(武田惇志 伊藤亜衣 毎日新聞出版)
「本籍(国籍)・住所・氏名不明、年齢75歳くらい、女性、身長約133cm、中肉、右手指全て欠損、現金34,821,350円」(尼崎市・官報)
裁判担当記者から「遊軍」担当に回され、ネタ探しに追われるようになった記者が目を付けたのは、「行旅死亡人データベース」の中の所持金ランキングだった。
「行旅死亡人」とは、病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所など身元が判明せず、引き取り人不明の死者を表す法律用語なのだが、
2位の大阪市西成区の簡易宿泊所で自殺した男性の2千万を、圧倒的に引き離した大金を遺して安アパートの玄関先で絶命した、この指なしの女性とは誰なのか?
「お心当たりのある方は」という自治体担当の窓口に問い合わせると、相続財産管理人の弁護士を紹介され、ダメ元で携帯番号を伝えると、すぐにスマホが鳴った。
「私、弁護士を22年やってますが、この事件はかなり面白いですよ」・・・この人はいきなり、何を言い出すのか。
というこの本は、2022年2月に47NEWSに配信され話題となった『現金3400万円を残して孤独死した身元不明の女性』を大幅加筆、再構成したものだ。
早速申し込んだZoomでのリモート取材で弁護士が語り出したのは、眩暈がするほど奇妙な話の連続で、行き着く先が全く見えない思いに戸惑うものだった。
彼女は古いアパートに40年以上も住んでおり、「田中千津子」という年金手帳からその生年月日はわかったが、なぜか住民票は抹消されていた。
アパートの賃貸契約は「田中竜次」名義でされているが、1階に暮らす93歳の大家の女性は、何十年も前からずっと一人暮らしだったと言っている。
アルバイトしていた製缶工場で右手指を失ったことは労災の申請書類から判明しているが、自分から労災の障害年金を断り、手続きしていなかった。
レシートなどもほとんどないし、郵便も全然残っていない。携帯も留守電もなく、旧いプッシュ式電話の基本料を払い続けるだけで、それをかけた形跡もなかった。
亡くなってから見つかるまでに2週間の間があり、部屋の片付けをしてていねいに調べたところ、部屋の中で亡くなっているのに、部屋の鍵が出てこなかった。
ビニール袋に大事そうに入れられていた、1000ウォン札。そして星形のマーク(北朝鮮?)の付いた銀色のロケットの中には、2行の謎の数字が書かれた紙。
「田中竜次さんは工作員だと思う。・・・スパイの人にお金を渡したりして生計を立てていたのではないか。」などという弁護士の穿った見立てはさておき、
警察の一通りの捜査でも、弁護士が雇った探偵による身辺調査でも、皆目見当が付かなかった彼女の身元がおぼろげに見えてくることになったのは、
遺品の中から「沖宗」という印鑑が出てきたことがきっかけだった。それは、全国にも何人しかいないすごく珍しい名字で、広島に多いものだという。
ここから始まる、次々と系図をたどりながら記憶の扉を開いていくような聞き込み調査の醍醐味は、是非ともご自分で確かめていただきたい。
何となくNHKの名番組『ファミリー・ヒストリー』を髣髴とさせるようだが、メインテーマは行旅死亡人・タナカチヅコが、本当の自分を取り戻す物語なのだ。
<私の前にいるのはもはや、行旅死亡人ではない。86年の歳月を生きた、名前を持つ一人の女性である。>
<行旅死亡人>とは本来、旅の途上に倒れた者を指す言葉だった。故郷や家族について彼女がどんな気持ちを抱いていたか、結局はわからないままだ。・・・今は、偶然の出会いに心打たれ、ひたすらまっすぐ歩き続けて終点に至ったという実感だけがある。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
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「本籍(国籍)・住所・氏名不明、年齢75歳くらい、女性、身長約133cm、中肉、右手指全て欠損、現金34,821,350円」(尼崎市・官報)
裁判担当記者から「遊軍」担当に回され、ネタ探しに追われるようになった記者が目を付けたのは、「行旅死亡人データベース」の中の所持金ランキングだった。
「行旅死亡人」とは、病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所など身元が判明せず、引き取り人不明の死者を表す法律用語なのだが、
2位の大阪市西成区の簡易宿泊所で自殺した男性の2千万を、圧倒的に引き離した大金を遺して安アパートの玄関先で絶命した、この指なしの女性とは誰なのか?
「お心当たりのある方は」という自治体担当の窓口に問い合わせると、相続財産管理人の弁護士を紹介され、ダメ元で携帯番号を伝えると、すぐにスマホが鳴った。
「私、弁護士を22年やってますが、この事件はかなり面白いですよ」・・・この人はいきなり、何を言い出すのか。
というこの本は、2022年2月に47NEWSに配信され話題となった『現金3400万円を残して孤独死した身元不明の女性』を大幅加筆、再構成したものだ。
早速申し込んだZoomでのリモート取材で弁護士が語り出したのは、眩暈がするほど奇妙な話の連続で、行き着く先が全く見えない思いに戸惑うものだった。
彼女は古いアパートに40年以上も住んでおり、「田中千津子」という年金手帳からその生年月日はわかったが、なぜか住民票は抹消されていた。
アパートの賃貸契約は「田中竜次」名義でされているが、1階に暮らす93歳の大家の女性は、何十年も前からずっと一人暮らしだったと言っている。
アルバイトしていた製缶工場で右手指を失ったことは労災の申請書類から判明しているが、自分から労災の障害年金を断り、手続きしていなかった。
レシートなどもほとんどないし、郵便も全然残っていない。携帯も留守電もなく、旧いプッシュ式電話の基本料を払い続けるだけで、それをかけた形跡もなかった。
亡くなってから見つかるまでに2週間の間があり、部屋の片付けをしてていねいに調べたところ、部屋の中で亡くなっているのに、部屋の鍵が出てこなかった。
ビニール袋に大事そうに入れられていた、1000ウォン札。そして星形のマーク(北朝鮮?)の付いた銀色のロケットの中には、2行の謎の数字が書かれた紙。
「田中竜次さんは工作員だと思う。・・・スパイの人にお金を渡したりして生計を立てていたのではないか。」などという弁護士の穿った見立てはさておき、
警察の一通りの捜査でも、弁護士が雇った探偵による身辺調査でも、皆目見当が付かなかった彼女の身元がおぼろげに見えてくることになったのは、
遺品の中から「沖宗」という印鑑が出てきたことがきっかけだった。それは、全国にも何人しかいないすごく珍しい名字で、広島に多いものだという。
ここから始まる、次々と系図をたどりながら記憶の扉を開いていくような聞き込み調査の醍醐味は、是非ともご自分で確かめていただきたい。
何となくNHKの名番組『ファミリー・ヒストリー』を髣髴とさせるようだが、メインテーマは行旅死亡人・タナカチヅコが、本当の自分を取り戻す物語なのだ。
<私の前にいるのはもはや、行旅死亡人ではない。86年の歳月を生きた、名前を持つ一人の女性である。>
<行旅死亡人>とは本来、旅の途上に倒れた者を指す言葉だった。故郷や家族について彼女がどんな気持ちを抱いていたか、結局はわからないままだ。・・・今は、偶然の出会いに心打たれ、ひたすらまっすぐ歩き続けて終点に至ったという実感だけがある。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
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