大きな会社は、ただ大きいことだけで消費者は安心度を高めています。

しかし、個人事業や小さな会社は、小さいというだけでなんとなく不信感を抱かれています。
これも大きな会社と個人事業や小さな会社との大きな違いです。

その理由は簡単です。
消費者は総じて規模崇拝、権威崇拝、数字崇拝の熱烈な信仰者だからです。

大きい会社だから安心、有名だから安心、実績があるから安心なのです。

実際には、安心の根拠は特にありません。

ただ、大きいから安心、有名だから安心、実績があるから安心なのです。
このことはほとんどの個人事業や小さな会社の経営者は知っています。

知っていますから、経営者は対応策として背伸びをして大きく見せようとします。
背伸びすれば消費者の視線が向いてくれると思ってしまうようなのです。

でも、背伸びですからとても不安定です。
ちょっとの振動でも倒れてしまいます。

倒れてしまえば消費者の視界から個人事業や小さな会社の存在は消えてしまいます。
消費者は、倒れるような会社には興味がありません。

で、消費者は、倒れるような安心できない会社であることを再認識します。
個人事業や小さな会社は、スタート地点に戻れればいいのですが、はるか手前まで戻ってしまうことになります。

汚点や失敗が不信感になって残ってしまうからです。

例えば、日本有数の自動車会社が数十万台のリコールをしたとします。
一旦は大きなニュースとして流れますが、すぐに過去の話になってしまいます。

そしてその自動車会社は、何もなかったかのように大量生産を続け、順調に販売をし、その会社の自動車は道路を走り回っています。

ところが、個人事業や小さなお店は、ちょっとしたミスでも致命傷になってしまいます。

飲食店などでは、食中毒で閉店です。
再開の目途が立ちません。

当然、同じ場所では同じような商売はできません。

あるレジャー施設の温泉風呂がレジオネラ菌の発生で閉鎖されました。
閉鎖が決まったころ、会社は「この温泉風呂は二度と開業することはありません!」と発表しました。

その新聞記事は今でも残っています。

その後、数年経ったでしょうか。
桜花舞い散る季節の露天風呂は大盛況のようです。

温泉風呂は活気に満ちています。
経営も依然と同じ会社です。

これらものことも、基本にあるのは消費者の規模崇拝、権威崇拝、数字崇拝の信仰です。

信教の自由な国ですから消費者の規模崇拝、権威崇拝、数字崇拝を非難するわけにはいきません。

結果的に消費者の規模崇拝、権威崇拝、数字崇拝は、大きな会社のためにあります。
この信仰は、個人事業や小さな会社には利用できません。

この信仰を個人事業や小さな会社が利用しようとするとほとんどが失敗します。
大きくはなく、有名ではなく、実績がない小さな会社だからです。

個人事業や小さな会社は、利用できないことを知って頑張ります。
そのまま大きな会社に戦いを挑むこともできません。

このままでは消費者を奪うこともできません。

消費者の規模崇拝、権威崇拝、数字崇拝に関しては、個人事業や小さな会社は完敗です。
個人事業や小さな会社は、負けがわかっている領域には出ていきません。

この消費者が規模崇拝、権威崇拝、数字崇拝の信仰者であることは、個人事業や小さな会社の経営者は絶対に忘れないことです。

ただ、個人事業や小さな会社は、消費者の規模崇拝、権威崇拝、数字崇拝を逆説的に利用することは不可能ではありません。
この話は、後述します。