2017年01月

 

 自分が微笑むと、相手も微笑みを返してくれる

 自分が怒れば、相手も怒る

 

 他人を幸せにしようとすれば、自分に幸せが帰って来る

 他人に嫌がらせをすれば、仕返しを受ける

 

 世の中は自分にとっての鏡、こだまかもしれない

 

 自分が自立して生きようとすれば、周囲も応援してくれる

 自分が他人に依存してしまうと、他人がいなくなると行き場がなくなる

 

 生きていることは、世の中から生かされていること

 どれだけ世の中に「愛」を持てるかが、自分が世の中から愛されることにつながる

 

 幸せの水準が高い人は、不満だらけで幸せを受けとめられない

 幸せの水準が低い人は、周囲に感謝しつつ笑顔を絶やさず、みんなに愛される

 

 あなたが怒りを持てば、それだけ世間はあなたから逃げていく

 もう一度、笑顔を取り戻して、「ありがとう」の心を持ってほしい

 

(心を病んでしまった知人の振る舞いに対して、言えることはこれくらいしかない)

 

                     201355日 坪田 知己


 (上記は2013年5月に書いた文章。友人のH氏は、子供への教訓として、お
茶の間の壁にこれを貼っていた。そのH氏は、2014年3月、心臓発作で急逝した。合掌)

 祝田秀全著『銀の世界史』(ちくま新書)を、高知・宿毛から岡山に帰る列車の中で読了した。

 面白くて、後半の110ページは一気読みだった。

 

 発端は南米のポトシ銀山

 

16世紀中ごろ、日本史で言うと桶狭間の戦いの15年ほど前、アンデス山中のポトシ(現在はボリビア領)というところで、銀の鉱脈が発見された。掘っても掘っても出てくる。この町は17世紀中ごろに、15万人の都市になった。当時のロンドンが22万人ほどだから、大変なことだ。

この銀山は19世紀には枯渇したが、それまでに45000トンの銀を産出、強制労働させられた約800万人の命を奪い、「人を食う山」と呼ばれた。

 ここで産出された銀は宗主国・スペインを潤すことになるはずだったが、そうはならなかった。

 16世紀から19世紀までの約300年の世界史を「放浪する銀」を追うことで描いたのが、この本だ。

 

 スペインからオランダ、イギリスへ

 

 スペインが潤わなかったのは、とにかく16世紀から17世紀にかけて、スペインはいろんな国と戦争するのが大好きだった。その戦費として銀が消えて行った。

 その銀を受け取ったのが、武器輸出をしていたオランダだった。

 そのオランダに立ちはだかったのがイギリス。

 1651年にイギリス航海法が制定され、商品を作った国が、輸入国に運ぶことになり、オランダの海運が衰退した。航海法を巡って英蘭戦争が起きたが、勝ったのはイギリス。

 18世紀には、西欧で、コーヒー、紅茶のブームが起き、砂糖の消費量が急増した。その砂糖は、西アフリカの黒人を奴隷としてイギリス領西インド諸島に連行して作らせた。

 さらに18世紀後半、イギリスで産業革命が起き、イギリスは綿製品の輸出で大儲けした。

 銀はどんどんイギリスに流れ込んだ。

 この先、銀は東洋に流れ込む。

 中国茶の輸出が急増し、銀はイギリスから中国に向かった。

 そこで、イギリスは悪知恵を働かせた。中国の銀を取り戻すために、植民地化したインドでアヘンを栽培し、中国に輸出した。

 これに中国が抵抗して、1940年にアヘン戦争が起きる。中国は敗北し、香港を割譲する。

 このように、世界貿易の決済手段として銀が世界を駆け巡った。

 

 日清戦争の賠償金は銀ではなかった

 

 銀が基軸通貨の座を金に譲ったのは、日清戦争が原因だった。

 1894年日本は清(中国)と戦争して勝った。その賠償金は庫平銀2億両。この時期の日本の国家予算の2年分相当だった。

 当時、大量の銀を持っていた清は銀で払うつもりだった。

 ところが、日本はイギリスの通貨ポンドに換算し、ロンドンで受け取りたいと提案した。これは清の秤や原器が統一されていないという理由だったが、一方で、英国を始め欧州から兵器を買うという意図があったからだ。実際賠償金の62パーセントは軍事拡張費に使われた。

