僕とお伽戦士 ―M's Red Riding Hood―(完結)

「…ねぇ、赤ずきんはこれからどうするの?」

夜の道を歩きながら、僕は前を行く赤ずきんに話しかけた。

「どうするって、決まってんじゃないか。コンビッチはあいつで終わりじゃないんだよ?あたいは全部始末するように言われてるんだ。こいつが埋まるまで人間界にいるさ」

そう言って赤ずきんは、バスケットの中のリストを僕にチラッと見せた。
まだまだ分厚い紙束に、へぇ、と感嘆の息をもらす。

「でも…大変じゃないの?こっちでの生活とか」

「それは心配に及ばないよ。こうやって異世界で仕事するのは初めてじゃないし、姿が見えないから基本どこでも寝れるしね?」

「…へぇ」

「あぁ、いっそのこと、アンタの部屋に住まわせてもらうってのもひとつの手だね」

「え、えええぇっ?!」

「あっはは、冗談だよ」

そう言って赤ずきんは、街灯を背にころころと笑う。
一仕事終えた後だからだろうか。機嫌が良さそうだ。

「…ねぇ、もうひとつ、聞いてもいい?」

「んー?」



「やっぱり…教えてほしいんだ。赤ずきんの名前」



――ドサッ

「―――はっ?!」

明らかに動揺してるんだろう。バスケットを取り落とした格好のまま、赤ずきんは固まってしまった。

「な、ななな、何、アンタ、ままだそんな事言ってんのかいっ」

慌ててバスケットを拾い上げ、身構えたようなポーズをとってる。辺りは暗いけど、赤ずきんの顔が赤いのだけはよくわかった。

「そ、その話はもう終わったろっ?!今まで通り『赤ずきん』って呼びゃあいいじゃないか!!」

「そうだけど…でも」

僕が一歩近づく。
赤ずきんが一歩後ずさる。
…僕は、その距離をどうしでも埋めたかった。

「だってさ…今日だけで二回も命を救ってもらって…これからも助けてもらうかもしれないのに…本当の名前知らないままだなんて、やっぱり嫌だよ!」

僕には、コンビッチを引き寄せるオーラがあるって、赤ずきんは言ってた。ってことは、今日みたいな事がこれからも起こるってことだ。
赤ずきんはきっとそのたびに力になってくれる。
僕を守ってくれる。

だからこそ、ちゃんと彼女の名前を知っておきたかった。
…もっと言えば、名前をそこまで隠したがる、その理由も。

「ね??教えて?この通り!!」

両手を合わせて拝み倒す。もし今日を逃したら二度と教えてくれないような、そんな気さえさしていた。

「…で……でも…っ」

「お願い!どんなに変な名前でも絶対笑ったりしないから!!」

手を合わせたまま90°に頭を下げる。こうなったらこっちも意地だ。教えてくれるまで上げないつもりだった。けど、

「…ほ…ホントに…笑わないだろうね…?」

図らずも脈アリな反応に、パッと顔だけ上げた。

「う、うん!絶対笑わない!!」

「本当だね?!男に二言はないだろうね?!」

「うん!ない!ありません!!」

赤ずきんが教える気になってる。僕は返事するたびにのめり出すような体制になっていった。

赤ずきんが、目をとじた。
深呼吸を何回か繰り返す。

「……い…一度しか、言わないからね…!!」

その言葉に、僕も深く頷いた。
彼女の唇に注目する。
音を聞き逃さないように集中して。

小さく、赤ずきんの口が動いた。





「…………、 シ …」

「…え?なに、なんて?」
「~~~っ、だからっ!!」










「 …チェルシー!!」




「……ちぇるしー…?」

その言葉を思わず反芻してみる。その途端、赤ずきんの眉がつり上がって顔がみるみる赤くなった。

「な、…なんだいその顔はっ…!!言いたい事があるならお言いよっ!!どうせ似合わない名前だってんだろ!!」

「え」

赤ずきんが急にまくし立て始めたので、僕は呆気に取られていた。
赤ずきんはと言えば、ぐるっと僕から目を背けて、

「しょうがないだろこんな名前っ…!!好きで付けてもらったんじゃないよ!!こんな…男みたいな性格の癖に名前ばっかり甘ったるくて…!!あぁそうだよどーせ名前負けしてるよっ!!」

