先日、club asiaで行われた『MAKI THE MAGIC R.I.P PARTY MAGIC FOREVER』について、宇多丸が語っている。



「マキ(MAKI THE MAGIC)くんにゆかりのあるHIPHOPラップアーティストとかDJとかが一堂に会する。ライムスター、非常にマキくんに関わり深かったので必ず出る。あと、KOHEI JAPAN。もう、幡ヶ谷の飲み友達として一緒に青春を過ごした人。DJで言えばDJ TAIKIさん。MAKI & TAIKIっていうユニットで一緒にやってたりとか。

あと、スチャダラパーが出たりとかね。だからスチャダラパーと僕らと、あとK DUB SHINEZEEBRAとかね。で、キングギドラの曲をやったりして特別感がある夜だったんですね。あ、あとDABOのコーナーでSUIKENが出てきて、NITROの曲をやったりとか。NITRO、いまね、曲聞けるってなかなかないですから。

そういうね、なかなか聞けないようなメンツが集まると。ただでさえ豪華なイベントだったわけですよ。で、収益は全部ご遺族の方に、っていうような。

(中略)

キングギドラ K DUB SHINEが、BUDDHA BRANDDEV LARGEと代々木上原でばったり会った。

 

この2人はですね、10年前かな?2004年だったと思いますけど。元々、両方共ね、BUDDHA BRAND、キングギドラ、そしてソロとしてK DUB SHINEとしてずっと活躍。第一線でね、HIPHOP界のスーパースターとして活躍してきた2人なんだけど、この2人がいわゆるBEEF(ビーフ)、諍いが起こったんです。

HIPHOP
ではこの諍い自体もエンターテイメントになるっていうのがHIPHOPなんですけど。要は曲でワーッと言い合い。要するに、その場限りのフリースタイルで言い合い、バトルみたいなことはそこら中であったし、あと実際に拳が出ちゃうバトルとかもそこら中であったけど、曲をお互い往復書簡のように、曲をやり取りしてのバトルっていうのは、意外と日本ではなくて。成り立ってなくて。要は、曲を通したバトルであり、ケンカであり、対話であるというような、初めてのね。


で、早い話がそれ以来、もう犬猿の仲として知られるという2人だったわけですね。

 

K DUB SHINEMICROPHONE PAGERというグループにいたP.H.FRONという男と、3人で電車に乗ってですね、マキくんのお葬式、葬儀に出かけたんです。3人で喪服着て電車に乗って。

K DUBがポロッと『やっぱりいつまでもみんないる、なにがあるかわからないし、心残りのことをちゃんとしておかないとな』みたいな。

『そうだよ!だからさ、コンちゃん(DEV LARGE)のこととかさ』って言ったら、

『そうなんだよね』みたいなことを言ってて。

こっちゃん(K DUB SHINE)も思うところがあったみたい。

で、代々木上原で、そのイベントの前日かな?当日かな?ばったり会ったんだって。

 

で、やっぱりそこでマキくんを通じてそういう気持ちにもなっていたから、こっちゃんが『いや、いろいろあったけど、もう水に流そうぜ』って。

 

で、コンちゃんも『そんな昔のことだし・・・』みたいな。

 

で、そこで握手して。

 

で、『マキくんのイベント出るからさ、おいでよ』って。

 

コンちゃんは一時期体調を崩されてたりして、クラブ遊びとかあんまり来てなかったんだけど、だいぶ今、よくなって。

 

本当はあまり行くつもりじゃなかったんだけど、こっちゃんに誘われて来たんですよ。

で、MAKI THE MAGICが組んでいたCQというラッパーは元々BUDDHA BRANDというDEV LARGEが元いたグループで。要するに日本のHIPHOPシーンを90年代、代表するトップですよ。の、メンバーだったんだけど、ほぼ解散状態なまま続いていたんだけど。で、要はDEV LARGEが会場に来て、クリちゃん当然いますから。

CQは。『じゃあ、あの曲やっちゃう?』みたいな感じで、予定になかった飛び入りで、CQDEV LARGEによる日本のHIPHOP史上、たぶんいちばん有名な『人間発電所』をやったんです。


(ライブ後も)ずっと楽屋も表も大にぎわいだし。なんて言うんですかね?そういう派閥っていうか、そういうファミリーの色を越えて、もう本当みんないるし。

本当夢でも見てるような日だね、みたいな感じの日でございました。これも全て、MAKI THE MAGICの人徳であり、マキくんの残したマジックじゃないでしょうか。」