 賠償金支払いのために清は外債を発行し、それをロシア、イギリス、フランス、ドイツが引き受けた。

 銀が入ってこないことと、この時期、銀本位の東洋と金本位制に移行した欧州の間で為替が混乱した。そこで、西欧を追う形で、日清戦争後の1997年に日本は金本位制に移行した。

 

 船の世界史、電気の世界史も読みたい

 

 上記が、この本の概略だが、「銀」に的を絞ると、これだけのことがわかる。

 高校で習う世界史は、戦争と英雄が主役だが、実は底流にあるのは経済だ。刑事のグローバル化は銀を追うとわかるという、とてもいい着眼点だ。

 この方式にならうと、船、鉄道、通信手段、電気、石油などを追うことで面白い世界史が書けそうだ。

 ということで、今年の読書はいい本からスタートした。

 2003年から6年半、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で「ネット時代の経営学」を教えていた。2005年に学生に渡した資料が出てきたので、ここに再掲します。

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 人生は長い。仕事でも生活でもいろんな困難に出会う。それを乗り越えて、自分らしい人生を歩みたいものだ。私も55歳になり、社会人として30年以上、いろんな山と谷を越えてきた。

 困難の越えるとき、頼りになるのは友人や家族の励ましだが、一方で、優れた書物の中にある叡智に、あらためて脱帽することになる。

 私が、「この本から多くを学んだ」という本を列記して、諸君にも勧めたいと思う。

 

 

1)「孫子の兵法」

 

 「男は、一歩外へ出れば百人の敵がいる」という言葉が『三国志』に出てくるが、人生はまさに戦いの連続だ。「孫子の兵法」は中国の春秋時代の呉の将軍、孫武が著したもので古今東西最高の兵法書と呼ばれる。

 この本は、単に戦術を書いているだけではなく、処世の書、政治の書、経営の書としても最高級の価値がある。

 この本の特徴は、「戦うことは最善ではない」ということを言っていることだ。「百戦百勝は善の善なるものに非(あら)ざるなり。戦わずして人の兵を屈するが、善の善なるものなり」というのがそれで、具体的には、最上の戦い方は敵の謀略を封じることで、その次は外交策略で敵の同盟関係を断ち切り孤立させ、その次が武力を行使することで、城攻めをするのは下の下だ--と述べている。犠牲を少なく、戦闘になる前に手を打っていくことが大事だというのだ。

 この本の中で最も有名な言葉は、「彼(かれ)を知り己(おのれ)を知れば、百戦して殆(あや)うからず」というもので、特に「己を知る」ことの大事さを説いている。

 日本が太平洋戦争で米国に惨敗したのも、まさに己を知らなかったからだ。

 この本は、分量は少ないが、一つ一つの言葉に含蓄があり、何度読んでも、2500年も前に、ここまでの境地に達していたかと感心させられる。解説本もたくさんあり、どの本がベストということはないが、仕事上の敵と対峙したときに、この本の戦法を知っていれば、難なくやり過ごせる。人生にとって必携の書だといえる。

 私が持っているのは『孫子を読む』(浅野裕一著、講談社現代新書)だが、守屋洋氏など中国古典ものの専門家が孫子についての本をたくさん書いており、特にどれがいいとは言えない。

 

http://www.infonet.co.jp/ueyama/ip/episode/sonshi.html

http://www.nantaku.co.jp/sonshi/

 

2)「第三の波」(アルビン・トフラー著、中公文庫)

 

 物事を見るときに大事なことは、世界観と歴史観をもって見ることだ。それがないと目先の現象に惑わされて、本質を見抜けない。「工業化社会」のあとに「情報化社会」が来ることを予言したこの本が1980年に書かれたことは、まさに歴史的な出来事だった。

 この時点でインターネットの普及は視野に入っていなかったので、未来予測については外れた部分も多い。しかし、この本の優れた価値は、工業化社会を見事に定義したことだ。「集中化」「規格化」など6つの原則が、工業化社会を貫いていたというものは、素晴らしい分析だ。

 歴史はこのように進歩してきた、パラダイムチェンジはどのように起こるかを知るのにこれほどの好著は無い。この本を読まないで「情報化社会」を語ることはできないと思う。

 

3)「思考のための道具異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?」(ハワード・ラインゴールド著、パーソナルメディア)

