2006年10月05日

湯屋サーモン日誌:6

【最年少記録】


 「ギタリストになりたい」と口走って、「ギター教師をしなければ生活できないよ」
と言う師の言葉反駁、代教を蹴飛ばし門を離れて30有余年、演奏することにこだわってギターに携わってきた。
 しかも、クラシックギター奏者であることを標榜しながら、映画音楽やら流行歌やら、いわゆるポピュラー曲を憶目もなくプログラムに入れて演奏してきた。好みに合わない曲は、リクエストに「多分遠くないうちに弾くと思います」と曖昧に応えて、決して適当にお茶を濁したようなアレンジで演奏することはなかったつもりです。
 「好みに合わない」というのは半ばしか当ってはいないのですが、ギターで演奏しても“良く思えない”曲は、たとえコンサートの常連さんからのリクエストであった
としても、弾くべきではないと考えています。ギターが素敵に聴いてもらえない可能性が高いだけでなく、演奏するときの気持ちが“希薄”になる場合が少なくないからです。
 もちろんリクエストした人は喜ぶかも知れませんが、クラシック作品を弾くときで
も同じで、好めない曲を気乗りしないでする演奏は、聴く人の心を惹きつけることはないのです。惹きつけないだけでなく、うっかりミスをして気が動転し、心ならずも演奏の破綻をきたしてしまうと、リクエストして下さった人にまで『下手くそ』『お粗末』の感想を持たせてしまいかねない。
 裏を返して言うと、演奏者が心から好んで演奏する曲は、ジャンルの違いを超えて聴く人の気持ちを惹きつけます。これは35年ギターを弾き続けてきた“釣り師ギタリスト”の哲学で、年令・性別・職業・趣味などの違いを超越してしまいます。
 前回の「純恋歌」少年も、私の弾くギターに自分で弾きたい「長渕音楽」をクロスオーバーさせてしまったのです。私は“純恋歌”を弾いたわけでも“長渕作品”を弾いたわけでもありません。多分彼は、私の弾いている曲がポピュラー音楽ともクラシック音楽とも聞分けてはおらず、私の弾くギターの音に惹きつけられただけなのでしょう。
 私の20年来の友人は「子供たちにとってギターなんか聴いたこともなく、ぼくた
ちの弾いているギターがクラシック音楽も演奏するギターであるなんていうことも知らない。だから、子供たちの前でギターを弾こうとするとき、ことさらにアニメ音楽やら童謡なんか弾く必要はなく、僕たちが一番いい音楽であると感じている曲を弾くべきだと思う」と言います。
 そのとおり(!)と思いながらも、ついつい子供たちが知っている曲を持ち出してしまうのですが、決して『子供たちは知ってはいない』と思う曲を弾いても、湯屋サーモンではしばしば私の前には子供たちが集まります。ギターを弾いている姿を目にする“めずらしさ”もあるとは思うものの、何曲も口を半ば開いて聴く子や、うちわを両手に持って拍子に合わせて打ち鳴らしたり、踊ったり・・・絶対コンサートでは経験できない音楽の受けとり方を伝えてくれます。いや、ほとんどは、コンサートには
「入場ご遠慮下さい」と但し書きされる“未就学児童”の聴き取り方が解るわけです。
 親達が「静かにしなさい」とか「じっとしてなさい」と注意してくれますが、私に
とっては必要なことではありません。音楽を静かに聴く習慣の人には、そんな子供たちが邪魔に思えるかも知れませんが、ここは銭湯なのです。そんな子供たちより騒がしい大人もいれば、ギター演奏などに何の興味も示さない人も少なくないのです。
 ある日、1才に満たないと見える赤ちゃんを連れてきたお母さんが、「(赤ちゃん
が)いい音楽を聴いてお風呂上がりに寝てしまいました。こんなこと初めてです。もっと聴いていたいんですが、寝たので帰ります。ありがとうございました。」と帰って行きました。
 たまたま赤ちゃんが眠い日だったのかも知れないのですが、“釣り師ギタリスト”は『やったね〜』・・・といい気分なのです。多くのギタリストが様々なところで演
奏していますが、おそらくその日の赤ちゃんは、ギター演奏を聴いた最年少記録保持者であるかも知れません。(続)



hirasa3 at 09:53|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!

