ボケプリ 涙と笑いの日本の歴史

1月31日に「あだ名はナカジ」という小説を出版します! 「ちびまる子ちゃん」のような話や、 スタジオジブリの「耳をすませば」のような話が好きな人はおすすめです。 ネットで検索すれば、試し読みできるので、 良かったら読んでみてください! あと、このブログに書かれている日本の歴史は 半分ぐらいが事実を元にしたフィクションです。 でもまあ、それほど大したウソではないので、 軽い気持ちで楽しみながら読んでください。

日本のあけぼの

日本のあけぼの① 大陸と陸続きだった旧石器時代


1 日本のあけぼの

さあ「日本のあけぼの」、
つまり日本の歴史の始まりについて説明しましょう。

日本の歴史の始まりは、
いわゆる「旧石器時代」といわれる時代から始まります。

まあ、みんなはマンガなんかで
「旧石器時代」が大体どんなものなのかってことぐらいは
知っていると思います。

動物の毛皮を着た人たちが
石オノや、石ヤリをふりまわして生活している感じ。
想像できるでしょ? 

原始人男
             原始人

さて、今回勉強する「日本のあけぼの」といわれる範囲(はんい)には
次の3つの時代が出てきます。

 

1、    旧石器(きゅうせっき)時代

2、    縄文(じょうもん)時代

3、    弥生(やよい)時代


この3つをまず理解しましょう。

おおまかに言って、

・「旧石器(きゅうせっき)時代」・・・簡単(かんたん)な石器を使い、
         そのへんの動物をゲットして生活。

・「縄文(じょうもん)時代」・・・しばらくたって、
         土をいじって土器を作り始めた。

  弥生(やよい)時代」・・・日本全国で米づくりが行われ、
       豊かな土地をめぐり争いが起きた。      

         そうした争いの中で邪馬台国(やまたいこく)という
一つの大きな国がうまれた。


このことを最初につかんでおいてもらいたい!

 


(1)旧石器(きゅうせっき)時代


「旧石器時代」ってどんな時代かっていうと
今から数万年前の寒い寒い「氷河期」(ひょうがき)の時代で、
日本がまだ中国や朝鮮半島と陸つづきだった時代です。
吹雪


「タイムマシンも無いのに、
 どうしてそんなことが分かるのか?」

という疑問があるかもしれませんが、
日本の地層(ちそう)の中からマンモスやナウマン象など、
日本にいるはずのない動物の化石が発見されたことから、
このことが分かりました。


この時代に、今の日本人の先祖になる人々は
北のロシアの方や南の中国の方から
マンモスやナウマン象をおいかけて
陸つづきになっている日本にやって来たのです。


大陸と日本
昔の日本列島(れっとう)(黄色い部分が陸続きだった場所です)


氷河期の日本1

氷河期の日本2
※小学館「学習まんが 日本の歴史」より


人々は簡単(かんたん)石器(せっき)
象さんたちをたおして生活していました。 


ちなみに土でつくられた道具(土器)は
まだ技術的(ぎじゅつてき)な関係でこの時代にはありませんでした。
こんな時代が何万年かつづきました。

ナウマン象と原始人
「ゾ~ウさん、ゾ~ウさん、お肉がほしいのよ♪」

そんな歌を唄いながら

日本人のご先祖(せんぞ)になる人たちが

マンモスやナウマン象を追いかけてきて

はるばるロシアや中国の方から
日本へやってきました。



(次回へつづく)

ご愛読ありがとうございます。
良かったらまわりのお友達にも
ぜひ紹介してみてください。
プリンターで印刷してもOKです!

筆者のインドやエジプトなどの海外旅行での
珍道中をまとめた
「旅ブログ Run around the World」
興味があればのぞいてみてください♪



日本のあけぼの② 土器を作りはじめた縄文時代

(2)縄文(じょうもん)時代


そして、今から約1万2000年前に寒い寒い氷河期(ひょうがき)が終わります。

ようやくポカポカと地球の気温が上がったため、
世界各地の高い山に積もっていた雪や氷が()けはじめました。
溶けた雪だるま
  氷河期の終わり

そして、大量の水が川を伝って海に流れこみ、
海面は上昇(じょうしょう)して現在の日本列島が形づくられました。
ここらへんから新しい時代、「縄文(じょうもん)時代」が始まります。

「旧石器時代」と何が変わったかというと、
当時の人々が土をいじくりまわし、
「あ、なんかできちゃった♪」
といった感じに土器をつくったのです。


この土器は縄目(なわめ)のもようがついていたので
縄文(じょうもん)土器(どき)」と名づけられました。

土器を初めて作ったことが、
旧石器時代と縄文時代の
大きなちがいなのだということを
おぼえておきましょう!


