『ゲームの終焉』
あんまり反響の無い「ソウ」シリーズレビューの最後です(笑)
原題は「SAW 3D」。「ファイナル」とは付いていないし、本作のラストも少しだけ謎を残しているので、邦題の先走り?かと思ったのだが。調べてみると、公開前に制作会社に問い合わせをして、「続編」「スピンオフ」「ビギニング」一切制作しないとの言質をとっての邦題だったらしい。今作が正真正銘の「ファイナル」である。
「ソウ ザ・ファイナル 3D」(2010)
前作ラストでジルの罠から辛くも逃げ切ったホフマン。正体がばれてしまった自身の安全の前にジルを殺害しなければ気が済まない。避けた顔面を自分で縫いながら、最後の”ゲーム”を始めるのであった。
一方その頃、マスコミではある男が人気になっていた。その男ボビーは「”ゲーム”の生還者」として 本を出版し、テレビにも引っ張りだこなのだ。そして、被害者の会を結成して、過去の生還者達との会合をビデオに撮って宣伝しているのであった。
その会合に出席していた医師ゴードン(第一作で脚を自ら切り落として生還)に皮肉を込めた疑惑をぶつけられるボビー。そう、彼は「生還者」では無かったのだ、振りをすることで大金を稼いで いたのであった。
一抹の不安に 襲われるボビー、そして案の定駐車場で拉致されると本物の”ゲーム”に参加させられてしまう。テレビ画面には愛する妻が映し出されている。彼女を助けたければ三つの試練を時間内にクリアしなくてはならない。
その頃、警察にはホフマンから犯行予告のビデオが届いていた。犯行を止めたければ警察が保護しているジルを引き渡せと言うのだ。担当になったのはホフマンと因縁浅からぬマット捜査官。 送られて来たビデオの手がかりを元にホフマンを追いつめて行くマット。
ホフマンは本当に最後のジグソウなのか、ボビーは”ゲーム”から生還できるのか、ジルの命運は・・・?最後の”ゲーム”が始まった。
まあ、一応全部の謎は解けたみたいだし、謎の人物の正体も明らかになるし、悪くは無いのだけど、最終作としての迫力に欠けている。3Dにする意味もわからないしね。それにしても、本作の”ゲーム”は全て駄目である。ネタばれになるけど、一つだけ”ゲーム”を紹介する。
オープニング。ショッピングセンターのショーウィンドウの中、二人の男が両手を電気のこぎりの前に縛り付けられて相対している。天井にはお腹をこちらに向けて張り付けにされている女。彼女の下には上を向けられた電気のこぎりが設置されている。男が腕を引くと上に向けられた電気のこぎりが傾いて女性は助かる、でも反対側の男は引っ張られて切り刻まれるという仕組み。
つまりはじっとしていれば女が死に、助けたければどちらかの男が死ぬということで、てんで”ゲーム”の体をなしていない。この時点で僕のがっかり感はマックスになってしまった。”ゲーム”を公開する意味もわからないし、仕掛けも幼稚すぎる。ただ単に女のお腹が切られて内蔵が飛び出るシーンを撮りたかっただけじゃないのかな。
その後始まるボビーの”ゲーム”も中途半端なものばかり。当然「生の尊さを再認識する」等と言う基本理念はかけらも無い。映画自体はそんなに悪くなくて、最後まで面白く観れるのだけど、「ソウ」シリーズだと思うと不満がたくさん出て来てしまう。
多分「ソウ」の本当のファンは、グロいシーンや残虐性よりも、パート1に代表されるどんでん返し的なミステリーを望んでるのではないだろうか。それが、いつの間にかミステリー性は薄れて、残虐性だけが全面に出てきてしまったので、シリーズの終焉も当然の結果なのであろう。
興行成績が全ての映画界とはいえ、設定は素晴らしかったので残念である。でも数年後には平気で続編が出て来そうだなぁ・・・。
あんまり反響の無い「ソウ」シリーズレビューの最後です(笑)
原題は「SAW 3D」。「ファイナル」とは付いていないし、本作のラストも少しだけ謎を残しているので、邦題の先走り?かと思ったのだが。調べてみると、公開前に制作会社に問い合わせをして、「続編」「スピンオフ」「ビギニング」一切制作しないとの言質をとっての邦題だったらしい。今作が正真正銘の「ファイナル」である。
「ソウ ザ・ファイナル 3D」(2010)

一方その頃、マスコミではある男が人気になっていた。その男ボビーは「”ゲーム”の生還者」として 本を出版し、テレビにも引っ張りだこなのだ。そして、被害者の会を結成して、過去の生還者達との会合をビデオに撮って宣伝しているのであった。
その会合に出席していた医師ゴードン(第一作で脚を自ら切り落として生還)に皮肉を込めた疑惑をぶつけられるボビー。そう、彼は「生還者」では無かったのだ、振りをすることで大金を稼いで いたのであった。
一抹の不安に 襲われるボビー、そして案の定駐車場で拉致されると本物の”ゲーム”に参加させられてしまう。テレビ画面には愛する妻が映し出されている。彼女を助けたければ三つの試練を時間内にクリアしなくてはならない。
その頃、警察にはホフマンから犯行予告のビデオが届いていた。犯行を止めたければ警察が保護しているジルを引き渡せと言うのだ。担当になったのはホフマンと因縁浅からぬマット捜査官。 送られて来たビデオの手がかりを元にホフマンを追いつめて行くマット。
ホフマンは本当に最後のジグソウなのか、ボビーは”ゲーム”から生還できるのか、ジルの命運は・・・?最後の”ゲーム”が始まった。

オープニング。ショッピングセンターのショーウィンドウの中、二人の男が両手を電気のこぎりの前に縛り付けられて相対している。天井にはお腹をこちらに向けて張り付けにされている女。彼女の下には上を向けられた電気のこぎりが設置されている。男が腕を引くと上に向けられた電気のこぎりが傾いて女性は助かる、でも反対側の男は引っ張られて切り刻まれるという仕組み。
つまりはじっとしていれば女が死に、助けたければどちらかの男が死ぬということで、てんで”ゲーム”の体をなしていない。この時点で僕のがっかり感はマックスになってしまった。”ゲーム”を公開する意味もわからないし、仕掛けも幼稚すぎる。ただ単に女のお腹が切られて内蔵が飛び出るシーンを撮りたかっただけじゃないのかな。
その後始まるボビーの”ゲーム”も中途半端なものばかり。当然「生の尊さを再認識する」等と言う基本理念はかけらも無い。映画自体はそんなに悪くなくて、最後まで面白く観れるのだけど、「ソウ」シリーズだと思うと不満がたくさん出て来てしまう。
多分「ソウ」の本当のファンは、グロいシーンや残虐性よりも、パート1に代表されるどんでん返し的なミステリーを望んでるのではないだろうか。それが、いつの間にかミステリー性は薄れて、残虐性だけが全面に出てきてしまったので、シリーズの終焉も当然の結果なのであろう。
興行成績が全ての映画界とはいえ、設定は素晴らしかったので残念である。でも数年後には平気で続編が出て来そうだなぁ・・・。









