June 03, 2006

緊縛 小川内初枝

木曜日に皮膚科に行った帰りに、
診察に行っただけなのにパキスタン人にナンパされるあたりが
わたしらしいな などと考えながら図書館で本を借りてきました。

ドグラ・マグラを読んでいる途中ですが、これはとても頭を使うというのか
私には難しい本なので他にさくっと読めるような本を読んで気分転換しながら
読み進めていこうかと思い、難しくなさそうな本を選んできました。
ドグラ・マグラは論文を読んでいるような感じになる場所があるので
学のない私にはとてもとても…

今日読んだ本は緊縛 小川内初枝
タイトルにつられて借りてきました。そそられちゃったもんで…
「わたしを縛って」
心も体も縛られることを強く欲しながら、二人の男との曖昧な情事を
淡々と続ける美緒、32歳。彼女の心が向かう先には…。

折角、恋愛中だし恋愛物でもと思って借りてきたけど
読んだら全然違う。
なるべく、本の感想などを書くときはネタバレしないように書こうとしてますけど
今回は最後どうなるかまでの感想も書きます。
二人の男との曖昧な情事を……などと書いてあるので
愛欲に翻弄されていき溺れていくような話かと思ったらまったく逆でした。

愛情があるのかないのか
感情があるのかないのか
生きている実感を持てない
生きていく気力もない
死ぬ気力もない
男の肌を借りることで
縄などではなく身近な物で縛られることで生を感じる
恋愛ではなく、主人公美緒の孤独と寂しさを書いた作品です。

父と母の仲はあまり良くなく、幼少の頃は親の顔をうかがいながら
優等生でいた自分。
大人になってからも、母親とは上辺だけの仲の良さを演じることで
調和を保っている。
普段は外出することも億劫で、家に閉じこもっている
友人との付き合いも疎遠になり、
付き合いのある男性二人も家庭のある人で
だらだらと肉体の関係を続けている。
彼女はヘビースモーカーなので、自制するために編み物をする
ただだらだらと長いマフラーを何本も編む。
普段はずっと一人で、
「大過なく、漠然とした、生を消化するだけの日々」を過ごしている。
二週間に一度、訪ねて来る女友達がいたのだが
その友達は自殺してしまう。
だが、その友達の死にも悲しみも寂しさも感じない
その子が死んだのは自分のせいだと思う事で
悲しみを実感し、その感情に喜びを感じる。

美緒には妹がいて、妹のほうは要領もよく愛されて育った。
自由奔放で、はやくから実家を出て一人の男性と離れたりくっついたり
結局その人と結婚をして、美緒にそっくりの長女(れいこ)を授かる。

ある日、妹に家に来て欲しいと頼まれる。
旦那が出て行ってしまい、下の子(けんくん)は夜泣きするし上の子は僻むしで
寝る暇もないので上の子だけでも見てもらいたいといった事情らしく
仕方なく妹の家に行くことになる。
美緒は妹とも疎遠だった為、けんくんの存在はその時まで知らなかった。

「れいこ」は放ったらかしにされていたらしく
すえた臭いがし、爪は垢で黒ずんでいた。
母親の目を気にして必要以上に弟をかわいがっている様子をみせ
媚びた態度をとる。母親に愛されようとしている。
そんな「れいこ」の態度に
この子のこういうところがいい子ぶって嫌だと子供の前で言う妹。

美緒に「れいこ」の子守りを頼み、隣の部屋で妹は休んでいる。
その間、手持ち無沙汰なので美緒は「れいこ」にマフラーを編んであげると言い出す
「いろんな色のかわいいマフラーにしてあげる。れいちゃん、きっと似合ってかわいいよ」
だが、少しベランダに出て煙草を吸っている間に
「れいこ」が自分の体中に毛糸を巻きつけてしまった
どうやら自分がかわいくなれると思ってやったらしい。

『れいこがみすぼらしく見え、それ以上に私自身がみじめだった。
 れいこは生まれてきてはいけなかったのだ。
 私は、一滴の血もこの世に残すつもりはないというのに。』
 
美緒は「れいこ」にもっとかわいく縛ってあげると言って
「れいこ」を裸にし毛糸をぐるぐる巻きつけていく。
腕も…胴も…足も…
鬱血し紫色になるほどきつくぐるぐると巻いているのに
痛い?と聞いても、ううんと言う「れいこ」
首は死なないようにゆるめに毛糸を巻いた。
顔は赤みがさし目は充血し、よだれをたらしている 
ごぼごぼと咳をしながらも かわいい? と美緒に訊く「れいこ」
そんな「れいこ」に
おばちゃんは出ていくからおばちゃんがドアを閉めたら
大きな声でお母さん助けてって言うのよ。と言って美緒は出ていった。

