(Nベイカー 白水Uブックス)

1時少し前、私は黒い表紙のペンギンのペーパーバックと、上にレシートをホチキスで留めた「CVSファーマシー」の白い小さな紙袋を手に、会社のあるビルのロビーに入ると、エスカレーターの方向へ曲がった。エスカレーターは、私のオフィスがある中二階に通じていた。

<「CVS」の袋の中に入っていたのは、新しい靴ひもだった。>

昼休みの直前に、左の靴ひもが切れてしまったので、昼食に出るついでに、ドラッグストアに寄り道して買ってきたのである。

それにしても、昨日家を出るときには、右の靴ひもが同じように、結ぼうとして引っ張った瞬間に切れてしまったのだったが、

2年も前に父から就職祝いにと贈られた靴の、左右の靴ひもが2日と経たずに相次いで切れる、などということがあるものだろうか?

毎朝何百回と行なってきたひもを結ぶ動作が、ロボットのように常に同じだったため、左右のひもに同量の力がかかっていたからだろうか?

それとも・・・

と、傍目にはどうでもいいような瑣末な事象に対する、微に入り細を穿った尋常ならざる考察が、見開き半分以上を侵食する注釈付きで展開されていく。

おそらく、大手の業者が一斉に紙からプラスチックに切り替えてしまったことにより幕を開けた、不便この上ない“浮かぶストロー時代”への憤懣。

幼稚園の先生から教わった“あらかじめじゃばら寄せ方式”に始まる、靴下をスマートにはくための、素晴らしいテクニックの遍歴。

4,5歳で結ぶ技術を会得して以来、20年以上にわたる私の人生における大きな進歩8つのうちの、実に3つまでもが靴ひも結びに関することだったという感慨。

三角屋根の一方を押し開いて、折り畳まれたまちを引き出すと、そのまま理想的な注ぎ口に早変わりする、牛乳のカートン容器に対する畏れにも似た憧れ。

ときどき私の脳裏をかすめる、“昼休みの始まりは、昼食前に洗面所に入った時点とみなすべきか、それとも出てきたときか”という、くだらない疑問に関する考察。

ああでもない、こうでもない。そして・・・

たとえば、空港の手荷物運搬システムや、スーパーマーケットのレジのベルトコンベア、ビー玉がジグザグの滑り台を転がっていく玩具、オリンピックのボブスレーの走路など、など、

子供時代、たいていの人が好きだったと思う、ボートや電車や飛行機より、小規模な輸送システムのほうに興味があったという彼が、

<これらと通じあう魅力があったが、ただ一つ違っていたのは、実際に乗ることができるという点だった>

と偏愛する、エスカレーターに乗っているわずか数十秒間に、彼の脳裏をよぎった様々な想念だけで綴られた、

これは、まことに斬新な“極小文学”の極地なのである。

エスカレーターをおりる直前、ステップの溝が吸い込まれる櫛目プレートのところに煙草の吸いがらが一つひっかかり、小さく撥ねながら回転しているのが目に止まった。私は中二階に降り立ち、振り返ってその吸いがらをしばらく眺めた。

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