…僕は約束通り笑ってもいないし、何も言ってないのに、

「あーくっそこっ恥ずかしい!!だから言いたくなかったんだよ!!だったら赤ずきんて肩書きで呼ばれたほうかずっとマシだ!!」

…よっぽど名前にコンプレックスがあったのか、一人で思いっきり喚き散らしてた。

―ひとしきり喚き終わったらしい。はぁはぁと肩で息をして静かになった赤ずきん―チェルシーに、僕はぽつりと

「……なぁんだ」

「あ"?!」

僕の一言に過剰反応する赤ずきんの目が怖い。
僕は、いや変な意味じゃなくて、と前置きした。

「…あんまり隠したがるからさ、もっとずっと変な名前なのかと思ってたんだけど…

なんだ。可愛いじゃない」

「…か?!、かかか、可愛っ…?!」

…何だろう。
気のせいじゃなければ、今まで見た中で一番、赤ずきんの顔が赤い気がする。

「な、なに言ってんだい、バカにしてんのかい?!」

「そんなんじゃないよ!本当に可愛いと思うもん。僕は似合ってるとおもうよ?」

僕は赤ずきんの目をまっすぐ見てそう言った。
確かに、彼女の豪快で破天荒な性格とはかけ離れているかもしれない。
でも、こんな可愛い名前なら隠すことないのに。

何よりも、ちゃんと名前を教えてくれたことが、僕は嬉しかった。

「チェルシー、か。うん、素敵な名前だと思うよ。可愛い。」

「~~~…っ!!」

金魚みたいに口をぱくぱくさせながら、赤ずきんは下を向いてしまった。
…あれ、今までは綺麗で強くてカッコいいお姉さん、て感じだったのに、こんな可愛い顔もするんだなー。意外。

「…どうしたの?」

「っ!!」

顔を覗きこもうとしたら、思いっきりそっぽを向かれてしまった。
うわー、耳まで真っ赤。

「と、とと年上をからかうもんじゃないよっ!!もういいだろ、この話は終わり!!行くよ!!」

「あ、赤ずきんっ!待ってよ、早いよっ?!」

「うっさい!!つべこべ言ってると置いてくよ!!」

「ちょ、ちょっとホント待ってってば!ねぇ、チェルシー!!」

「だあぁああぁあっ!!ワザとかいアンタ!!んなデカい声で本名呼ぶんじゃないよっ!!!」

逃げるように歩く赤ずきんと、
追いかけるように走る僕。

静かな夜の住宅街を、いささか騒がしく、僕らは駆け抜けていった――…。














…はい、
これで、僕の知っている赤ずきんの『本当』のお話は全部。

え?…作り話だろうって?

…うーん、まぁ、確かにちょっと信じられないかもしれないけど。
でも、僕がこの身で体験したのは本当。
信じるかどうかは、君に任せることにするよ。

ひょっとしたら、僕らが当たり前のように知っている他の童話も、実はこんな風に別の物語があったりして。
ふふ、だったらちょっと面白いかもね?

そしてこのあと、僕と赤ずきんがどうなったのかは……。

…そのお話は、またの機械に…ね?


【僕とお伽戦士 完】


狼の赤い視線が僕をねめつける。
ひっ、と怯みかけた悲鳴を飲み込んで、それでも僕は声を振り絞った。

「お…お、お前は、僕を狙って来たんだろっ?!やるなら僕をやればいいじゃないか。赤ずきんを離せっ!!」」

「…あぁん?」

「なっ……?!」

僕の声は情けないほど震えていたけど、それでもリオルドの興味を引くのには十分だった。

「ほぉ…いい覚悟だなぁ?ボウズ…」

「リョー、タ…?!アンタ、何バカなこと言ってんだい!!」

赤ずきんの焦った声が聞こえたけど、僕はそれには答えずに、強張った体を抱きしめたままリオルドを見据えていた。
恐怖と緊張で喉が乾く。これから起こることを想像するだけで脂汗が吹き出た。

