(酒井邦嘉 中公新書)

言語に規則があるのは、人間が規則的に言語を作ったためではなく、言語が自然法則に従っているためだと私は考える。

<本書では、言語がサイエンスの対象であることを明らかにしたい。>

というこの本は、大学で物理学を専攻し、大学院では日本ザルの脳の研究を行った著者が、ボストン留学中に触れたチョムスキーの思想から言語学へと進み、

ちょうどその頃始まったMRIを使った人間の脳の研究の成果も踏まえながら、言語の問題を脳科学の視点から捉え直そうとした「挑戦状」なのである。

言語の発達過程にある幼児が耳にする言葉は、多くの言い間違いや不完全な文を含んでおり、限りある言語データしか与えられない。

<それにもかかわらず、どうしてほとんど無限に近い文を発話したり解釈したりできるようになるのだろうか。>

この「刺激の貧困」とも呼ばれている、プラトンが提起した問題が示しているのは、幼児は白紙の状態から言葉を話せるようになるのではない、という事実である。

・できないはずの帰納的推論が、なぜ決定できてしまうのか?
・不完全なデータから、なぜ完全な文法能力が生まれるのか?
・否定証拠なしに、なぜ文法的に間違っていると分かるのか?

<幼児の脳にはじめから文法の知識があると考えればよいのだ。>と考えたのは、言語学者のチョムスキーである。

人間の脳には「言語器官(language organ)」があって、発生の仕組みで体ができあがるのと同じように、言語も成長に従って決定される。つまり・・・

言語は「学習」の結果生ずるのではなくて、言語の元になる能力、すなわち言語知識の原型がすでに脳に存在していて、その変化によって多様な言語は「獲得」される。

人間の言葉には文の構造に一定の文法規則があり、それが多様に変形されうると、言語の多様性の謎に説明を与えたのが、チョムスキーの「生成文法理論」だった。

この「言語生得説」という革命的な考え方は激しい賛否を巻き起こしてきたのだが、この本では最新の脳科学の成果も示しながら、この主張を裏付けようとしている。

MRI技術による言語に必要な脳の場所の特定、失語症と言語野の謎の解明、手話と言語獲得の謎、そして自然言語処理と人工知能の挑戦、などなど。

興味を持たれた方は、是非ともご自分でお読みいただければと思う。

と、ここまできて今さらの話だが、実はこの本は20年も前のものなので、自然言語処理については先にご紹介した『ChatGPTの頭の中』を併せ読むのがよい。

「乳児は確率に敏感である」などの研究成果を見れば、ニューラルネットによる深層学習の仕組みの追求こそが、人間の脳の謎の解明への近道であるように感じる。

言語の脳科学は、新しいアイディア、新しい手法、そして従来のアプローチの新しい組合せによって、これからどんなに面白いことがわかっていくのだろう、と期待がふくらむテーマである。言語のサイエンスには、未知の問題がたくさん眠っている。

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