(青木健 講談社選書メチエ)

本書は、「イラン系アーリア人」という従来は充分に注目されてこなかった視点から、1400年以上に及ぶ西アジア〜中央アジアの歴史を見渡し、各民族を適切に布置した列伝を作ることを目的としている。

前3000年紀には言語的特徴によって括られる一体性のある集団として、中央アジアで牧畜生活を営んでいたと見られる「インド・ヨーロッパ語族」の中から、

まず、西方のヨーロッパへ向かう集団が分岐して、形質的には「金髪・碧眼・長身・細面」を特質とする、現代の白色人種の祖となった。

この時に、中央アジアに残った集団の方を「アーリア人」と称し、後の移動先から「インド・イラン人」とも呼ぶのだそうだが、

インド亜大陸で定住した「インド系アーリア人」は分布地域と名称が対応しているのに対し、「イラン系アーリア人」の分布がより広範囲に拡散したのは、

馬と二輪戦車(チャリオット)の活用を学んだことにより、急激にその戦闘能力と移動距離を伸ばしたからだという。人類史上初の「騎馬遊牧民」が誕生したのだ。

<騎馬遊牧民は自身の文献資料をほとんど残さないから、彼らの正確な離合集散を追跡することはまず不可能である。>

しかし、「遊牧民」あるいは(先住民の土地を奪って住み着いた)「定住民」という形態で、西アジア〜中央アジアに広く分布した彼らに関する知識を欠けば、

メソポタミアとエジプトを中心とした古代オリエント文明の時代から、一足飛びにイスラームが出現するような、1400年の空白を抱えた世界史となってしまう。

西アジア〜中央アジアの歴史・宗教・文化を理解するために、資料の濃淡にかかわらず、イラン系アーリア人に含まれる遊牧民・定住民を均等に概観すること。

それが、ゾロアスター教を専門とする気鋭のイラン・イスラーム思想学者が取り組んだ、いささか専門外の分野にまで踏み込んだ本書におけるスタンスなのである。

中央アジア草原の覇者<イラン系アーリア人騎馬遊牧民>
最初の騎馬遊牧民――キンメリア人、スキタイ人、サカ人
フン族との遭遇――サルマタイ人、アラン人
イラン高原に遊牧王朝を樹立――パルティア人

東西交易の担い手<イラン系アーリア人定住民>
最初の定住民の王国――メディア人
2つの世界帝国の栄光――ペルシア人
ヘレニズムと仏教の受容ーーバクトリア人、マルギアナ人
シルクロードの商業民族――ソグド人

活動範囲も広く相互関係も複雑な諸民族の、個別の民族史としての足跡を重ね合わせることで、中央アジア周辺を舞台に繰り広げられた興亡の歴史が活写されていく。

さて・・・<「アーリア人」を論じる上で避けて通れないのが、ナチス・ドイツである。>

ヒトラー総統は、インド・ヨーロッパ語族全体を「アーリア人種」と名づけ、中でも遠い親戚に過ぎない「ゲルマン民族」の形質以外に根拠のない優越性を誇示し、

「優秀なるアーリア民族が世界を征服して支配種族を形成すべきだ」と、鉤十字(アーリア人のシンボル)の旗印の下に大量虐殺を重ねたことは、周知の事実である。

この的外れな愚挙の結果、20世紀後半には「アーリア人」という概念そのものが、語ることさえはばかられるタブーと化してしまったのだ。

だが、ヒトラーが描いた「アーリア人」が虚妄の産物だったとしても、実体を具えたアーリア人は歴史上たしかに存在していたし、その末裔は今でも現存している。ナチス流の「野蛮にして高貴なるアーリア人」を否定することに急であるあまり、本来の「アーリア人=インド・イラン人」の存在まで歴史上から消去するには及ばないだろう。

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