2006年07月22日

湯屋サーモン日誌:5


【生徒ができた!】


 私が湯屋サーモンでギターを弾く理由の一つに「自分が弾くギターを聴いて、ギターをやってみたい……と思う人が、私の教室に来ることを期待」してのこともあると、この日誌の1回目に書きました。大きな期待をしてもいなかったのですが、それが習いたいという申し込みがあったのです。
 今年3月、初老のご婦人が「孫がギターを習いたいと言ってるのですが……」と声をかけていただいた。そのときの私の頭の上には、特大のビックリマーク(!)が浮いていたに違いない。
 私のところだけではないと思うのですが、どこで知ったのかギター教室の広告勧誘の電話がよくかかってきます。まあ、電話帳かイエローページを見て、ダメ元でそこいら中に電話をかけまくっているのでしょう。たいてい即座に(!)断っていましたが、あるとき西区のタウン紙に1年間の約束で広告を出しました。でも、タウン紙を見て……という問合せは、たった1件もありませんでした。それに比べたら、湯屋サーモンでの“宣伝効果”は大きなものがあります。
 その生徒は小学生で、きっとギターをやっている家族か同級生に影響されたのだろうと思っていたら、身の回りにはギターを弾いている人はいないそうで、ナ・ナ・ナント、私の演奏を聴いてくれてギターを弾きたくなったのだそうです。……へっへっへ……どうです。私のもくろみが見事に実現したではありませんか……スバラシイ!
 その子はD君と言って、1〜2度の無料体験レッスンに来てもらったとき、「どん
なことしたい? どんな曲を弾いてみたい?」と訪ねてみた。私はどんな生徒にも、目標をもってもらうために弾いてみたい曲を聞く。しばらくは、できるだけその方向で学習してもらうことにしていますが、たいていは具体的な目標はなく、弾いてみたい曲が見つかったら教えてね……と、何となくレッスンが続いていることの方が多い。
 ところがD君、控えめな声で「長淵剛を弾いてみたい」と……いや〜、ビックリし
ましたね〜。ビートルズなら根強く歌い継がれているので驚きはしなかったのですが、ナガブチとはきょうびの小学生の口から聞く名前とは考えていなかったので一瞬『タジッ』となりましたが、その方向でレッスンを始め長淵の歌集まで友人に探させてしまった。
 お母さんもお婆ちゃんも大の長淵ファンで、きっとお母さんのお腹の中にいる頃から長淵を聞いていたに違いない。「そっか〜、シブイね〜。半年くらい経ったら弾けるようになると思うよ」とは言ったものの、そんな経験がないので自信もない。でも、2〜3度のレッスンでD君の両手の運動能力が人並外れて高いことがわかり、2ヶ月経過の頃には、あの日本中を風靡した「巡恋歌」のメロディーが弾け、3ヶ月たたないうちに伴奏音(3フィンガー)付きのソロ譜にチャレンジしていました。
 付添で来るお婆ちゃんもお母さんも「さっぱり練習してないみたいで……」と心配そうに言い訳しますが、当のD君は私の弾き方を2〜3度見たあと、「わかった〜」と言いながら弾いてしまう。
 練習は沢山すれば良いものではない……と言わなければならない生徒がいないわけではありませんが、それはある程度(数年〜10年程度)の学習をした後のこと。初歩の頃には「少しずつでいいから、できたら毎日ギター弾いてね」と言うのが普通。
 ある日「ね〜D君はどうして弾けちゃうの?」と聞いたら「わかんな〜ぃ」……そ
うなのです。きょうびの子供たちの中には、ギターは易しい楽器と感じている子がいるようです。何が難しいことなのかも解らないのですからしょうがないですが、オソロシイ気がしないでもありません。
 5月下旬、「D君発表会に出てみるか〜?」と聞いたら、嬉しそうな笑顔で「うん!」。内心『ホンマかいな?』と思いながら1ヶ月半後、数十人の先輩達に視線の集中攻撃を受けながら、やっぱり嬉しそうな表情で「荒城の月」と長淵の「巡恋歌」を立派に弾きました。(続)



hirasa3 at 01:55|PermalinkComments(0)TrackBack(7)clip!

