(近藤健二 ちくま新書)

この本は、日本語の語源を論じることによって日本語の起源が中国語であることを裏付けようとするものです。

<水田稲作をもたらした人々が話していた言語は古代中国語であった。>

言語の比較を通じて言語の過去を明らかにしたり、言語間の同系性を裏付けたりする「比較言語学」の中で、中国語が対象になりにくかったのは、

「漢字」が表音文字ではないからだ。その古い発音がわかりにくいために、中国語とほかの言語との比較が困難だったからだというのである。

そんなわけでこの本は、古代中国語の発音「上古音」と古代日本語とを比較し、両者の類似性を示す例をこれでもかとばかりに、列挙していくことになるのだが、

<共通の意味を有する一定数の古代中国語と古代日本語との間に、舌音とタ行・サ行子音、牙音とカ行・ガ行子音という対応が観察される。>

「庶民」(ショ・ミン)→「たみ」(民)
「閉塞」(ハイ・ソク)→「ふさぐ」(塞ぐ)
「出嫁」(シュツ・ケ)→「とつぐ」(嫁ぐ)

なんて、漢語の2字熟語が日本語の1語になったというあたりは、付記してある発音記号を頼りにすれば、何とかその変遷を追いかけることもできるけれど、

語源のわかりやすい語では話の種としておもしろくないという理由から、語源解釈の難易度が高そうな意外性の語を多く選ぶことにしたのだそうで・・・

「同輩・偶儷」(ヅウ・ヘ・グ・ライ)→「ともがら」(輩)
「威厳・電霆」(ヰ・ゴム・デン・ヂャウ)→「いかづち」(雷)
「魔法・霊子」(マ・ホフ・リャウ・シ)→「まぼろし」(幻)

と、古代中国語の2字熟語が合体して日本語が出来上がったとする、弥生時代から奈良時代あたりまで存在した「伝統的造語法」(第1章)の解説あたりまでは、

なるほど、確かにそんな考え方も「できないわけではないのかもしれないこともない」くらいの納得の仕方で、ついていくこともできたのだが・・・

「脚跟・跟踵」(カク・コン・シュ)→「かかと」(踵)
「構成・成立」(ク・ジャウ・リフ)→「こしらふ」(拵ふ)
「俊良・良器」(シュン・ラウ・キ)→「すめろき」(天皇)

と、ABとBCという2字熟語を合体して、ABBCではなくABCと融合させてしまう、第2章「新型造語法」までくると、

これは古代日本人が考案したのではなくて、「あんたがでっち上げた」のではないのか、という疑念がふつふつと頭をもたげて来ることになる。

そんなわけで、何が何やらよくわからないうちに、この独自の言語宇宙を生きているらしい著者に導かれて、辿りつくことになるのが、

「遠・照・臨・政・柄・用・兵・権」(ヲン・セウ・リム・シャウ・ヒャウ・ユウ・ヒャウ・ゴン)→「アマテラスオホミカミ」(天照大御神)

という、第3章「超新型造語法」による古事記神話の語源解明への挑戦結果なのだった。誰か止めてあげた方がいいのではないだろうか?

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