脳死は人の死か?!世間を騒がして12年
先日4案からA案が衆院で可決されたました
私が受けている法学の授業も現在、人工生殖の諸問題と親の定義を医学的な側面にからめて取り扱っていましたが先に勉強するこの法案を前倒しして急きょ授業に組み込んでいる最中です

サンジャポでもまとめてましたが主な論点としては以下だと思います

臓器移植法設立から国内臓器移植が81例という少なさ
改正後は脳死は一律に人の死とみなしたこと、つまり臓器移植においてのみ人の死と判断される脳死の定義を改正
15歳未満の子供に対しての臓器移植可能
臓器移植希望者国内12229人
ドナーカードを持っていなくても(紙切れでも自筆であればOKらしい)本人が拒否しなければ家族の同意を持って臓器提供が可能であること


机上の勉強では脳幹がやられて不可逆的に戻らないとすれば呼吸などといった人間として生きていく上で大切な機能が損なわれるわけですからやっぱり死なのかなと思ってしまいます。呼吸機能がない生き物であれば、例えヒゲが伸びようと体が普通の人間のように温度を持っていようとそれはその機能が生きているからであってやはり人間として活動していく上で必要不可欠な機能がない生命体なのかなと

このあたりは現場に出ていない机上の勉強しかしてきていない私の考え方であって、これから多分医師になった後になるでしょうが、人の死を決めるのは各人の考え方であり、また奇跡的に脳細胞が回復したり、医療技術が発達し脳幹の機能をカバーするものが出てきたりするとまた違った考え方を持つと思います

WHOがインフルエンザの対応をしているお陰で海外渡航移植の制限はまだ出ていませんが利害関係のある人のうち小児移植で待っている患者様には朗報ですね

北欧では患者が拒否しない限り臓器移植を行う国もあるそうなので日本もやがてはそうなるのでしょうか?
本人が生前に希望していないことを家族が通知にしてないからといって家族が勝手に臓器を引き渡すことと医学部教育のために献体として捧げられる患者様の違いはあるのか?(生きているうちから献体と希望している人がいないと思っての考えですが)

沢山勉強することはありそうです

さて図書館に行って勉強してきます