2006年07月21日

【風呂屋の駐車場】

【風呂屋の駐車場】
 湯屋サーモンでギターを弾かせていただいてほんの一年ほどの間ながら、考えさせられることや新鮮な体験がいくつもあった。
 ギター弾きの生活範囲などたかが知れたもので、30年以上も続けていると新鮮な体験などほとんどなくなる。これは“クリエイティブ”な職業にあっては、小さくない危機であると言っていい。
 ギター弾きのみならず、“クリエイティブ”な職業に携わる者にとっては、良いこ
とであれ悪いことであれ、新たな体験を積み重ねることが大切なのである。できることであれば、それが“感動”に昇華できるできごとであれば申し分ないが、そうは問屋は卸してくれない。マスコミに登場することを抜きにしても、感動的なことよりは、むしろ腹立たしいことの方が多いというのが現実である。
 少々季節外れの話題になるが、昨年の冬は札幌市の北西部に大量の雪が降った。
 もう夏になったので“昨年の冬”としたが今年3月の出来事で、私の生活圏で目にできる数ヶ所の雪捨て場には、5月半ばになってもうず高い汚れた雪の山が残っていた。この残雪は札幌北西部のみならず、全道的な規模のもののようで、私の趣味の山菜採りにも少なからず影響した。
 例年4月下旬か5月上旬に私の山菜シーズンが始まるが、今年は5月下旬になっても良いウドもタケノコも採ることができないでいた。おおよそ2週間以上の遅れと感じたが、腹立たしいできごとは山菜ではない。

 湯屋サーモンの駐車場は広い。追分通りに面した所には長谷川家具店(現・スイートデコレーション)があって、仕切りがあるわけではないので共用という状態ながら、乗用車でおよそ300台ほどが駐車できそうに見える。私は車の免許を持っていないので、1台の駐車スペースがどれだけ必要か見当がつけられない。だから“広い!”ことを言いたくて300台ほどとしたが、それ以上かも、それ以下かも知れない。
 昨年の冬は市も企業も個人も除排雪に苦労したに違いないが、湯屋サーモンの場合、一時的に複数の雪の堆積所を作っても営業に差しつかえないほどの広い駐車場である。札幌市内で、そんな広さの駐車場を持てる銭湯は多くはないだろうと思う。
 湯屋サーモンは年中無休で、営業時間も24時までと、一般企業の営業終了時刻をはるかに過ぎる。したがって、駐車場も営業に差しつかえないように除雪がされ、営業が終っても車の進入は容易なのである。
 ある日事務所に行くと、チーフが防犯ビデオの録画を食い入るように見ているので訪ねると、堆積所の一つに雪を捨てて行ったヤツがいるとのこと、防犯ビデオにその記録がないか調べている所だったという。
 その雪の量ダンプ4〜5台分と推測でき、ダンプが前進しながら雪を降ろしたとき
につく、荷台のヘリの跡も確認できたという。……ダンプと言うことは、業者の仕業と推測できる。
 残念ながら、営業終了後だったため外灯を消しており、防犯カメラには闇だけが映っていて、録画記録では識別できなかったそうである。排雪には安くない料金が支払われるはずで、単にモラルがないではすまされない。世界中の人口100万人以上の都市で、1メートルを越える年間降雪量があるのは札幌市だけだそうである。世界に冠たる豪雪都市と言えるが、札幌市の除排雪対策のみならず、雪の文化はこの札幌市には育っていない。
 私は魚釣りで学んだことがある。1匹しか釣れない川には、魚が1匹しかいないわけでないのである。釣り方が下手くそであることと、魚に食欲がないとき、はたまた魚が好まないエサを付けたときにも、魚はなかなか釣ることができないのである。
 釣りの話になると長くなるので話しを元に戻すが、湯屋サーモンの駐車場に雪を捨てていったような不埒者はおそらく一人ではなく、同様の犯罪(!)はほかにもあるに違いない。また、味を占めた不埒者は必ず同じことをしでかすものである。
 これからも起りえる犯罪ではないだろうか……腹か立ったので、つい語調が強くなりました。(続)



hirasa3 at 01:35|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!

