60年大阪に住んでいて、全く知らなかったところへ行ってきました。

豊臣秀吉によって、大阪の街は碁盤目状に整備されました。このとき、下水路が張り巡らされ。「背割下水」とか「太閤下水」と呼ばれていて、いまも一部が現役なのです。この太閤下水の上にふたをして、路地としたものが「太閤路地」南久宝寺通りの近くに碑がありました。また、難波神社には仁徳天皇が祭られています。その裏側に坐摩神社があります。船場まつりがあると知り、ラリーポイントを廻って大阪を知りました。ビンゴを完成し船場賞をもらいました。

先月、鞍馬から貴船へ行っただけでふくらはぎが張り、筋肉痛で歩くのが大変だったのです。もっと歩かなければと思い、母の車いすを押し船場を歩き回りました。平地は大丈夫なのですが・・・・。