『私は誰も殺さない。誰も生まない。何物にも関わらない。
 だが、せめて、母なるものに、見せしめを。』


主人公の悲痛な叫びが聞こえてくるような作品でした。
読み終わった後の一番最初の感想は「怖い」なと感じ、
その後にじわじわと彼女の悲しみや刹那さが伝わってきました。
愛されたいと思いながらも、自我を出せば傷つくこともあると
自分を押し殺していくうちに人と関わることを拒み感情が解らなくなっていく
押し殺しすぎて何も感じなくなってしまう。
自分を具現化するものは、煩わしくない男性との肉体関係。
美緒の存在がとてもリアルで、そして
まるで自分自身のような姪に愛されたい欲求を形として出していく様が怖いと感じました。

もちろん 美緒=れいこ なのです。
母親にかわいがられたい、愛されたい
大きな声で泣きなさい。大きな声でお母さん助けてって言うのよ。
彼女は何よりも母親の愛情が欲しくて、でもどうすれば愛されるのか…
痛くても苦しくてもかわいがられたい一心で苦痛を我慢するれいこ…
それがあまりにも悲しくて…

これを読むと、共感する部分が多いと感じる人が沢山いるんじゃないでしょうか
私自身も男との肉体関係で自分を具現化するような時期がありました。
誰かに愛されて、必要とされてる気になりたかった時期がありました。
私は最近の世間に疎いので、よくわからないけど
なんだか無理やり感動しましょう!といったものが溢れているような気がします。
無理やり笑って。無理やり泣いて。
2002年初版の本ですが、今の人間の心境がよく書かれてて
現実味のある作品です。
現実味がありすぎて、怖くもあり、悲しくもなる作品でしたね。


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SM映画・本【NO.136「緊縛」】【MドリームのBlog】at July 06, 2016 18:30
この記事へのコメント

おもしろそうな本だね(^^
私も探してよんでみよう。
緊縛って、なんだろうね。
人によってそこに求める意味は様々なんだろうけど、
縛ってほしいとか思っちゃう時点で、ちょっと
病んじゃってんだろうね、私も含め(^^;;

「ドグラ・マグラ」は難解だよね。
がんばって最後まで読んだものの、
ほとんど意味わかんなかったよ、笑。
松本俊夫監督の映画があるのだけど、そっちを
観て、「なるほどー」みたいな感じでした。
Posted by あかね at June 04, 2006 23:52
パキスタン人になにされたんだ??
Posted by いも番長 at June 05, 2006 02:15
>あかねさん
面白かったですよー 徐々に縛られたり所有される快感に溺れていくような恋愛物だと思ったんだけどね 全然違ってたw
緊縛に求めてるものって人それぞれだよね。
緊縛されてる姿が美しいと感じて自分もそうなりたい
拘束された状態で何をされるんだろうといった期待
緊縛によって鋭くなっていく皮膚感覚
拘束されることによって得る安心感
もっとあるんだろうけど、私は何を求めるかなぁ
何を求めているにしろ、それを望む人を否定はしてほしくないなぁ
緊縛には性欲を感じないから苦手ってならありだけど、
否定されちゃうとなぁ…

ドグラ・マグラ私も一回読んだんだけど、流し読みしちゃったからね。難しくてw
スチャラカチャカポコ…のあたりで一回挫折するよねw
映画であれをどうやって表現したんだろうな ちょっと気になる。よく映像に出来たなぁ
Posted by 姫 at June 05, 2006 10:09
>いも番長さん
いや、電話番号渡されたんだよ。
Posted by 姫 at June 05, 2006 10:11
この内容、正直、怖いですね。

愛情、感情、希望、欲望、願望、意識、無意識・・・
誰しも自分の存在に対して不安を抱き、言い知れぬ怖さに襲われることがあると思うけど、
自己の存在を確認する思考や行為によって、不安や畏怖が取り除かれるのかもしれません

自らが人や物に愛情や感情を抱く事によって、己の存在を確認する
自らの内なる思いを形にする事によって、己の存在を確認する
自らを必要としてくれる他者によって、己の存在を確認する

「自己から外(自己以外)への叫び」または「外から自己への呼びかけ」
それがどのような形であれ、何かと接触したと感じる事自体が唯一、不透明な自己を染色し、己の存在を確認する手段なのかもしれない

うーん・・・
暗い書き込みでごめんなさい(^^;
仕事に息詰まって休憩中です。
Posted by デューク at June 06, 2006 18:28
>デュークさん
暗い書き込みOKですよ 日記の内容が暗いですしねw
そうなのですよ、とても怖いんです。
何かの刺激によって人の感情は成長し変化していき、
楽しかったり悲しかったりしながら希望が生まれる。
その刺激はデュークさんの「自己から外」「外から自己」によって得られるのですが、怖いのは刺激を受けていると錯覚することですよね。

この話の主人公は、男性との肉体関係によって自己の存在を確認していると錯覚してるというのか慣れてしまっているというのか…麻痺してしまって、根底にあるものの存在が大きくなっていってることに気がつかない。
これは誰にでも起りえることだと思います。
だから、怖いですよね。
Posted by 姫 at June 07, 2006 13:24