「リョータ!!駄目だよ、お逃げったら!!」

「うるせェ!!」

バキッ!!
「きゃあ!!」

リオルドが赤ずきんの肩を蹴り飛ばす。赤ずきんの体がぐるっと反転して、再び土埃に沈んだ。

「赤ずきんっ!!」

苦痛に顔を歪めて転がる赤ずきんに思わず駆け寄ろうとして、

「よそ見してんじゃねェよぉ…!!」

ガッ!!
「うぁっ!!」

いつの間に距離を詰めてたのか、リオルドの姿が目の前に立ちふさがっていて、胸ぐらを掴まれた。

「ひひひ…いっちょまえに女を庇ったつもりか?泣かせるねェ…先に死ぬのがテメェか女かの違いだけだってのによぉ」

「う…」

ふわり、足元が軽くなって、体が宙に浮く。リオルドの鼻先が至近距離に突きつけられた。

「や…めろ、やめとくれ!!リョータをお離しったら!!」

赤ずきんの叫びが遠く聞こえる。でもリオルドの体に遮られて、その姿までは見えなかった。
リオルドは今の状況を楽しんでいるかのように、体を揺らして笑い声をもらした。
僕を…獲物を捉えた紅い眼が鈍く光る。

「ひっひ…じゃあ遠慮なく…いただくぜェ…!!」

生暖かい息が顔にかかる。ぬらりと光る鋭い牙が眼前に迫る。
僕なんかの力じゃ狼の腕を振りほどけないことは分かりきってた。
赤ずきんが動けない今、僕はもうこのまま頭から喰われるしかない。

…どうみても絶対絶命な状況の中、

それでも僕は、たった一度のチャンスを待っていた。

―赤ずきんがリオルドに投げつけたワインボトル。

針金のピンがついた手榴弾。

それと同類のものを、僕は知ってる。

――御守り代わりにこれをやろう――

…気づかれないように、ズボンの右ポケットに手を伸ばす。
指先に触れる、丸くて固い感触。
赤ずきんが僕にくれた、『御守り』。

――もしもまた狼に喰われそうになったら――

リオルドの上顎が僕の頭上に覆い被さり、目の前で蠢く赤黒い舌がまるで別の生き物に見えた。

――そいつの大口目掛けて――

そして、まるで底なし井戸のような喉穴が眼前に迫ったその時、

…僕は『パン』に突き刺さっていた針金ピンを勢いよく引き抜いた。

――そいつの大口目掛けてぶち込んでやんな――



「リョータぁあっ!!!」




「うわあぁああぁあっ!!!」

―ず ぼっ!!
「んぶっ?!」

僕は、『パン』を持った腕をリオルドの喉奥に突っ込んだ。
突然の事に怯んだのか、僕を掴んでいた手が僅か緩む。
僕はその隙を突いて『パン』を喉奥に残したまま腕だけ引っ込めた。リオルドの口内から頭を抜き、そのまま奴の突き出た鼻先に抱き付くようにして、

ばくんっ

リオルドの口を閉じらせ、開かないように両腕でがっちりホールドした。

次の瞬間。



――ドム ン!!

「グブォオ?!」
「――~ッ!!」


…パンの形をした手榴弾が、狼の口内で爆発した。

ビリビリビリッ…!と凄まじい衝撃が走り、僕はたまらずにドサッと尻餅をつく。
…そして、数秒遅れてリオルドもがくりと両膝をついた。

顔中の穴という穴から煙が立ち上っている。両目は白目を向き、ぱかーんと開いた口からは長い舌がだらしなく垂れ下がり、そのままぴくりとも動かない。

…気絶、してる。

「…や…や、やった…!!」

僕は痺れた腕を庇いながら、足がもつれるのも構わずに転がるようにその場を離れた。
途中で地面に放り出されていた猟銃を拾い上げ、一目散に赤ずきんのところへ駆けつける。

