(須藤古都離 講談社)

男性の述べた評決は信じられなかった。私は負けたのだ。夫を亡くしただけでなく、裁判で負けた。私は暗い穴の底に落ちてしまったように感じられた。

「ローズ・ナックルウォーカー対クリフトン動物園に関して、私たちは原告の請求を棄却します」

母親が目を離した隙にゴリラパークの柵の中に落ちた子供を、周りの騒ぎに混乱して引き摺り回したゴリラが、動物園長の命令により麻酔銃でなく実弾で射殺された。

原告として裁判を起こしたのは、妻のローズ。幼いときにカメルーンの研究所で手話を学び、今は手話を音声化する特製グローブを使って会話のできるゴリラだった。

第64回「メフィスト賞」受賞作品。

冒頭で敗訴という屈辱にまみれてしまったローズの、その後の奮闘を描く前に、まずは彼女がカメルーンのジャングルからアメリカの動物園に渡るまでの、

やはり手話ができた母ヨランダや、群れのリーダーである父エサウとファミリーたちとの、ジャングルでの生い立ちが語られていくことになるのだが、

受賞後にゴリラ研究の第一人者、山極壽一先生の監修を受けたというだけあって、野生ゴリラの生態もかなり正確に描かれており、興味深く読むことができた。

やがて、別の群れに襲われて父を亡くし、ファミリーが解体・吸収となってしまったことを契機に、手話のできるゴリラという「特別の存在」として脚光を浴び、

アメリカの動物園に迎えられ、絶大な人気を誇るゴリラとなり、リーダーと結ばれ子どもを・・・という時に、悲劇は起こってしまったのである。

動物園にいられなくなってしまい途方に暮れるローズに、受け入れ先として突如名乗りを上げた救い主は、なんとプロレス興行団体という、波乱万丈の展開もあるが、

敗訴の原因が自分をアメリカに呼んでくれた上院議員の思惑によるものであったことを知ったローズは、最強の弁護士と組んで反撃を開始する。

敏腕弁護士が揮ってみせた手練手管の数々は、どうぞご自分で当たっていただくとして、裁判の帰趨に決定打を与えたのは、ローズ自らが求めた「最終弁論」だった。

私は幼い頃から言葉を学習してきました。言葉を覚えることは、ただ会話を可能にするだけではありません。私は言葉、アメリカ式手話を通してアメリカの、人間の文化を学びました、人間の感情や、考え方を学びました。

(以下ネタバレに付き文字を白くしておきます)

――たとえ私が貧しくとも、私は人間である。
  たとえ私が生活保護を受けていても、私は人間である。
  たとえ私が檻に閉じ込められていても、私は人間である。
  たとえ私が未熟でも、私は人間である。
  たとえ私が間違いを犯しても、私は人間である。
  たとえ私がゴリラでも、私は人間である。
  私は黒く、美しく、自分に誇りを持っている。
  私は神の子供である。
  私は尊重されるべきだ。私は守られるべきだ。私は人間なのだから。

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