Berkeley/SanFrancisco 骨董、食三昧

Berkeley,San Francisco,Napa valley周辺の見聞と骨董、食、住の暮らし。 

有難うございました。 これからも引き続き宜しくお願い致します。

やっと作り上げました。
氷見子のブログから半田のブログ、足して半田氷見子(半田麺に氷見うどん)になりました。

皆様のお蔭様で10年以上続けた(途中休みありで)ブログは引き続き、終の棲家編で別ブログで未完成のままでオープン(先程)しました。  
引き続き宜しくお願い致します。 

hhanta53

http://blog.livedoor.jp/hhanta53/


今年も残すところ10日くらい?
昨年迄飾り付けたクリスマス等、田園地帯では思い出すこともなく、イルミネーションもなく過ごすことになります。
何故か寂しいという気持ちすら出てきません。 適応してるのではないのです。 唯未だに片付かない、落ち着かない生活をしていますので、それどころではない?  多分。

ということで、

Merry Christmas and Happy New Year all of you!

今年も残すところ3週間!

8月に日本での終の棲家を決め、移住して数カ月が過ぎました。 バークレーを去る時は、嵐のような忙しさの中、ブログでも挨拶をと思いましたが、SSINN メーリングリストで挨拶をしましたので、皆様へのご挨拶は間接的に通っているものだと勝手に思っていました。  終の棲家の写真もご覧になった方が多いと思います。
今なお、フェイスブックで、ラインで、メールで沢山の連絡を頂いていますので、落ち着くまでは、ブログで近況をお知らせするべく決めました。 

ブログを書く前に、このブログのタイトルをこのまま利用しても…と思い、折角なら新天地で新しく書き始めようと決めました。
同じ、ライブドアーの方が戸惑う事がないと思いますので、これから新しいタイトルと名前で行こうか行くまいか?
です。 タイトルは変えるとしても、名前はやはり氷見子のままでいいのかな?と。

皆様の意見をお聞きしたい気分です。
終の棲家の住所は、SSINNメールで皆様へ挨拶(今年の)の時にお知らせする予定です。 

浦島太郎子?日本人的外国人?   新天地での状況を遡って書きたいと思いますので、引き続き宜しくお願い致します。


今年中に、新しいブログのサイトをお知らせ出来ればと思いますので、年末のご挨拶は、その折に…

ウォーリアーズ 優勝

昨年が残念だっただけに、今年は最高潮。
工事中の家で、外されていたTVをリビングルームに持って来て、Aちゃんと二人で観戦、週に2度は興奮日でした。
優勝しました。
ユミさん、メール有難う!  学会でノルウェーに行ってるK先生、ドイツへ赴任?しているSさん。 世界中で観戦していたんだぁ〜と、又感激。

昨日の感激の一瞬です。 

動画が消えてしまいました。 バンビの写真で我慢してください。


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リノベーション工事

又もやご無沙汰しました。
皆様、ごきげんようお過ごしですか?  余りにもご無沙汰過ぎて、近況報告もベイエリアニュースも毎日飛ぶように過ぎて行く日々に、昨日は何をしていたか? 考えなければならない程、呆けたとは言いたくないので、毎日が猫の手も借りたくなるような忙しい日々でした。。。今も継続中

忙しさの大きな原因は、我が家の大掛かりなリノベーションです。  昨年屋根工事を皮切りに、昨年から降り続けていた雨の止んだ5月1日から工事は始まりました。  私の年月と共に歩んできた我が家も、主と同様老齢化が目立つようになりました。  食洗器は一度も使わず老化で時間の経過は恐ろしいものですね。

工程は、裏のデッキ、 外壁ペイント、内壁ペイント、全部屋絨毯交換、リビングとフォーマルダイニングは絨毯からハードウッドフロアーへ交換、キッチンの電化製品、殆ど全部取り換え(冷蔵庫は新しいのでそのまま)、キッチンカウンターを大理石(まがい)に交換で、殆ど整形手術です。  家主は皺だらけでも頑張っているというのに……。

3月、4月は工事見積もりを取り、予算をどう組むかで頭を悩ましました。 予算内でカバー出来ればと思いますが、 いざ始まってみると予算外の工事が出たり、毎日何かが起こっています。
今日も、
ガラス取り換え職人が来ていました。 見積もりの段階では、たかがガラスと思っていましたが、されどガラスで私の想定外に金額に吃驚でした。 2重ガラスになっている窓だけ交換。

覚えている方も多いでしょうが、中庭デッキと玄関入口のアーチのブルーのテントも張替え、これが玄関のアーチの部分の枠のジョイントが錆びて修理が必要だという。。。

こういうことが毎日発生するのです。 たまったもんじゃないですよね!?