「あ、赤ずきんっ大丈夫?!…あのっ、これ…」

赤ずきんへと猟銃を届けた僕は、

「………このっ、バカ!!!」

「っ!!」

浴びせられた怒声に、その場で固まってしまった。

赤ずきんの綺麗な金髪も白い頬も、リオルドに踏みつけられたせいで土埃で汚れている。
しかし、それがよりいっそう、彼女の気迫を際だたせていた。

「なんて危ない真似をするんだい!逃げろって言ったじゃないか。一歩間違ったらアンタ、今頃死んでるんだよっ!!」

赤ずきんはまるで噛みつくような勢いでまくし立てる。僕は猟銃を抱きしめたまま、いたたまれない気持ちになって、その場に膝をついた。
座った体制の赤ずきんとちょうど目線が合う。
怒られた事に正直胸が痛んだけど、僕はそれでも言葉を振り絞った。

「ご…ごめん、ごめんなさい…!!でも僕、赤ずきんをどうしても助けたかったんだ!赤ずきん、僕の為にこんなになってるのに、なんにもしないままなんて、嫌だったんだよ…!!」

―人喰い狼なんて化け物相手に、僕なんかが出来ることは無いに等しい。
あの手榴弾がなければ、ううん、一つでもタイミングを間違えていたら、僕は死んでいたかもしれない。

…それでも、どうしても助けたかった。
たとえこの身がどんな危険に晒されようとも、

彼女を守りたいと思う気持ちだけは、誰にも譲れなかったんだ。


――ふわ 。

「!」

一瞬ののち、視界が変わった。
柔らかい香りが鼻先をくすぐる。
エプロンドレスの肩口に顔を押し付けられ、背中に回った腕に力を込められた。

…優しく、力強く、赤ずきんに抱きしめられたのだと、遅れて理解した。

「……ありがとうリョータ…よく頑張ったねぇ…怖かったろうに…!!」

かすれた声が耳元に届く。
暖かい抱擁と言葉に、鼻の奥がつんとした。

「へ…平気だよ。だって僕、男だもん」

泣いてしまいたくなくて、明るい声で返すと、腕が緩んで赤ずきんの蒼い視線と目があった。

「…アンタ…将来きっといい男になるよ。あたいが保証する」

赤ずきんが僕の頭をくしゃりと撫でて、イタズラっぽい瞳で笑う。
僕もつられるように顔を綻ばせた。


「…グ…ァ……アア……ッ!!」

「「!」」

低く響いた唸り声に、僕らは一斉に振り返った。
リオルドがゆらりと立ち上ってこっちを見ている。
…しかしその動きは、錆び付いたロボットのようにぎこちない。まだ顔から細く白く煙が吹き出ていた。

「…ガ、キが……ナメた、真似…しやがっ、て…!!」

血走った目は焦点が定まっていない。鼻だけをひくつかせながら、よたよたとこちらへ向かってくる。

「く…くく…喰って、やる…!!テメェら…まとめ、て、喰って…やるァア!!!」

「っ!あ、赤ずきんっ!!」

「安心おし。もう決着はついてるよ」

赤ずきんは落ち着いた動作で僕から猟銃を受け取り、リオルドに向けた。
スコープを覗き込んで狙いを定める。

荒れ狂い理性を失った狼に憐れみの念すら抱きながら、

「…観念おし」

引き金を、引いた。


―ドォオン!!


「ぐ…っふ…!!」


腹に銃弾を食らったリオルドは、一瞬体が膨らんだ後、

「ぐああぁああぁああぁあっ!!!」


――パァ ン!!


…跡形もなく粉々に砕け散り、あの禍々しさからは想像も出来ないような美しい青白い粒子がパッと空中に舞った。

…さっきまでのことが嘘みたいに、あたりは静寂に包まれ、粒子は時と共に空気に溶けるように消えていく。


…終わった、んだ…。


赤ずきんが深く長いため息をついて猟銃を下ろす。
僕に気づいて微笑んだその笑顔が、まるで粒子を身に纏った女神様みたいで、

―僕は、綺麗だと思った。


*********


ぐび。ぐび。ぐび。

「―っぷっはぁ!いやあー、一仕事終えた後の一杯は格別だね!!」

豪快にワインをラッパ呑みして、至福の表情で赤ずきんが言う。

「もー…こんな時に何飲んでんのさ」

僕は呆れかえりながらも、公園のベンチに座って彼女が飲み干すのを待った。
てか待たされた。

…あれー…?さっき綺麗だとか思ったのはこの人だよねー?
それともさっきのは幻覚ですかー…?