2006年05月18日

3,演奏中にギターにさわりたがる女の子

3,演奏中にギターにさわりたがる女の子


 銭湯は家族連れが多い。自家風呂では、幼児でも二人連れて入ると不自由です。ましてお爺ちゃん、お父さんと一緒に……と思うと、やはり「銭湯へ行こう」ということになるでしょう。
 私の子供たちも、週に1?2度は湯屋サーモンに入りにきます。はじめは嫌がって泣いた上の子も、今では小走りに休憩室に入ってくる。私がギターを弾いているときには、目の前まで走ってきて『来たぞ!』と言わんばかりに大きな身振りでアピールしていく。 ときには「いつまでギターひいてるの?」とか「なんでギターひいてるの?」と、答えるのが難しい質問をしてくるが、別に答えを期待してのことではないらしく、そそくさと脱衣所へと消えていく。
 まあ、私の子供だから私がギターを弾いていることには違和感を持たないだろうと思うが、ほかの子供たちの視線は明らかに“訝しんで”いる。
 中には「何してるの?」と率直に聞いてくる子もいるが、やっぱり理解できる答えを求めての質問ではないらしい。ギターを弾きながら「ギターかっこいいかい?」とこちらから聞くと、『答えに困ること聞くなよ』と言いたそうな表情で親達のところへ戻る。『ふむ?、あんまり恰好良くないかな?……』と自分の姿を想像するが、別に恐縮する必要もないので弾き続ける。
 ある日、休憩に入ったところへ「小さなお客さんが、ギターのこと聞きたいと言っ
て来てますけど……」とカウンターのパートさんが取り次いできた。事務室から出てみると、5?6歳と思しき女の子が「○△ちゃん(自分のこと)もギターひいてみた
い」と言う。
 ギターを持ち出して、休憩室のベンチに座ってギターをさわらせた。おそるおそる弦に触れていたのが、何度か音の出るのを確かめると、いきなりラスゲアード風に大音響で弾こうとする。弦は指板にぶつかり、弾き終った指は表面板をひっかいて……
『おいおい、このギターは数百万円なんだぞ?』と言いたいところをこらえて、「ギ
ターはやさしく弾いてあげなさい」と言うと、「こう?」と言いながらもとのおそる
おそる状態に戻った。
 10分ほどそうしていたら、納得したふうで母親のところへ戻った。『大したこと
なくて良かった?』と安心して事務室に戻ったが、そのことが後日災いするとは思っていなかった。

 そんなことがあって、彼女が来たときに私がギターを弾いていると、すぐに私の前に来て「なんのおんがく?」「いつまでひいてるの?」「○△ちゃんもひきたいな?」となかなか離れない。はじめのうちは私もギターを弾きながら「これは映画の音楽だよ」「あとでおじさんが終ってからね」とすませていたが、すませていたのは彼女の方だったことには気づかなかった。
 その日も私が演奏中に入ってきて「これもえいがのおんがく?」と聞くので「そう
だよ」と答えると、いきなり弦にさわってきて、美しい映画音楽がポコ・ペケ・ぺチャ……。
 そのとき平佐は決して慌てず「おじさんが終ってからね」と演奏を続けたが、またポコ・ペケ・ぺチャ……。「演奏してるときにさわっちゃダメだよ?」と言っても、
またまたポコ・ペケ・ぺチャ……。
 見かねたお客さんが「じゃましちゃだめだよ」と言いながら彼女を遠ざけてくれたが、彼女にはちゃんと二本の足があった! 今度は私の十八番「第三の男」に合わせて、私の回りで踊りだした。ふたたび見かねたお客さんが「こっちにきてなさい」と連れて行く……。
 なかなか見られない光景だったと思うが、それがライブの面白さでもある。演奏が終って間もなく、見かねたお客さんは帰り、彼女は母親と一緒にウインナーソーセージを食べていた。
 その日以来、彼女の姿を見かけない。(続)



hirasa3 at 18:09|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!