 

 今になってみれば、コンピュータは身近な道具であり、映像もCGも音声も、そして通信端末としての機能もある。まさに「思考のための道具」なのだが、少なくとも1980年代の初めまでは、コンピュータは高速計算が得意な「計算機」だった。しかもその帝王はIBMの大型の汎用機(メインフレーム)だった。

 ところが、コンピュータを「思考のための道具」にしていこうという一群の人々が、まさに地下に潜行するかのように、目立たない形でマルチメディア時代とインターネットの時代を準備していた。

 その歴史を見事に描ききったのが、この本だった。

 とくに、ヴァンネバー・ブッシュ、ダグラス・エンゲルバート、アラン・ケイ、テッド・ネルソンといった人たちが何を考え、何を発明したのか--この本を読むことで、先人たちが見つけたコンピュータの限りない魅力を発見できる。ワクワクさせられる本である。

 

4)「トヨタ生産方式」(大野耐一著・ダイヤモンド社)

 

 トヨタ自動車は、現在、世界最強企業の一つである。絶え間ない「カイゼン」でぎりぎりのコストダウンに挑戦し続けている。この「トヨタ生産方式」は、世に言う「かんばん方式」のことだ。他種類の部品をプッシュする形で組み立てるのではなく、組み立てラインの生産スピードがプルする形で部品生産・納入を行わせるという考えは、当時としては「逆転の発想」だった。

 これによって部品在庫の圧縮が出来たことと、大量生産でありながら、顧客に合わせたカスタムメイドが出来る「マス・カスタマイゼーション」が実現出来た。

 これをやるには、部品メーカーとの緊密な協力が必須で、トヨタはその系列化によって、最強企業になった。

 この方式は米国のスーパーマーケットでの商品補充から思いついたもので、現場抽象化別の現場・・という移植の発想も面白い。

 現場に意識を集中することから、どんどん改善を積み上げていく大野氏(元トヨタ自動車副社長)の発想が生々しく書いてあり、日本の生産現場のレベルの高さを物語っている。また日本の産業の強さを見る点でも必読書だ。

 

5)「経営に終わりはない」(藤沢武夫著・文春文庫)

 

 ソニーとホンダは戦後生まれで世界的な企業になり、その創造力でも有名になった。本田技研工業ではカリスマ技術者、本田宗一郎ばかりが有名だ。しかし、実際に会社を経営したのは副社長の藤沢武夫だった。

空冷エンジンにこだわる本田に対して、「あなたは社長なのか技術者なのか」と、若手が支持する水冷を取らせた話とか、「あなたが辞めるのなら、私も辞めます」と二人同時に経営陣から降りた話など、男の友情、経営とはこういうものだという気概がこの本には込められている。

本田が書いた『本田宗一郎 夢を力に私の履歴書』( 日経ビジネス人文庫)、『俺の考え』(新潮文庫)と併読すると、この二人がどんなコンビだったのかがよくわかる。

   

6)「失敗の本質」(戸部良一、野中郁次郎ほか著、中公文庫)

 

 太平洋戦争で日本軍はなぜ負けたかを、防衛大学のスタッフと経営学者が組織的な研究を行った成果をまとめた本。

 企業経営のもっとも大事な問題は、組織が生きているか、死んでいるか・・・つまり状況の変化を逐次キャッチして、最適な戦術を展開していくことだ。

 そういう意味では、この本が取り上げたノモンハン事件、ミッドウェー海戦。インパール作戦、レイテ沖海戦は、ことごとく大失敗だった。敵が強かったのではなくて、日本軍内部に、構想の間違い、情報収集のミス、情報伝達のミスなど、あとで考えればお粗末きわまりない問題を抱えていた。こういう無責任で野放図な幹部に率いられて戦争をしたというのは、戦死した兵隊があまりに可哀相だ。

 しかも、これらの問題は、その後の日本の組織(行政や企業)で、当然のように引き継がれており、そのことも恐ろしいことだ。

 過酷な現実に直面したときに、組織としてどのように対応すべきか--を教えてくれる一級品の経営書だ。

 

7)「晏子」(宮城谷昌光著、新潮文庫)

 

