2011年11月26日

徳島ヴォルティス 頑張れ!!

いよいよですが、
ここにきての鳥栖との対決は、
あまりにもドラマチック。

自分は仕事の関係で行けません。

皆様の力で徳島を昇格させてあげて欲しいです。

今年の宮崎キャンプで、みのさんと僅かながら話せた際に、

『昇格とかいろいろあるけど、あまり意識しないで自分の好きな事をやってください』とお伝えした。

とにかく、クラブとサポーターは一心同体。

ブレたら駄目だと思う。

紆余曲折あったけど、ここまで来れて感慨です。

あと少し頑張ろう!。


昇格を意識し過ぎる位の気持ちで鳥栖は乗り込んでくる。

壮絶な試合になるだろう。

JFL時代の因縁がある。
同じ時代を共にしたクラブでもある。

両クラブ共に、昇格すれば初めてのJ1。

一緒に昇格しよう。



徳島ヴォルティス、頑張れ!!。
  
Posted by hiro314429 at 09:11

2011年11月08日

まだまだ、これから!。

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まあ、いろいろある。

こんな経験が出来る事を、
幸せに感じて頑張ろう!。

クラブ、監督、選手だけの責任にしてはいけない。

サポーターも、もっともっと頑張らないと…。


人を動かすのも人也。
  
Posted by hiro314429 at 02:24

2011年06月05日

J2第15節 鳥栖戦(ベアスタ)

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諸事情にともない、今季、初観戦となりました。

余計に期待度も高まっていたので、
今日の試合内容はキツかったです。

面白くない、つまらないサッカーでした(苦笑)。


楽しかったのは『イブスキ』のホットドッグ(美味しいです)と、
ムロ!ムロ!!、と煽られつつ、
徳島ゴール裏に手を挙げて応えた、
鳥栖GK、室選手のシャレの利いたパフォーマンス位でしたか…。


まあ、良く追い付きました。
衛藤選手、移籍後初ゴールおめでとうございます!。


格好良く言えば、上位対決、
しかも(その時点で)2位のチーム相手にアウェーで勝ち点1…、

ってな感じですかね…。


昇格がテーマなら、やはり勝たないと厳しいという事は、
選手達も理解出来ているはずです。


試合後の挨拶の写真、
マーカス選手の隣が衛藤選手です。
  
Posted by hiro314429 at 09:23

2011年03月21日

地震から始まって、日米関係等


たまたま、その関係のブログを多数見ましたが、
解りやすく書かれていました。

ある意味、我が国の未来の無さに愕然とします…。


まっ、アメリカの言いなりな訳ですよ。
脅しと、嵌めの歴史…。



金曜日、やっと銀行より義援金を振込ませていただきました…。



東電の下請け・孫請け会社の人達、大変だよ…。
彼らは生命の危険にさらされていると思います。



3/17付
『福島原発の現状と今後予想される危険』

後藤政志氏

(東芝・元原子炉格納容器設計者・工学博士)


大変、解りやすいです。
政府、東電、どこぞの解説員、大学教授の話は『トンチンカン』。




文句だけで動かない野党のお偉方よ…。
日本人だろ?、さっさと動けよ!!。

原発推進したのはあなた方でしょ?。


腐ってるわ…。
  
Posted by hiro314429 at 01:36

2011年03月20日

ナベツネへ…


早くこの世から、いなくなれ!!。  
Posted by hiro314429 at 01:12

2011年03月13日

マスコミ各位

空から、映像を撮る…。


被災者へのインタビュー…。


そのついででいいから、小さくてもいいから、
被災地に支援をお願いいたします。


僕は僕でやれる支援をやっていきます…。

  
Posted by hiro314429 at 20:33

2011年02月06日

宮崎キャンプ2

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宮崎に向かう途中、手前の佐土原あたりから、
車のボンネット・天井に灰が…。