2006年04月19日

湯屋サーモン日誌:2

【風呂屋の社長】  

湯屋サーモンの社長M氏は、私のギター教室のとなりに事務所を持っています。私の教室は、西区のある不動産会社の持ちビルにあります。その不動産会社の社長は私とは40年ほど前からの知り合いで、同じ教室でギターを習っていました。そんなことから私にもギターにも大きな理解を持ってくれていますが、サーモンの社長に紹介していただきっかけは、趣味が魚釣りであることでした。でも、紹介していただいたときはまだ湯屋サーモンはできていないころのこと。 

そのビル、実はビルとは言い難い一般住宅を改造した建物で、間仕切りの壁は“遮音効果に勝れていない”構造になっています。さぞサーモンの社長(他にも2〜3の事務所が入居しているのでそれらの方達もです)は、さぞうるさく感じているだろうと思っていましたが、昨年の春、『どこかにギターを弾かせてくれるところがないかな〜』と考えているとき……まさにそのときに顔を合わせたのです。 

私の心には『あった! あった!! あった!!!』と歓喜の内なる声がこだましたのです。それから顔を合わせること3度目に、ようやく私の“秘めたる心の内(!)”を話せたのです。「休憩室でギターを弾かせていただけないでしょうか」社長は快諾(!)。それからが大変。一日に沢山の生徒をレッスンするのが嫌で、各曜日に散らしていた生徒を1〜2日にまとめ、しばらく弾いていなかった映画音楽やポピュラー曲を練習し、怠けていた両手の“リハビリー(!)”をして、ようやく弾いたのが昨年の6月。月・水・金曜日の19時20分から21時30分の間で、約30分の演奏を3回している。その約2時間30分の間には、けっこう面白い出来事が少なくない。この「湯屋サーモン日誌」には時々の出来事や、私のギター演奏に関わる思いを綴っていきたい。ちょっとタイトルからは遠い内容でしたが、社長M氏と湯屋サーモンについて紹介しておこうと思う。 

所在地は西区発寒7条14丁目で、国道五号線から追分通りに入り4〜5百メートル北上すると、右手にサーモンがヒョコヒョコ跳ねている風の看板が見えるのですぐわかります。サウナあり薬湯あり露天ありの、昔の銭湯とは大違いの銭湯(!)。ついこの間石油の値上がりで大人¥380(原油の高騰でもうじき¥390になりそう)になりましたが、今では数少なくなった正真正銘の銭湯です。 

社長M氏はアイディアマンで、次々と新しいサービスを思いつく。多分、釣りをしているときに色々と考えているのに違いない。ついこの間は、春休み期間中の子供料金が無料。その前は誕生日を証明できるものをもって行くと半額……まあ、そんなことなどは湯屋サーモンのホームページを覗いてくれるとわかりますが、社長M氏は「風呂屋をやりたかった」のだそうです。やりたかったことをして釣りもしてい(!)。私には夢ですよ。この頃は、子供のことと、本業ギターのことで一日が「あっ」という間に終ってしまいます。一年に100日も釣りをしていたヒマなギター弾きが、今では年に2〜3度しか釣竿を握れないというのは、世の中不公平ではないか……?!と思うことがある。 

しかしこれも“さだめ”なのかもしれないが、決して諦めているわけではなく、そのうち思う存分二人の子供たちと魚釣りをするぞ〜……。



hirasa3 at 01:10|PermalinkComments(1)TrackBack(1)clip!