縄文土器

     縄文土器


この縄文(じょうもん)土器(どき)がつくられたことで

新しい縄文時代がはじまることになります!

これからは食べものを煮炊(にた)きできて

料理の種類(しゅるい)もたくさんふえて(うれ)しいかぎりです。



縄文土器1



縄文土器2

※小学館「学習まんが 日本の歴史」より


ただ、この土器は思春期(ししゅんき)の若者のハートのように
もろくて(こわ)れやすいのが欠点です・・・。



boxair2_16[1]



また、このころの人々は(かり)植物(しょくぶつ)採集(さいしゅう)
とってきた食べ物なんかを
みんなで仲良く分け合ってくらしていました。

貧乏(びんぼう)な人もお金持ちな人もいない平等な社会です。
このことは一つのむらにある家が
みんな同じ大きさだってことから分かりました。


PA03GC032[1]


そうそう、「縄文時代」の最後のころに
おとなりの朝鮮(ちょうせん)半島から
稲作が九州の北の方に伝えられました。
米作り
      米作りの開始

 

(3)弥生(やよい)時代


今から約2300年前、
「縄文時代」の終わりごろに
九州北部に伝えられた稲作が
しばらくして日本全国に広まったころから、
新しい「弥生(やよい)時代」がスタートです。

稲作のおかげで、それまでは食料
(主にシカやイノシシなどの野生動物)
を求めて移動しつづける
その日ぐらしの生活が終わります。

そのかわり田んぼをつくって、
そのまわりにドッシリとむらをかまえる
新しい生活が始まりました。

弥生時代のムラ
         弥生時代のむら
  

また、みんなで米づくりをするときに
あれこれ指示する指導者(しどうしゃ)がでてきました。

その指導者(しどうしゃ)は、むらの支配者(しはいしゃ)になり、
むらにはえらい人と、
その人に(したが)う人がうまれました。

ここで初めて「縄文時代」にはなかった
貧富(ひんぷ)の差」がうまれました。


57476c44[1]


ちなみに「弥生時代」の名前の由来(ゆらい)
東京都の弥生町で、
縄文土器とはちがう
新しい土器(弥生(やよい)土器(どき))が発見されたことです。

縄文土器と何がちがうかっていうと、
非常に丈夫(じょうぶ)で使いやすいのです!

弥生土器

       弥生(やよい)土器(どき)

丈夫(じょうぶ)で使いやすい! わんぱくなお子さんや、

不器用(ぶきよう)なご主人がいる
そんなあなたのおうちにピッタリ!」

そんなジャパネットタカタ顔負けの
分かりやすいCMのおかげで、
新製品、弥生土器は

全国のお茶の間に一気に広がっていきました!


hqdefault[1]
ジャ~パネット、ジャパネット、
夢のジャパネットタカタ~♪

(次回へつづく)

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珍道中をまとめた
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日本のあけぼの③ ケンカばかりだった弥生時代後半

 
しばらく稲作をやってみて、
お米がよく取れる土地と取れない土地があることが
弥生時代のみんなにもさすがにわかってきます。


もっと豊かな生活がしたいと考える人々は
たくさん水があって栄養(えいよう)の多い土地を求めて
他のむらと戦いを始めます。

土地をめぐる争い

土地をめぐる争い2
※これは弥生人のけんかです。
※小学館「学習まんが 日本の歴史」より


そのことが分かった理由は、
弥生時代のむらのあとには
(てき)
侵入(しんにゅう)(ふせ)ぐための
(ほり)(へい)のあとが残っていたり、

お墓の中から首のない死体や
矢がつきささっている死体なども
発見されたりしたからです。

なんか(こわ)いですね・・・。
ずいぶん危険(きけん)な世の中になってきました・・・。


そう、「弥生時代」の「稲作」以外の
もう一つの大きな特徴(とくちょう)は、
むらとむら、国と国との
戦争の連続の時代だったってことです。

けんか
    ※これは現代人のけんかです。

「自分の身は自分で守らなきゃ!」

というわけで、
どこかの強いむらが
いくつかの弱いむらを支配して、
ちいさな国がだんだんと日本のあちこちに
うまれてくるようになりました。

土地をめぐる争い3





紀元前
(きげんぜん)
1
世紀ごろの日本には、
そういった小さな国が
全部で100コぐらいあったらしいです。

そして、その小さな国どうしで
戦争はつづいていきます・・・。

 
3世紀ごろ、
そろそろ戦争にくたびれてきた
30コあまりの小国の支配者たちは

「戦争はもういいでしょう、
 ここは一つ穏便(おんびん)に・・・。」

と、あれこれ相談して
未来のことを予知(よち)できる不思議(ふしぎ)な力をもった女性を
女王とした大きな国をつくろうと決めました。

その女王の名前が
みんなもよく知っていると思われる「卑弥呼(ひみこ)」さんで、
その王国は「邪馬台国(やまたいこく)」といいました。

卑弥呼
          卑弥呼

 日本で初めての有名人。
 歴史重要度「100」(MAX)


こんな感じで、
弥生時代の最初はバラバラだった日本の国は、
戦争を重ねていくことで、
だんだんと一つにまとまっていきました。

さあ、このあと日本はどうなるのでしょう?

