(Tカポーティ 新潮文庫)

そのアパートメントに移ってきて1週間ばかりたった頃、2号室の郵便受けの名札入れにいささか風変わりなカードが入っているのが目にとまった。・・・それはまるで歌の文句みたいに僕の耳に残った。

<ミス・ホリデー・ゴライトリー、トラヴェリング>

夜中に共同玄関のロックを開けてもらおうと、階上に住む僕の部屋の呼び鈴を押すことが度重なっても、便利な相手という以外には眼中にもなかったようだったが、

ある日、窓をこんこんと叩く音がして、非常階段から僕の部屋に足を踏み入れたバスローブ姿の彼女は、「下にとってもおっかない男の人が来ているの」と言った。

それが、作家志望で当時は駆け出しだった僕と、自称・新人女優ながら高級娼婦のように自由奔放に振る舞うホリーとの、奇妙な付き合いの始まりだった・・・

というわけで、ヘップバーン主演で大ヒットとなったあの映画の、これは原作ではあるのだが、映画を見ていない暇人でさえ、まるで予想外の展開の物語だった。

ドアの前に置かれたゴミ箱の観察から、読書がおおむねタブロイド新聞と旅行パンフレットと星占いの天球図によって占められていること。

吸っている煙草がピカユーンというなぞめいたブランドで、コテージ・チーズとかりかりのトーストで生命を維持しているらしいということ。

色合いの入り混じった髪は自分で染めており、海外にいる兵士たちから「覚えているかい」などと書かれた大量の手紙を受け取っているらしいこと。

日差しの強い日には髪を洗い、茶色の雄の飼い猫と一緒に非常階段に座って、どこで覚えたのかというような曲をギターで上手に爪弾きながら、髪を乾かすことなど。

付き合う前から彼女についてはひとかどの権威のつもりだった僕は、それなりに心を許した友人となってから知った彼女の実像に驚かされるばかりの日々を送る。

14歳で両親を亡くし、飢えて盗みに入った獣医宅で捕えられ、この年の離れた獣医の妻となるが、後にそこから脱走するという暗い過去を持つこと。

毎週木曜日に、刑務所に収監されているマフィアのボスに面会して、怪しげな報酬を得ていること。(それが麻薬密輸事件に巻き込まれ失踪することにつながる。)

それでも、「潔いいかがわしさ」を発散しながら、型破りの奔放さを振りまくホリーの魅力に、周囲の男は皆引き寄せられていく。(暇人の好みではないが・・・)

自分といろんなものごとがひとつになれる場所を見つけたとわかるまで、私はなんにも所有したくないの。そういう場所がどこにあるのか、今のところまだわからない。でもそれがどんなところだかはちゃんとわかっている。

誰かにちゃんと飼われるまで、自分には名前をつける権利がないからと、名無しのまま可愛がっている虎猫を胸に抱きながら、彼女は言う。

「それはティファニーみたいなところなの・・・いつの日か目覚めて、ティファニーで朝ごはんを食べるときにも、この自分のままでいたいの」

南米へと高飛びして、行方不明となってしまったホリーから、鉛筆の走り書きで、サイン代わりに口紅のキスが付いた葉書が届いたのは、何か月か過ぎてからだった。

いつも「旅行中」であることを気取っていた彼女の、新住所の知らせが届かなかったことに、僕ががっかりしたのは、知らせたいことが山ほどあったからだった。

何より伝えたかったのは、別れ際にいなくなってしまった猫の消息だった。温かそうな部屋の窓辺に鎮座しているのを見つけたのだ。なんと呼ばれているのだろう。

きっと猫は落ちつき場所を見つけることができたのだ。ホリーの身にも同じようなことが起こっていればいいのだがと、僕は思う。そこがアフリカの掘っ立て小屋であれ、なんであれ。

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