「なぁに言ってんだい。こんな時だからさ。ほら、見てな」

赤ずきんはそう言って僕の目の前に手の甲を突き出した。
さっきの戦闘でこさえたのか、小さいけれど擦り傷が出来ていて、うっすら血も滲んでいる。
ところが、赤ずきんがワインを一口飲んだ途端、

―スゥ ッ!

「…わ」

あっという間に治った。剥きたてのゆでたまごみたいな白い手の甲には何の傷痕もない。

「ふっふっふ、便利だろ?あたいがただ好きなだけで酒持ち歩いてると思ったら大間違いさ」

得意満面でふんぞり返る。
なるほど、ただ酒盛りしてる訳じゃなくて言わばHP回復中と言うわけか。
僕は赤ずきんのバスケットに目をやった。
…手榴弾は入ってるわ回復薬は入ってるわ…一体あの中どうなってるんだろう。

…ヴーッ ヴーッ

「!」

不意に、機械的な振動を感じた。
手榴弾パンを入れてたのとは逆のズボンポケットの中で、携帯が震えてる。
取り出してサブディスプレイを見てみると、『父さん』から着信の文字。

…一瞬戸惑ったけど、取りあえず電話に出た。

「…も、もしもし」

『亮太か?!お前、今どこにいるんだ!』

耳に飛び込んできたのは紛れもなく父さんの声だった。結構大きな声で慌ててるみたいな。
こんな時間に公園にいる、とは言えなくて咄嗟に

「え、えと…コンビニだよ、家の近くの。ちょっとお腹空いちゃって」

『そ、そうか…お前、何ともなってないか?大丈夫だろうな?』

(…?!)

え…?!
そ、それって、今夜起こったことを言ってる…?!
な、なんで父さんが知ってるのさ!!

「へ、な…何の事??」

慌てて取り繕うと、電話の向こうで、父さんが安堵のため息をもらした。

『い、いや…無事ならいいんだ。いやな、今帰ってみたら、お前のカバンはあるのに姿はないし、テーブルクロスはひっくり返ってるし、ベランダは開けっ放しだし…何かあったんじゃないかと』

…あー、なんだ。そういう事。

今度は僕が息をついた。確かに、そんな状況目の当たりにしたら心配するよね。
僕は少し考えて、ごまかすことにした。

「…ごめん父さん、それやったの、僕」

『え?』

「その…躓いてテーブルクロスひっくり返しちゃってさ、後で直そうと思ってたんだけど…」

『なんだ、そうだったのか?…全く、だったらすぐに片付けなきゃ駄目だろう!父さん泥棒でも入ったのかと思って心配したんだぞ!』

「う、うん…ごめんなさい」

小さく謝ると、父さんのくすりと笑う声が聞こえた。

『…まぁ、それならいいんだ。もう母さんも帰ってきてるから、もう戻ってこい』

「うん」

『どこのコンビニだって?迎えに行ってやろうか』

「ううん、平気。すぐそばだから」

『そうか。気をつけてな』

「…父さん?」

『ん?』

「……『本物』の父さん、だよね?」

『え?何がだ??』

「…!う、ううん、なんでもない!じゃあね!」

それだけ言って、僕は電話を切った。

…まったく。『偽物』は僕の目の前で消滅したっていうのに…。
でも、ホントにそっくりだったんだ。本物と見間違うくらいに。もし、赤ずきんに出会っていなければ、僕は今頃…。

「終わったかい?」

顔を上げると、赤ずきんが立っていた。彼女のエプロンドレスは所々ボロボロだけど、怪我の方はもうすっかり回復したみたいだ。

「うん。行こうか」

僕は笑顔でそう返して、携帯をポケットにしまった。


そこは僕の学校近くの、大きな広場がある公園だった。
ぽつりぽつりと頼りなく街灯が点っているだけで、照らされていない闇の辺りが極端に暗い。
広場を囲むように植えられている木々が、今は辺りに立ちはだかる真っ黒な壁に見えた。

青狼はひらりと跳躍して、大きなアスレチックの屋根の上に飛び乗った。
数秒遅れて、向かいの滑り台の上に赤ずきんが姿を現す。

「!!…お前は…!!」

赤ずきんは、青狼の顔を見てハッと表情をこわばらせた。片手でバスケットからリストを取り出し、あるページで手が止まる。

「…ビッチNo.16、『罪狼リオルド』…!!なんてこった、アンタみたいな大物まで人間界に逃げてきてたのかい。」

「…ひひ、オレも有名になったもんだね」

青狼…リオルドは愉快そうに、体を揺すって低く笑い声を漏らす。

あれ…『大物』ってことは…もしかしなくても、こいつスッゴい凶悪なやつなんじゃ…?!

