いらっしゃいませ。まずはクリックを→
ある会合で開催してきた「金沢探訪」。(「金沢学」は使用禁止です。)
「大野」「東山」と続いて、
今回は「横安江町」から「笠市町」「此花町」と、金沢駅周辺を巡り歩きました。


横安江町の象徴とも言うべき「アーケード」が撤去されて、「金沢表参道」と名前が変わるとか、変えられないとか、何かと話題になったのは、もう何年前のことだったでしょうか?


横安江町に、東別院以外に、こんなに「由緒ありげ」な、面白そうな建物が残っているなんて、アーケードが外されなければ、気付くことはありませんでした。
ということは、アーケードが外されてから、初めて来たということになるわけですが・・・
昭和初期?ひょっとしたら大正?


こちらは、アーケードがあった当時から、有名だった「食堂」、テレビ等でも紹介されていました。
もう一つのほうは、アーケード出口にある、お花屋さんですが、元は薬局らしく、登録有形文化財とあるからには「由緒ある」建物のようです。


道路を渡って、西別院や安江八幡のある、笠市町、此花町の区画へ。
古地図を見ると、このあたりの「町割り」は、江戸時代とほとんど変わっていないことがわかります。
本筋を横につなぐのは、「けものみち」のような「生活道路」、もちろん車は通行できません。
「3丁目の夕日」に出てくる「医院」のようなこの建物は、なんと「印刷屋」さん。


このあたりの旧町名を見ると、
「木ノ新保」「此花」「荒町」「鍛冶町」「象眼町」「笠市町」「瓢箪町」「極楽橋」と、
かつての生活文化の香りが漂ってくるような趣が。
「象眼町」は「ぞうがねまち」と読みます。
統合でなくなった「此花小学校」の跡地には「二宮金次郎」の銅像が、残されていました。
夕涼みの打ち上げは、知る人ぞ知る、天津料理の名店「仙桃」で。
(隣に銭湯があるから「せんとう」なのではなくて、ママさんの名前が「仙桃」なんです。)
渇ききった喉を潤す「ビール」と、こだわりの「点心」に、至福の思いを味わうことができました。
(あまりの美味しさに写真を撮るのを忘れてしまいました。)
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓

ある会合で開催してきた「金沢探訪」。(「金沢学」は使用禁止です。)
「大野」「東山」と続いて、
今回は「横安江町」から「笠市町」「此花町」と、金沢駅周辺を巡り歩きました。


横安江町の象徴とも言うべき「アーケード」が撤去されて、「金沢表参道」と名前が変わるとか、変えられないとか、何かと話題になったのは、もう何年前のことだったでしょうか?


横安江町に、東別院以外に、こんなに「由緒ありげ」な、面白そうな建物が残っているなんて、アーケードが外されなければ、気付くことはありませんでした。
ということは、アーケードが外されてから、初めて来たということになるわけですが・・・
昭和初期?ひょっとしたら大正?


こちらは、アーケードがあった当時から、有名だった「食堂」、テレビ等でも紹介されていました。
もう一つのほうは、アーケード出口にある、お花屋さんですが、元は薬局らしく、登録有形文化財とあるからには「由緒ある」建物のようです。


道路を渡って、西別院や安江八幡のある、笠市町、此花町の区画へ。
古地図を見ると、このあたりの「町割り」は、江戸時代とほとんど変わっていないことがわかります。
本筋を横につなぐのは、「けものみち」のような「生活道路」、もちろん車は通行できません。
「3丁目の夕日」に出てくる「医院」のようなこの建物は、なんと「印刷屋」さん。


このあたりの旧町名を見ると、
「木ノ新保」「此花」「荒町」「鍛冶町」「象眼町」「笠市町」「瓢箪町」「極楽橋」と、
かつての生活文化の香りが漂ってくるような趣が。
「象眼町」は「ぞうがねまち」と読みます。
統合でなくなった「此花小学校」の跡地には「二宮金次郎」の銅像が、残されていました。
夕涼みの打ち上げは、知る人ぞ知る、天津料理の名店「仙桃」で。
(隣に銭湯があるから「せんとう」なのではなくて、ママさんの名前が「仙桃」なんです。)
渇ききった喉を潤す「ビール」と、こだわりの「点心」に、至福の思いを味わうことができました。
(あまりの美味しさに写真を撮るのを忘れてしまいました。)
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