(Bラバトゥッツ 白水社)
1907年、ハーバーは、植物の成長に必要な主たる栄養素である窒素を初めて空気中から直接抽出した。これにより、20世紀初頭に未曾有の世界的飢餓を引き起こす恐れのあった肥料不足を一夜にして解決したのである。
「空気からパンを取り出した」と称されたフリッツ・ハーバーは、しかしその後ガス殺虫剤ツィクロンを生み出し、アウシュビッツの大虐殺につながることになる。
西欧における青色顔料開発の歴史から始まる物語が、シアン化物という毒物を巡る奇人列伝から、やがてハーバーの数奇な運命へとたどり着く『プルシアン・ブルー』。
アインシュタインは手袋をはめて封筒をつかむと、ナイフで封を開けた。なかには、天文学者、物理学者、数学者、そしてドイツ陸軍中尉でもある天才カール・シュバルツシルトの生前最後の輝きを秘めた手紙が入っていた。
第一次世界大戦の塹壕から送られたその手紙には、理論の提唱者ですら、当分のあいだは誰も解けまいと諦めていた、一般相対性理論の最初の厳密解が記されていた。
シュバルツシルトが得た何か途轍もなく奇妙な結果。重力による空間の歪みの構想から、ブラックホールの存在を示唆した『シュバルツシルトの特異点』。
2012年8月31日の未明、日本の数学者望月新一は自らのブログに4つの論文を公開した。500ページを超すそれらの論文には、a+b=cとして知られる数論の最も重要な予想のひとつの証明が含まれていた。
期待を呼んだモンペリエ大学での研究発表の場をすっぽかした望月は、その後帰国すると自らの論文を削除し、掲載しようとする者には法的措置を講じると脅した。
その理解しがたい態度は、20世紀で最も重要な数学者・鬼才グロタンディークの人生との交錯の結果であり、望月は彼の呪いに屈したのだという『核心中の核心』。
1926年7月、オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレディンガーは、人類の頭脳から生まれた最も美しく最も奇妙な方程式のひとつを発表するため、ミュンヘンに向かった。
素粒子が波のように振る舞うことを記述する単純な方法を発見したことで、彼は一夜にして国際的なスターとなったが、それと同じことを説明する一連の法則を、
6カ月も早く定式化した弱冠23歳の天才ハイゼンベルクのアイデアは、あまりに抽象的で、おそろしく複雑だった、という『私たちが世界を理解しなくなったとき』。
というわけでこの本は、物理化学、天体物理学、数学、量子力学という、20世紀に全盛をきわめた科学分野の巨人たちのエピソードを描き出したフィクションだが、
そのフィクションの度合いは本書全体を通じて次第に増していくような作りになっていると、著者の後書きにもあるように、
例えば、前にご紹介した『宇宙と宇宙をつなぐ数学』―IUT理論の衝撃―での、望月新一氏の理論と人となりの斬新さを知っているものとしては、
途中までノンフィクションだと思い込んで読んでしまい、それがグロタンディークの精神に分け入るために望月の研究の側面から着想を得たものとは気付かなかった。
逆に、冒頭の『プルシアン・ブルー』では、一段落のみが現実の出来事に基づくフィクションなのだそうで、あとはすべて事実だということになるわけだが、
ハーバーが毒ガスに手を染めたことを、科学を貶めたとして最後まで責めたという、亡き妻にあてた彼の遺した手紙の文面は事実だったのだろうか?
