(和田竜 小学館)

「成田家には甲斐姫とか申す姫がおるな。それを殿下に差し出すよう」
家臣どもは無言で色をなした。一様に怒りで顔を紅潮させ、小刻みに身体を震わせた。
だが、長親だけは、違った。みるみる怒りで表情を変える家臣らのなかで、この男はただひとり何を考えているのか一層わからなくなった。
「腹は決めておらなんだが、今決めた」
長親はようやく言葉を発した。


「戦いまする」

天下統一の総仕上げとして、小田原城攻めを挙行していた豊臣秀吉は、目立った武功がないため軽んじられがちな石田三成のためを慮り、三成を北条家の支城・忍城(おしじょう)攻めの総大将に任命した。

忍城城主・成田氏長は、自らは小田原城の守備に加わりながら秘かに北条家を裏切り、忍城を無血開城することを秀吉に密約していたからである。

それは、肝心の三成には知らされていなかったとはいえ、いわば勝利を約束された城攻めのはずだった。

なればこそ、三成軍の使者として「和戦いずれか」を問いに来た長束正家が、どれほど居丈高なそぶりを見せたにしても、

「武ある者が武なき者を足蹴にし、才ある者が才なき者の鼻面をいいように引き回す。これが人の世か。ならばわしはいやじゃ。わしだけはいやじゃ」

と、成田家当主の意向を十分承知していた家臣団を目の前にして、いとことして城代を務めることになった成田長親が、そんな無謀な決断を下すことなど、誰も予想だにしていなかったのである。

極彩色の旌旗をたなびかせながら、忍城を取り囲む三成の軍勢は二万三千、これを迎え撃たんと籠城する手勢はわずかに五百(士分百姓を加えても三千七百)。

<鼻梁こそ高いが、唇は無駄に分厚く、目は眠ったように細い。その細い目を吃驚したように開き、絶えず大真面目な顔でいる。表情は極端に乏しい。めったに笑うこともないが、対面した誰しもが、この男が絶えずへらへら笑っているかのような印象を受けた>

武器も使えねば、馬にも乗れず、およそ武とは縁遠いが、図抜けて背が高く、ただ大きいだけの男がのそのそ歩く姿を見て、

家臣はおろか小者、さらには百姓領民にいたる忍領全体の者が、当人に面と向かって、“のぼう様”と呼んだ。

まさに“でくのぼう”を絵に描いたような長親の決定的な一言に端を発して、

この田舎城を戦国合戦史上特筆すべき城として後世に位置付けさせることになった(これは史実なのである)、激戦の火ぶたが今切って落とされたのだった。

さて、この死闘の結末やいかに?後はご自分で・・・

長親を脇で支えた、正木丹波、酒巻靭負、柴崎和泉守の三人の武将や、密かに想いを寄せる甲斐姫など、これが映画なら・・・と思わず配役を思い描いてしまうようなせりふ回しなのだが、

それもそのはず、もともとは脚本の小説化なのだそうで、もちろん映画化も済んでいて、長親は野村萬歳が怪演したらしい。

(実は随分昔に購入してあって、『村上海賊の娘』を読む前に読んでおこうと思ったのでした。ご紹介が遅くなってすいません。)

「わからぬ。なぜあの総大将が、ああも角の多い侍大将どもを指揮できるのか」
田楽踊で、あの大男の将器を確信した(大谷)吉継だったが、最前の大広間での、正木、柴崎、酒巻ら重臣どもの成田長親に対する物言いをきいて、とうてい統率できているとはおもえなくなっていた。
「できないのさ」
三成は当然のようにいった。
「それどころか何もできないんだ。それがあの成田長親という男の将器の秘密だ。それゆえ家臣はおろか領民までもが、何かと世話を焼きたくなる。そういう男なんだよあの男は」


(2014年10月)

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