(森功 東洋経済新報社)
紺のスーツに身を包んだ学校法人「日本大学」理事長の林真理子が・・・記者団に呼びかけるかのようにボルテージをあげ、鼻孔を膨らませながら言った。
「私としてはすべての膿を出し切ったと思っております」
2023(令和5)年7月11日、東京・市ヶ谷駅近くの日大本部での記者会見場は、前年7月に運営トップに就いて大学改革に乗り出した<切り札>の彼女にとって、
カリスマ理事長だった田中英壽体制が引き起こした不祥事の、後始末に明け暮れた1年をようやく乗り切って、意気揚々と臨んだ記念すべき場になるはずだった。
<しかし、ここから事態が暗転する。>
実はこの時、日大内部ではアメフト部の大麻使用疑惑が発生しており、嗅ぎつけたマスコミの質問攻めに苛立った林が頑なに否定したことで「炎上」することになる。
田中英壽のあとを受けて、颯爽と登場した理事長の林真理子は単なる神輿(みこし)ではなく、実は迷走の元凶だったのではないだろうか。
というこの本は、『地面師』などの話題作を次々に著した後、「加計学園」事件の欺瞞を追求した『悪だくみ』で大宅賞に輝いた、手練れのノンフィクション作家が、
日大を支配してきた「田中帝国」の実態と、その地下に今も脈々と流れる「暗黒の歴史」を白日の下にさらけ出して見せた、「帝国の権力と闇」の物語なのである。
120万の卒業生を日本社会に送り出した日本最大の私学である日大は、私学の歴史そのものを投影しているといっていい。光の裏に潜む知られざる暗黒史もまた、日大の歴史といえる。
明治の国策高等機関として法律専門学校からスタートした日大を、戦後の激動期に日本最大のマンモス大学に育て上げた中興の祖、「日大の天皇」古田重二良。
そんな古田が大学紛争の標的とされた時、左翼対策として目を付けたのが、当時アマチュア相撲のタイトルを総ナメにしていた相撲部のホープ・田中英壽だった。
角界入りの道は後輩の輪島に譲り、自らは大学職員として出世する道を選択して、政界や相撲界、実業界から裏社会までの人脈を継ぎ、ついに理事長まで登りつめる。
会員120万を超えるOB組織の校友会と、相撲部やアメフト部を束ねる保健体育審議会。この二つの組織を掌握して大学を支配する。そこには巨大な利権が渦巻いた。
そんな田中の牙城にヒビが入ったのは、2018年にアメフト部が引き起こした反則タックル事件がきっかけだった。監督・コーチ陣に批判の矛先は向かったが、
事実は曖昧なまま、綿密な捜査は嫌疑不十分・不起訴処分に終わる。しかしその捜査機関によって、田中体制下で歪んだ私学運営の実態にメスが入ったのだ。
<田中を含め日大の歴代首脳陣は、そこを甘く見ていた>
板橋病院建て替え計画を巡る背任事件、脱税容疑による田中の逮捕、林新理事長の誕生による執行部人事の刷新、日大事業部の消滅と、日大の改革は進められていくが、
アメフト部員による大麻事件の激震の後、重量挙部監督などによる免除入学金の横領事件など、耳を疑うような余震は収まることなく、立て続けに発生している。
<それは、ある意味でカリスマ理事長の田中によるガバナンスが機能しなくなったからかもしれない。>
新しく浮上した数々の日大不祥事の多くは田中時代の負の遺産に違いない。だが、田中が去って3年目を迎え、日大執行部はいまだ何ひとつまともに対応できていない。それが林改革の実像ではないか。
本日もお読みいただいた皆様どうも有り難うございました。
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紺のスーツに身を包んだ学校法人「日本大学」理事長の林真理子が・・・記者団に呼びかけるかのようにボルテージをあげ、鼻孔を膨らませながら言った。
「私としてはすべての膿を出し切ったと思っております」
2023(令和5)年7月11日、東京・市ヶ谷駅近くの日大本部での記者会見場は、前年7月に運営トップに就いて大学改革に乗り出した<切り札>の彼女にとって、
カリスマ理事長だった田中英壽体制が引き起こした不祥事の、後始末に明け暮れた1年をようやく乗り切って、意気揚々と臨んだ記念すべき場になるはずだった。
<しかし、ここから事態が暗転する。>
実はこの時、日大内部ではアメフト部の大麻使用疑惑が発生しており、嗅ぎつけたマスコミの質問攻めに苛立った林が頑なに否定したことで「炎上」することになる。
田中英壽のあとを受けて、颯爽と登場した理事長の林真理子は単なる神輿(みこし)ではなく、実は迷走の元凶だったのではないだろうか。
というこの本は、『地面師』などの話題作を次々に著した後、「加計学園」事件の欺瞞を追求した『悪だくみ』で大宅賞に輝いた、手練れのノンフィクション作家が、
日大を支配してきた「田中帝国」の実態と、その地下に今も脈々と流れる「暗黒の歴史」を白日の下にさらけ出して見せた、「帝国の権力と闇」の物語なのである。
120万の卒業生を日本社会に送り出した日本最大の私学である日大は、私学の歴史そのものを投影しているといっていい。光の裏に潜む知られざる暗黒史もまた、日大の歴史といえる。
明治の国策高等機関として法律専門学校からスタートした日大を、戦後の激動期に日本最大のマンモス大学に育て上げた中興の祖、「日大の天皇」古田重二良。
そんな古田が大学紛争の標的とされた時、左翼対策として目を付けたのが、当時アマチュア相撲のタイトルを総ナメにしていた相撲部のホープ・田中英壽だった。
角界入りの道は後輩の輪島に譲り、自らは大学職員として出世する道を選択して、政界や相撲界、実業界から裏社会までの人脈を継ぎ、ついに理事長まで登りつめる。
会員120万を超えるOB組織の校友会と、相撲部やアメフト部を束ねる保健体育審議会。この二つの組織を掌握して大学を支配する。そこには巨大な利権が渦巻いた。
そんな田中の牙城にヒビが入ったのは、2018年にアメフト部が引き起こした反則タックル事件がきっかけだった。監督・コーチ陣に批判の矛先は向かったが、
事実は曖昧なまま、綿密な捜査は嫌疑不十分・不起訴処分に終わる。しかしその捜査機関によって、田中体制下で歪んだ私学運営の実態にメスが入ったのだ。
<田中を含め日大の歴代首脳陣は、そこを甘く見ていた>
板橋病院建て替え計画を巡る背任事件、脱税容疑による田中の逮捕、林新理事長の誕生による執行部人事の刷新、日大事業部の消滅と、日大の改革は進められていくが、
アメフト部員による大麻事件の激震の後、重量挙部監督などによる免除入学金の横領事件など、耳を疑うような余震は収まることなく、立て続けに発生している。
<それは、ある意味でカリスマ理事長の田中によるガバナンスが機能しなくなったからかもしれない。>
新しく浮上した数々の日大不祥事の多くは田中時代の負の遺産に違いない。だが、田中が去って3年目を迎え、日大執行部はいまだ何ひとつまともに対応できていない。それが林改革の実像ではないか。
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