耐えがたい罪悪感を覚えていると打ち明けたその手紙は、多くの人類の死に直接的、間接的に果たした役割を悔いたものなどではなかった。
空気から窒素を抽出する自らの方法が地球の自然の均衡をあまりに大きく狂わせた結果、この世界の未来は人類ではなく植物のものになるのではないか、というのだ。
地球全体に広がって、ついには地表を完全に覆い尽くし、その恐るべき緑の下であらゆる生命体の息の根を止めてしまうのではないかと恐れていたためであった。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓
1907年、ハーバーは、植物の成長に必要な主たる栄養素である窒素を初めて空気中から直接抽出した。これにより、20世紀初頭に未曾有の世界的飢餓を引き起こす恐れのあった肥料不足を一夜にして解決したのである。
「空気からパンを取り出した」と称されたフリッツ・ハーバーは、しかしその後ガス殺虫剤ツィクロンを生み出し、アウシュビッツの大虐殺につながることになる。
西欧における青色顔料開発の歴史から始まる物語が、シアン化物という毒物を巡る奇人列伝から、やがてハーバーの数奇な運命へとたどり着く『プルシアン・ブルー』。
アインシュタインは手袋をはめて封筒をつかむと、ナイフで封を開けた。なかには、天文学者、物理学者、数学者、そしてドイツ陸軍中尉でもある天才カール・シュバルツシルトの生前最後の輝きを秘めた手紙が入っていた。
第一次世界大戦の塹壕から送られたその手紙には、理論の提唱者ですら、当分のあいだは誰も解けまいと諦めていた、一般相対性理論の最初の厳密解が記されていた。
シュバルツシルトが得た何か途轍もなく奇妙な結果。重力による空間の歪みの構想から、ブラックホールの存在を示唆した『シュバルツシルトの特異点』。
2012年8月31日の未明、日本の数学者望月新一は自らのブログに4つの論文を公開した。500ページを超すそれらの論文には、a+b=cとして知られる数論の最も重要な予想のひとつの証明が含まれていた。
期待を呼んだモンペリエ大学での研究発表の場をすっぽかした望月は、その後帰国すると自らの論文を削除し、掲載しようとする者には法的措置を講じると脅した。
その理解しがたい態度は、20世紀で最も重要な数学者・鬼才グロタンディークの人生との交錯の結果であり、望月は彼の呪いに屈したのだという『核心中の核心』。
1926年7月、オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレディンガーは、人類の頭脳から生まれた最も美しく最も奇妙な方程式のひとつを発表するため、ミュンヘンに向かった。
素粒子が波のように振る舞うことを記述する単純な方法を発見したことで、彼は一夜にして国際的なスターとなったが、それと同じことを説明する一連の法則を、
6カ月も早く定式化した弱冠23歳の天才ハイゼンベルクのアイデアは、あまりに抽象的で、おそろしく複雑だった、という『私たちが世界を理解しなくなったとき』。
というわけでこの本は、物理化学、天体物理学、数学、量子力学という、20世紀に全盛をきわめた科学分野の巨人たちのエピソードを描き出したフィクションだが、
そのフィクションの度合いは本書全体を通じて次第に増していくような作りになっていると、著者の後書きにもあるように、
例えば、前にご紹介した『宇宙と宇宙をつなぐ数学』―IUT理論の衝撃―での、望月新一氏の理論と人となりの斬新さを知っているものとしては、
途中までノンフィクションだと思い込んで読んでしまい、それがグロタンディークの精神に分け入るために望月の研究の側面から着想を得たものとは気付かなかった。
逆に、冒頭の『プルシアン・ブルー』では、一段落のみが現実の出来事に基づくフィクションなのだそうで、あとはすべて事実だということになるわけだが、
ハーバーが毒ガスに手を染めたことを、科学を貶めたとして最後まで責めたという、亡き妻にあてた彼の遺した手紙の文面は事実だったのだろうか?
耐えがたい罪悪感を覚えていると打ち明けたその手紙は、多くの人類の死に直接的、間接的に果たした役割を悔いたものなどではなかった。
空気から窒素を抽出する自らの方法が地球の自然の均衡をあまりに大きく狂わせた結果、この世界の未来は人類ではなく植物のものになるのではないか、というのだ。
地球全体に広がって、ついには地表を完全に覆い尽くし、その恐るべき緑の下であらゆる生命体の息の根を止めてしまうのではないかと恐れていたためであった。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