ニュースや他の情報源と現実は違う気がしました。

大変な状況の中では、ありますが、
キャンプを見学させて貰える事に感謝します。

ちなみに、5日は天気が良かったのですか、風も若干あったため、
黄砂が来た時の様でした。
ただし、総合運動公園ラグビー場では、あまり感じませんでした。


午後の練習のみ、見学しました。

最初のフィジカルトレーニング、
カルロス・フィジカルコーチが指揮。

結構、キツそうでした。

倉貫、佐藤、西嶋選手らは故障?ぽく、別メニューでした。

津田選手の姿はありませんでした(故障?)。

その後、短時間のゲーム形式。

緊張感があり、選手達の気持ちが伝わってくる、良い時間でした。

楽しく観れました。

衛藤選手、なかなか光ってましたね。

榎本選手、声も良く通り、コーチングも素晴らしい。

その後、その後はCB組とそれ以外に別れて練習。

最後は軽いランキング&ストレッチで終了、
約1時間半の短めな練習でした。


帰りがけ、カルロス・フィジカルコーチは宿舎まで、
ランキングして帰っていました!。


3枚目の写真は宿泊先の自動販売機です。
凄いオチ(笑)!。
  
Posted by hiro314429 at 10:37

2011年02月05日

宮崎キャンプ1

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お久し振りです。

まずは、腹ごしらえ。

タルタルソースを使ったチキン南蛮の、
お初のお店、『おぐら』。

元々、洋食屋さんで、
チキンカツにはジューシーで柔らかい、もも肉を使うため、
残ってしまう、硬めな胸肉を美味しく食べるために考案されたのが、
チキン南蛮だそうです。

甘酢のみの本当の発祥のお店は延岡だそうです。

おぐらはタルタルソースを使った最初のお店だそうです。

おぐらでは、チキン南蛮半分と、デミハンバーグが一緒になったビジネスセットをいただきました。

チキン南蛮の印象ですが、
唐揚げ自体は、ケンタッキーの薄味っぽい感じです。

これに、甘酢とタルタルソースが絡むと豊かな味わいとなります。

ただ、付け合わせが生野菜とマカロニサラダなんですが、
生野菜にドレッシングがかかり過ぎていて、チキン南蛮もあり、
かなりコテコテでした。


でも、美味しいです!。


ただ、あまりお腹が空いていない時は食べれないと思います。


お腹ペコペコで行くと良いです。


あと、ビールには合いますね(笑)。
  
Posted by hiro314429 at 23:49

2011年01月09日

謹賀新年

33e97e8e.jpg松田が松本山雅。

エジミウソンが熊本。

徳島は?????。
  
Posted by hiro314429 at 03:57

2009年12月24日

片岡選手 ありがとう!

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少し時間が経ちましたが、
先日、現役引退が明らかになった
片岡 功二 選手の事で書かせていただきました。

彼は福岡県京都郡みやこ町(旧、豊津町)の出身。

※当時のJFLのプログラム、福島県と誤植されていたのはご愛敬。

そして福岡の東海大五高出身。

自分と郷里は同じ福岡県、そして同じ学校の卒業生…。

そんな彼が、サッカープレーヤーとして徳島に来たのが、1996年…。

月日の流れるのは早いなぁと思う。

母校からは、何人かのプロサッカー選手が誕生している。

片岡は社員契約選手だったが、自分はプロ契約選手と何ら変わりなく見ていた。

母校から徳島に来てくれたのが本当に嬉しくて、
シーズン前に、大塚グランドに彼に会いに行ったことは今でもはっきり憶えている。

もう、夕方が近くて練習もほとぼりが醒めた時間帯…。

小さな身体に坊主頭!。

昔、東海大五高は校則で男子は坊主だった(笑)。
制服はいわゆる学ラン。
今は髪型も普通で、ブレザー着用で、県内でも人気校らしい。
生徒の比率は北九州が多くて、八幡から通学していた同級生が多かった。
その下部に位置する筑豊も多かった…。

しかし、運動部に入ってる連中に悪いのが多くてね(笑)。

でも、何故か、気の合う奴らも多くて楽しい思い出が多かった。

話がそれたが、小さな身体の中に逞しさも感じられ、
凄く存在感があった。

良い意味での、ふてぶてしさがあった。

93年〜96年あたりの大塚FCは本当に強く、
選手層も充実していて、必要無い選手なんていない位だった。

そんな中、主力選手の輪の中に新人の片岡がいるのを見て驚いた。
ブラジル代表経験のある『レェ』からも可愛がられて?いた。

とにかく、ボールを離そうとしない。

リフティングをする姿が、(大袈裟かもしれないが)
ディエゴ・マラドーナみたいだった。

それまでの、大塚FCにはいないタイプの選手で期待せずにはいられなかった。

彼も練習を上がる感じの雰囲気になったので声を掛けた。
最初は驚いていた様だが、学校の事、当時、サッカー部の監督(現在、総監督)だった、平 清孝氏の事等、
他愛もない話をし激励した。