「アンタの悪行もここまでのようだね。とっとと大人しくお縄につきな!」

「だからァ。コイツ喰い終わったら素直に捕まったげるってば」

「寝ぼけたこと言ってんじゃないよ!!あたいの目の黒いうちは、何人たりとも喰わせてたまるかい!!!」

赤ずきんはそう啖呵をきると、猟銃の持ち方を変えた。
長い銃口の先端を握って、まるで棍棒か野球バットのように構える。

「リョータをお返しッ!!」

同時に、赤ずきんが猟銃を振りかぶって飛び込んできた。

ブォン!!

飛び退くリオルド。抱えられたままの僕の体も一緒に後退し、弧を描いた猟銃は奴にかすりもしない。

「ケチくせぇなぁオイ…!!なんなら、食事の邪魔が出来ねェように、テメェから先にぶっ殺してやろうか!!!」

リオルドは右手の鋭い爪をべろりと舐めると、矢のように赤ずきんへと突っ込んだ。

「おらァ!!」
「ッ!!」

リオルドの拳を、赤ずきんは猟銃で受け止めた。
次に飛んできた赤ずきんの蹴りを、リオルドは頭を引っ込めてかわす。
その低い体制からリオルドがアッパーを繰り出したけど、赤ずきんはこれも受け流した。

力と力がぶつかり合う音が、耳のすぐそばで聞こえる。
当然、僕の心臓にはあまりよろしくなく、生きた心地がしなかった。
…でも、そんな状況下だと言うのに、頭の片隅ではどこか冷静で、
そのもうひとりの僕は二人の闘いぶりを静かに分析していた。

…さっきから、リオルドの方が動きが鈍い気がする。
原因は、僕だ。子供ひとりを抱えたまま、しかも片腕だけで闘っている。
スピードに差が生じてくるのは子供の僕にもわかった。これは赤ずきんの方に分があるかもしれない。
事実、少しずつだけど、赤ずきんの方が押してきていた。

「てやっ!!」

ガッ  !!
「ぐっ?!」

猟銃の一撃が、リオルドの肩をようやく掠めた。
ほんの僅かだけど、リオルドが体制を崩す。
それを赤ずきんは見逃さなかった。

「食らいなッ!!」

赤ずきんが猟銃を振り上げた

次の瞬間。


グイッ!!

「え」
「っな?!」

リオルドが、抱えていた僕を赤ずきんの前に突き出した。
驚いた赤ずきんの動きが数瞬止まる。

「スキありィ!!」


ドカッ!!

「うぁっ!!!」


リオルドの脚が槍のように突き出して、赤ずきんの細い体が吹っ飛んだ。

「赤ずきんっ!」

「ッひゃははは、バーカ!!」


…コイツ…!!いざという時盾にするために、僕を…!!


のけぞって大笑いしているリオルドを、僕は思いっきり睨みつけてやった。

「…何てことするんだ…ッ!!卑怯者!!」

「…オレがもしあの女なら、お前もろともぶっ飛ばしてたぜェ?あいつが甘ちゃんなのが悪ぃんだよ…!!ひひっ」

なんて奴だろう。僕はまたリオルドから逃れようと暴れてみたけど、僕の腰をがっちりホールドした奴の腕はびくともしない。

「…ふん…狡賢い狼の考えそうなことだよ…」

わき腹を押さえたまま、赤ずきんはゆっくり立ち上がった。
苦渋の表情を浮かべる彼女に、リオルドは舌なめずりしながら嗤う。

「なァんとでも言えよ。で?どうする。そこからご自慢の相棒でオレを撃つか?…ま、もしそん時、『間違って』こいつに当たったとしても、責任は取れねェけどなァ?」

下卑た笑い声が夜の公園に響く。
…そうか、だから赤ずきん、さっきから撃って来ないんだ。僕に当たるかもしれないから…!!

