(豊由美 教育評論社)

新型コロナウィルス感染症のパンデミックの始まりは2019年の暮れ。年が明けてから国内でも徐々に感染者が出て、またたく間に世界的流行となった。2020年4月、営業自粛要請に応じた事業者への休業補償について松本人志が自身の番組で・・・

「水商売のホステスさんが仕事休んだからといって、普段のホステスさんがもらっている給料を我々の税金で、俺はゴメン、払いたくはないわ」

と発言し炎上した問題に、モーパッサンの名作短篇『脂肪の塊』を紹介し、並べて論じてみせるという、いわば書評が時評を兼ねる形なのだが、

「水商売のホステスさん」が娼婦だとか、「脂肪の塊」と同じ犠牲者だとか、そんなことを思って、モーパッサンの作品紹介をしたわけではないことを、まずは念のために記しておきます。

<わたしが両者を並べたのは、「思いやり」について考えたいからなんです。>

と、高須克弥や百田尚樹や、ついでに杉田水脈の根っこで精神がつながっている問題発言までバッサリ、というあたりが、忖度なしのブックガイドなのである。

つまりこの本は、『百年の誤読』などでその実力が折り紙付きの「毒舌書評家」がウェブニュースに連載した、時々の話題と絡めた書評3年分の集大成なのだ。

社会を自分の敵と味方に分断し、双方間に生まれる憎悪を糧に権力の拡大を図るのが、橋下徹と大阪維新の会の正体であると切って捨てた後で、持ち出してきたのは、

「誰かが誰かと」「何かが何かと」つながっていく豊かな世界を描いた江國香織の『去年の雪』。「分断できると思ってるのは、おめえらだけだよ」というわけだ。

JOC組織委員会の森喜朗会長による問題発言、女性が「わきまえる」ことを是とする感覚への不信や、怒りが湧き上がったことについて、取り上げたのは、

男尊女卑の考えが根深いカムチャッカ半島で、「女だから味わわされた屈辱や恐怖」を思い出させてくれるというジュリア・フィリップスの『消失の惑星』。

安倍晋三、麻生太郎など、自民党の偉いおじさんたちが失言や失態をくり返すのは、自分にはそれが許されていると思っているからだ、というわけで、

昭和のがさつで無神経なおじさんタイプが発する言説にうんざりさせられている人に贈るのは、松田青子の『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』。

などなど、絶妙の選本で鋭い着眼の時評が繰り広げられていくのであるが、この著者の本への愛が殺伐とした世評の暗さの救いになっているようにも思われる。

年に一度の《最強文芸ベストテン》も読みたい本の目白押しで楽しいが、特にWBC日本代表チームに見立てたここ10年の《ベスト・オブ・ベスト》は必読である。

「小説は大八車で運ばれる理論」(笑)を提唱する著者によれば、作品は荷物で、両輪が作者と批評家、前で引っぱっているのが担当編集者と版元だという。

後ろで押している書評家の役目は、素晴らしい作品を載せているにもかかわらず、坂道など困難な状況に陥っている大八車の前進をレビューで後押しすること。

そのお役目を存分に発揮してみせた、渾身の一冊であると、本好きのアナタには強くお勧めしておきたい。

「今」を伝え、そこにおける問題を提示するリアルサイズの言説と比べ、小説の言葉は遅い。・・・でもね、後になればわかります、小説の言葉の強靭さが。読んだ人の心になにがしかの種を蒔き、ゆっくりとだけど根を張り、その人を変容させる。多くの小説は、そんな強い力を宿しているんです。

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