(川添愛 朝日新聞出版)
名作には名ゼリフはつきものだ。みなさんにも、すぐに思い出せるドラマや映画、漫画のセリフが一つか二つはおありだろう。しかし、それらを名ゼリフたらしめているものは何だろうか?
<本書の趣旨はざっくり言えば、そういった名ゼリフ(=パンチライン)を言語学の観点から眺めてみようというものだ。>
というこの本は気鋭の言語学者・川添愛が、漫画、ドラマ、映画など、絵や映像を伴う作品に限定して、名台詞の名台詞たる所以を解説しようとしたものらしいが、
『言語学バーリ・トゥード Round 1』―AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか― 『言語学バーリ・トゥード Round2』―言語版SASUKEに挑む― 『世にもあいまいなことばの秘密』 でもご紹介したように、
<エンタメ8割、言語学2割>ぐらいの配合で書いているので「全然勉強にならなかった!」と文句を言われても困る、というスタンスは今回も変わらないようで、
南ちゃんブームのころ、私は中学生で、本作のアニメも見ていたし単行本も持っていた。私も「♪デーンデデデデデデ・・・」というイントロが聞こえたら岩崎良美になりきって主題歌を歌える程度には星屑ロンリネスな人材だ。
という軽快な乗りで、『タッチ』『ガラスの仮面』『機動戦士ガンダム』『北斗の拳』などが、熱く語られていくのは、身に覚えのある方にとっては堪らないだろう。
初めて耳にする暇人にとっては、そんな“一粒で二度の美味しさ”を味わうことができず少し残念だったが、それでも言語学的解説の面白さは十分味わえたわけで、
『プレサタ』で起こった大問題は何かというと、生放送の直前に司会者の四股不倫が発覚したことだ。プロデューサーから不倫が事実かどうかを問われたとき、
「やっ・・・てますね」と、司会者のツツミン(山本博)が心ここにあらずといった表情で答える『不適切にもほどがある!』では、終助詞「ね」が取り上げられる。
「口にするのも憚られる文面」のメールについても、「送っちゃってますね・・・」と答えるのだが、「やりました」「送りました」ではないことがポイントだ。
「ね」を付けることで、自分しか知らない自身の行いであるにもかかわらず、「本当にそうなのか自信がない」という「他人事感」を醸し出しているというのだ。
本作でもっとも多く使われている言語上の手がかりは、「これ/ここ」「それ/そこ」「あれ/あそこ」等の「指示詞」だ。
「『こそあど』にウソはけっこう出るんですよ」と、モジャモジャ頭の大学生・久能整(菅田将暉)が真相解明の名推理を連発する『ミステリと言う勿れ』では、
謎解きのシーンで罪状を突きつけられた容疑者が、「それ」ではなく「これって、罪になるの」と答えたのを聞いた整は、犯人が自分の罪を認めたことに気づく。
「こ」系の指示詞は、話し手がよく知っている対象を指すのに使われることが多く、その場で明かされた罪状が自分の胸の内にあるものと一致していたのだろうと。
といった具合で、暇人が確かに見ていた場面に付いても、なるほどそういう意味があったのかと納得させられるような、興味深い分析に膝を打つことになるのだった。
この本で取り上げられている「パンチライン」が、必ずしも誰もがその作品の「決めゼリフ」とは限らず、疑問に思われるかもしれないことは著者も認めている。
そのあたりの仕掛けが、この月1回の連載を「かなり笑えて、たまに勉強になる」ものに仕上げて見せた、著者の手腕の冴えを物語っているのかもしれない。
それはおそらく私がセリフの文法的な側面だとか、裏側に隠された意図や思考の過程とかが気になりすぎているからだ。そのあたりに関しては「言語学者はこういうのが気になるんだな」と、広い心で見守ってほしい。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
今後も読んであげようと思っていただけましたなら、
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名作には名ゼリフはつきものだ。みなさんにも、すぐに思い出せるドラマや映画、漫画のセリフが一つか二つはおありだろう。しかし、それらを名ゼリフたらしめているものは何だろうか?
<本書の趣旨はざっくり言えば、そういった名ゼリフ(=パンチライン)を言語学の観点から眺めてみようというものだ。>
というこの本は気鋭の言語学者・川添愛が、漫画、ドラマ、映画など、絵や映像を伴う作品に限定して、名台詞の名台詞たる所以を解説しようとしたものらしいが、
『言語学バーリ・トゥード Round 1』―AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか― 『言語学バーリ・トゥード Round2』―言語版SASUKEに挑む― 『世にもあいまいなことばの秘密』 でもご紹介したように、
<エンタメ8割、言語学2割>ぐらいの配合で書いているので「全然勉強にならなかった!」と文句を言われても困る、というスタンスは今回も変わらないようで、
南ちゃんブームのころ、私は中学生で、本作のアニメも見ていたし単行本も持っていた。私も「♪デーンデデデデデデ・・・」というイントロが聞こえたら岩崎良美になりきって主題歌を歌える程度には星屑ロンリネスな人材だ。
という軽快な乗りで、『タッチ』『ガラスの仮面』『機動戦士ガンダム』『北斗の拳』などが、熱く語られていくのは、身に覚えのある方にとっては堪らないだろう。
初めて耳にする暇人にとっては、そんな“一粒で二度の美味しさ”を味わうことができず少し残念だったが、それでも言語学的解説の面白さは十分味わえたわけで、
『プレサタ』で起こった大問題は何かというと、生放送の直前に司会者の四股不倫が発覚したことだ。プロデューサーから不倫が事実かどうかを問われたとき、
「やっ・・・てますね」と、司会者のツツミン(山本博)が心ここにあらずといった表情で答える『不適切にもほどがある!』では、終助詞「ね」が取り上げられる。
「口にするのも憚られる文面」のメールについても、「送っちゃってますね・・・」と答えるのだが、「やりました」「送りました」ではないことがポイントだ。
「ね」を付けることで、自分しか知らない自身の行いであるにもかかわらず、「本当にそうなのか自信がない」という「他人事感」を醸し出しているというのだ。
本作でもっとも多く使われている言語上の手がかりは、「これ/ここ」「それ/そこ」「あれ/あそこ」等の「指示詞」だ。
「『こそあど』にウソはけっこう出るんですよ」と、モジャモジャ頭の大学生・久能整(菅田将暉)が真相解明の名推理を連発する『ミステリと言う勿れ』では、
謎解きのシーンで罪状を突きつけられた容疑者が、「それ」ではなく「これって、罪になるの」と答えたのを聞いた整は、犯人が自分の罪を認めたことに気づく。
「こ」系の指示詞は、話し手がよく知っている対象を指すのに使われることが多く、その場で明かされた罪状が自分の胸の内にあるものと一致していたのだろうと。
といった具合で、暇人が確かに見ていた場面に付いても、なるほどそういう意味があったのかと納得させられるような、興味深い分析に膝を打つことになるのだった。
この本で取り上げられている「パンチライン」が、必ずしも誰もがその作品の「決めゼリフ」とは限らず、疑問に思われるかもしれないことは著者も認めている。
そのあたりの仕掛けが、この月1回の連載を「かなり笑えて、たまに勉強になる」ものに仕上げて見せた、著者の手腕の冴えを物語っているのかもしれない。
それはおそらく私がセリフの文法的な側面だとか、裏側に隠された意図や思考の過程とかが気になりすぎているからだ。そのあたりに関しては「言語学者はこういうのが気になるんだな」と、広い心で見守ってほしい。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
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