 組織を維持、発展する要因として、リーダーの資質が占める比重は極めて大きい。私は数多くのリーダー論を読んできたが、この「晏子」こそが至高の書だと思う。

 晏子は、世上はほとんど知られていない人物だが、中国古代の歴史家、司馬遷が『史記』の冒頭で、「この人のためなら、馬丁になって仕えたい」と書いたほどの名宰相だ。

 斉の宰相を務めた晏子は、戦争や内乱で何度も生命の危機に直面するが、「この男を殺せば国が乱れる」と言われるほど、庶民に絶大な人気を持った。

 晏子は市場に近い粗末な家に住み、決して奢ることがなかった。庶民と共に生き、国王には時に諫言し、コンサルタントとして売り込みに来た孔子を「儀式ばかりでは国は治まらない」と排した。

 実は晏子については、歴史上の資料が極めて少ない。宮城谷氏は、「どうしても晏子を書きたい」と資料をベースに想像を膨らましてこの小説を書いた。ただ、大事な局面は史料に基づいており、見事に晏子の業績、人柄と時代を再現したと言えよう。

 読んで清々しい気持ちになる1冊だ。

 

8)「花神」(司馬遼太郎著、新潮文庫)

 

 明治維新は、日本が近代国家になる大きな節目で、ここで失敗していたら、日本欧米列強の餌食になり、その後の中国や韓国のように隷属と内乱に陥ったと思う。

 そういう点で、当時の青年達が、何を考え、どのように行動したかを知ることは、日本の知識人としては必修の問題である。

 これについては、司馬遼太郎がたくさんの小説を書いている。有名なのは坂本龍馬を書いた『竜馬がゆく』、高杉晋作らを書いた『世に棲む日日』などだが、秀逸なのは、司馬作品の最高峰とも言われる、江藤新平を書いた『歳月』だ。

 私が愛読しているのは『花神』で、主人公は、日本陸軍の基礎を作った大村益次郎(村田蔵六ともいう)だ。

 日本という国の凄いところは、西洋の技術を見たこともないのに、図面から想像して軍艦を作った大村とか、司法制度を確立した江藤のようなテクノクラートが、この時期、輩出して、政治や軍事に明け暮れた西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允(桂小五郎)らを支えたということだ。

 中でも大村は、緒方洪庵の適塾で塾頭になり(福沢諭吉の先輩)、蘭方の外科医として有名になりながらも、木戸孝允の懇請で、長州軍の司令官になり幕府軍を撃退し、さらに上野彰義隊の戦いでは、江戸市中を火事にしないために周到な準備で、たった1日で反乱軍を壊滅させた。

 その理詰めの戦法と、豆腐を肴に酒を飲む無私無欲の人柄は、まさに、「花神=花咲爺さん」の人生だったと言える。

 司馬遼太郎の本で、あと1冊、読むべきは『坂の上の雲』で、秋山兄弟の人生、日本海海戦の完璧な勝利の裏に何があったか、乃木将軍と児玉源太郎の戦略の差・・・など、この本は明治という時代を見事に描いた点で、傑作と言えるだろう。

 

9)「八甲田山死の彷徨」(新田次郎著、新潮文庫)

 

 旭川で零下41度という日本で史上最低の気温が記録された日に、雪中行軍を行った青森の連隊が豪雪の中で道を見失い、ほとんど全員が凍死した。

 この時、同じコースを、逆方向に弘前の連隊が青森に向かい、彼らは全員無事だった。

 同じ状況で、結果が正反対になった二つのチームの差は何だったのか。

 気象庁職員だった新田次郎が、資料を克明に追って書いた小説。

 自然の猛威を軽く見て、無能な幹部に率いられた青森連隊と、周到な準備と慎重な対応、地元民の知恵を借りながら行軍した弘前連隊の差が子細に書かれている。

 バカな上司の下では、部下は悲惨な目に遭う--という教訓でもある。

 青森連隊のやり方は、太平洋戦争時の日本軍と似ており、『失敗の本質』と併読すると一層知識が深まる。

 

10)「破天荒! サウスウエスト航空 驚愕の経営」(ケビン・フライバーグ著、日経BP社)

 

 米国の航空業界は、規制緩和によって猛烈な競争が起き、さらに湾岸戦争後、ほとんどの会社が赤字になるという惨状だったが、このサウスウエスト航空だけが増収増益を続けた。

