(矢島尚 新潮新書)

要するにPRの本質とは「自分はこういう者です」ということを、まず相手に正確に理解していただくことです。その結果向こうが気に入れば好きになってもらえるし、そういう人を私は好きじゃないと言われればそれは仕方がないことです。

「広告代理店」が、新聞の下の方の広告に関わるマージン・ビジネスであるのに対し、

「PR会社」は、新聞の上の部分の記事に関わるフィー・ビジネスという全くの別物なのだという。

「私たちの商品はこんなに素晴らしいのです」というメッセージを、こちらから発信するのではなく、

自分たちの言いたいメッセージを、第三者が思ったように評価してもらうこと、

そのためには、どのような媒体に、どのようなタイミングで、どのような内容の記者発表をすればよいのかを考えること。

つまり、広告というのが「buy me」(私を買ってください)なのだとすれば、

PRは「love me」(私を愛してください)なのだというのだった。

小泉自民党の選挙アドバイザーとして、「郵政選挙」を圧勝に導いたという、

PR会社「プラップジャパン」の代表が語る「戦略的PRの発想法」とは、

キシリトール、シーガイア、タマちゃんなど、様々なブームの立ち上げに携わった成功事例を見ても明らかなように、

「PR=public relations」という言葉の字義通り、

「大衆や公衆、ひいては社会との関係を向上させて、良好なものにする行為」という極めて真っ当なやり方が、

回り道であるかのように見えて、結局は一番近道の「好かれる方法」なのだというものだった。

私たちは魔法の杖を振り回してカボチャを馬車にすることは出来ません。また一般の人に催眠術をかけて「このカボチャは馬車だ」と信じ込ませることも出来ません。
その代わりに、顔中が灰で汚れている女性の顔を拭いて、本来の美貌を見出すことは出来るかもしれません。さらに彼女をお城まで連れて行って、「この人は王子の妃に向いています」とお勧めすることのお手伝いも出来るかもしれません。
つまり私たちが出来ること、やっていることはあくまでも、対象が本来持っている魅力を最大限にアピールするためのお手伝いなのです。


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