(知念実希人 実業之日本社文庫)

どうしてこんなことになってしまったのだろう。・・・壁に背中をあずけ、毛足の長い絨毯に座り込みながら、一条遊馬は天を仰ぐ。

「・・・あの名探偵に出会ったときか」

というプロローグの主人公の独白で、名探偵により真実が暴かれ、犯人である自分が拘束されているところから、つまり、すでに幕を下ろした状態でこの物語は始まる。

雪深き森に建つガラスの館に、ミステリ愛好家の大富豪・神津島の呼びかけで集められた、職業も年齢も性別もバラバラな、一癖ありそうな9名の人物たち。

招待客の刑事、霊能力者、小説家、編集者と、この館の料理人、メイド、執事。物語の主人公であるかかりつけ医師の一条遊馬。そして・・・名探偵の碧月夜。

神津島は、招待客たちにある重大な発表があると事前にほのめかしていたのだが、それは結局果たされることはなかった。遊馬が彼を「殺してしまった」からだ。

難病に苦しむ妹を救うため、邪魔者となる神津島を自然死を装って毒殺した「密室殺人」のトリックは、名探偵・碧月夜の想定外の登場により窮地に追い込まれる。

「どれも魅力的な謎に見えますが、解決してみれば二流の犯罪者が起こしたつまらない犯行でしかありませんでした。名探偵としての能力を十分に生かせるような、美しく芸術的な犯罪には、なかなか出会えないんです」

と、過去に解決に導いた難事件を仄めかしながら嘯く月夜は、重度のミステリマニアがシャーロック・ホームズのコスプレを気取っている、ようにしか見えなかったが、

その推理力は筋道だった確かなもので、ついに真相が暴かれるかと観念しかけた時、新たな密室殺人事件が発生して、遊馬の立場は一転してしまうことになる。

今度は、月夜ホームズの助手ワトソン役として、この「連続密室殺人事件」の謎解きへと、二人で力を合わせて、挑んでいく成り行きなのだった。というわけで・・・

1980年代後半の島田荘司『占星術殺人事件』で芽吹き、綾辻行人『十角館の殺人』で大輪の花を咲かせ、綺羅星のごとき才能が後を襲った新本格ムーブメントを、

<令和の上空から俯瞰し、丹念に総括し、ジャンルの作法を完璧に使いこなして、ブーム終幕に、誰も予想しなかった最高作を産み落として見せた>@島田荘司

ミステリファン必読の書で、知念実希人史上最大のベストセラーの呼び声も高い作品が、ようやく文庫になったので、暇人も読んでみたわけなのだが、

山奥に建つガラスの尖塔、雪崩によって生じたクローズドサークル、連続して起こる密室殺人、個性的な招待客たち、とお定まりの舞台が整ったところで、

<ここから若干ネタバレにつき、一部文字を白くします。>

ダイイングメッセージに血文字に暗号、秘密の地下牢とそこに転がる白骨死体、果ては隠し扉に秘密の階段と、古き良き本格ミステリ小説の世界が展開されて、一度は謎解きの終演を迎えながら、

「俺たちは全員、小説の登場人物だったんですよ。『硝子館の殺人』という本格ミステリ小説のね」

というメタ発想の開陳により、主客の転倒という、驚愕のドンデン返しが大向こうを唸らせて、物語は怒濤の大団円へと突入していくのだった。

後はどうぞご自分でお確かめいただきたいが、最後に一言だけいわせてもらうと、綾辻行人へのリスペクトを「逃げ口上」にしているようなのは、如何かと思った。

「オマージュというにはあまりにもお粗末な劣化版のストーリーを作り上げ、あまつさえその駄作を恥ずかしげもなくシリーズの一冊として忍び込ませる愚行。それは本格ミステリというジャンルに対する侮辱に他ならない。そう思わないかい、一条君」

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