 「従業員重視」がこの会社のモットーで、お祭り騒ぎや、粋な表彰などで従業員を鼓舞している。

 同じ型の飛行機を大量に導入して(整備マニュアルが一つで済むから)、都心と都心を結ぶ最短経路に中型機を頻繁に運航するという経営方式がまずユニーク。さらにターンアラウンドタイム(着陸してから離陸するまでの時間)を短くすれば、飛べる回数が増えるので、職種の差を超えて飛行機の掃除を行うとか・・・「経営とはこういうものだ」というヒントがふんだんに詰まっている本だ。同様の従業員重視経営の本に『セムラーイズム』(リカルド・セムラー著、新潮社)がある。これはブラジルの機械メーカー、セムコ社の経営について書かれた本。セムコ社については、バーバード・ビジネス・レビューでも紹介され、見学者が絶えないという。

 

<次点>

11)「山・動く湾岸戦争に学ぶ経営戦略」W.G. パゴニス著、同文書院インターナショナル)

湾岸戦争のロジスティクスを担当したパゴニス将軍の自伝

12)「アラン・ケイ」(浜野保樹監修、アスキー)

パソコンの父、アラン・ケイの伝記と主要論文集。"The best way to predict the future is to invent it !"「未来を予測する最善の方法は、未来を発明してしまうことである」というのは彼の真骨頂。

 

 

「俺がつくるけどお前が金払えよな!」
「なんで払わなあかんねん」

「そんなことゆーとったらあわへんど」

「かまへんわ、お前なんかとは絶交や!」

 

「メキシコとの国境に壁を作り、費用は全額メキシコに払わさせる」

 それを関西弁にすると上記のようになる。吹き出してしまった。

 

 「人の迷惑顧みず」・・・電線マン再来か?

 

 昼も夜も、NHKのニュースにトランプ米大統領が登場しない日はない。こんな大統領は史上初めてだ。

 1970年代、NETのバラエティ番組に、伊東四朗扮する「電線マン」が登場した。その前口上は「人の迷惑顧みず、やってきました電線マン」。それを思い出した。トランプに電線マンの扮装をさせたらジャストフィットだろう。

「トランプの壁」は、1メートルのコストが10万円としても、3000キロで3000億円。電柱地中化のコストが1キロで5億円とされているから。それと同様だと15000億円にもなる。

 他の国の予算に、無理やりそれを計上せよというのだから呆れた話だ。

 

 また、大統領選挙で、ヒラリー・クリントンの得票が自分の得票を上回ったことについて、「数百万の不法移民がヒラリーに不正投票した」と、証拠もないのに言い張っている。

 日本が米国車の販売を妨害しているという主張についてもそうだ。

 事実を確認しないで、「自分の思ったことは真実」と言い張る。議論の余地もない。

 

 まるで織田信長

 

 今は民主主義で、メディアの監視もあるので独裁者は生まれない。

 過去の歴史の中での独裁者は、やはり日本では織田信長だろう。

 1574年の正月、岐阜城で開いた祝宴に、信長は奇怪な物体を展示した。先年滅ぼした朝倉義景、浅井久政、浅井長政の頭蓋骨に漆と金箔を塗ったものだった。「これを見ながら、酒を飲もう」と信長は言った。自分に反抗するものがどうなるかを見せたのだ。

 信長は比叡山、伊勢長島などで、皆殺しの虐殺をしている。

 トランプも反対勢力に容赦ない攻撃をする性格だ。

 

 事実に基づかないことは狂気

 

 こういう人を心理学的に「全能感にとらわれた人」という。自分が帝王のようにふるまうことを当然だと思っている。

 彼らは相手の立場を認めない。自分の思ったことがすべてだ。それに反抗すれば徹底的に攻撃する。民主主義は相手を認め、議論することで解決策を見つけていく制度だ。

 今の世の中、大事なことは「事実認識」だ。

 証拠もないことを「事実認定」するのは狂気の沙汰だ。

 とんでもない男が世界を牛耳る超大国の大統領になるなんて。

 米国には大統領のリコール制度がない。重大犯罪を犯し、弾劾されるのが、唯一の罷免制度だという。

 民主主義の安全弁の不備を痛感する。

    2728日に高知県宿毛市で文章講座を実施する。

それに合わせて、男子高校生が事前に「宿毛の冬」と題する作文を送ってきた。

それを見て、かなりショックを覚えている。

日本の国語教育の限界を見た気がする。また文章における男女差も感じた。

 

