(平川克美 NTT出版)

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裁判長は、判決を言い渡した後で、ハンディキャップのある子どもを持つ母親からの手紙を紹介し始めた。「大きな夢を持ち、会社を起こし、上場企業までにした被告に対し、あこがれに似た感情を抱いて働く力をもらった。ためたお金でライブドア株を購入して今でも持ち続けている。」これが手紙の文面である。

「ライブドア事件」には多くの被害者がおり、堀江貴文はその「善意の株主」の信頼を裏切ったとする、マスコミの論調に対し、著者は違和感を覚える。

ハンディキャップを負う子どもの母は、どうして「夢は本当は金では買えない」ということを教えようとしなかったのかと、私なら思う。世のハンディとは、そのために合理的な利益を享受できないというような等価交換の価値観がつくる文脈において、ハンディなのであり、それを克服するとは、その文脈自体を変えることではなかったのかと思うのである。

前著『反戦略的ビジネスのすすめ』(洋泉社)で、
「会社で働くとはどういうことなのか」を斬新な視点から突き詰めて見せてくれた著者が、

今度は「会社とはどういうものなのか」を問い詰め、たどり着いた結論とは、

私は、会社の「内部」を貫徹しているものの考え方というものが、私たち個人の考え方や、渡世の常識といわれるものと齟齬をきたし、ときには倒立したものとなっているということに、会社というものの本質的な特徴があるのではないかと思っているのである。

「不二家」にしても、「雪印」「三菱自動車」「パロマ」の場合でも、「質の悪い」経営者によって引き起こされた不祥事であると断を下してしまえば簡単だが、

むしろ「所有」と「経営」が分離しているという「株式会社」というかたち自体が、こういう事件を起こす必然性を持っているというのである。
それが「株式会社という病」なのだと。

どこまで行っても会社の目的とは、利益を最大化するということになる。本質的には会社にはそれ以外の目的は存在していない。そして、その目的は私たち人間の目的でもある。ただし重要なことは、会社にとっては、それが唯一の目的であるが、人間にとってはいくつかある目的のうちのただ一つでしかないということである。

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