(Mチャウン 集英社新書)

過去100年間における二つの偉大な業績は「量子論」、つまり、原子とその構造についての理論と、アインシュタインの「一般相対性理論」、つまり、空間、時間および重力についての理論である。この二つの理論が、世界と私たちについてほとんどすべてを説明した。

「光は微小な粒子の流れである」ことを最初に理解したのは、アインシュタインだった。光が金属に当たると、まるで小さな弾丸が命中したかのように、一個の電子が蹴り出される。「光電効果」の発見である。

「光が波である」ことを証明したのはトマス・ヤングだった。二本の垂直なスリットを出た光が、お互いの山と谷との重なりで強めあったり弱めあったりして、「干渉パターン」をつくることを示してみせたのである。

しかし、光がある時は「粒子」であり、ある時は「波」であるということはできないのだから、光のもつこの二つの異なるイメージには、どうしても同じ結果を生み出してもらわねばならない。

そこで、微小な粒子が障害物にぶつかり、透過したり反射されたりして、まるで池に広がっていく波のように、空間を通して広がっていく、抽象的な数学的波を想像する。

波が高いところでは、粒子が見出される確率はもっとも高く、波が低いところでは、その確率はもっとも低い。

あたかも、粒子に何をすべきかを教えているかのような、この「確率の波」は、光子だけではなく、原子や電子などすべてのミクロの粒子の振る舞いにもよく当てはまった。

これが、シュレディンガーの「波動関数」である。

ミクロの世界では、同一の事物が同一の環境の中で同じ仕方では振る舞わない。与えられた光子に何が起こるかを確実に知る方法は絶対にない。

『小さなものの世界』を取り扱う「量子論」は、確率を予測するための方法なのである。

「もし光に追いつくことができたなら、光のビームはどんなふうに見えるのだろう?」

という思考実験から、静止した光を見ることは不可能なのだから、どんなに速く移動しても光に追いつくことは決してできないという結論にたどりついた「特殊相対性理論」は、

宇宙にいるすべての人が光の速さについて意見が一致するためには、あらゆる人の物差しと時計が、伸び縮みしなければならないという処方箋となった。

「もしある男が自由に落下すると、その男は自分の体重を感じない。」

という思考実験から、重力と加速度が識別不能であることに思い至ったことで、特殊相対性理論における加速度の縛りを解き放った「一般相対性理論」は、

重力とはつまり「空間の歪み」のことなのだという確信を生んだ。光は歪んだ空間の中を、最短経路を求めて湾曲して進むのである。

これがアインシュタインの「相対性原理」の魔法である。

『大きなものの世界』を取り扱う「一般相対性理論」は、未来を予測するための方法なのである。

さて、ビッグバン理論によれば、宇宙が膨張を始めたその誕生の瞬間には、宇宙は原子よりも小さく、無限大の密度と無限大の熱さを持っていたことになる。

「神がゼロで割った場所」を取り扱うためには、非常に大きなものの理論である「一般相対論」と、原子の領域を扱う「量子論」とが、基本的に両立しないという相克を乗り越えて行かねばならないのだった。

20世紀物理学に高く聳えたつ二つの記念碑に重なりはない。しかし、ブラックホールの核心と宇宙の誕生では論争がある。もし宇宙がどのようにして存在するようになったかを理解したいのなら、アインシュタインの重力理論よりもすぐれた現実的な説明を手に入れる必要があるだろう。私たちには「量子」重力論が必要なのである。

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