彼の評価は高く、当時の監督であった、エジーニョ氏は先発・フォワードで即起用した。

後に田中真二氏が、サイドとしての素質を見出だしたけど、
自分としては、片岡のフォワードをもっと観てみたかった。

これまでの彼の素晴らしいプレーは挙げるときりが無いのだが、
最初に片岡の凄さを認識したのは、
当時、浜松市から移転し、Jリーグを目指していた準加盟クラブの鳥栖フューチャーズ戦(鳥栖スタ 1996年6月30日)だった。
ちなみにこの時点で片岡はまだ無得点…。

徳島から帰省し、両親を連れて新築された鳥栖スタジアムに行ったが、
本当に素晴らしいスタジアムで感動した。

鳥栖市の当時の人口が4万5千人…。
よく、こんなスタジアムを建てたものだ(鳥栖市単独で建設)と感心した。
当時の徳島の環境(試合会場)は本当に厳しく、羨ましくもあった。

そして、鳥栖のサポーター。

サポーターはもとより、一般のお客さんの熱さが凄くて…。

その日は鳥栖も昇格へ生き残りをかけた大一番。

観客数は9千人に迫る数だったと思う。

ナイトゲームでJ基準の照明が眩しかった。
当時の大塚は徳島市球技場(入田)を使用していたため、残念ながらナイトゲームは出来なかった…。

試合は両チームが一進一退の攻防を繰り広げ、白熱した好ゲームとなった。

結果的には、2対1で破れた大塚だったが、その中の1シーン…。

同じくFWの吉田悟選手と2トップだったが、1トップ気味の片岡にパスが通り、片岡はドリブルでゴールめがけ突進!、片岡は鳥栖のDF陣を置き去りにした。

もう、目の前には、鳥栖のGK 松永成立選手しかいなかった。
しかし、ペナルティエリア前で鳥栖の選手の足がかかりファールとなる。
もう少しでPKという位置だったが、
これほどまでにエキサイティングなシーンは見た事が無かった…。

高卒のルーキーがここまで魅せてくれただけで十分だった。

初得点には至らなかったものの、このシーンは一生忘れない。

もう1つ、心に残っている事がある。

プレーそのものよりも、気持ちとか姿勢が伝わってきたシーン…。

2005年3月5日、
徳島ヴォルティスがJリーグのクラブとして、
迎えた初戦のベガルタ仙台戦(仙台スタジアム)だった。

ご存知の通り、3対0で仙徳島が勝利したのだが、
勝敗よりも、ここまでの道程等、いろいろな思いが心を駆け巡った。

宮城県は試合前日からの積雪で、仙台まで行けるかどうか?から始まった。

幸い交通機関に問題はなく、無事に仙台に行く事が出来た。

もう一点は、スタジアムの積雪…。
試合当日、確か早朝6時から仙台のボランティアスタッフの方々が雪掻きをしていただいたお陰で、
無事、試合が開催された。

当日の夕方、地元局のニュースで見たボランティアスタッフの方のコメントには感謝の気持ちで一杯だった。

当時、徳島の応援掲示板に一連の出来事も含めレポートを投稿した記憶がある。

最初の試合だけは、どうしても目の前で見たい気持ちがあり、
前半のみ、それなりの席で観戦した。

選手入場の時、恐らく泣くだろうと思っていたが、
もう、選手達がアップでピッチに入って来ただけで、もう駄目だった…。

勝敗よりも選手達が無事に仙台のピッチに立てただけで、もう十分だった。

選手達は、もう鬼の様な形相だった。
表現がオーバーかもしれないが、気合いの表れだったのだろう。
小峯隆幸選手は皆に気合いを入れるというよりも、完全に煽っていた位だった。

そんな姿を見て、仙台サポーターの中で涙を流しながら見ていた。情けないかも知れないが、もう恥ずかしさも無かった。

アップを終えて、一旦引き上げる片岡に激励が出来たが、力強く応えてくれた。


一生忘れないシーン。


片岡選手、長い間お疲れ様でした。


素晴らしいプレーで夢と感動を与えてくださった事、感謝いたします。


そして、今後のご活躍を祈念いたします。


本当にありがとうございました。
  
Posted by hiro314429 at 03:20