 湯屋サーモン日誌:1

【私が風呂屋でギターを弾く訳】

 私が「湯屋サーモン」でギターを弾き始めて、かれこれ1年ほどになります。湯屋(ゆや)」という名前は、子供に見せていた「千と千尋の神隠し」で初めて耳にしましたが、私の世代が経験した「銭湯」とか「風呂屋」という名前と同じ意味合いです。その「湯屋」で、なぜ私がギターを弾いているのかということは、少なくない人にとって理由を知りたいところかも知れません。 まあ、とりたてて有名でもない私ですし、昔からホテルやらライブハウス・喫茶店などで弾いていたことを知る方達には『とうとう銭湯ギター弾きに堕ちたか』と見られなくもないでしょう。しかし、私の性格をよく知る少数の方達には、私が生活の資を得るための目的だけでギターを弾くことが無いことを理解していただいていると思います。このブログで、その訳(少なくない)と、演奏しているときに出くわしたことなどを日誌風に書きとめ、アクセスしていただいた方々とともに、楽しみ、考えていきたいと思っています。それで、初回の今日は、なぜ「湯屋」でギターを弾くか……を書いてみます。  

なぜその1。おそらく風呂屋は暖かいだろうと考えました。銭湯が寒かったら、湯上がりの人は風邪をひいてしまうでしょう? ギターは寒いと絶対(!)弾けない楽器です。なんせ指先でつま弾くのですから、手が冷たいことは「上手く弾けない」の最大理由なのであります。 かつて札幌駅前通りのレコード店前で、ギターを弾いていた私を見かけた人がおられると思います。暖かい季節は楽器に陽射しが当らないようにすればいいのですが、春や秋冬にはまずギターは弾けません。その点、風呂屋さんは年中暖かいはずなのです。  

なぜその2。どうして年中ギターを弾くか。私は“ギター弾き”が主たる目的の生き方をしてきました。それはギター教室を始めるず〜っと前からしてきたことですから、弾いていないとなんとなく落ちつかないのと、人前でなければ集中力を使ってギターを弾けなくなってしまったのです。 私の性格から『それではいけない』なんて決して勤勉には考えず、演奏の機会が無くなるとどんどん怠けて、ついには左指先の“タコ”までなくなるほど怠けてしまうのです。ですから、たった一人でも聞いていて下さる人がいることで、演奏の“感” みたいなものを忘れないでいられるのです。  

なぜその3。自分が弾くギターを聴いて、ギターをやってみたい……と思う人が、私の教室に来ることを期待したのです。ギター教室の宣伝はなかなか効率の悪いものです。なんせ、日常生活の中でギターの音を聴くなんてことはほとんどありませんから当然『やってみたい』なんて思うことはないわけです。 私もギターを弾く機会は、演奏依頼をいただくか、自分が手打ちの演奏会を開催するカしかありませんでした。20年近く前に『それではいけない!』と思い立ち、ストリート演奏を始めたのです。でも、ストリート演奏への規制が厳しくなり、その1の理由や、時間的に不自由になっていつしか尻すぼみになってしまったのです。 私がギターに興味を持ったころには“ソノシート”という廉価なレコードがあって、子供の小遣いでも容易に入手できたのです。ソルの月光とかリンぜーの雨だれとか、近年ではギターの発表会でもあまり弾かれなくなった曲を聴いて『ギターはえ〜な〜……』とか思っていたのです。それは生の演奏ではないのですが、もし生の演奏が身近でされていたら、おそらく足しげく聴きに通っていただろうと思います。風呂付き住宅が当り前になった今日ですが、家族が多くなったり子供が大きくなったりすると、住宅風呂では不自由なことが多くなります。仮に充分間に合っていたにしても、手足を伸ばせるほどの湯船を持った風呂を持つ家は決して多くはないでしょう。大きな湯船に手足を伸ばして入り、いい気分でビールを飲んでいるところに、ちょっと見には冴えない(よくよく見るとやっぱり冴えない!)オヤジが従業員に半ば冷やかされながら出てきてギターを弾きだす…… けっこういい図でしょう?それが日常でもしギターを弾くことを志す人が出てきたら、おそらく変に粋がってみたり、高慢だったりすることはないっじゃないかな〜……と思ったのです。実は、それが現実になりつつあるのです。湯屋サーモンからの生徒第一号、小学3年生が私の教室に通い始めています。勘のいい子で、童謡などの始めの音を教えるだけで終りまで弾いてしまいます。独学がほとんどの私でも驚いてしまいました。

さて、もう一つ大きなわけがあるのですが、それは次回に回しましょう。



hirasa3 at 00:59|PermalinkComments(2)TrackBack(1)clip!