 五感を働かせてない

 

 例えばこんな作文だ。

 

 宿毛の冬には、宿毛湾で見れるだるま夕日があります。だるま夕日は、十一月中旬から二月中旬の期間中二十回見ることができます。しかも、きれいなだるまになる時は、二十回中の半分で十回しか見ることができません。なので、「幸運の夕日」とも呼ばれることもあり「日本の夕日百選」にも選ばれています。なぜだるま夕日ができるかというと、大気と海水との温度差が大きく冷え込み厳しい晴れた日に、海面の水蒸気によって光が屈折してできたからです。僕は今年の四月から宿毛に通学することになって、僕が暮らしている所は、夕日は山にかくれて見れないので、高校にかよっている間に、一度は見てみたいなと思いました。

 

 観光案内を丸写ししたような内容だ。

 で、私はこう書き換えた。

 

 茜色に染まった西の空。大きな太陽がゆらゆらと太平洋に沈んでいく。

 太陽の下の橋が水平線に近づくと、それを迎えるようにお皿を伏せたようなニセの太陽が水面に顔を出す。ゆっくりゆっくりと太陽とお皿が近づき、スッとつながる。ハカマを履いたようだ。ギリシャ文字のオメガ(Ω)の形だ。

 太陽はゆっくりと沈んでいき、次にオバQの形になる。

どんどん沈むと、やがて小さくなって、棚引く雲に見送られるように、点になり、消えていく。

海を渡る風は冷たく頬をなでる。その頬をこすりながら、「これは神様が演出した豪華な海のショーだ」と思う。

 

 高知県宿毛市の名物はなんと言ってもこの「だるま夕日」だ。

 宿毛湾のどこからでも見えるが、僕のおススメは、咸陽島だ。松の枝が影絵のようになって、まるで立派な絵画を見ているような気持になる。

 だるま夕日は、毎年11月中旬から2月中旬まで見られるが、「晴れた日は必ず」ではない。さまざまな条件が整わないときれいに見えない。

 この90日ほどの期間に、多い年は20回見られるが、少ない年は10回ほどしか見られない。だから「幸運の夕日」とも呼ばれる。

 

 元の文の筆者には「現場感」がない。実際に見た時の感動を、五感を総動員して伝えなければ、読者は裏切られた気持ちになる。

 もう40年近く前、事件記者だった私は、東大阪市の化学工場で薬品の混合を間違える事故があったとき、現場に行こうとした。その時、先輩が「臭いだ。匂いに注意しろ」と言った。

 当然、現場にはテレビも取材に来る。現場の音や光景はそれでわかるが、テレビは臭いを伝えられない。だからそこで勝負せよとの指示だった。

 新聞の事件事故の記事で、「雑感」というものがある。現場の様子を伝えるもので、音や臭い、雰囲気を上手に伝えなければならない。これが結構難しい。警察の発表を聞いて書く「本記」より、ある種の芸が必要になる。

 

 男は女に勝てない

 

 私は過去6年ほどで、約1200人に文章の書き方を教え、3000本近くを添削してきた。

 その中で、上手な方から50人を選んだら、全員女性になる。男性で「これはうまい」と感じたことは数件しかない。

 とにかく男性は、説明調になる。左脳で書こうとする。社会人の場合はレポート調になる。五感で感動を伝えるようなセンスがない。

 ところが、女性は違う。

 情緒をしっかり伝えようとする。右脳で考えるからだ。

 

 もう夜遅いけど、フライパンにごま油を引いている。厚揚げにきつね色の焦げ目をつけるために。

万能ネギと生姜を刻んで、カブの浅漬けも作る。冷蔵庫から卵を取り出し、唐揚げの準備にとりかかる。

 2年前に漬けた梅酒はきっと、今晩飲み干されてしまうだろう。梅はすっかり酒を吸い込んで、しわくちゃに酔っ払っている。

 

 これは『21世紀の共感文章術』でも紹介した国府方桃子さんの「おしゃべりなお弁当」の一節だ。

 こういう文章は、男性には書けない。

 

 表現の豊かさを身に着ける・・・国語の授業はそうあってほしい。ただ単にマス目を埋めただけの作文は誰も読まない。

 

 (2017127日 第11話 おわり)

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