「……心配には及ばないよ。アンタに太刀打ちする手だてなら、他にもいくらだってある……!!」

自信に満ちた赤ずきんの声に、リオルドの嗤いが止まった。
赤ずきんは、口元に笑みを称えたまま、バスケットに手を突っ込み、中からあるものを取り出す。

(…??…ワインボトル??)

それは、さっき赤ずきんが僕ん家で飲み干したものとよく似たワインボトルだった。
ただコルク栓に、先の丸まった太い針金が刺さっている。

赤ずきんがそれに指を引っ掛け勢い良く引き抜くと、ピィン!と乾いた金属が響いた。

「そらよッ!」

ブン!とワインボトルをこっちに投げて寄越す。
しかしリオルドは片手で易々と受け止めてしまった。

「何だこりゃあ…酒かァ?」

リオルドが不思議そうにボトルを覗き込むのと、

「リョータ伏せろ!!」
「ッ!?」

赤ずきんの声に、とっさに身をかがめて頭を引っ込めたのとが

全く同時だった。


――ドオォン  !!!


「ぶわっ!!!」
「うわぁあ?!」


突然の爆発。

ワインボトルが――リオルドめがけて、火を噴いた。

爆発の衝撃で束縛の緩んだ奴の腕から、僕はどすんと転がり落ちた。
でも、すぐに柔らかい感触が僕を抱き止める。

「…怪我はないかい?」

「!!―赤ずきんっ」

見上げれば、思ったより近くに赤ずきんの綺麗な顔があった。
そんな僕を見て安心したのか、赤ずきんの表情が少しだけ優しくなる。

助かった…―そう思ったとき、火薬と煙の匂いが鼻孔をかすめた。

赤ずきんの背後に目をやれば、少し離れた場所でもうもうと煙が上がっている。
それは、ついさっきまでリオルドがいた場所に違いなかった。

「…あいつ…やっつけたの?」

僕の問い掛けに、赤ずきんは首を横に振る。

「いいや。残念ながら、あの程度じゃ死にゃしないよ」

「?!…だ、だって、あんな目の前で爆発したのに…!」

「…コンビッチには、タイプ別に絶対唯一の急所・『コア』があるんだ。狼タイプの場合それが腹ん中にある。だから奴らの土手っ腹をぶち抜かない限り、どんな攻撃も致命傷になりえないのさ」

…そう言えば。
最初に助けられたときも、赤ずきんは狼のお腹を撃ち抜いていた。

「まだ終わった訳じゃない…リョータ、安全な所に隠れておいで」

「っでも」

「大丈夫さ。あんな犬畜生ごときにあたいが負けるもんかい」

赤ずきんがにっこりと笑って、そっと優しく頭を撫でてくれた、その時。

ぶわっと風が強く吹いて、漂っていた煙が吹き払われた。

「……ずいぶんとパンチの効いた酒じゃねェか…あァ?」

血走った眼が物凄い形相でこちらを睨んでいる。
あれだけの爆発を食らっておいて、顔の所々がすす焦げているだけだけど、それがなおさら鬼のような気迫を生み出していた。

「おやおや…あたい特製の手榴弾(ワイン)はお気に召さなかったかい?」

赤ずきんが立ち上がってリオルドと対峙する。
また猟銃を持ち替え、今度は正しく引き金に指を添える。

「なんなら、口直しにいいもんくれてやろうか?…こいつの鉛弾で良けりゃ、嫌ってほど喰わせてやるよ!!」

「……調子にのんじゃねェぞこのクソアマぁ!!!」

雄叫びと共にリオルドが地を蹴った。
頭に血が昇っているのか、リオルドの攻撃はずいぶんと大振りだ。赤ずきんはそれを冷静に見極めて、こちらからは手を出さずにひらひらとかわしてみせる。
その余裕さが癪に障るのか、リオルドの額には太い血管が浮き出て、今にもぶち切れそうだ。

「ッがああぁあ!!ぶっ殺してやらぁ!!!」

赤ずきん目掛けて、大きく振りかぶったリオルドだったが。

「腹がガラ空きだよッ!!」

ドフッ!!!
「っぐ!!」

その鳩尾を赤ずきんの蹴りが貫いた。
急所に近いからだろう、身をかがめてリオルドがふらつく。
赤ずきんはその隙に後ろへ跳躍して距離を取った。


赤ずきんがスコープを覗く。
標準がリオルドを捉える。
あとは引き金を引けば勝負がつく。


…誰もが決着を確信した時、

誰にも予想出来ない事が起こった。




  ズ ルッ !!

