(平野啓一郎 文春文庫)

<母>は、授業参観にでも来たかのような佇いで、僕を背後から見つめながら立っていた。ブラウンに染めた髪も、歳を取って丸みを帯びた肩も、普段着にしていた紺のワンピースも、何もかもが同じだった。

「・・・母を作ってほしいんです。」

2040年、二人だけの家族だった最愛の母を喪った29歳の石川朔也は、仮想空間の中にVF(ヴァーチュアル・フィギュア)の母を製作してほしいと依頼する。

写真と動画、遺伝子情報、生活環境、各種ライフログ、友人や知人の紹介、さらには口癖や趣味など、生前のすべての資料を提供してまで、母との再会を願ったのは、

息子に看取られながら<自由死>したいという望みを認めようとしなかった朔也が上海出張中に、事故死してしまった母の「本心」が知りたいと思ったからだった。

カメラ付きゴーグルによる遠隔操作で、依頼主の身代わりの<身体>となって疑似体験を提供する、リアル・アバターという職業に従事している朔也は、

初めて母からの依頼を受けて伊豆の河津七滝へ出かけ、「やっと、朔也の仕事がわかった。」という言葉の後に、「ありがとう。もう十分。」と打ち明けられたのだ。

3年前にそんな<自由死>の願望を口にした母の、VFのモデルを死の4年前に設定することにした朔也は、VFの<母>に一体何を求めていたのだろう?

孤独を慰めるためにただ優しく微笑んでもらいたかったのか、本当に本心を語ってもらいたいのか。たとえそれが自分を一層深く傷つけることになったとしても・・・

母への呼びかけ以外には、決して口にしたことのなかった「お母さん」という言葉を、母のニセモノに向けて発しようとすることに対し、僕の体は、ほとんど詰難するように、抵抗した。

<それによって、ニセモノになるのは、お前自身だと言わんばかりに。>

こうして、母の思い出で描かれた短い映画の中にいるかのようなVFの母との生活は始まり、過去の記憶を確認し合うことで、<母>の居場所は築かれていった。

「お母さん、そんなこと言わなかったよ」「そうね。ちょっとヘンだったわね」と日常会話の違和感を解消しながら、膨大なライフログの学習で成長していく<母>。

「“自由死”についてどう思う?」という思い悩んだ末の問いかけに、戸惑い、返答できなかった<母>に感情を昂らせ、ヘッドセットを放り投げてしまう朔也。

前夜のやりとりを消去するために、母の性格を復元ポイントまで戻すことも考えたが、思い直した。僕だけが、あの悲しいやりとりを記憶していて、<母>の中から、その記録が消えてしまうことは寂しかった。

実は、ここまではこの物語のほんの導入部に過ぎず、母の職場の若き同僚・三好との同居生活や、アバターデザイナー・イフィーとの出会いなど、話題てんこ盛りで、

ついには、母がかつて憧れていた小説家の証言から、衝撃の事実に辿り着くことになるのだが、そこらあたりはぜひご自分でお読みいただきたいと思う。

暇人としては、これまで知ることのなかった母の「本心」に少しずつ触れながら、自分自身の生きる意味を問い直していく部分だけで、十分満足の一冊だったから。

僕が母の“自由死”の意思を、闇雲に拒絶することなく理解し、その話に耳を傾けていたなら、その時こそは、母は“自由死”の意思を翻していたのではなかったか?・・・

<そうなのだろうか?――わからなかった。それを知っているのは、母だけだった。>

本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
どうぞ応援のクリックを、お願いいたします。
↓ ↓ ↓

人気ブログランキング