(連城三紀彦 文芸春秋)
「もしもし」
あくびをしながら電話に出た母さんは、「何ですか、それ?」とか「意味がわからないわ、誰を誘拐したって言いたいんですか」とか、傍で聞いている者にもさっぱり意味がわからない受け答えをしていたが、やがて、
「いやだ、切れてる、もう」
と受話器を耳からはずし、ちゃぶ台を囲んだ子供たちの顔をぐるりと見回して、
「今、誰か誘拐されてる子いる、ここの中に」と訊いた。
「いるわけないわよね、みんないるもの」・・・
連城三紀彦が、<誘拐物>を書かせたら右に出る者がいないほどの名手であることは、前にこの欄でもご紹介した長編物、
『造花の蜜』
を例に引くまでもなく、定評のある事実なのではあるが、(本人も、あるインタビューで「誘拐物が好きだ」と答えているそうだし・・・)
幻影城新人賞を受賞したデビュー作『変調二人羽織』や、日本推理作家協会賞に輝いた『戻り川心中』を読んでしまった者にとっては、
連城の真骨頂はむしろ短編にこそある、ということもまた、否定しようのない事実なのである。
たとえば・・・
ふと街ですれ違った別れた妻に似た女の後を付けていくと、横断歩道で突然指にはめた結婚指輪を投げ捨てた。彼女は元夫の追跡に気付いていたのだろうか・・・(『指飾り』)
新潟の場末の温泉町に流れ着いた女は、わざと目立とうとでもしているかのように、不可解な行動を繰り返す。どうやら、時効寸前の強盗殺人の逃亡犯と温泉宿で待ち合わせしているらしいのだが・・・(『無人駅』)
次第にエスカレートする娘への学校でのいじめを心配しているうちに、女はなぜか自分の母の浮気を疑った父が無理心中を図った事件の、秘められた過去に封印されていた真実を思い出す・・・(『白雨』)
不倫相手との汽車旅行を繰り返していた駅員は、同じ行き先の切符を買いに来て、料金を払おうとしない見知らぬ女の出現に悩まされることになる。行先はどんどん遠くなり・・・(『さい涯てまで』)
などなど、
男と女、それぞれの感情が濃密にもつれ合う愛憎物語の展開にどっぷりと浸っているうちに、想像もしていなかったどんでん返しの罠に絡め取られること請け合いの、極上のミステリーが全8編。
子供8人の大家族に、「子供を誘拐した」と脅迫電話がかかってくるのだが、なぜか誰も誘拐されていない、というまことに奇天烈な事件を、子供たちが探偵役となって推理する。
表題作の『小さな異邦人』は、なかでも<誘拐物>の<短編>なのだから、
これはまさに、平成25年10月に亡くなった連城三紀彦が、私たち連城ファンのために書き遺してくれた、最後のプレゼントとでもいうべき逸品なのである。
以下、ネタバレにつき文字を白くしておきます。
どうしてもという方は、なぞってご覧ください。
「やっぱりアンタだったの、誘拐犯は!」
ゲームをやっている時の無表情のまま首は横にふられた。
「じゃあ誘拐されてたの」
また首がふられ、「ユーカイされてたのはボクじゃない、別の子供」やっと声を出した。
「誰?別の子供って誰」
晴男は、私を見上げるのに疲れたのか、うなだれ、指だけを動かした。その人さし指が次の奇跡だ。指先は私の体を突き・・・私をさしていた。
「私?私が誘拐されてた?」
(2014年9月)
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
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「もしもし」
あくびをしながら電話に出た母さんは、「何ですか、それ?」とか「意味がわからないわ、誰を誘拐したって言いたいんですか」とか、傍で聞いている者にもさっぱり意味がわからない受け答えをしていたが、やがて、
「いやだ、切れてる、もう」
と受話器を耳からはずし、ちゃぶ台を囲んだ子供たちの顔をぐるりと見回して、
「今、誰か誘拐されてる子いる、ここの中に」と訊いた。
「いるわけないわよね、みんないるもの」・・・
連城三紀彦が、<誘拐物>を書かせたら右に出る者がいないほどの名手であることは、前にこの欄でもご紹介した長編物、
『造花の蜜』
を例に引くまでもなく、定評のある事実なのではあるが、(本人も、あるインタビューで「誘拐物が好きだ」と答えているそうだし・・・)
幻影城新人賞を受賞したデビュー作『変調二人羽織』や、日本推理作家協会賞に輝いた『戻り川心中』を読んでしまった者にとっては、
連城の真骨頂はむしろ短編にこそある、ということもまた、否定しようのない事実なのである。
たとえば・・・
ふと街ですれ違った別れた妻に似た女の後を付けていくと、横断歩道で突然指にはめた結婚指輪を投げ捨てた。彼女は元夫の追跡に気付いていたのだろうか・・・(『指飾り』)
新潟の場末の温泉町に流れ着いた女は、わざと目立とうとでもしているかのように、不可解な行動を繰り返す。どうやら、時効寸前の強盗殺人の逃亡犯と温泉宿で待ち合わせしているらしいのだが・・・(『無人駅』)
次第にエスカレートする娘への学校でのいじめを心配しているうちに、女はなぜか自分の母の浮気を疑った父が無理心中を図った事件の、秘められた過去に封印されていた真実を思い出す・・・(『白雨』)
不倫相手との汽車旅行を繰り返していた駅員は、同じ行き先の切符を買いに来て、料金を払おうとしない見知らぬ女の出現に悩まされることになる。行先はどんどん遠くなり・・・(『さい涯てまで』)
などなど、
男と女、それぞれの感情が濃密にもつれ合う愛憎物語の展開にどっぷりと浸っているうちに、想像もしていなかったどんでん返しの罠に絡め取られること請け合いの、極上のミステリーが全8編。
子供8人の大家族に、「子供を誘拐した」と脅迫電話がかかってくるのだが、なぜか誰も誘拐されていない、というまことに奇天烈な事件を、子供たちが探偵役となって推理する。
表題作の『小さな異邦人』は、なかでも<誘拐物>の<短編>なのだから、
これはまさに、平成25年10月に亡くなった連城三紀彦が、私たち連城ファンのために書き遺してくれた、最後のプレゼントとでもいうべき逸品なのである。
以下、ネタバレにつき文字を白くしておきます。
どうしてもという方は、なぞってご覧ください。
「やっぱりアンタだったの、誘拐犯は!」
ゲームをやっている時の無表情のまま首は横にふられた。
「じゃあ誘拐されてたの」
また首がふられ、「ユーカイされてたのはボクじゃない、別の子供」やっと声を出した。
「誰?別の子供って誰」
晴男は、私を見上げるのに疲れたのか、うなだれ、指だけを動かした。その人さし指が次の奇跡だ。指先は私の体を突き・・・私をさしていた。
「私?私が誘拐されてた?」
(2014年9月)
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
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