「あっ?!」


赤ずきんが、急にバランスを崩して…


どすんっ


…コケた。



(っえぇええぇえええぇええっ?!?)


え?!なに??今のなに!!
今なんにもないとこでコケなかった?!


(言っちゃぁナンだけど)あまりのマヌケっぷりに僕も赤ずきんも思わず硬直してしまう。
赤ずきん自身も、何が起こったのかわからないと言う表情で呆けて尻餅をついている。

そして僕は、赤ずきんの足元をみて、彼女がすっ転んだその原因に気づいてしまった。


(赤ずきんっ……!!)



(僕ん家のスリッパ履いたままだっ!!)


そうだよっ…!!
僕ん家でブーツから履き替えて、そのまんま追いかけて来ちゃったんだ!!

こんな薄暗い中だから今まで気づかなかった。
てゆうかよくスリッパ履いたままであれだけ戦えたよね?!

「…あ、赤ずきん大丈夫…」

声をかけようとしたその時。


青く低い影が、

赤ずきんへと一瞬で詰め寄った。


「!! 危ないっ!!」


バキィッ!!!

「きゃあぁっ!!!」

甲高い悲鳴と共に、赤ずきんの体が勢い良くぶっ飛ばされる。
そのまま受け身すら取れずに、土埃をあげながら地面を転がっていった。

「ひひひひ!!やっと当たりやがった。イィイ音したなァ?おい…!」

拳の当たりに手応えを感じているのか、肩をいからせたリオルドが愉快そうに笑っている。
動かない赤ずきんにゆっくりと近づいていった。

「…っ、がはっ…!!」

呼吸をするのも痛そうに、赤ずきんが表情を歪める。
口の中を切ったのか、唇の端から血が零れていた。

(赤ずきんっ…!!)

きっと今の一撃をモロに喰らったんだ…。どうしよう…!!

僕はただ狼狽えるしかなくて、赤ずきんとリオルドを交互に見つめているしかなかった。
そうこうしているうちに、リオルドの右手が赤ずきんの頭を掴み、地面にグイッと押し付ける。

「う…っ!!」

「イィ面だぁ…ざまぁねェな…!!」

赤ずきんは弱々しくリオルドの腕を掴み返すだけで、押しのけられない。
辺りを見渡せば、ぶっ飛ばされた衝撃で猟銃もバスケットも明後日の方向に散乱している。
つまり、今の赤ずきんは丸腰だった。
体格差もあるし、力だけではリオルドに対抗出来ないのだろう。

「クソアマが散々コケにしやがって…!!このまま頭握りつぶしてやる…!!!」


 ミ シッ!!


「っあ゛ぁァ!!」

「赤ずきんッ!!!」

離れたこの場所まで届いた、骨の軋む音。
僕は心臓が潰されるような思いで赤ずきんの名を叫んだ。



どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。


このままじゃ、
このままじゃ赤ずきんが殺されちゃう。
なんとかしなきゃ。
なんとかっ…!!


でも、どうしたらいい?
僕は何の力もない。
何も持ってない。
本当は怖くて仕方ない。
出来るなら今すぐ逃げ出したい。


でも。



(助け、たい)


助けたい。
僕だって、赤ずきんの力になりたい。
足も体もこんなに震えてるけど、

助けたい。
この気持ちは、変わらない…!!



考えろ。
考えろ。

武器がないなら、力がないなら、考えるんだ。

僕に出来る、僕なりの方法を…!!





…その時。


記憶の片隅に、ふっとよぎったものがあった。


……!!!


そう、だ。

もしかして


いちかばちか、だけど…!!



次の瞬間。


「ッ、止めろおぉおーーっ!!!」


自分でも信じられないくらいの声が、出た。



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