見積もりを取り、時間厳守でスムーズに工事は行かないものです。 日本在中時、ゼネコン関係会社にいましたので、よくわかっているつもりでした。 が、つもりはつもりでした。

朝、8:00には職人が来て工事が始まりますが、私の問題は、正午にランチを食べられるか食べられないかが、 見積もりと同じくらい悩むのです。  食べられたら良し! 状態です。

工事工程の写真をと思いながらも、それどころではないでしょ、感じですが追々写真も載せますね!
そのような日々です。 


加賀屋 @博多

毎年帰省したら、必ず立ち寄る、博多の加賀屋。
今年は、 加賀能登の素材と郷土料理コース「能登四季彩」 を頂きました。

前菜も蓋物も能登の素材、煮物も加賀郷土料理と謳った「鴨の治部煮」これは、銀座加賀屋でも出てくる。
そこまでは、よかった。 私の胃は変わらず満腹状態。 
強肴は、「ふぐから揚げ」だった。 持ってきた料理を見た瞬間、食べてもいないうちに、胃がむっとした。

お着物をきちっと着た、若い女性が、私の顔を見た。 「油だらけですよね、油が悪いか、温度が低いのか?」
若い女性も「そうですよね、運びながら思ったのですが…すみません、代えてきます」 「いいです、でも加賀屋さんがこういう物を出すってねぇ〜」と気分の悪さで言ってしまった。  昨年のいつだったか、未だ記憶に新しい記事を思い出した。 そして又言ってしまった。 「本店の中毒事件もあったしね」 あぁ〜 満腹状態で来るのではない!  一緒にいた甥は、眼を白黒させて、私と若い女性を見ていた。  何れにしても食べられないので、代える必要はない、と言ったのだった。 私が怒っていると思われてもいけないので、始終ニコニコしていた。
女性が戻って来て、「料理長に報告しましたので…」  そういわれても。。。とは言わずに「有難う」 何が?ですよね! 
下から2番目の写真が、ふぐのから揚げ

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京都島原 角屋 

OB会の翌日、私は午前と午後に分けて、学生時代の友達に会うことになっていた。 午前中に会う3人には、午前中というだけで、時間を言ってなかった。 m
朝起きてから、何故か、一人になりたくなった。 午後から会う人だけとコンタクトを取り、午前中の友達をドタキャンした。 それも連絡もしないで。。。 アメリカへ戻って来てから連絡したが、返事がない! 怒り捲っていると思われる。   午後の3時までの時間を、前々日の続き、ノスタルジックの余韻続きで、久し振りに京都駅から山陰線に乗り丹波口で降りて、島原周辺を歩いた。 私は近くに住んでいてが、わざわざ角屋まで見学に行くことはなかった。 角屋=島原太夫ですよね! 祇園が主役になる前は、島原が、遊宴の場だったらしですからね。

幕末に、勤皇派の久坂玄瑞、西郷隆盛、坂本龍馬などが密議に使われた部屋で、ゆっくりと時間を過ごし、暫く幕末迄気分が戻っていた。 新撰組の出入りもあったらしい。 新撰組で有名な芹沢鴨が、時間を過ごした場所で、遊宴後、壬生屯所で暗殺されたらしい。 それで、私は、歩いて(行ける距離なので)壬生屯所も行ってみた。

屯所でゆっくりして、お抹茶とお菓子を頂き外へ出た。 そのまま帰ろうかと思ったが、ちょうど松原通り(近く)前だったので、そのまま西の方へ烏丸通り迄歩いた。 まぁ、よく歩くこと、屋根裏から落ちたことで、何の因果か、歩く癖がついたのかしら?と思いながら。  昔の面影も何もなかった。 学生時代、路面電車で、大宮通りからh四条、烏丸通りで乗り換えて通ったことだけを考えながら、烏丸まで出てきたところで雨が降り出した。 
タクシーに乗ったら、運転手のオジサン(ひょっとしたら同じ年かもしれないのに)に、やたら話しかけられたの、私はアメリカから来たのでわからない!(何に対していったのか?) というと、「英語しゃべれまっか?」ときた。 私は、「ハイ」 ホテルに着くまで、「give me a change 」の説明を延々とした。 運転手本人が、その英語をお客さんに使うというのでした。 全く違う意味の日本語で覚えてたようだった。
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京都西木屋町「辰むら」

