「濃い」体験をさせていただきました。
その後はいよいよ「裏東山」の界隈散策へ。
徳田秋声記念館の陰にある昆布〆屋「やまきち商店」。
安政5年の米騒動の首謀者の霊を祀る「七稲地蔵尊」。
(この向かい側に「くりゑンテ」という人気の料理屋さんもあります。)
明治37年建築の「経田屋米穀店」。
藩政期からの老舗「福島三絃店」。
その多くが、単なる観光客用の書割ではなく、今も変わらず、昔ながらの生業を保ち続けているというところが、
「東山」という檀那文化が育んだ町の「底力」なのではないかと思っています。
散策の最後は、道路が一段と狭くなる「木町」の界隈へ。
同業者がどんどん廃業しているというお話を、七代目という若い後継者から聞くことができた「高木糀商店」。
本日の締めくくりは「極楽屋」。
無農薬・100%の「人参ジュース」で渇いたのどを潤しました。
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