2005年11月12日

ゴミとアート

今流行の(?)ゴミ屋敷
ただ単に“片付けられない”“ゴミを捨てられない”だけの人もいれば、意図的に他人のゴミまで拾ってきて家を囲ったりする人もいる。
前者はいわゆる「片付けられない症候群」でストレスが関係している一種の病気とされているらしい。
最近ニュースで取り上げられることが多いのは後者。前者が部屋の中だけに収まっているのに対し、建物の周りにまで及んでいるため景観や異臭など近隣住民からの苦情が絶えないという。一番の謎は自分のゴミを放置してるだけでなく他人のゴミまで拾ってくるということ。一般論では頭がおかしいと思われてても当然でしょうな。

ここで穿った見方をしてみよう。
他人のゴミをわざわざ拾ってきてこれ見よがしに家の周りに積み上げる行為。これはある種の“コンテンポラリーアート”なのではないかと。もちろんゴミ屋敷当人の意図は知らない。でもゴミ集積の惨状が全国的に報道されることで結果的にゴミ問題に対しての警鐘を鳴らしている。近隣の住民が「自分のゴミがいつまでも放置されてるのは嫌だ」と言っているが、自分のゴミを晒されることで次からゴミの出し方を考えるようになるだろうし、そもそもゴミを出さなければそういうことも起きないわけだ。
まあこの時代にゴミを出すなというのは無理な話だけど、ゴミを減らすことは誰にでもできる。ただ、「捨てる」という行為があまりにも簡単かつ「新しくものを買う」という行為も簡単なためなかなかゴミが減らないのが現状。大量生産→大量消費→大量廃棄の悪循環である。

実は僕も他人事ではない。他人のゴミで迷惑しているというよりゴミ屋敷住人的な立場で。
もちろん理由はある。仕事がら廃品を利用して物を作ることもあるため、普通の人からすればゴミに見えるものも後で何かに使えそうだと思ってなかなか捨てられないのだ。下手すれば外に落ちている(ゴミ置き場に出している)ゴミまで拾って来ることも。これってテレビで報道されてるゴミ屋敷住人と同じやん(笑;。ゴミ(というか材料です)は一応自分の部屋やアトリエ内に収めているのでなんとか問題にはならずに済んでいる。

考えてみると必要なものを買ったのにいらないもの(=ゴミ)が出ると言うのはおかしな話で、いらないものを金出して買ってることになる。食品などは衛生上の点でどうしようもない部分があるがなるべく簡易包装のものを買うようにしているし、ゴミの分別もできるだけちゃんとやっている。そのくせゴミ(というか材料です)を溜めたり拾ってきたりするのはやっぱおかしい?
「捨てなければゴミじゃない」というのは屁理屈だけど、ゴミと言われるものでも必要とする人間には宝であったりするわけですよ(←これ、物だけじゃなく世の中の色んなことに言える)。必要と不必要を普段から意識していると何か見えてくるかも。

それはさておきゴミ屋敷はアートかどうか
そもそも現代アートは一般の人に理解され難く個人個人の感性の違いによってその価値が大きく変わるものなので、極端に言えばゴミとアートは紙一重だったりする。要は捉え方次第。
とするとゴミ屋敷はアートという見方は強ち間違ってなかったりするんじゃないかなあ。ゴミ屋敷住人の意図は全然違うかもしれないけど。

hirachi1975 at 19:01コメント(0)トラックバック(0)生活 | アート 

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