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菊川は町人の歓楽街だったことを皆さんご存じでしょうか?
江戸時代は、菊川界隈には足軽と町人が通りを隔てて住んでいました。芝居小屋を中心に、多くの店が建ち並び、明治18年(1885)の大洪水まではかなり賑わっていたようです。一方、犀川の対岸、十一屋では江戸時代の初期より開墾が始められ、前田家の墓参りの道筋でもあります。戦時中は周囲が練兵場となり、兵隊さんの日用品の供給や息抜きの場として、賑わっておりました。
(水先案内人・林正人さんの当日配布資料の「口上」より)
というわけで、恒例の「金沢たんてい学」。
今回探訪することになったのは「菊川から十一屋」と、えらくマイナーな選択となりましたが・・・
午後3時、「雨嵐」の予報に不安げに傘を持って石川県幸町庁舎前に集合した面々でしたが、いつものように「事前学習」に励む健気な姿が天に通じたのか、雨雲は吹き払われ「薄日和」と、探訪には絶好の空模様となったのでした。
そんな歴史深き界隈ですが、残念ながらそんな賑わいの痕跡も、今は僅かしか残っていません。想像力を精一杯働かせて、藩政期の菊川と終戦以前の十一屋を感じてみてください。
と、林さんもおっしゃる通り、ほとんどは昔どおりの道路の形状や町割りにしか、かつての「名残り」をとどめていないように見えて、


「早道町」(足軽飛脚の町)
「台所町」(大名家出入りの板前さんの町)
といった「旧町名」や、
法然寺の「小金(こきん)形見地蔵」(泉鏡花の「照葉狂言」の元となった「お銀と小金」の姉妹の秘話)
江戸文政期には金沢一の歓楽街だった「川上芝居」の芝居小屋跡(現在は菊川町小学校)
などの「史跡」に、しっかりその「栄華の跡」をとどめていますし、


「鍋谷家」(築150年の染め物屋)
「北村家」(珍しい妻入りの足軽屋敷)
などなど、歴史的な町並みの痕跡もまだまだ残されていることに気付かされることになったのでした。


こちらは、「飛び入り」にもかかわらずお話を伺うことができた、
「平木屋旗店」(江戸末期、登録有形文化財)
城下町金沢の近世の商家の様子を今日に伝える建造物ですが、現在も営業中のバリバリの現役、「蔀戸(しとみど)」もちゃんと昔どおりに使えるのが、平木さんの自慢です。


これは「鞍月用水の取水門」、
かつては、この「油瀬木の堰堤」に、犀川上流から石材などの資材を積んだ沢山の船が着き、ここから馬車に積み替えて町へ運び込んだのだそうです。
美しい「犀川」の夕景に、しばし疲れを癒します。
これから「雪見橋」を渡って、「十一屋」への急坂を登るのです。
え?もう真っ暗だろう?
いえいえ、どうしても行かねばならないのです。


というわけで、お待ちかねの、本日の懇親会は、
創作割烹料理「玉響(たまゆら)」
崖地に立つスキップフロアのアパートを、大改装した建物なので、眺望抜群のカウンター席がある「1階」から、地下の個室へは、それぞれに専用の階段があるという、


「オトナの隠れ家」の雰囲気が満々のシチュエーションの中で、美味しい料理とお酒に舌鼓を打ちながら、
いつものように、ずいぶんと「コドモ」っぽい「オトナの会話」を楽しんだのでした。
(林さん、どうもお疲れ様、本当に有難うございました。)
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
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菊川は町人の歓楽街だったことを皆さんご存じでしょうか?
江戸時代は、菊川界隈には足軽と町人が通りを隔てて住んでいました。芝居小屋を中心に、多くの店が建ち並び、明治18年(1885)の大洪水まではかなり賑わっていたようです。一方、犀川の対岸、十一屋では江戸時代の初期より開墾が始められ、前田家の墓参りの道筋でもあります。戦時中は周囲が練兵場となり、兵隊さんの日用品の供給や息抜きの場として、賑わっておりました。
(水先案内人・林正人さんの当日配布資料の「口上」より)
というわけで、恒例の「金沢たんてい学」。
今回探訪することになったのは「菊川から十一屋」と、えらくマイナーな選択となりましたが・・・
そんな歴史深き界隈ですが、残念ながらそんな賑わいの痕跡も、今は僅かしか残っていません。想像力を精一杯働かせて、藩政期の菊川と終戦以前の十一屋を感じてみてください。
と、林さんもおっしゃる通り、ほとんどは昔どおりの道路の形状や町割りにしか、かつての「名残り」をとどめていないように見えて、
「早道町」(足軽飛脚の町)
「台所町」(大名家出入りの板前さんの町)
といった「旧町名」や、
法然寺の「小金(こきん)形見地蔵」(泉鏡花の「照葉狂言」の元となった「お銀と小金」の姉妹の秘話)
江戸文政期には金沢一の歓楽街だった「川上芝居」の芝居小屋跡(現在は菊川町小学校)
などの「史跡」に、しっかりその「栄華の跡」をとどめていますし、
「鍋谷家」(築150年の染め物屋)
「北村家」(珍しい妻入りの足軽屋敷)
などなど、歴史的な町並みの痕跡もまだまだ残されていることに気付かされることになったのでした。
こちらは、「飛び入り」にもかかわらずお話を伺うことができた、
「平木屋旗店」(江戸末期、登録有形文化財)
城下町金沢の近世の商家の様子を今日に伝える建造物ですが、現在も営業中のバリバリの現役、「蔀戸(しとみど)」もちゃんと昔どおりに使えるのが、平木さんの自慢です。
これは「鞍月用水の取水門」、
かつては、この「油瀬木の堰堤」に、犀川上流から石材などの資材を積んだ沢山の船が着き、ここから馬車に積み替えて町へ運び込んだのだそうです。
美しい「犀川」の夕景に、しばし疲れを癒します。
これから「雪見橋」を渡って、「十一屋」への急坂を登るのです。
え?もう真っ暗だろう?
いえいえ、どうしても行かねばならないのです。
というわけで、お待ちかねの、本日の懇親会は、
創作割烹料理「玉響(たまゆら)」
崖地に立つスキップフロアのアパートを、大改装した建物なので、眺望抜群のカウンター席がある「1階」から、地下の個室へは、それぞれに専用の階段があるという、
「オトナの隠れ家」の雰囲気が満々のシチュエーションの中で、美味しい料理とお酒に舌鼓を打ちながら、
いつものように、ずいぶんと「コドモ」っぽい「オトナの会話」を楽しんだのでした。
(林さん、どうもお疲れ様、本当に有難うございました。)
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