(野村進 講談社)

たとえば、ここに一本の丸太がある。
のこぎりで切り、かんなで削り、のみや小刀で彫り進め、仏像に仕上げていく。どうも、それとよく似ているのではないか。彼らを生仏や聖人にまつりあげるつもりは毛頭ないが、私は、そんな気がしたのであった。


代表作ともいうべき前著、『救急精神病棟』で取り上げた山形県南陽市にある先進的な精神科病院、佐藤病院を十数年ぶりに再訪し、

今回は「重度認知症治療病棟」での取材を始めてすぐ、そこに集う人々の圧倒的な存在感に目を見張らされることになった著者の、それが偽らざる思いだった。

ただただ重く、暗く、絶望的で、まるで厄介者ででもあるかのような、一片の救いもない認知症患者のイメージ。

「あんなふうになったらおしまい」と、誰もが思い描くようなそんな患者像と、実際に間近で接した重度認知症の人々の実像とは、まったく違っていたというのである。

農家に嫁ぎ、二人の息子を生み育て、夫の死後は大衆食堂を経営する長男一家と同居しても、ずっと農業に携わってきた、

「霧雨がサァーっと降って、天皇陛下が20人くらい来たからぁ。いろんなもん、たがって(かかえて)よぉ」

83歳のハナさんの勤勉いちずの人生にとって、シュールなファンタジーを見るようになったことは、最後に与えられた<ご褒美>のようなものだった。

ずっと自動ドアの前に立ち、他人の面会家族と一緒に出て行こうと、病棟から脱出するチャンスを窺っている、

「ガチャガチャとあけてけろぉ。うづさけらねえと困るんだぁ」

ひどい酒乱のため家族は帰宅を望まないにもかかわらず、源五郎さんがこれほどまでに帰りたがるのは、丹精込めてきた「田んぼ」の様子が気がかりなのだった。

日中の自由時間は、昼寝と排便とおやつの時間を除いて、病棟内の決まったコースの往復を、ほぼ寸分の狂いもない一連の所作で、繰り返し歩き続けている、

まるで口をきかないジイちゃんのある仕草を見て気づき、「いまトラック運転してるんでしょ?」と問いかけると、初めて大きくうなずいてくれた。

長距離トラック運転手だった勘平さんに、言葉がまっすぐに届いた瞬間だった・・・などなど。

<なんと個性的な人々であろうか。>

認知症が進行した患者さんの内面からは、常識や世間体や煩雑な人間関係などといった、<余分な>ものは削ぎ落されてしまう。

いわば<地肌>が露わになった、そんな姿を見て私たちは、目をそむけたくなったり、見るに忍びなくなったりするのだろうが、

そこには、彼や彼女が生き抜いてきた人生の、いままで他の誰にも見せてこなかった<個性>が、鋭く突出している。

ときに見せる<夢見るような表情>の、そこにただよう超俗の気配も、一見両極端に思えて、実は相通じている。

<そんな彼らの相貌を、できるかぎり正確に伝えたい>

というのが、足掛け5年に渡って、この素敵なジイちゃん、バアちゃんたちとの会話を続けてきた著者の、心からの願いなのである。

ここには、なにか「ほのかな明るさ」がある。それは、白夜の明るさに似ているようだが、決して暗黒の闇夜に存在するものではない。
ひょっとすると、暗夜のどん底で老残に苦しむイメージは、私たちが外部から見た印象だけで一方的に造り上げたものではないか。


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