(Oクラウタウ ちくま新書)

本書の主な目的は、聖徳太子にまつわる「異説」がどのような背景をもとに成立し、それらがいかなる時代的なニーズに応えるために構築されていったのかを明らかにすることである。

聖徳太子といえば、飛鳥時代の皇族で「冠位十二階」を制定し「十七条憲法」を作成した、(後に高額紙幣の顔にまでなった)日本を代表する「歴史上の偉人」である。

厩の前で生まれ「厩戸皇子」と呼ばれた、十人の話を同時に聴き取ることができた、隋の皇帝に対等の立場で国書を送った、など印象的な伝説も数多く残されている。

という、暇人世代の人間が学校で学んできたようなイメージが、「真実とは異なるのではないか」と意識されるようになったのは、一体いつ頃からだっただろうか。

そもそも歴史的に実在したのかはさておき、8世紀以来その存在に託されてきた数多くの偉業の評価は、時代背景の中で転変を繰り返し、その物語は今も続いている。

そんな太子にまつわる近現代に現れた「偽史」を含む「異説」を、「トンデモ論」として切り捨てるのではなく、その裏面に秘められた意図を解き明かすこと。

それを、その時代の人々のある特殊なニーズに応えるために示された、聖徳太子のもう一つの「歴史」として描き出すことが、本書における著者の狙いなのである。

(著者はブラジル生まれの宗教史学者で、サンパウロ大学歴史学科を卒業し、現在は東北大学大学院准教授として「日本オカルティズム史講座」を開いている。)

飛鳥時代に渡来した一神教の信者から聖徳太子が影響を受けたのではないかとして、太子生誕の物語にキリスト教やユダヤ教の影響を主張する諸説を検討した第一章。

戦前の「国体」思想というイデオロギーを支持するものとされた太子の「和」の倫理が、戦後は平和主義へと変貌する中で誕生した「人間聖徳太子」を論じた第二章。

ベストセラーとなった『日本人とユダヤ人』の刊行を機に、ユダヤ商人・秦氏との関係の中で変遷していくことになった、そんな新たな聖徳太子像に迫った第三章。

科学がもたらした異世界への視座が、日本の精神世界を動かすことで「オカルト」への関心を高め、それが聖徳太子のまた別の側面の描写を促したとする第四章。

ここで取り上げられる“隠された太子”に関わる異説の主要なものとしては、
・キリスト教からの影響の可能性を主張した久米邦武
・秦氏をユダヤ人だと主張した佐伯好郎
・太子ゆかりの寺院との関係を繙いた池田栄
など、一流の高等教育機関で教え、博士号も取得している研究者たちに加え、

・法隆寺は太子怨霊の鎮魂のために造られたと論じた梅原猛
・ノストラダムス論を展開し太子を予言者に仕立て上げた五島勉
・同性の蘇我蝦夷からパワーを得る超人・太子を描いた山岸涼子
などまことに多士済々だが、いずれをとってみても、

聖徳太子のそれまで隠れていた側面を“発見”し、自分にとって有意義な形でその事業を語りなおす行為が、太子信仰の歴史と大きく重なっている、というのだった。

以上、明治から現代までのおよそ百年の旅となるが、千数百年にわたる太子信仰の歴史に比べれば、短いものだろう。とはいえ、この百年は間違いなく、聖徳太子の物語が最も多様化した時代である。本書は、知られざる聖徳太子の一つの物語であると同時に、そのオカルトな彼の「何か」に、生きる意義を求めてきた人々の物語である。

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