(若桑みどり ちくま学芸文庫)

目に見えるものとして示されている色や形や大きさやひろがりや組み合わせを研究して、それが表現し、伝えている意味を探り、人類の文化の歴史のなかに位置づけ、自分たちの文化にとって意味あるものとして価値づけるのです。そのことによって原始の時代から人類が創造してきた芸術のもつ意味と価値が、人類の歴史や現在、未来のなかでしっかりと位置づけられるわけです。

目に見えない感情や思想やメッセージを、目に見えるかたちのイメージによって表現する、

非言語的な「表現」の行為である「美術」を解釈するためには、

しかし、言語記録を解釈するのとは違った特別な方法が必要になる。

では、どうやってそのようなイメージを解釈すればよいのだろうか?

それぞれの民族や文化の長い底深い伝統に支えられて、ある時代に共通することになったヴィジュアルな特徴(スタイル)を分類し、分類された視覚形式に照らし合わせて個々の作品を位置づける、「様式論」。

なぜある時代にその様式が支配的だったのか。芸術作品が創造された理由や意味を探り、その作品がどういう意味をもって伝承されたかをたどり、人類の総合的な歴史の中に芸術の歴史を関連づける、「図像解釈学」(イコノロジー)。

たとえば、描かれている男や女の姿を、それぞれマリアや聖人や聖職者などと特定し、その画面が聖書やその他の経典や書物や説教のどの部分を描いたのかを特定する。表現されている個々の図像の主題と意味を解明するのが、「図像学」(イコノグラフィー)。

これら三つの方法論を総合的に使用して、著名な美術作品を解釈してみせることで、美術史の知識のない人に、「芸術というものがいかに社会的に意味をもつものであるか」、そのおもしろさを理解してもらいたい。

これは美術史を専門とする著者が、北海道大学教養学部の、つまりは美術史を専門としない学生を相手に行った、五日間のまことに刺激的な集中講義「美術史入門」の記録なのである。

取り上げられた作品は、

≪システィーナ礼拝堂の天井画≫

ミケランジェロが法皇庁の命により礼拝堂に描いたノアの大洪水の構図には、

物質的な快楽や豪奢をむさぼる当時の法皇アレクサンドル六世やローマ教会の堕落に対する神の刑罰としてイタリアは滅亡するだろう、とするサボナローラの危険な予言のイメージが隠されていた。

≪モナ・リザ≫

レオナルド・ダ・ヴィンチは、科学も政治も道徳も、戦争や金儲けさえもが神の名において行なわれていたこの時代において、心の底では神をもはや信じていなかったひとりの個人だった。

四元素の必然の運命によって地球は動き、そして絶え間なく老いていき、やがて終末を迎える。あなたがたは何も知らないのだ、とこの女の人は神秘的な笑顔でほくそ笑んでいるのである。

などなど・・・う〜む、なるほど。

ちょっと、そこのアナタ。これでは、『ダ・ヴィンチ・コード』なんか読んで興奮している場合ではありませんぞ。

おしまいに、こういう話に対して必ず出される反論についていっておきます。
それは、「画家はそんなにむずかしいことを考えて描いたのじゃない。かりにそうだったとしても、絵を理解するのには、ただきれいだ、好きだだけでたくさんだ」といういい方です。これに対しては、私はこう答えなければなりません。少なくとも、ある時期までは、画家は思想を伝えるためにのみ描いていたのです。宗教的か、道徳的か、哲学的か、それはものによってことなりますが、
ある時代までは、絵画は、重要な意味のメディアだったのです。


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