(川添愛 ちくまプリマー新書)
言語学の立場から眺めれば、私たちが発する言葉のほとんどは曖昧で、複数の解釈を持ちます。しかし、私たちはなかなかそのことに気がつかず、自分の頭に最初に浮かんだものを「たった一つの正しい解釈」と思い込む傾向があります。
言語学を学び始めてから30年以上の月日が経ち、今では一応「言語学者」や「作家」という肩書で仕事しながら、言葉に関する失敗は後を絶たない、という著者が、
言葉のすれ違いの事例を紹介し、それらをもとに言葉の複雑さや面白さを紹介しながら、言葉を「多面的に見る」ことで曖昧さの起きる要因を探ろうという本である。
ある会社の部長が部下を乗せて車を運転していたところ、駐車場を見付けた部下が「部長、あそこに止められますか?」といいました。すると部長は「私の運転技術を疑うのか!」と怒ってしまった。
このエピソードの誤解の原因は、部下が「尊敬」の意味で「(ら)れる」を使ったのに、部長は「可能」の意味にとってしまったことにある。
「(ら)れる」には、受け身、尊敬、可能、自発という4つの意味が含まれており、「意図している語義とは違う方」に取られるとやっかいな助動詞の代表格なのだ。
鈴木:田中さんは、お医者さんの奥さんから健康のためのアドバイスをもらっているらしいよ。
佐藤:へ―。でもさ、お医者さん本人から直接アドバイスしてもらった方が良くない?
佐藤さんは「お医者さんの奥さん」を「お医者さんにとっての奥さん」だと解釈してしまったが、実際には田中さんの奥さんが医者だったのである。
「AのB」という表現には意味の多様性があり、「AにとってのB」という解釈が生じやすいが。「AであるB」という解釈も可能なのだ。
試験管:この試験では、7割以上の問題に正解できなかった場合、不合格になります。・・・採点が終わりました。あなたが正解できた問題は、全体の6割でした。
受験者は「正解できなかった問題が7割以上」ではなかったので合格だと思っていたが、「7割以上の問題に正解できた」ということがなかったから不合格となった。
「7割以上の問題」という部分が「なかった」の影響範囲にあるかどうかで解釈が逆転する。数量を表す表現が否定分の中に出てくると、このような曖昧が生じるのだ。
といったような感じで、言語学者が「言葉の曖昧さ」を検知するために普段受けているという、選りすぐりのトレーニングがこれでもかと出題されてくる。
一口に「曖昧」と言っても、その要因が多岐にわたることを実感させてくれた後で、最終章ではおさらいを兼ねて、いくつかのヒントが与えられる。
曖昧さとうまく付き合うための方法の根底には、「話し手と聞き手の協力関係をどう築くか」という、言葉のすれ違いを減らそうとする意識が求められるのである。
コミュニケーションにまつわる矛盾や誤解、「意味」と「意図」のズレの問題などを、軽快な語り口とともに、教えてくれたあの名著、
『言語学バーリ・トゥード』―Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか―に比べると、今回はいささかノリが抑え気味なのは、
この本が、ちくまプリマー新書であることに起因しているのかもしれない。川添ファンとしては少し残念だったが、今回もまた快著であったことは間違いない。
曖昧さは言葉について回る宿命と言っていいでしょう。言葉のすれ違いを防ぐのは難しいことですが、読者の皆さんに曖昧さを少しでも楽しいもの、面白いものと感じていただけたら、著者としては嬉しく思います。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
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言語学の立場から眺めれば、私たちが発する言葉のほとんどは曖昧で、複数の解釈を持ちます。しかし、私たちはなかなかそのことに気がつかず、自分の頭に最初に浮かんだものを「たった一つの正しい解釈」と思い込む傾向があります。
言語学を学び始めてから30年以上の月日が経ち、今では一応「言語学者」や「作家」という肩書で仕事しながら、言葉に関する失敗は後を絶たない、という著者が、
言葉のすれ違いの事例を紹介し、それらをもとに言葉の複雑さや面白さを紹介しながら、言葉を「多面的に見る」ことで曖昧さの起きる要因を探ろうという本である。
ある会社の部長が部下を乗せて車を運転していたところ、駐車場を見付けた部下が「部長、あそこに止められますか?」といいました。すると部長は「私の運転技術を疑うのか!」と怒ってしまった。
このエピソードの誤解の原因は、部下が「尊敬」の意味で「(ら)れる」を使ったのに、部長は「可能」の意味にとってしまったことにある。
「(ら)れる」には、受け身、尊敬、可能、自発という4つの意味が含まれており、「意図している語義とは違う方」に取られるとやっかいな助動詞の代表格なのだ。
鈴木:田中さんは、お医者さんの奥さんから健康のためのアドバイスをもらっているらしいよ。
佐藤:へ―。でもさ、お医者さん本人から直接アドバイスしてもらった方が良くない?
佐藤さんは「お医者さんの奥さん」を「お医者さんにとっての奥さん」だと解釈してしまったが、実際には田中さんの奥さんが医者だったのである。
「AのB」という表現には意味の多様性があり、「AにとってのB」という解釈が生じやすいが。「AであるB」という解釈も可能なのだ。
試験管:この試験では、7割以上の問題に正解できなかった場合、不合格になります。・・・採点が終わりました。あなたが正解できた問題は、全体の6割でした。
受験者は「正解できなかった問題が7割以上」ではなかったので合格だと思っていたが、「7割以上の問題に正解できた」ということがなかったから不合格となった。
「7割以上の問題」という部分が「なかった」の影響範囲にあるかどうかで解釈が逆転する。数量を表す表現が否定分の中に出てくると、このような曖昧が生じるのだ。
といったような感じで、言語学者が「言葉の曖昧さ」を検知するために普段受けているという、選りすぐりのトレーニングがこれでもかと出題されてくる。
一口に「曖昧」と言っても、その要因が多岐にわたることを実感させてくれた後で、最終章ではおさらいを兼ねて、いくつかのヒントが与えられる。
曖昧さとうまく付き合うための方法の根底には、「話し手と聞き手の協力関係をどう築くか」という、言葉のすれ違いを減らそうとする意識が求められるのである。
コミュニケーションにまつわる矛盾や誤解、「意味」と「意図」のズレの問題などを、軽快な語り口とともに、教えてくれたあの名著、
『言語学バーリ・トゥード』―Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか―に比べると、今回はいささかノリが抑え気味なのは、
この本が、ちくまプリマー新書であることに起因しているのかもしれない。川添ファンとしては少し残念だったが、今回もまた快著であったことは間違いない。
曖昧さは言葉について回る宿命と言っていいでしょう。言葉のすれ違いを防ぐのは難しいことですが、読者の皆さんに曖昧さを少しでも楽しいもの、面白いものと感じていただけたら、著者としては嬉しく思います。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
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