(高山文彦  小学館)

部落のあなたが子どもを指導してくれますと/子どもたちに部落が伝ります。/子どもを体験活動に参加させたいのですが参加させられません。/社会教育課を辞めて下さい。/役場を辞めて下さい。/(立花町子ども育成会)

福岡県旧立花町(平成22年八女市に合併)で役場の嘱託職員をしていた山岡一郎(仮名46歳)宛てに、突然そんなハガキが届けられたのは、平成15年12月のことだった。

それから5年近くにわたって、合計で44通の差別ハガキが、山岡本人はもとより、立花町長、学校長、社会教育課長宛てにも、届き続けることになる。

<部落にクソあれ、あんたに不幸あれ>(平成17年3月)
<明けま死んで/おめでとう>(平成19年1月)

まるで愉快犯ででもあるかのように、次第にその表現がエスカレートしていくそのハガキは、

山岡が生まれ育った被差別部落のムラの人たちだけでなく、人権同和教育に取り組んできた人たちの心をも挑発するものだった。

山岡はハガキが届くたびに八女警察署に被害を訴えると同時に、地元の筑後地方は言うに及ばず、遠くは和歌山、京都、東京まで足を運び、

各種団体がひらく大小の研修会や学習会、集会に出席して、涙を流しながら部落差別の被害の苦しみを語るようになる。

自らが部落民であることを隠すために、結婚を機に部落外から嫁いできた妻の姓を名乗ることで、家族を部落差別から守る道を選んだはずの山岡が、

今では、自分の顔と名前と、さらには守るべき家族までもをさらけ出すことで、反部落差別運動の中心で、あたかも悲劇のヒーローのごとく、脚光を浴び始めることになったのである。

「私たちがうけた不安、怒り、悲しみ、悩み、苦しみ、そして、流した涙、なにひとつ解決していない。一生忘れられないつらい出来事・・・だから、あなたを捜し出し、糺したい」(平成20年2月第二回学習会での発言)

平成21年7月、山岡一郎は逮捕された。

逮捕容疑は「偽計業務妨害罪」、長期間にわたって町行政を著しく混乱させ停滞させたという容疑である。

山岡は同じムラに暮らす部落民の職業を剥奪しようとする内容をしるした差別ハガキを、5年近くにわたって匿名で44通も出していたという。

そう、つまり彼は、読むに堪えないおぞましい言葉の数々を自分自身に向かって吐き続けてきたのだった。

懲役1年6ヶ月、執行猶予4年の判決が下った公判においては、この「差別ハガキ偽造」の行為の背景には「就労の不安」があり、

「差別事件を偽造すれば糾弾がおこなわれ、行政当局が継続雇用の要求を受け入れてくれる」という思惑が存在していたのだとされている。

しかし、どうやらそれは、単なる山岡個人の発想や体質の問題として片付けられるようなものだけでなく、

「糾弾で行政に圧力をかけ、屈服させ、自分たちの要求をのませる」という、同盟組織そのものにかつて蔓延っていた悪しき体質が、極端な形で噴き出してしまったもののようでもあるのだった。

幾度も「自分を支部長にしてくれ」と言ってきたことを考えると、山岡の目的は支部長になることでもあったのだろう。そこから先はどう考えていたのかはわからないが、いずれにしても金銭がらみではないかと思われる。彼は差別ハガキを書きつづけ、ムラや同盟をどん底におとしいれる。そして自分は支部長としてムラを守るヒーローを演じつづけ、引く手あまたの講演会や研修会に出ては講演し、金を稼ぐ。それこそが彼の「自己実現」だったのだ。

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