(柴田哲孝 幻冬舎文庫)

2022年7月8日――。時刻は午前11時31分と記録されている。日本の、元内閣総理大臣が奈良県の近鉄大和西大寺駅前で演説中に凶弾に倒れ、死亡した。享年67だった。

SPの一人がゼブラゾーンから背後の道路に向かって走り、手製の銃を持った男に飛び掛かり、その腕を後ろ手にねじ上げ、路上に押さえ込むシーンが全国に流れた。

“実行犯”の男、奈良市の集合住宅に住む上沼卓也(41歳)は、家庭を壊した母親が入信していた“ある団体”と元首相との深い繋がりが動機だと供述した。

こうして「上沼の単独犯行」という論調が、“既成事実”として世論に認知されることになった、この『田布施元首相銃撃事件』には多くの不審な点があった。

1.三ヶ所の銃創のうち致命傷となったのは、壇上に立つ元首相を低い位置から撃ったものではなく、逆方向の高い位置から右前頸部に着弾したものであったこと。

2.致命傷となった銃弾には貫通した形跡がなく、元首相の体内で消えてしまっていた。にもかかわらず、警察は深く調べることもなく捜査を打ち切ったこと。

3.政府要人の暗殺という重大事件であったにもかかわらず、警察による本格的な現場検証は参院選投票日三日後(事件の五日後)まで行われなかったこと。

<いったい警察は、何を隠そうとしているのか。今回の事件の背後で、何が起きているのか。そして誰が、田布施元首相を暗殺したのか。>

というわけでこの本は、誰もがご存じであるはずの「山上徹也による安倍晋三元首相銃撃事件」を題材にしたとはいえ、もちろん「フィクションの物語」なのだから、

「実在の人物・団体・文章等が一部登場しますが、あくまで創作の材とするものであり、実際の事件・社会問題等とは関係ありません。」

なんてことは言われなくても分かっているのだが、『これは誰のことなのか』『こんなことは本当にあったのか』とついググってしまうのも仕方のないことだろう。

戦後の日本における大きな事件を題材にして、“不気味なほどに説得力があり、しかも緻密”で、驚くほどリアリティのある大胆な仮説を提示している

と池上冬樹の解説にもあるように、この物語はマスコミ相手に体制側が用意した“世界合同教会”などという事件解釈用の手頃な見取図を軽々と乗り越えていく。

<以下、ネタバレにつき、文字を白くしておきます。>

1987年に起きた赤報隊による「朝日新聞阪神支局襲撃事件」を発端に、新元号「令和」を巡る日本民族派右翼の巨魁との確執の中で、首相暗殺計画が動き出す。

日本中がコロナ禍に沈んだ3年間に、政治の裏側に潜む体制側の組織が暗躍し、“実行犯”と“共犯者”の育成、“凶器”の準備が進められ、ついに実行の日を迎える。

ここまで入念に準備された筋書きが語られた後で、我々も見知った「現実に起きた事件」の謎に、一介のジャーナリストと元刑事が果敢に挑んでいく構図なのだ。


果たして真犯人は誰なのか?――後は、どうぞご自分でお読み下さい。

自分の書く作品はリアリティを追求しているので、「どこまでが現実で、どこまでがフィクションなのか」とはよく言われるという著者の、面目躍如の大傑作である。

この作品をきっかけに、作家やジャーナリストが真相究明に動いてほしいなと思っています。その結果、私の考えが否定されるならそれはむしろ良いことです。

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