(岩井圭也 角川春樹事務所)
サイパンにはあらゆる種類のスパイが跋扈している。・・・せいぜい十万人ほどの南洋群島に、なぜ、これだけスパイが溢れているかわかるか?
と顔色一つ変えずに尋ねた堂本の問いに対する、「米英と開戦すれば、海軍の前線基地になるためでしょうか」という麻田の答えは、一点だけの訂正を受けた。
「開戦は仮定の話ではない。時間の問題だ。いずれ必ず来たる開戦の瞬間に備えて、誰もが情報収集をしているのだ。開戦した時点で、大勢は決している。」
就職難の時代に東大を卒業し、女学校の英語教師となった麻田は、妻子も得て平凡だが充足した日々を送っていた。しかし、持病の喘息が悪化して失職してしまう。
そんな時、拓務省に所属する旧友から「君、南洋に行けるか」と持ちかけられた、転地療養を兼ねた南洋庁サイパン支庁への赴任話は、渡りに船だったのだが・・・
「赴任にあたっては一つ、頼まれてほしいことがある。サイパン駐在武官補の堂本少佐の手足となって情報収集に励んでほしい。ただし余人には明かさないこと。」
<つまり・・・海軍のスパイとして市民を欺け、ということか>
というこの本は、太平洋戦争勃発直前の1940年に、日本海軍のために情報を集める“犬”となる密命を受けた麻田を主人公とする<異色の>スパイ小説である。
いわゆるスパイの活動には、敵国に潜んで機密情報を盗もうとする「諜報」と、そうした諜者から機密を守る「防諜」との2種類があるわけで、
普通スパイ物と言えば前者で、敵地におけるスパイ暗躍のスリルを味わうものだが、この物語では後者で、スパイを見つける側の防諜スパイという点が異色なのだ。
米国にサイパン島内の情報を提供していたという遺書を残して自殺した、鰹漁船団の大船長・玉垣と米国とのつながりの謎を解く第1章。
米国人と島民の混血で通訳としてサイパン有数の知識人として知られる男の養女となった、サイパンの大酋長の孫娘・ローザの、スパイ疑惑を追いかける第2章。
そのローザの養父・セイルズが、唐突に海軍飛行場の傍に転居し隠棲した、その行動の意図を探るために接触を図る第3章。
そして、日米開戦の告知と同時に、突如行方をくらましてしまった堂本少佐の失踪への加担を、後任の在勤武官補から疑われる、今回書下ろしの第4章。
といった具合で、長編のスパイ物と言いつつも、ひと連なりのお話の中に、いくつもの毛色の違った謎を埋め込んで、謎解きも楽しむというミステリー仕立てなのだ。
サイパンに来てからというもの、人の死に触れることが増えた。首を吊った鰹漁師。夫婦になれず毒を呑んだ男女。皇民を自負する殺人者。
敵前逃亡の汚名を着せられた堂本は、「死んでいてほしい」という周囲の望み通り、南洋桜の下で白骨化した遺体となって発見される。
「なぜ、死んだのか。なぜ、無様でも生きていてくれなかったのか。」
腹の底でふつふつと怒りを滾らせた麻田が、自身はどんな死に様を選ぶことになったのか。それはぜひご自分で、新たに用意された「終章」で確かめていただきたい。
<死に触れるたび、どうしようもない生命の軽さが、記憶の底に降り積もった。人の命がこんなにも美辞麗句で装飾され、こんなにも粗末に扱われていることを、麻田はこれまで知らなかった。>
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓

サイパンにはあらゆる種類のスパイが跋扈している。・・・せいぜい十万人ほどの南洋群島に、なぜ、これだけスパイが溢れているかわかるか?
と顔色一つ変えずに尋ねた堂本の問いに対する、「米英と開戦すれば、海軍の前線基地になるためでしょうか」という麻田の答えは、一点だけの訂正を受けた。
「開戦は仮定の話ではない。時間の問題だ。いずれ必ず来たる開戦の瞬間に備えて、誰もが情報収集をしているのだ。開戦した時点で、大勢は決している。」
就職難の時代に東大を卒業し、女学校の英語教師となった麻田は、妻子も得て平凡だが充足した日々を送っていた。しかし、持病の喘息が悪化して失職してしまう。
そんな時、拓務省に所属する旧友から「君、南洋に行けるか」と持ちかけられた、転地療養を兼ねた南洋庁サイパン支庁への赴任話は、渡りに船だったのだが・・・
「赴任にあたっては一つ、頼まれてほしいことがある。サイパン駐在武官補の堂本少佐の手足となって情報収集に励んでほしい。ただし余人には明かさないこと。」
<つまり・・・海軍のスパイとして市民を欺け、ということか>
というこの本は、太平洋戦争勃発直前の1940年に、日本海軍のために情報を集める“犬”となる密命を受けた麻田を主人公とする<異色の>スパイ小説である。
いわゆるスパイの活動には、敵国に潜んで機密情報を盗もうとする「諜報」と、そうした諜者から機密を守る「防諜」との2種類があるわけで、
普通スパイ物と言えば前者で、敵地におけるスパイ暗躍のスリルを味わうものだが、この物語では後者で、スパイを見つける側の防諜スパイという点が異色なのだ。
米国にサイパン島内の情報を提供していたという遺書を残して自殺した、鰹漁船団の大船長・玉垣と米国とのつながりの謎を解く第1章。
米国人と島民の混血で通訳としてサイパン有数の知識人として知られる男の養女となった、サイパンの大酋長の孫娘・ローザの、スパイ疑惑を追いかける第2章。
そのローザの養父・セイルズが、唐突に海軍飛行場の傍に転居し隠棲した、その行動の意図を探るために接触を図る第3章。
そして、日米開戦の告知と同時に、突如行方をくらましてしまった堂本少佐の失踪への加担を、後任の在勤武官補から疑われる、今回書下ろしの第4章。
といった具合で、長編のスパイ物と言いつつも、ひと連なりのお話の中に、いくつもの毛色の違った謎を埋め込んで、謎解きも楽しむというミステリー仕立てなのだ。
サイパンに来てからというもの、人の死に触れることが増えた。首を吊った鰹漁師。夫婦になれず毒を呑んだ男女。皇民を自負する殺人者。
敵前逃亡の汚名を着せられた堂本は、「死んでいてほしい」という周囲の望み通り、南洋桜の下で白骨化した遺体となって発見される。
「なぜ、死んだのか。なぜ、無様でも生きていてくれなかったのか。」
腹の底でふつふつと怒りを滾らせた麻田が、自身はどんな死に様を選ぶことになったのか。それはぜひご自分で、新たに用意された「終章」で確かめていただきたい。
<死に触れるたび、どうしようもない生命の軽さが、記憶の底に降り積もった。人の命がこんなにも美辞麗句で装飾され、こんなにも粗末に扱われていることを、麻田はこれまで知らなかった。>
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓
