2014年07月13日

孤独のグルメ

孤独のグルメの放送が始まった。早速視聴したが相変わらずのクオリティだった。中年男の心の声を聞きながらひたすら飯を食ってるのを見るだけのドラマがなんでシーズン4まで続く人気番組になるのだろうか、正直分からない人も多いと思う。原作は谷口ジローの優しい絵なのでそれなりに読み継がれるのは理解できるが、ドラマの主演は松重豊というかなり通好みのキャスティング、悪くはないが冒険でしかない。

しかし実際に見るとこれが面白いのだから仕方がない。B級グルメの紹介番組的な面白さも勿論あるのだろうけれど、それだけではないだろう。料理が完成してゆくプロセスの実況中継に関しては「料理の鉄人」が草分けなのだろうが、料理を作ることと比較すると料理を食べる様というのは、しかも一人で食べるという状況を作品として成立させる、さらにそれをB級グルメでという誰しもが敬遠することを敢えて作品にする、原作の久住昌之は恐るべしという感じだ。

その魅力を私なりに分析してみよう。作家やエッセイストであれば何か食べても難しい表現を好んでするだろう、売文業なので素人とは違うことを見せるためしかたない。しかし本作の主人公である井之頭五郎は平易な言葉しか使わない、それでも作者は美味いとは言わず「味が俺にぴったり」とか表現には工夫している。誰でも使うボキャブラリーを駆使して誰でも真似られそうで真似られない言い回しをするところが独特の世界を作りあげているのだ。

それに付け加えるなら主人公は評論家という設定ではないので、どんな味かを読者に伝えることを目的にしていない。だから本人しか分からないよいな表現をよく使ったりするのだが、それが読者に対して押し付けがましくないのだ。これが昼間の番組のB級グルメレポートならこうはならない。やってることは同じなのに視点や言い回しを変えるだけでこうも変わる。恐るべし久住昌之といわざるを得ない。

食欲以外、性欲であればそれを描くだけでそれなりの文学作品になったり実用的な作品になったりするだろう。しかし食欲は人間の根源的な欲求であり誰しもが興味があることである、しかも睡眠欲のように動きがないわけではない。であるから処理の仕方によっては本作のように作品として成立するものであった。原作は文学作品の絵も手がける谷口ジローの絵によってまさに文学として成立していた。そのドラマ版は文学作品のドラマ化として本来は見るべきものではないのか。

そう考えると松重豊の起用も分かる、人気俳優を使って視聴者に媚びるのが文学作品ではない。人気的には他に譲ったとしても上手い演技で定評のある役者を使うべきである。本作が文学作品とするのであれば主人公の心の声が妙に朗読調なのも理解できてくるというものだ。そうした新感覚の文学作品を見ることによって夏目漱石や芥川龍之介に触れたときのなんともいえない雰囲気を我々は感じ取っているのではないだろうか。

しかし松重豊、単なる役者なのに美味そうに飯を食う。美味そうに食うだけならばできる人は芸能界で何人もいるだろうけれど、それをドラマとして提示できる人は少ないのではないか。主人公が訪れた店を巡礼と称して訪問するファンもいるそうだが「美味そう、井之頭五郎が心の中でわめいていたことがどういうことか体験したい」ってことなのだろう。しかしそれだけでドラマを見ることには繋がらないだろう。なんというかこの番組を見なきゃという雰囲気、それが溢れたドラマと思うのだ。

とか後半は無理やりそれらしいことを書いてきたのだが正直アルコールも入っているのでかなりテキトーだ。ただ言えるのは「私にとってぴったりの番組」ということだ。よって見続ける番組となる。私はドラマで紹介された店にわざわざ出掛けていくつもりはないが巡礼者たちの旅は、世の中にB級グルメが溢れ、興味を持つ人々の欲がなくならない限り続くのだろう。この番組を見たことがない人はその雰囲気を体験してみてはいかがだろうか。


hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ドラマ 

2014年07月11日

ピンク・フロイドと私

ピンク・フロイドが20年ぶりに新作を出すとのことである、めでたいことだ。前作である「対」以降、ロジャー・ウォーターズとの和解やシド・バレット、リック・ライトの死などフロイドにも色々あった。「対」は私が大学生の時に発売されたがすでに「原子心母」や「狂気」「炎」を聴き込んでいたので非常にヌルく感じたものだ、セールス的には大成功だったようだけれども。その作品の出来より彼らがツアーで日本に来てくれて私も会場の隅っこでリアルフロイドを体験できたことが何より嬉しかった。

私がピンクフロイドを知ったのは某FM雑誌の企画で「CDで聞く伝説のアーティスト」のピンクフロイドの回を読んだ時だった。丁度、再結成作「鬱」が発表されたこともあってFMラジオではこれまで全ての作品を全曲放送していた。渡りに船とばかりに早速エアチェックして聴いた。当時は初期の作品をあまり気に入りはしなかったが「原子心母」でオーケストラを導入してたあたりでガツンとやられてしまった。どんなジャケットなのか近所のレコード屋(CDはまだ主流ではなかったので)に見に行ったが例のヒプノシスのジャケットに想像力を掻き立てられた。

「原子心母」のインパクトのせいで「おせっかい」はその亜流にしか思えずすぐに録音したテープを消してしまった。それから暫くの間「おせっかい」は聴く機会がなかったのだが衛星放送でやっていた「アット・ポンペイ」を見て、さらに「シャイン・オン」を買って、なんであの時に聴き込まなかったのか後悔した。あの頃「狂気」はまだチャートインの記録を更新中だったと思うが組曲風の展開が心地よく、続く「炎」と併せてよく聴いた。

最高傑作というべき作品を作ってしまうと次回作を製作する過程で悩んだ挙句に尻すぼみというパターンがよくある。例えばイーグルスがそうだが、ピンクフロイドは「原子心母」で終わらず、更に高みを目指して「狂気」を作り頂点を極め、「炎」で持ちこたえて尻すぼみにならず、自己模倣にならないようにこれまでのような空間的な作風を後退させ、作品を貫くコンセプトで勝負するアルバムにシフトし頂上を制覇し、それがまたセールスに繋がったという面ではビートルズに匹敵するバンドではなかろうか。

メンバー達のソロも大体聴いたけれども、リック・ライトの「ウェットドリーム」が一番フロイドらしく感じた。中古で結構なプレミア金額で買わされたのだが、あの作品はちゃんとリイシューされているのだろうか、アマゾンを見る限りではされていないのかもしれないが、20年ぶりの新作リリースのこの機会にするべきだと思う。その対極にいるのがニック・メイソンだ。ゴングのプロデュースをしたりしているが、カーラ・ブレイと競作した「空想感覚」はフロイドを期待するとやられるがジャズロックとして聴くなら中々の名作だろう。

書こうとするといくらでも書けちゃうのだが表題のように作文的なエントリーなのでこれくらいにしておこう。続きは新作を聴いた時や個別のアルバムをレビューする時にとっておくことにする。新作はどうせ「鬱」や「対」みたいにギルモアのソロにフロイド的なハッタリをかませるんだろうと予想しつつ、いい意味で裏切られたいという気持ちで一杯だ。ついでに「ウォール・ライブ」の公式映像もリリースしてほしい。出来ればまた日本に来ていただきたい、飛び入りでウォータースが参加すると最高だ。

hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Progressive Rock 

2014年07月09日

燃えよペン

moeyo来週18日から放送されるドラマ「アオイホノオ」の予習も兼ねて「燃えよペン」を久しぶりに読み返してみたがやはり面白い。この作品はいつ読んでも半端ではないテンションに圧倒されてしまうのだ。このマンガがマンガ家を主人公にした作品としてあの藤子不二雄の「まんが道」と同じジャンルに括られてしまうとは到底思えず、ほとんどの人が隣に並べることすら躊躇するのではないだろうか。司馬遼太郎のパクリとも思える題名には苦笑せざるを得ない。

作者は島本和彦、絵のタッチは熱血マンガそのものだが内容は真面目なのかギャグなのか分からないという作品を世に出し、メジャー路線から少し外れるものの一部にカルト的な人気をほこるマンガ家だ。私も「炎の転校生」や「逆境ナイン」は読んだが、せっかくの持ち味を殺して石ノ森作品に挑んでいるのを私は痛々しく感じていた。そんな中でマンガ家にとって禁じ手というべきマンガ家実録ものである本作は、マンガ家はみんな変人なのだろうと実態を歪めるほどのインパクトだ。

「全てのマンガ家がこうだと思ってもらいたい」から始まるこのマンガ、フィクションとはうたっているがところどころ実録が混じっているらしく作品中で「この物語はフィクションだが、フィクションでない所もある」と書ききっている。アイドルと会いたいためにモチーフとした新キャラを出したり、出版社の忘年会に出て原稿を落としそうになったりする話などノンフィクションっぽい話が所々に散りばめられるため少なくとも作者はこうなのではないかと勘違いしてしまいそうだ。

頼まれたら嫌とは言えずに無茶なスケジュールを組んではアシスタントたちとのぶつかり合う主人公は恐らく作者の投影なのだろう(作中で否定はしているが)。またOVA(初のレーザーディスクのみの販売とのことでOLAだが)制作の際には監督に挑発されてやったこともないのに主題歌の作曲までしてしまうサービス精神、実際に作者はモデルになったアニメ化作品で作詞作曲を手がけているのでこれも実際のものと思うが、メディアに露出するときは常にヘッドギアを付けて現れてくれるんだろうか。

まさか迫力ある中心線を書くために自分の大切なものをアシスタントに破壊させるというマンガが「燃えよペン」全1巻、「吼えろペン」全13巻、「新吼えろペン」全11巻の長きに渡って続くとは、そしてアオイホノオとしていまだに続いているとは最初は作者も思わなかっただろうな。初回でたまたま書いたラガーマンがカッコ良かったためにそのまま主人公にして書き直すなど意味不明な完璧主義のなせる業だろうか。

非常に暑苦しいマンガなのだが読後にほんのりとさわやかさが漂うのは、主人公、そして恐らく作者がどんなに依頼を安請け合いしてきついスケジュールに悩まされても、どんなに編集者に無理難題を言えわれてもキレてしまわずに同じことを繰り返してしまうダメさ加減の根底にマンガを書くことが好きだということがあるからだろう。仕事とはかくあるべきでこれは社会人として必要な条件だろう。本書を社会人の必読書といったらほめ過ぎかも知れないが。

「吼えろペン」、「新吼えろペン」に関しては現在再読中だが実在マンガ家をモデルにしたマンガ家が登場して「燃えろペン」を超えるテンションだったと記憶しているが、やはり全ての出発点の本作をまず読むべきだろう。読んだことがない人は試しに読んでみたらいいと思う。ブックオフでもそんなに高くないんじゃないか。アマゾンで見てみたら文庫も出ているみたいで金額を見たらほとんど送料みたいだし。

hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)漫画 

2014年07月08日

匿名探偵

前々回で期待のドラマを3つ挙げたが、更に1つ追加したい。テレビ東京金曜深夜の「アオイホノオ」だ。炎の漫画家、島本和彦の自伝フィクションマンガのドラマ化だ。マンガは90年代のアニメ界をリードした若者達の青春群像で、島本の「燃えろペン」を読んだことのある方にはお勧めだが、そのドラマは原作の熱さがどう再現されるのか心配だが監督が「勇者ヨシヒコ」の福田雄一なので大丈夫だろう。ジョジョの裏というところが気になるところではあるが。

さて話を表題の匿名探偵にする。本ドラマは特命係長から続く高橋克典主演のドラマのセカンドシーズンだが、相変わらず安心のクオリティだった。高橋克典は御歳50を過ぎたとのことで、さすがにモロ肌になってのアクションは難しいのだろう。匿名探偵となってからは特命係長と差別化するためにコミカルな部分は控え目になってきたが今回はさらに抑えてハードボイルド路線を全面に打ち出してきたように感じた。

話は基本的に1話完結だが、探偵は誰か女性を探しているようでシーズンを通じたストーリーがありそうだ。名前を名乗らない匿名探偵が片瀬那奈演じる響子の依頼で女性が絡む事件に巻き込まれていくというお決まりのパターンはそのままなので、常に驚きを求める方には物足りないのだろうが水戸黄門的安定感を求める方にはいいのではないか。

第1話は死を目の前にした女社長が自分の会社で働く派遣社員をかつて里子に出した娘ではないかと思って探偵に調査を依頼し、DNA検査の結果、実の娘と判定されるのだが…というもの。内容に目新しさがあるわけでもなく途中で展開も読めてしまうのだがハードボイルドに人情話のスパイスを効かせているいつもの展開なので気負わないで見ることができる。こうしたマンネリ感が長く続いているシリーズの魅力と言えるだろう。

2回目以降は分からないが初回は露骨なお色気シーンが抑えられていたため、さすがに子供とは無理だろうが彼女やカミさんと見て、気まずい空気が流れることはなさそうだ。お色気シーンを期待している視聴者を逃してしまう結果になってしまうのかもしれないが、お前こういうのが見たいんだろう的にオッパイを出されるよりはいい。セクハラが話題になっている昨今、仕方がないのかもしれない。

キャストは片瀬那奈や田山涼成、森次晃嗣などのレギュラー陣はそのままだ。さらに原幹恵や柴俊夫がレギュラーとしてキャスティングされている。柴は元探偵ということなので探偵との繋がりが明らかになってゆくのだろう。ゲスト出演は石野真子、名高達郎、水橋研二でこの時間帯にしては頑張っていると思う。ただ一つ残念なのは前シーズンも出ていた三浦理恵子が出ていないことだが探偵が探している女性がそうなのかもしれないので期待して待とう。

そんなわけで毎回見なけりゃというドラマではないが仕事で疲れた週末に何も考えずに見るのにはもってこいだろう。私は基本的には毎週視聴の方向だがレビューするのは余程のことがない限りこれが最後だろう。何回もいうが毎回レビューをする必要のないマンネリズムこそこのドラマの魅力なのだ。

hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ドラマ 

2014年07月05日

台北 國立故宮博物院−神品至宝−

先日のエントリーで書いたように開催中止もあり得た国立故宮博物院展だが、なんとか無事に開催に漕ぎつけたとのことで早速先週の土曜に上野まで出掛けていった。到着した時間が夕方の6時だったからかもしれないが予想よりは空いていたがそれでもかなりの人が敷地内にいるようだった。しかしここまできて帰るわけにはいかないので覚悟を決めて入場券を購入。1600円だったと思う。

例の翠玉白菜は展示期間が限られているため展示会場が本展とは別だった。事前の情報では2時間待ちというほどの大人気ということだが、私が行った時は80分待ちとのことだった。80分も待っていると本展を見ることができないし、7時半までに列に並べばいいとのことなのでまずは本展を見ることにした。翠玉白菜の行列に対して本展の方は並ばずにすぐに入ることができ拍子抜けした。

しかしその内容はなかなか充実したもので、会場に入り少しのイントロダクションの後、すぐに北宋の徽宗コレクションになりいきなり書聖王羲之の書が展示されていた。歴代皇帝が憧れ以後の書家が皆真似をしたという王羲之!書を芸術まで高めたのは王羲之なので時代順に並べると仕方がないのかもしれないがいきなり一つのハイライトである。振り返ると北宋の青磁がありこれだけで来た甲斐があったというものだ。

それ以降も欧陽脩や蘇軾の書もならんでいた。どれも教科書で見たことがある名前なので単体で見たら感動ものであり、書としてみるなら王羲之の進化形なのだろうが感動が今一つなのが辛い。展示は北宗から南宋、元、明と続いていく。昔、十八史略を読んだなと思いながら、なんでも鑑定団で偽物を良く見る景徳鎮の磁器コーナーへ。そしてその後が刺繍の軸のコーナーだ。精密に刺繍された軸は一見の価値ありだ。人もそんなにいなかったので熱心に見入ってしまった。

そしてその次はなぜか古代の展示である。今回展示されている宝物が集まった清朝の展示の前のインターミッションという感じだ。日本ではやっと村ができて貝塚を作ってた時代の青銅器や玉器があるのだがの6000年も前の人々が使っていたと思われるものをこうして見ることが出来るのが感慨深い。

最後に清朝、乾隆帝のコレクションになるのだがここに蘇軾の行書黄州寒食詩巻がある。最後のコーナーは清朝の粋を尽くした碗や壷の名器の数々、その最後を締めるのは金魚鉢に見立てた磁器と玉を削った人と熊だ。2時間ではざっとみてまわるのがやっとなので事前にリサーチしてお目当てに絞って見に行かねばなるまい。

最後に翠玉白菜の会場へ向かう。7時半の時点で70分待ちだった。少し前にキトラ古墳の壁画を見た平成館が会場だった。幸い70分も待たずに見ることができたが撮影禁止にもかかわらずカメラを出して撮影しているオヤジがいた。長い間、正面に陣取っていたので正直邪魔であり係員に言っている人もいたのだが係員は見て見ぬ振りだった。ルールを守っているほうがバカを見るのは問題であるので博物館側は反省してほしいと思う。

カタログを買って帰って見てみたが、こんなの展示があったっけというものがいくつかあった。よくよく読んでみると九州会場のみの展示とのこと。残りを見たさに福岡まで出かけて行く人はほんのわずかと思われるので、全貌を見たかったら台湾に来なさいという事なのだろう。NHKスペシャルで放送されていたが外交的メリットのために海外で宝物の展示を行ったというしたたかさを持つ国なのでそれもアリなのだろう。

最後にこのような特別展に行くために上野の東京国立博物館に行くのであればできるだけ早い時間に行くことをお勧めする。特別展だけ見てその入場券で見ることができる常設展を見ないで帰るのは非常にもったいないからである。博物館が収蔵する古代日本の土器や青銅器、法隆寺の仏像やそのほか多くの国宝・重要文化財級の美術品を閉館時間まで堪能して帰るのがいいと思う、それでないとせっかくの入場料がもったいない。

hirna at 14:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑記 

2014年07月01日

7月からの新ドラマ

先々週中ごろから調子を崩してしまいなかなか体力を回復できず更新が滞ってしまっている。通勤するのも辛い状況なのだが月末月初にさしかかり休むことが出来ないのが辛いところだ。近所のクリニックは客層を年寄りに絞っているらしく結構な時間待たされた挙句、効く薬をなかなか出してくれない。ということで今回は小更新。

7月からの新ドラマのラインナップを見たが私の心が動くようなものはほとんどなかった。恋愛ものは見る気が全く起きない、今の時代に柴門ふみなんて誰が見るのだろう…。刑事ものは大抵初回を見るくらい終わってしまう。今回のクールの目玉はキムタクのHIROあたりなのだろうけれどあのワンパターンの演技を見続けるのも私の好みではない。仕方なしにとりあえず私が気になるドラマを以下に3つあげた。

・匿名探偵
・孤独のグルメ
・信長のシェフ

図らずしも全て続編だが、信長のシェフ以外は安定した作品なので前作同様のクオリティが期待出来るだろう。しかし録画してまで見るものなのかは疑問だけれども。信長のシェフは前回期待しないで見たら意外に楽しめたので今回も見ることにした。全体として小粒な感じは否めないと思うのだが気楽に見れるだろう。

hirna at 00:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑記 

2014年06月24日

ジェットストリーム

GetAttachmentどうも土日にあまり休めなかったらしく、まだ少しダルさが残っている。季節の変わり目で体が順応していないからだろうか。これまで見ていたドラマがどんどん終了しており、少しは時間ができているので早めに就寝したいと思っているのだが読みたい本屋や見たいDVDが積まれていっている。今週は少し大人しめに更新していきたいと思う。

私がFM放送を聴き始めた頃、前々回紹介したクロスオーバーイレブンと並んでよく聴いていた番組があった。深夜0時からFM東京で放送されているジェットストリームだ。されていると現在進行形で書いたのはこの番組はパーソナリティを変えながらも今も放送中だからである。現在は5代目で大沢たかお、JINで主人公を演じていた俳優がパーソナリティを務めている。

この番組は深夜の放送を夜間飛行、パーソナリティのことを機長と称しており、スポンサーであるJALの影響をかなり受けた構成になっている。開始時はまだ海外旅行が珍しかったということで、聴いていると異国に思いを馳せることができるような曲を選曲していたとのことだ。良く言えば大人向け、悪く言えば若者向けとは言い難い選曲なので、ロックやジャズを聞きたい時分には物足りないのだが、聞き流しながらの勉強や寝る直前に聞くにはもってこいだった。私が聴いていたのは初代パーソナリティの城達也の頃で、渋く落ち着いた語り口が印象に残っている。

このラジオはCDが何種類も発売されており、アマゾンなどで安価に手に入れられる黒いパッケージのものは城氏がナレーションを務めている時代のもので、私が持っている10枚セットもこれになる。ミスターロンリーで始まり途中に異国情緒溢れたナレーションを含んだ後に夢幻飛行で終わる番組構成は私が聴いていた時期そのままで懐かしい。城氏のナレーションのものはユーキャンなどからも発売されており、かなりの種類がリリースされているようなので機会と金銭的余裕があれば聴いてみたい。

ヤフオクなどを見ていると城氏のナレーションの他に、2代目パーソナリティの小野田英一のCDが出回っていることがある。私が聴いていた時代のものとは違うのだが、ものは試しと小野田氏の10枚セットも購入して聴いてみた。ジェットストリームと言えば良くも悪くも城氏なのだろうが、優しい語り口の小野田氏のバージョンはこれはこれでアリだと思う。というか最近よく聴くのは寧ろこちらだったりする。大沢たかおはこっちの方の流れを汲んでいるといえるだろう。

イージーリスニング主体(というよりはオンリーだが)の選曲なので、若い頃には別の番組を聴くことも多かったのだが、歳を経るに従って良さが分かってくる番組だ(かと言って今オンエアされているものを聴こうとは思わないのだが…)。特にこだわりがなければ最安値で1枚500円程度で購入できるので興味のある人は検討してみるといいだろう。ナレーションだけ残してポール・モーリアやカラベリ、パーシー・フェイスやフランク・プゥルセルなどのイージーリスニング系の作品を集めて自分で選曲してみるのも楽しいかもしれない。

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2014年06月21日

台北 國立故宮博物院−神品至宝−

体調を崩していたので少し間が空いてしまったが更新する。会社も2日ほど休んでしまったがまだ全快というわけではない。といっても今回は厳密に言えばレビューではないかもしれない。またお題で記事を書くに参加するため雑記をひとつ。

私はサッカーに全く興味はない。なので他の人のように会社を休まなければいけないと悩んだり、電車で試合を見たりする必要は全くなかった。周りにはJリーグにどんなチームがいるかも分からないのに国際試合だけは応援するという人が結構な人数いるが、そんなにサッカーが好きならJリーグも応援したらい良いのではないか、その方が日本のサッカー自体の質を上げることになるのではないかと思うのだ。

今回のワールドカップで日本は決勝ラウンドまで行けると信じていた人が多いらしい。FIFAのランキングによると日本は46位、同じリーグにいるコートジボワールは23位、ギリシャは12位、コロンビアは8位とのこと。余計分かりにくくなるかもしれないが相撲の番付で言えば日本は幕内にも入れていない十両だ。それが前頭の上位や三役に混じっても十分戦えると考えている。視聴率を少しでも稼ぎたいメディアにのせられすぎだろうと。

実力以上の能力が出せるとメディアに煽られてしまっているため、実力の通りの結果になると戦犯探しが始まってしまう。監督はまず解雇なのだろう。実力以上の期待をかけられ負ければ戦犯探しが始まると分かっていて選手はいいプレーができるものなのだろうか。記念受験と思っている大学や高校に親が本気で受かると信じていたら受ける当人はかなりのいやな気持ちを抱えるのではないだろうか。本当にメディアはろくなことをしない。

…とかそれらしい雑記を書いているように見せかけてサッカーは正直どうでもいい私。

本題はコロンビア戦の前日である6月24日から上野の東京国立博物館で始まる「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」 だ。台北の國立故宮博物院は国共内戦で敗れた蒋介石が台湾に逃れる際に約3000箱の宝物を厳選したものを収蔵している。その所蔵品は4000年前の夏王朝のものからラストエンペラーが幕引きする清王朝まで4000年、種類は絵画、書、陶磁、銅器、玉と多岐にわたる。厳選された品々を見ることによって中国の歴史の縮図を見ることができるわけだ。

私は大学生のときに親の勧めで台湾に行き國立故宮博物院を訪れたことがあるが、書道の教科書で史上最高の書家とされていた王羲之の書があったり、殷王朝時代の銅器があったり、美しい青磁があったりと非常に興味を引かれたが、一番人だかりがすごかったのは例の飛蝗と白菜の「翠玉白菜」だった。子供が手を握ったくらいの大きさなので実際の白菜を想像するとガッカリするかもしれないが宝石なので仕方がないだろう。

そんな國立故宮博物院の所蔵品が上野に来ると聞いて楽しみにしていた、「翠玉白菜」は上野だけ展示でそれと並んで人気の「肉形石」は福岡だけにしか来ないなどチンケなことをするなとかは思っていたが。王羲之は来ないようだけれども蘇東坡の書は来るようだし青磁の名品も来るようなので、それこそ会社を休んで…とも思っていたのだが、開催を目前にした今、開催が危ぶまれるような揉め事がおこっているらしい。

報道によると「PRに使用されているポスターなどに正式名称である「国立」が書かれていないとして、台湾政府が東京国立博物館に抗議、訂正されなければ企画展中止も辞さないとの声明を発表した」とのこと。国立を書かないと北京の紫禁城の博物館を指すことになってしまうので台湾が怒るのは尤もだと思い、また中共に配慮して馬鹿なことをしたのかと思ったが実状はどうも違うようだ。

「国立故宮博物院が19日に明らかにしたところによると、16日、日本に駐在する台湾のメディアから知らされたという。その後、日本の東京国立博物館側からは、館内の展示ホール及び博物館の管轄する場所に貼られたポスターについては、すべて契約通り「国立故宮博物院」と記載されている事、そして、その他の宣伝ポスターについては、協力メディアであるNHKと毎日新聞により作製されたことがわかったという。」(http://japanese.rti.org.tw/m/news/?recordId=6244)

えーっ、NHKと毎日新聞がどういうプロセスか分からないが独自に「国立」を省いたということ?詳細はNHKや毎日新聞に問い合わせるなりして続報を入手しないと分からないし協力企業作成のポスターに関するチェックはなしで通るのかは疑問だがこれで楽しみにしていた「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」が中止になるかもしれないと思うとやはりこう思わざるを得ないだろう。

本当にメディアはろくなことをしない。

hirna at 14:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑記 

2014年06月18日

クロスオーバーイレブン

41+4XZtTm1L__AA160_私がFM放送を聴き始めたのは中学生の頃だった。CDが出始めたがまだまだレコードが優位だった頃と書いたら歳がバレてしまうだろうか。CDプレイヤーを買うのは2〜3年後でレコードのレンタルなんてのを利用していたが限られたお小遣いではそんなに頻繁に借りることもできず、まして聞いたことのない新譜に手を出すなど冒険に近かった。その中で新譜のレビューとFMの番組表が載っているFM雑誌は評価を確認し実際に曲を聴く手段を提供する一石二鳥の媒体だった。

最初は佐野元春みたいな和製ロックを聞いていた私は佐野がDJをやっている番組は大体聴いていた。NHK−FMでも番組を持っていたのだが、放送が終わってもしばらくラジオをつけっぱなしにしておくと始まるのがこの番組だった。「今日も一日が通り過ぎようとしてます・・・」という津嘉山正種のナレーションで始まるその番組のオープニング曲がブラジルのバンド、アジムスの曲と知るのはまだまだ先のことだった。

かかる曲は基本的に洋楽でAORやジャズ、フュージョン系統の曲がメインだったがクロスオーバーの番組名の通りロック調の曲もよく選曲されていた。ビートルズは知っているものの洋楽などほとんど聞いたことのなかった私はこの番組を聴くことが毎日の日課になった。

番組の構成は、曲が1〜2曲かかると津嘉山正種の渋いナレーションによるミニドラマが挿入され、また曲へというものだった。深夜という時間帯の番組だったので非常にゆったりした落ち着いた感じの番組だった。勉強しながら聴くことが多かったのでナレーション部分は頭に入って来ずに聴くのはもっぱらオシャレな洋楽曲だった。

つい最近、この番組を再構成した(当時の録音ではない)CDが発売されていると知ったのでアマゾンを検索すると、どうやら使用されている曲のレーベル毎に4枚出ているとのこと。金銭的に余裕があった時期だったので全て購入しようと思い立ったが、時期を若干逸してたようで発売が終了になってるためプレミア価格になっているものもあった。仕方がないので4000円以下で販売されていたら即購入するつもりで毎日ヤフオクで検索、どうにかこうにか揃えた。

CDが家に届くとすぐに聴いてみた。懐かしい気持ちが湧き上がることもさることながら、一番思ったのが当時は聞き流していた津嘉山正種のナレーションこそがこの番組だったということだった。試しに自分でそれらしいジャズやAORを選曲して曲を差し替えてもこのナレーションだけあればなんとなくクロスオーバーイレブンになる。放送時は若者向けのナレーションもあったと記憶しているがCDは昔を懐かしむ社会人視点の作品になっているのは購入層を意識してのことだろうか。私も多分に漏れずターゲット層なのだろう、非常に染みることを言っていたりする。本当に大人向けの番組に構成し直されていた。

最近は俳優としてテレビで見ることも多くなった津嘉山氏だが大病をされたとのことで番組のレギュラー化して再開するのは無理だろう。なのでこういったCD化の企画はもう少し頻繁にやってほしいものである。興味を持たれた方は4枚中1枚は今でも入手が容易なので購入して聴いてみてほしい。当時の放送時間と同じ11時から聴き始めれば、その日の終わりにゆったりとした気持ちになれるのではないだろうか。

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2014年06月17日

MOZU(決別編)

もう一々書かないと思ったのだが、最終話を見て唖然としたのでやっぱり書くことにする。MOZUについて書くのはもうこれが最後だろう。もう予想が当たったハズれたとかそういうレベルではない。一見重厚に見せかけたツッコミどころ満載のお笑いドラマに成り下がっているのだ。

新谷宏美は双子という設定があったので両方が揃う展開があるのだと思っていた。東も思わせぶりなことを言って逃していたし死ぬとは思わなかった。WOWOW版でもしっかりと池松壮亮がキャスティングされてたので次は和彦が出るのだろうけども、記憶喪失だったのは双子の宏美という入れ替わりに何の意味があったのだろうか。現時点では意味のない謎解きだが、今度は和彦が宏美の仇とばかりに東を狙うという安易な展開なら救いようがない。

百歩譲って新谷宏美の死は許せたとしても室井があっさり死んだのはどうだろうか。私は植物人間の娘がいるので是が非でも生き残るために万全の逃げ道を用意していると思ったのだが倉木だけでなく新谷にも追い付かれてあっさり死亡。植物人間でも娘を生かすような父親が娘の為に世界を変えることと、娘を残して死ぬことを天秤にかけて危険な賭けに出ることは自信過剰という言葉で安易に片付られないのではないか。都城の身柄は押さえたものの倉木には監視をつける程度、大杉・明星に至っては実質野放し。アジトで殺されかけた新谷宏美は逃走中なのに。

それを踏まえると室井が起爆装置を持って1人でウロウロしているシーンは笑える。公安警察のトップで自らの理想や官房長官の組織改革のために動いているのにそれに共感している部下や同志に爆弾の起爆を頼めないという状況の人間が世界を変えるなど狂気の沙汰だ。テロを起こすことは流石に周りに言えなかったという反論があったとしよう。しかし自分の命を狙う殺し屋がいる状況下で護衛もなく1人でウロウロするなどまともとは思えない。私怨でやってるなら1人で行動するのは仕方がないけれど。

ドラマでは描かれなかったが部下は室井の野望を知らず単独で動かざるを得なかったとすると大きなジレンマがある。一巡査がハッキングして爆弾の位置を割り出すことが出来るのに装備で勝る公安ができないはずがない。まして例の爆弾事件があった後だ。いくら室井が無用と言ったところで大杉が騒いだ時点で公安側も誰かしら検知しようとするのではないか。警備側は全て室井の協力者である必要はないとしても何人かは協力者がいないと成り立たないし、もし協力者がいるなら起爆を任せて現場を抑えるために指揮を取るべきだと思うのだ。

大統領の暗殺は未遂に終わったものの多くの人がいた空港で爆発事件が起きたわけで、生き残ったとしても警備責任者の室井がお咎めなしということはありえないと思う。室井の責任が回避できるなら、大統領の死ではなくテロが起こった事実だけで世論を公安権力強化に向かわせることが可能なのではないか。第二部がこれで弾みをつけて公安省の設立に血道を上げる森原と事実を明らかにして森原の野望を打ち砕こうとする倉木達の対決なら分かるのだがどういう展開になるのやら。

千尋が爆弾を起動したのはそれが爆弾だと知らなかったとのことだ…これで納得する人いるの?グラークα作戦で1人だけ生還やら精神を病んで娘を殺した(らしい)やら思わせぶりな伏線は回収されるのだろうか。ラストの警察倉庫のシーンで大統領暗殺未遂と同等にグラークαや明星の父失踪が扱われたということは伏線回収はないことを予感させる。

伏線に関して色々想像するのは楽しかったので見て損したとは思わないが裏を読みが好きな人は真実は闇に葬られるの一言で裏切られるだろう。途中にトラップとしか思えない謎解きがあったりして解決感がなく視聴後にスゲーとならない。こんな宙ぶらりんな状況で終わるはずがない、と思った人がWOWOW版に加入するんだろうけど今まで書いて来たように中弛みとツッコミ所のある脚本なので期待はできないだろう。真木よう子がニコニコしながらビール持ってるCMが挿入され雰囲気を壊されはしないということだけは約束されているだろうけど。

hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ドラマ 

2014年06月15日

吉池

いつもはルパンやドラマ、書評をしているのだが今回は少し方向性を変えてあるお店をレビューする。都内近郊に住んでいないと良く分からないかもしれないが、もし東京に来たときは寄ってみるといいかもしれない。アメ横でお土産を物色するとかする時にでも。

アメ横のはずれ、御徒町駅前にある鮮魚屋、吉池。何回か行ったことがあったのだが雑然としたスーパーで置かれた発泡スチロールに入れられた魚が無造作にならんでいるイメージだった。私が社会人になり始めの頃、御徒町駅を使って通勤していたので駅から見えるその看板で存在自体は知っており、冷やかし程度には訪問したことはあるが購入するにはいたらなかった。

しばらくして、通勤先も変わってしまったがアメ横にたまたま行ったとしても購入するのは酒の肴、若いうちはやはりお肉が好きで鮮魚を買うためにわざわざ出かけるなんてことはなかった。しかし歳を経るに従って肉食はなりを潜め、食卓を飾るのがもっぱら魚料理になるとサンマやアジの開きでは飽きてしまう。近くの商店街にある鮮魚店に通っていたが、ふと吉池のことを思い出した。そして最近、改装したことを耳にはさんで、これはもう行くしかないと思い再訪した次第である。

メインのビルの1階はユニクロになっており、魚はどこだと思いつつ地下に行くと酒や保存食品のエリアだった。酒のエリアは近くの松坂屋より広く品揃えも良かった。黒木酒造の「百年の孤独」を見つけたので値段を見るとプレミアム価格、ここで買うものはないと思った。保存食品のフロアに目を移すと福井を旅行した時に気に入ったへしこを発見、地方のお土産がこんなところで買えるのだと思って購入した。

奥の方にエスカレーターがあったのて上がると鮮魚売り場はこちらとの文字。ユニクロを抜けた奥がお目当ての鮮魚売り場らしい。行ってみるとかなりの人、昔と違ってかなり整理されきれいに改装されていた。店はかなり整然とした感じになっておりかつての雑然とした様子ではなくなっていた。店内で改装前に馴染みだったと思われるおばさんが「こんなの吉池じゃない」と呟くのが聞こえたがさもありなんという感じだった。

対面販売のコーナーには国産の穴子やグジなど興味を惹かれる魚がならぶ。店の中央には水槽があり活きた蟹やどじょうが売っている。店の職人がハモの骨斬りをしているコーナーに目を移すと河豚の刺身や鍋セット、ハモの切り身が売っていた。結構な金額だったがごまふぐの白子を発見、とらふぐの白子の2倍の大きさで1/3の金額、もの珍しさもあって一つ購入した。

以前の吉池でもあったマグロのパックのコーナーは健在、大量買いするおばさんに混じって覗いて見ると脳天と呼ばれる部位を発見、大きさの割に安いかったので購入。あとはパックの刺身のコーナーで鯖の刺身を発見、〆鯖ではなく刺身とは珍しいと思ってこれも購入した。地下で買ったへしこも合わせて2200円程度の出費。まあこんなものだろう。

家に帰り、マグロは5ミリくらいの厚さに切ってご飯にのせてマグロ丼、白子は塩を振って臭みを抜き、白ワインとバターをかけてホイル焼きにした。なかなかの味で鮮度も悪くなかった。家の近くに鮮魚店はあるものの、珍しい魚も多く国産のものの品揃えが良い上、なにより金額もそれほど高いと思うものではなかったのでまた折りを見て再訪するだろう。

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2014年06月13日

小説吉田学校〈第1部〉保守本流‏

yoshidaこのレビューを書いていて思うのは、最近本を読まなくなったことだ。これではいけない、第一すぐにこのblogもネタ切れになってしまうと思ってブックオフやアマゾンで何冊か文庫本を購入した。家ではあまり読む時間が取れないので専ら電車の中で読むことに。このレビューでもそのうち紹介するかもしれない。今回はノンフィクションの最後を飾る「小説吉田学校」の紹介。

本作は小説とうたっているので厳密にはノンフィクションではないのかもしれない。しかし一部創作された人物が登場するものの実在する政治家は全て実名表記、そして実際に政界で起こった事件を生き生きと描いた作品なので多くの人がノンフィクションと認識しているのではないだろうか。想像力を働かせた部分があるからノンフィクションでないと私は言えないと考えている。

本作は全8巻で吉田茂を始めに8人の宰相の施政を1巻ごとに取り上げている。結構昔に読んだので印象に薄い部分は忘れてしまっている。ゴルゴ13のさいとうたかをの劇画で再読したが小説までは手がまわらないので一番印象に残っている第1巻を取り上げる。この巻は他の巻よりも面白くこれだけ読んでも十分楽しめるし、映画化もされている。

我々は日本の独立は吉田茂が首相の時の功績と歴史の授業で教わるが、そんな吉田が首相に就任できなかったかもしれないというところから物語は始まる。GHQが昭電疑獄で下野した民主党と自由党の連立を画策し、民自党総裁の吉田を降ろして民主党が連立を組みやすい山崎猛を首相にしようとしたいわゆる山崎首班事件だ。辞任やむ無しと半ば諦めモードで総務会に出席した吉田だったがある一年生議員の発言で状況は一変する…というドラマチックなところを冒頭にもってくるところが憎い。

その後の展開も面白い。党内での基盤が弱いことを思い知らされた吉田はこれと見定めた官僚をスカウトし政界に転出させ、党内での立場を強固なものにしてゆく。その主だった者の中に後に首相となる池田勇人や佐藤栄作がおり、保守本流を構成してゆく。その吉田が保守政治家達を育てる様を著者は吉田学校と称している。

この作品の前半のクライマックスがサンフランシスコ講和条約による日本の独立で吉田茂の栄光なのだが、後半は公職追放の解除によって政界に戻ってきた人々との暗闘が話の主軸となってくる。鳩山一郎が追放を受けた際に吉田は鳩山が追放解除になったら総裁の座を返すと約束しており、その履行を迫る連中がいたのだ。

その中で異彩を放つのが三木武吉と河野一郎だが、三木武吉の活躍の前では河野一郎は霞む。打倒吉田を目指して立ち上がった鳩山一郎だったが脳梗塞によって倒れる。気弱になる鳩山を強い言葉で励まし闘うようにけしかける三木。そんな三木に病魔は障害とはならない。鳩山内閣を作ることにだけ邁進しあらゆる手練手管で磐石と思えた吉田内閣を追い詰めてゆくのだ。

この第1巻を読んで惰性で続きを読んでしまう魔力のある作品だ。最初に書いたように吉田を森重久弥、三木を若山富三郎、その他豪華キャストで映画化されており、さいとうたかをが劇画化しているので活字を読むのが辛い人にも楽しむ術があるのがオススメのポイントでもある。

今では浅川博忠や大下英治のように政界実録ものを書く人は珍しくなくなったがその草分となった本作。吉田茂の孫の麻生太郎が鳩山一郎の孫の由紀夫に政権を奪取されたことを念頭におきながら読んでも面白いだろう。当時は小沢一郎のことを三木になぞらえてた人も私の周りにいたけどね、全然違う。

hirna at 00:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)書評 

2014年06月11日

MOZU(予想点検編)

MOZUの9話を見たけれど半分の時間にまとめられたと思えるくらいスローペースに逆戻りしていた。次回はTBS版の最終回とのことなのでまたジェットコースター展開になるのだろうが1話を切りよく終わらせるために間延びさせるところがイマイチ視聴率が取れていない原因だと思う。それはさておき、今回は以前書いた展開予想編の添削を書く。少し話か進むたびに添削していたのではきりがないので今回限りにするのだが、前回を読んでいただいた方に対してのお礼も兼ねて。

森原官房長官は想像通り前面に出てきた。森原は元警察官僚で室井をトップにした公安省の創設を目論んでいるとのこと。そしてグラークα作戦は森原主導で行われたということだ。サブリミナル云々は明らかになっていないがダルマは公安が開発したものなので試験的に使って政界転出したとの予想もできる。また現上層部の失脚を目指し、権力の座に君臨し続ける野心を持っているのは私の予想が正しかったと言えるだろう。

会食のシーンで都城に津嘉山正種が長官と呼ばれていた。政府や警察関係で長官と呼ばれる人を森原の他で考えれば、警察庁長官で間違いないだろう。私は警視総監あたりと予想したのでまあ妥当な線であった。長官が首相と繋がっているのかはまだ不明ではあるが都城が警察上層部の命令で動いているのは明らかになった。今回、都城は身柄を確保されてしまったので今後の活躍は不明だが何らかの形で関わってくるだろう。

千尋やグラークα作戦に関する予想に関しては全く明らかになってないが、室井は雫を殺したのも爆弾を起動したのも倉木のせいだと言っており、二人の仲は冷えきっていたと千尋が感じていたということだ。私が予想した通りに千尋が殺人に躊躇がなくなってしまったのであれば倉木を殺したいと思ってしまうというのはあり得ると思うし衝動を抑えるため室井の言われるまま仕事をしていたというのは否定されたわけではあるまい。

雫の父親は室井だと明言されていたのでこの点に関しては否定されてしまった。しかし大杉がグラークα作戦でできた子供と思っていたと予想していたようにまだ裏があるとした方が展開としては面白いと思う。それに前回わざわざ倉木が雫の父親について確認し、室井が明言を避けた意味がないと思うのだが…。また、雫が室井の子供だとしても千尋が室井以外に何らかのコントロールを受けていたのはあり得ると思う。

新谷宏美に関しては室井の手先となって動いていたアテナセキュリティの東の助けを借りて脱出し、殺すために室井の前に立ちはだかったものの結果的に脱出を助けたことになってしまった。本人がどう思っているかは別としてダルマ派のコントロールの通りに動いていることが伺われる。室井が用済みになったら新谷に殺されることになるのだろう。

室井から明星の父親と昔仕事をしたとの発言があり、明星が室井の仕事を将来に手伝う可能性にも言及もあった。父親に関する事実を知れば室井側につく可能性があるとすれば現在も生きて地下で働いているかは別にしてダルマ派に所属していたのは間違いないのではないだろうか。

WOWOW版では現在室井が就いている公安部部長として佐野史郎がキャスティングされてる。まさか室井が新谷にあっさり殺されるとは思えないので警視総監にはならないものの森原の肝いりで官房長や官房副長官あたりのポジションに転出し、倉木の前に立ちはだかるのだろう。室井が軟禁場所から逃走後にすぐに復権できたのはバックに森原がいただけではなく警察上層部にスキャンダルを白日の元に出来ない弱味があるからだろう。そうである以上は室井は警察の不祥事を盾に取った自爆テロを何度でも仕掛けてくると思うのである。

hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ドラマ 

2014年06月10日

清洲会議

kiyosu私は三谷幸喜の舞台を劇場で見たことはあるのだが、なぜか映画は都合が合わなくて映画館で見たことはない。この映画も同様で映画館で見ることができなかったのだが、この度DVDが発売されたとのことで早速入手して視聴してみた。今回はその「清洲会議」のレビューをしてみる。再来年の大河の脚本が三谷幸喜に決まったことだしね。

清洲会議とは本能寺の変で討たれた織田信長の後継者を選びその領地を配分するために織田家の宿老たちが清洲城に集まって開かれた会議。山崎の戦いで信長の仇の明智光秀を討つのに功績があった羽柴秀吉と織田家筆頭家老柴田勝家が今後の主導権をめぐって火花を散らした。血筋を重視して信長の嫡男信忠の子、三法師を押した秀吉が能力を重視して信長の三男の信孝を押した勝家に勝ったと史実にある。

戦国もののウリである派手な合戦シーンは期待出来ないが、天下の帰趨を決める話し合いの裏で行われた多数派工作や腹の探りあい、騙し騙されの頭脳戦などの人間ドラマを総勢26名という豪華キャストを使って三谷幸喜がどうコメディ風味にしてゆくのかが楽しみであった。

役所広司演じる勝家や大泉洋が演じる秀吉を始めとする配役は申し分ない。勝家側で策略を巡らす丹羽長秀や利に惹かれながらも双方の顔が立つように振る舞う池田常興など三谷流歴史解釈に、もしかしたらこうだったのかもしれないなと思うところもあり、ウツケの信雄に温和な感じの妻夫木聡を当てるのは適役と私は思った。

その反面、見せ場なく終わってしまうキャストがいるのも確かだが、これは前後のあるドラマの一つの話を切り取ったものと解釈するなら、手を抜いていないキャスティングとも言える。しかし天海祐希の使い方だけはなんとかならなかったのだろうか。妙に眼力があるくノ一だと思ったら最後に覆面を取られて天海祐希と分かるのだが松山ケンイチや戸田恵子以上のチョイ役と言え、本人的にはどう思っているのか気になる。

秀吉を主人公にした作品で天下統一までやるものに関しては(光秀を討つ所で終わる作品も多いのでこういう言い方をするのだが)、清洲会議は避けて通れないので何度か映像化されている。それらと比較して今回の映画はどうかと考えれば大きく外していないと思われる。しかし新解釈として挿入された旗取り大会は少し冗長に感じた。史実に基づいた話なので何かしらの変化球を投げたいのかもしれないが、これを入れるのであればはりめぐらされた策略に右往左往する人の弱さを滑稽に描いた方が三谷幸喜らしくて良かったのではないだろうか。

史実を扱った彼の舞台のように結末は変えない代わりに人物や事件に曲解を加えて笑い飛ばすような持ち味は控え目、野山を走り清洲を目指す滝川一益くらいだ。そこで前作を見てくれた人へのサービスがあったり、秀吉と勝家の会談のようなしんみりするシーンを必ず最後に挿入してくるのもかなり三谷幸喜らしい。その会談のシーンは大胆な解釈が加わっており後に関ヶ原の前段で石田三成が真似たのかもなど想像できて良い。

しかしこの映画は見る人が何を期待して見るかによって絶賛か酷評か別れると思う。喜劇作家の側面か大河の脚本も手掛ける歴史作家か、後者であれば満足できる作品だろうが、前者であるなら少し辛い2時間を過ごすことになるかもしれない。私はどちらの立場かは明言はしないが、スタッフロールの後に何かあるだろうと期待していたのだが…とだけ言っておこう。

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2014年06月08日

俺のダンディズム/新解釈日本史

ダンディ今回は深夜ドラマの紹介2本立てだ。楽しめるドラマを終盤になって紹介するのは何だがおかしい気もするが、両方とも1話完結なので途中から見ても十分話は通じるだろう。最近はネット配信もあるし根強いファンがいるらしく両方ともDVD化が決定したとのこと。興味がわいて最初から見てみたくなったら購入することも可能だ。売れ行きによっては続編が制作されるかもしれない。どれくらい視聴率が取れているのかは疑問だ。

まず紹介するのは俺のダンディズム。

課長に昇進した段田一郎はある日お気に入りの女子社員宮本南がダンディな人が好みと話しているのを耳にする。行きつけの喫茶でどうしたらダンディになれるのか情報誌を読む段田は「マダムM」という店の張り紙を目にして来店する。これは一人の男が店長の美幸にレクチャーを受けながらアイテムを手に入れダンディの階段を上ってゆく記録である…というのが簡単なあらすじ。全話を通じたストーリーのようなものは一応あるが基本的には1話完結だ。

「孤独のグルメ」で定評があるテレビ東京の深夜ドラマで主演は半沢直樹で気弱な同期の近藤を好演した滝藤賢一だ。上司のダンディな部長役には前川泰之をキャスティングしており半沢ファンはニヤリとするだろう。マダムMの美幸店長には森口瑶子、気になる女子社員の宮本南には石橋杏奈と豪華とは言えないかもしれないがしっかりとした配役とは言えるだろう。滝藤賢一はこのドラマが初主演、半沢でチャンスをものにした一人だろう。

初回は時計、次に万年筆と毎回紹介するアイテムは変わるのだが、ドラマ進行の大枠はお決まりのパターンを繰り返しているだけだ(そのワンパターンさが笑いを誘うのだが)。なのでドラマとしてはどうということはないのだが妙に芝居がかった滝藤賢一と森口瑶子の演技が本作をドラマとして成立させている。毎回アイテムが生まれた歴史から主なメーカーと選ぶ時のポイント、そして今オススメの商品を紹介してくれるので買い替えようとしている人はもちろん飲み会の時の知識としても役立つ。

石橋杏奈もこんな女子社員がいたら気になるだろうなって感じだし森口瑶子もこんな店長がいるなら通っちゃうなという感じだ。そして何より滝藤賢一の振り切れっぷりがすごいので半沢で興味を持った人は必見だ。シリアスなストーリーを楽しみたい人やmonoマガジンを定期購読するような拘り派には勧められないかもしれないが、初歩の知識を仕入れられ頭を使わずコメディを楽しみたい人にはもってこいのドラマだ。

次に新解釈日本史

初回は本能寺の変の信長、2回は薩長同盟の竜馬と毎回違った偉人のある瞬間を面白おかしく取り上げている、称して偉人別シチュエーションコメディとのこと。だからあらすじを紹介する必要はないだろう。日本史と言っても真面目なものではなく毎回主役の偉人を演じるムロツヨシが妙な理屈をこねて周りを困らすだけのコメディなのだが理屈をこねて切腹したがらない信長や前日はしゃぎすぎて不本意な感じで巌流島に向かう武蔵など妙に面白い。

ドラマの最後にこんなことが実際にあった可能性を私も浪人時代に習ったことがある東進ハイスクールの金谷俊一郎先生が真面目に解説してバランスを取っている。それはさておき、このドラマも1話完結なので次回から見ても十分楽しめるだろう。だが間違ってもこれのドラマを見て日本史を勉強しようなどとは思わないことと「その場しのぎの男」たちや「新巌流島」などの三谷幸喜の歴史を舞台にした作品を受け入れられない人は見ないほうがいいかも知れない。

hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ドラマ 

2014年06月07日

フジTV「アイアンシェフ」の失敗に関して

tetsujinいまさらアイアンシェフもないだろうと思うのだが、料理での失敗というお題があったので料理“番組”の失敗として本エントリーを書いてみた。「料理の鉄人」でエントリーを書いたこともあるので備忘録として思いつくままに書きたいと思う。などと書いているが実は本エントリーは以前に書いたようにいくつかあった形になっていない文章を再利用して書いてみたエントリーである。

かなりの時間が過ぎたので鉄人を始めとする出演者をそのままというのは無理なんだろうけれど20年前に幕を閉じた番組がそのまま復活するなら見たいという人も多かったのではないか。しかし始まったのは似て非なる番組で悪い意味で視聴者を裏切ってしまった。その原因は結論から言うと失敗の原因は制作サイドの思い上がりなんだろう、自分ならもっと面白くできるというように新しい制作者達が勘違いをしてしまったと思われる。その思い上がりや勘違いを書いていこうと思う。

「料理の鉄人」は料理人同士の真剣勝負がメインでそれが受けた。しかしその中にたまたまキャラの立つ料理人がいて対決の結果ドラマ的な展開になり名勝負になることもあった。しかしそれはたまたまであって、あくまで料理対決がメインである。しかし「アイアンシェフ」は出演者のキャラを端から演出し、ドラマを作ることを主眼においてしまった。対決の目的を4人目の鉄人を決める戦いと最初からストーリーを決めてかかっていたことからも分かる。

それが収斂されたのが最終回間際に放送された山田宏己の回だと思う。料理勝負そっちのけで山田シェフのこれまでを延々と放送し、肝心の調理に関しては大した解説もなくいつの間にか終わっているという始末だった。対決の結果ドラマが生まれるのではなく挑戦者のドラマを演出した上で対決させるという手法は「料理の鉄人」と真っ向から対立する手法だ。震災の被災地の挑戦者や人気の「俺のフレンチ」からの挑戦者を連れてくるなんかもそうだろう。

演出に夢中になるあまり肝心の料理対決が霞んでしまうのは100歩譲って許せたとしても、フロアのリポーターにしゃべりに定評があるわけでもない芸人を使ったり、対決開始後にゲスト審査員の番宣で実況を削るなどは制作が調理シーンをどう位置付けていたのか分かるというものだ。肝心の対決よりタレントの人気で視聴率を取ろうとしているわけだ。タレント見たいならわざわざアイアンシェフを見るだろうか。

勘違いはまだまだ続く。初回の脇屋シェフの紹介の時に、脇屋が過去に新鉄人として登場が予定されていたのに番組が終了したことを指して「鉄人の地位が指から滑り落ちた」と称していた。私はそれを見たときにそこに違和感をかなり感じた。功成り名遂げた脇屋はアイアンシェフの地位をよく受けたという感じだが、自らが放送するテレビの企画の地位を名誉のように喧伝するのは思い上がりとしか言い様がない。

若い黒木を成長する料理人と決めてかかって演出しようとしたのも疑問だった。以前の陳建一のように父親は有名だけれど本人は未知数という料理人であればこれもありだと思う。例えば息子の陳建太郎であればこういう演出もありだろう。しかしミシュランで星をもらい予約が取れない店として有名な料理人をこのように扱うのは検討違いも甚だしい。そもそも鉄人を名誉として演出したいのか成長するものとしたいのか。後者ならば高いレベルだがオーソドックスにまとめてくる脇屋は相応しくない。

またそれを審査する結城女子などは鉄人時代にフードコーディネーターで完全な裏方だったのだが、鉄人時代の審査員に不満だったらしくわざと意地悪なコメントをしたりして不快だった。素直に美味いか不味いかで判断するなら分かるのだが、始まったばかりの番組でアイアンシェフのあるべき論を語ることは、番組のコンセプトの押し売りでしかない。平野雅章にしろ岸朝子にしろ番組のコンセプトを優先するようなコメントをしただろうか。

番組としていいスタートを切りたいなら、是が非でも道場六三郎を一時的でいいから和の鉄人として引っ張ってくるべきだった。それなら今まで書いてきたような思い上がりや勘違いがあったとしてもしばらくの間は我慢して見てくれた人もいるだろう。それがどうしてもできなかったのなら自分達が面白いと思うものを出して冒険するのではなく実績があるものを提示するべきだ。リバイバルとはいかなることなのか理解しているとは思いがたい。

結局のところ、かつては優良であった企画を思い込みと勘違いで料理した結果、世間にダメな企画として認知させた今回の政策サイドの罪は重い。番組制作の鉄人という番組があったら最低評価をつけられてしまうだろう。そんな彼らが料理人たちをジャッジしようなどとはおこがましいと思いながらも、最近のフジが低迷しているの原因が分かる気がする。ドラマの続編をかなりやっているみたいだが成功しているものはどれぐらいあるのだろうか。

hirna at 00:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)料理の鉄人 

2014年06月06日

不当逮捕

不当逮捕ある程度、更新のスパンを保ちたいと思っているのだがやはり平日に長文をまとめるだけの時間がとれな。毎日更新していた数年前は異常だったのかもしれない。土日まで時間を空けるのもなんなので今回も通勤時間でかけるくらいの軽めの更新になる。前回で3つのノンフィクション作品を紹介したが今回はその2つ目、本田靖春著「不当逮捕」の紹介だ。

終戦の傷も癒え始めた1950年代後半、独自の取材方法でスクープを連発する一人の新聞記者がいた、彼の名は立松和博。彼の取材方法とは検察内部にコネを作り捜査情報を入手するというもので新聞記者なら誰でも思いつくが誰もが挫折する方法だ。しかしその検察との癒着ゆえ彼は検察の派閥争いに巻き込まれてゆくのだった。

著者の本田靖春は記者が記者として生きることができた時代の読売新聞の記者で、作品としては吉展ちゃん事件を扱った「誘拐」の方が評価が高いのかもしれないけれど個人的に親しかったという先輩記者への思い入れが詰まった本作の方が私は好きだ。その内容も国策捜査という言葉が一般化している現代にこそ理解できることが多々あると思う。

立松を翻弄する栄光と挫折の連続は、己の力だけで世の中を突き進んでいる人間ですら国家や企業そして運命の前では大海に漕ぎだす小舟でしかないことを書き出すとともに、公平であるべき国家権力が自らのために権力を行使した時に人は己を貫くことが出来るのかを迫力ある筆致で問いかけてくるのである。

三権の一角を担う司法の頂点を目指す男が派閥抗争に勝利するため捜査情報をリークした検察官を吐かせるために逮捕することの不当さ、そして社会のためと言うよりは自己の満足のためにスクープを飛ばす一記者がニュースソースを守るため国家権力を向こうに回して抵抗をする姿はジャーナリストとはどうあるべきかだけでなく人とはどうあるべきかを突きつけるのである。

ずいぶん昔に書かれた作品で結構なページ数があるのでとっつきにくいかもしれないが、事実の羅列に陥らず読者に伝えることを第一に書かれているので一気に読めてしまうノンフィクションのお手本のような作品だ。殺伐とした内容だが最後に挿入されるエピローグによって何とも言えない読後を味わうことができるだろう。

イギリス議会政治の入門書とされてきた「めざせダウニング街10番地」でさえ絶版になってしまう昨今、電子書籍として本作を読むことが出来るのはうれしい。本作で他の作品にも興味を持ったなら立松以上に壮絶な生涯を送り、病によって片目両足を失いながらも書き続けることにこだわった著者の自伝「我、拗ね者として生涯を閉ず」を読んでみてもいいだろう。

hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)書評 

2014年06月04日

日本の黒い霧

黒い霧前回は少し時間をかけて書いたので今回は軽めに流そう。ということで今回はお題でエントリーを書く。まずはお題の通り私が寝る間も惜しんで読んだノンフィクション作品をを3つあげる。

・日本の黒い霧(松本清張)
・小説吉田学校(戸川猪佐武)
・不当逮捕(本田靖春)

その中で今回は松本清張の日本の黒い霧を取り上げようと思う、その他の作品はまた別の機会にとっておこう。内容を簡単に書くと1945年から52年の7年間の戦後のどさくさに起きた不可解な事件に関して松本清張が小説で培った技法を使って推理していくというものだ。下山事件に始まって朝鮮戦争で終わる12編、プラスなぜこの本を書いたのかのあとがきだ。一読すればわかると思うがどう見ても陰謀史観である。

私は高校生くらいに「もく星号事件」と「帝銀事件」に興味を持ってこの本を読んだのだが、この手の本は知識がない時分に読むとコロッとやられてしまうので注意だ。初めて読んだときの感想としては凄い本を読んでしまったという感じがすごかった。さすがは非凡な小説家松本清張、事件のあらましをあらゆる資料を使って緻密に書いてゆくのでグイグイ引き込み、最後に読者を明快な回答に導くのだ。

一つ一つの事件について詳細を書くつもりはないが、小説ともルポルタージュとも思えるような筆致で緻密に事件のあらましを書き、それに対する筆者の推論と根拠を推理小説の種明かしをしていくように書き進め、最後にその裏にはアメリカが絡んでいると各章で結論をつける。「えーっ!」っと驚いてるうちに最終章の朝鮮戦争につなげる。ショートショートが全て繋がりひとつのストーリーでしたと提示、「全てこのために謀略を積み重ねてきたんだ!」と思うこと請け合いだ。

旧ソ連が崩壊したりアメリカの資料が公開されたりして新たな資料が発掘され、ネットを通じてそれらを見ることもできる今となっては見当違いと思えるものもあり、または慰安婦狩りの吉田清治の嘘を暴いた秦郁彦あたりに、「面白いが論理に飛躍がある」と指摘されてしまう始末だが、同じことがナックルズなどに載っていたとしたらニヤニヤしながら読み流す程度のものを稀代の小説家松本清張の筆致で読めるのは魅力がある。

陰謀史観を受け付けない人も清張の文章で事件について知ることができるので終戦直後の事件に興味がある人は入門書としてはもってこいだ。松本清張のノンフィクションには「昭和史発掘」なんてのもある。本書で培った技法を戦前の事件に適用して書かれたものだが226事件の裁判記録をそのまま書きだしたりと非常に読みにくくなぜ300万部も売れたのか分からない難解さなので最初に読むなら絶対にこっちの方がお勧めだ。

私は未だに暇なときには1編を選んで読んでみるのだが、以前のように内容に関して感嘆することはなくなったものの、事件の裏には必ず謀略があると決めてかかり、有無を言わさずに謀略ありという着地点に読者を引っ張っていく理論の展開の仕方は提案書などの書き方に非常に参考になると思うのだ、と書くとさすがにほめ過ぎかも知れない。しかし前回のような推理や予想を書く際には参考にしたいと思う。

「砂の器」や「ゼロの焦点」などのかつての名作は人々があっけらかんとてきてる今現在ではなぜ殺人に至ったのかが分かり辛くなり色あせてしまってると思うが、事実を基にした小説である本作は恐らく色あせることがないだろう。最近よくドラマ化されている松本清張の作品の面白さがいまひとつ分からない方にこそお勧めしたいと思うし、伊藤律の件は近い将来読むことができなくなる可能性があるので今のうちの購入しておくことをお勧めしよう。

hirna at 00:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑記 

2014年06月02日

MOZU(展開予想編)

thisman実は書きはじめたのは前回のあらすじ編よりこの展開予想編の方が先だったのだが、断片がいくつかできただけでひとつのエントリーとしてまとめにくかった。断片を繋げていく作業の中で結構な分量になってしまったので2回に分けようとも考えたのだが元々長文を載せているblogなのでこのまま投稿してもかまわないだろう。何度もいうが本エントリーはネタバレではなくあくまで私の展開予想である。

都市伝説のダルマ、瑳川哲朗演じる森原官房長官に見える。それはサブリミナル的に将来の支配者の姿を見せているのではないか。サブリミナル効果が国民の投票活動にも影響するのであれば、何度も夢で同じ顔を見せられることで無意識に投票してしまうということがあるはずだ。しかし普通の人にとっては単なる顔に過ぎないが森原にいい印象を持っていない人にとっては悪夢であろう。画像はダルマのモデルになった「This Man」だ。もしかしたら近いうちに似た男がアメリカの大統領にるかもしれない。

ダルマは国民監視システムとのことだが、電波を使って映像を見せられるのであれば単なる監視だけでなく犯罪抑止にも使えるはずだ。しかしそれは国民に強制的に映像を見せるということになり倫理的な問題を伴う。よって警察内部にもそのシステムを推進する側(以下ダルマ派)と慎重であるべきとする側(反ダルマ派)があり、また導入に関して国民の理解を得ることが難しい。そこでサルドニア大統領を狙ったテロというわけだ。

日本でテロが行われれば国民の中に統制を強めるべきという感情を喚起することになり最終的に公安の仕事がやりやすくなることに繋がる。陰謀説が好きな人は三億円事件の警察の自作自演を聞いたことがあるだろう。70年安保直潰しのため活動家が潜む三多摩地区を合法的に捜査するため警察が三億円事件を起こしたというものだ。オープニングに挿入される三億円事件のモンタージュは国民を誘導するために自作自演の犯罪を犯す警察の姿を暗示しているのではないか。

よって室井が公安の責任者でありながら筧にテロを起こさせようとしたのは矛盾のある行為ではない。室井が目指す世界とは警察の監視によって犯罪が行われない世界である。室井も最初からダルマ派であったわけではないと思われる。しかし当初はダルマの破壊も視野に入れていたがグラークα作戦が失敗したことや娘の事故で現在ダルマを握る側との協調に踏み切ったのではないか。ダルマを握る側とは前述したように森原官房長官だ。

テロにより他国の大統領が暗殺されれば日本の首相の責任も免れない、よって次を狙う森原官房長官には都合がいい。首相が辞任した後の混乱を収めサルドニアとの関係を保つことができればいいわけで、サルドニアのNo.2あたりと話がついていると思われる。いや、積極的にサルドニア側から大統領を殺すように依頼があったのかも知れない。いずれにせよ大統領を暗殺したところで本国から文句を言われない状況であったらどうだろうか。

津城は警察内部の不祥事が表に出ないように処理する役割だが、森原−室井のテロを起こしたい側に対する首相−警視総監あたりのテロを起こしたくない側の指示で動いていると思われる。何のことはないトップを追い落として自らが理想とする世界を作ろうとする側と自分の地位を守り体制を維持する側との綱引きで、その中で津城は体制側に恩を売ることで政界にパイプを作ろうとしているのではないか、森原と繋がった室井が公安部長のポジションにいるように。

千尋だけがグラークα作戦から生還できた理由は捜査官同士殺し合いをさせられて生き残ったのだろう。特務に抜擢されているわけでそれだけの訓練は受けいているはずだ。そして拘束時の殺し合いの時に千尋は森原と会っている、恐らく敵側の人間として。そのためダルマの夢を見ると殺人をしたいというスイッチが入ってしまう。新谷宏美が絵本のマークを見て殺し屋としての自分の記憶を取り戻したように。

新谷が殺人を起こすのは衝動だと語っているが、スイッチが入るたびに千尋は何度も隣で寝ている倉木を殺したいという衝動に駆られていたのではないか。室井と千尋は恋人と言うより新谷和彦と宏美のような関係で殺人を犯すことに躊躇がなくなった千尋を抑えるために標的を探してやっていたのではないか。雫のように倉木を殺さないように。新谷宏美は千尋の実像を象徴するためのキャラクターで実際にMOZUと呼ばれるべきは千尋だったのではあるまいか。

雫の父親は室井が妥当な線なんだろうが8話で明言を避けたので室井でないとも言える。今明らかになっている登場人物だと津城あたりではないか。千尋は室井のコントロール下にあると思ったが実は津城の下にあったというのだ、それは爆弾事件が起きるまで室井も気がついていなかった。結果として室井の思惑を外れて千尋が爆弾を起動したことはダルマ派の計画の綻びになり津城が室井を始めとするダルマ派を追い落とす原因になったわけだ。

最後に主人公たちの結末について。明星に対して津城が父親の失踪の原因を語らないのは、父親が失踪後にダルマ側として地下で動いており、それを明らかにすると明星がコマとして使えなくなるからではないか。そう考えると室井が権力を握る公安に父親が失踪したにもかかわらず明星が入ることができたのが理解できる。結末として明星は津城に従っているうちに父親と対峙させられて命令によって殺すことになるのかもしれない。

新谷兄弟に関しては実は兄の和彦は生きていたというのはどうだろうか。自分が死んだと見せかけることで宏美をコントロールしているのだ。今まで殺している人を見ると中神や若松なので一見反ダルマ派に見えるが、東を殺せなかったところから用済みになったダルマ派を始末しているようにも見える。宏美の性格を知り尽くした和彦が餌を撒き上層へ追及が及ばないようにダルマ派の口封じをしているのではないか。結末では利用されていただけと知った宏美が和彦を殺すシーンが思いうかぶ。

瑳川哲朗のように大物なのにチョイ役でしか出てきてない役者がもう一人いる、村瀬演じる鶴見辰吾だ。おそらく刑事部でも上層部の権力争いがあるのだろう。大杉が捜査をする中で村瀬によって妨害を受けていくという展開があるだろう。結末としては知りすぎた人間である大杉が家族の安全を条件に警察の暗部を公表できず飼い殺しにあい、監視を受けながら刑事を続けていくという感じなんだろう。そして監視する役割を担うのが伊藤淳史演じる鳴宮だろうか。

そして倉木だが、恐らくラストでは妻の正体や何を考えて自分との生活を営んできたのかを知り、また自分は単に上層の対立に動かされてきただけの駒にすぎなかったことを知ることになるだろう。その時に真実など知るのではなかったと嘆くかそれでも真実を知って良かったと言うのか分からないが救いのない結末になると思う。誰一人幸福なラストでないと思うが真実とはそういうものなのかもしれない。

まとめるとダルマ派がテロを起こし権力を奪取するクーデターが爆発事件を綻びとして体制派によって潰される。それぞれの真実を追い求める倉木、明星、大杉は体制派に利用される中でその真実が辛いものであることを知る。そしてその真実はなかったのかのように体制派に隠蔽され国民の前には出てこない。オメラスの寓話は体制維持のため真実を公表できないよう闇に葬り去られる倉木たちを暗示しているのかもしれない、我々の誰もが裏に何かあるのではないかと疑いつつも。

hirna at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ドラマ 

2014年06月01日

MOZU(あらすじ編)

私が一旦blogを辞めたのは忙しかったこともあるが、文章をうまくまとめることができなかくなったというのも大きい。ここで普段書いている文章がまとまっているとは思ってないがなんとなく着地させられない、なんとなくなのだ。ここ1週間で途中まで書いて放置しているものが2〜3あるが、もしかしたら本稿の後編もそうなってしまうかもしれない。

さて標題のMOZUだ。話の進行が遅く6話を見逃したこともあってそのまま挫折しかかったが先日見た8話で次シリーズへの伏線は残しながらもひとまずの決着がついた感じだ。少し古い小説だし若干現代風にアレンジを加えているようなので今さら原作を読む気にはならない。原作を読んでない私が今後の展開を予想するので原作を読んだ人には噴飯ものかもしれないが書いてみようと思う。しかしいきなり書くと見てない人を置いていくことになってしまうので今回は簡単なあらすじを書く。

公安の倉木は爆弾事件で妻の千尋を亡くす。上司の室井によって捜査から外された倉木は妻の死の真相を知るため独自に捜査を始める。捜査を進める中で知り合った同じ公安の明星や捜査一課の大杉と連携していく倉木はやがてこの事件の裏にはアテナセキュリティという企業とそのバックに公安の闇が絡んでいることを知る…というもの。

倉木に情報をもたらす明星は特別監察官の津城警視正の指示で動いており、津城は公安だった明星の父の失踪事件に関する事実を知るようだ。倉木千尋は上司の室井が指揮を取るグラークα作戦に関わってから心を病んでおり娘の雫を事故死させた。雫は血液型から実子でないことを倉木は気がついていた。爆弾事件に関与している筧というテロリストを狙っていた殺し屋の新谷和彦は雇い主のアテナセキュリティの用意したチンピラに襲われ記憶喪失に。

そして7〜8話で記憶喪失だったのは新谷和彦の双子の弟だった宏美ということがわかり、宏美は記憶を取り戻し和彦の仇を取るためアテナセキュリティの東を狙って返り討ちに遭う。グラークα作戦は公安が試作していた国民監視システムで、何者かに乗っ取られたシステムを奪還するためのサルドニアに潜入するというもの。しかしこれは罠で捜査官は全員拘束され72時間監禁された挙句に生還したのは千尋のみだった。このシステムを使ったのが都市伝説のダルマとのこと。

室井は筧にサルドニア大統領来日の際にテロを起させるため捜査計画書と爆弾が筧の手に渡るようにしたがその接触の際に使われたのが千尋だった。筧にテロを起こさせる室井の意図に反し千尋は爆弾を起動してしまい件の爆発事件となった。つまり爆弾事件の犯人は妻の千尋と知ってしまった倉木。津城が情報を小出しに出して倉木を手のひらで操りつつその思惑からはみ出していく・・・。

中だるみはあるので1話から全話を見ることはお勧めしないが、スタイリッシュなお金のかかった映像なので見ごたえはある。再放送を見るというよりは新章の前に総集編をやると思われるのでそれを見てみるとよい。後半がWOWOWで放送というのがかなり気になるのだがおそらく今年の年末あたりに地上波でも一気に放送するだろう。DVDも出るだろうしネットで視聴する方法もあるだろう。ここまで書いて一旦筆を置く。できれば次の木曜までに展開予想編をエントリーしたいと思う。

hirna at 00:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)