(KヴォネガットJr ハヤカワ文庫)

そしていまビリー・ピルグリムはいう、自分はたしかにそのようなかたちで死ぬのだ、と。時間旅行者として、彼は自分の死を何度も見てきたし、その模様をテープレコーダーにも吹きこんでいる。テープは、遺書やその他の貴重品とともに、イリアム商業信託銀行の貸し金庫室に保管されている、と彼はいう。
「わたし、ビリー・ピルグリムは」と、テープは始まる、1986年2月3日に死ぬのであり、常に死んできたし、常に死ぬであろう」


“そういうものだ”( So it goes. )

1922年、ニューヨーク州イリアムの理髪師のひとり息子として生まれたビリーは、ハイスクールを優秀な成績で卒業し、

イリアム検眼学校の夜間部に一学期だけ通ったのち、終戦間近の第二次大戦に招集され、ヨーロッパ戦線に赴いて、たちまちドイツ軍の捕虜となる。

除隊後は金持ちの娘と結婚し、義父の出資によってイリアムで検眼医を開業、成功して大金持ちとなり立派に一男一女を育て上げて、その人生を終えることになるのだが、

実は彼には、娘の結婚式の夜、突然現れた異星人に誘拐されて、トラルファマドール星の動物園で暮らす羽目になるという過去があった・・・

という、時の流れに沿って眺め返してみれば「波瀾万丈」であったに違いない自らの人生を、

なかば「諦め」にも似た達観の境地から、「やれやれ」と俯瞰して見渡すことができるのは、

ビリーが<けいれん的時間旅行者>だったからだ。

「時間の歪み」を通じて連れ去られたため、実際にはそこで何年もの間暮らしていながら、他人の目からは1マイクロセコンドも地球を離れなかったように見える。

トラルファマドールで学んだ、「あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず、常に存在してきたのだし、常に存在しつづけるのである」という、彼らの時間観念を身につけたことで、

時間のなかに解き放たれたビリーは、映画フィルムの断片がバラバラに映し出されるような、細切れになった人生の瞬間を、けいれん的にジャンプしながら、何度も生き直すことになったのである。

『スローターハウス5』(食肉処理場5号棟)

それは、ドイツ軍の捕虜となったビリーが収容されて、たまたまそこに居合わせたことで、

13万5千人もの一般市民が犠牲となった「ドレスデン無差別爆撃」の惨劇を目撃することとなった場所だった。

「大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつないからなのだ」

と語るヴォネガットが、自らの壮絶な体験を語るには、行きつ戻りつしながら、小さな断片を寄せ集めて、

少しずつ近づいていく以外に、方法がなかったということなのだろう。

トラルファマドール星人は死体を見て、こう考えるだけである。死んだものは、この特定の瞬間には好ましからぬ状態にあるが、ほかの多くの瞬間には、良好な状態にあるのだ。いまでは、わたし自身、だれかが死んだという話を聞くと、ただ肩をすくめ、トラルファマドール星人が死人についていう言葉をつぶやくだけである。かれらはこういう、

“そういうものだ”( So it goes. )

本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓

人気ブログランキング