昨日、一日中歩き回ったが、翌朝は筋肉痛もなく、朝食へ。  朝食は、Yちゃんにお相伴してもらった。

今日のランチは、山形大学から京都府立医大に、移動したばかりの Tさんと、京都在住のCさんと副社長の4人で、Cさんお勧めの木屋町の「辰むら」へ。 

夕方からOB会なので、少なめに食べよう、いや、会では食べることが出来ないので。。。とは思うものの、案の定目だけは料理を欲しがった。 が、胃腸が受け付けない。 Yちゃんに助けてらいながらなんとか終わりました。
胃は悲鳴を上げっぱなし! 胃の主である私は、眼で勝負?

今回の目的である OB会も無事済ませ、タクシーで送ってもらった。

朝食の京大和 美味しかったのは1日目だけ、和食を選んだので3日間同じ物。

知恩院は、大政奉還150年周年 記念で狩野派の障壁画と方丈庭園を見学。 ばったりと北海道の某大学からお越しのO夫妻と会う。 寺内の講和中でお話も出来ず、吃驚と嬉しさだけの挨拶で「又後程」でした。

ランチを終えて、会までの間、4人でぞろぞろ錦市場へ行く。

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40年前の恋

花咲の予約が17:30?だったと思う(もう既に過去)。  Yちゃんが京都に到着した後、時間的に観光は無理なので、早めに祇園周辺を案内するとは、名ばかりで、私は懐かしき場所をゆっくり歩きたかったのだ。 バスに乗る前に、薬局へ入り、大正製薬漢方胃腸薬を買った。 私の胃は助けを求めていたのだった。 今や副社長を辞めて以来、Yちゃんは薬剤師に戻っている。 彼女の勧めで、新ビオフェルミンも買って持ち歩いた。

花咲の食事を終えてからも、祇園から、四条から三条迄先斗町を歩いた。 昔の風情は全く残ってなく寂しかった。 その後、京極を歩き、烏丸通り迄出て、京都駅まで延々と夜の街を歩いた。 
アメリカでは、夜の歓楽街から、延々と夜遅くに歩く事もないし、怖くて歩けないし、やっぱり日本だぁ〜と妙に嬉しかった。

烏丸七条あたりから道路も暗くなる。 でも、私はその周辺で学生時代にアルバイトしていたので、歩きたかったのだった。 半世紀近く前の恋も思い出したりして… Yちゃんにとってはいい迷惑だったかもしれないが、無視し その時代を思い出しながら、浦島太郎子で京都駅迄歩いた。

屋根裏から落ちて2週間も経っていないのに、歩けたのが不思議だった。 Yちゃんは足が痛いと言い出した(パンプスだから)。  2万歩はいってたかも……。

翌日は、OB会だというのに。。。


花咲 京都祇園

銀座の花蝶に続いて、今日の写真は、祇園花咲です。 このお店もネットでアメリカで見つけたものです。
花蝶に花咲… 読み方が違うけど両店とも「花」。
此方は、しっとりと、やっぱり京都の祇園やわぁ〜と思いました。 銀座は従妹と、ここ花咲は、副社長と行きました。   私は、東京、博多、実家と続けてのお料理で首といいますか、喉の上まで、料理が積み重なって、全く消化されてないような状態でした。 食べられないかも、でも食べたい! 喉から手がでる、、、眼が欲しがる感じですね。 
出された料理は、京都らしい味付け、盛り方で、「食べられない」と続発しながら、結局少しだけ副社長の助けを借りて完食しました。 
  
 学んだ事:高くて美味しいお料理を食べに行くときは、お腹を空かせて行きましょう、年齢を考えましょう。

姉妹店が、錦と高台寺にもあるそうで、気楽に行けます。
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花蝶 銀座

「現在の東銀座から新橋にかけての細長い一帯がかっての伝統と各k式のある新橋花柳界発祥の地です。
そこは、芸を磨き粋を貫く新橋芸者の花街で、政財界の奥座敷。。。」 とフライヤーに書かれてました。

そのサイトを此方アメリカで見つけ、予約をして行ってまいりました。 お料理が沢山でて、本当に美味しくて、不思議な空間でのお食事でした。  一体いくら請求書が来るかと心配したくらいでした。


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プロフィール
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晴耕雨読の生活を目標に昼夜頑張ってますが…
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