 


(次回へつづく)

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日本のあけぼの④ 竪穴住居はけっかん住宅?

 

ここでちょっと、こまかいことをおぼえてみよう!

問1「旧石器(きゅうせっき)時代」のみんなが使っていた
大きな岩をくだいてつくった
簡単(かんたん)な石器のことを何といいますか?


(正解)「打製(だせい)石器(せっき)

打製石器
          打製石器

石器とは言うけれど、どう見ても、
ただの石としか思えません・・・。
これでは、「打製石器」ではなく、
「ださい石器」です…。


打製石器1

打製石器2
上の絵のように、使いやすい形にしているのですね。
※小学館「学習まんが 日本の歴史」より
 


〈旧石器時代の特徴(とくちょう)


・数十万年前~


・中国や朝鮮半島と陸つづきだった。

(日本の地層(ちそう)の中から
マンモスやナウマン象など、
日本にいるはずのない動物の化石が
発見されたことから分かる。)


簡単(かんたん)に作った「打製石器」を使用。


・マンモスやナウマン象などをたおして生活。

原始人とマンモス
 

 

2、「縄文(じょうもん)時代」の人々はどんな家に住んでいましたか? 

   
   また、彼らの食生活や使っていた道具については、
   何を調べれば分かりますか?

(正解)「竪穴(たてあな)住居(じゅうきょ)」「貝塚(かいづか)




竪穴住居

            竪穴住居

「なに、この家? 屋根しかないじゃん!
 もしかして、けっかん住宅?」


欠陥住宅
※ これは現代のけっかん住宅についての本です。


いやいや、ちがいます。

この家は、まず地面にガツガツ穴をほって、
そこに屋根の部分をかぶせるだけでつくれる
なかなかのアイディア商品なのです。

竪穴住居の内部
竪穴住居の内部はこのような感じです。

(次回へつづく)

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日本のあけぼの⑤ 縄文時代の貝塚と現代のストーカー

あと、「貝塚(かいづか)」といったら
昔の人たちのゴミすて場のことを意味します。


そこを調べることによって、
貝や魚、動物の(ほね)などの化石が見つかって、
縄文時代のみなさんがどんなものを食べていたかが
今の人たちにも分かるのです。
貝塚
                      貝塚


ここで、分かりやすくするため、
あまりのぞきたくないけど、
ちょっと自分の部屋のゴミばこの中を
調べてみるとしましょう。


家族の他の人に見られたら

「ちょっとあんた、一体何やってんの!?」

とあやしまれるので、
やるのならできるだけコッソリとやりましょうね。

ゴソゴソ、ゴソゴソ(ゴミばこをあさる音)。
さてさて、どんなものがゴミばこに入っていましたか? 


たとえばそこにポテトチップスのふくろが
10枚ほど入っていたとしますね。

そしたら

「ああ、オレはポテトチップスが大スキで
 よく食べてたんだ~。」

という発見がありますね。


また、万が一(まん いち)ひどい点数のテストなんかが
グシャグシャになって入っていたりなんかしたら

「ああ、オレってバカなんだな~・・・。」

というような悲しい発見もあるかもしれません。


0点のテスト

このように自分の部屋のゴミばこをあさって、
自分が何を食べていたのかや、
自分の情けない成績(せいせき)が分かっても
それほど意味はありませんが、

縄文時代の人々のゴミすて場を調べることで、
彼らがどんな物を食べて、
どんな生活をしていたかなどが分かることは、
考古学的(こうこがくてき)にはとっても意味があることなのです♪ 


box1_12[1]
    これは、はっくつ作業です。

でも調子にのって、
近所の人の家のゴミすて場なんかを
のぞいたらダメですよ。

そんなことしたら
現代ではストーカーと言われて、
おまわりさんにつかまってしまいます。

「ボクはこの家の人の食生活が知りたいだけです!」

なんて必死に説明しても、
ますます、あぶない人だって思われるだけですからね。

  ストーカー
 これは、ストーカー行為です(犯罪です)。     


あと、「縄文時代」といったら、
もちろん縄文土器が
使われていた時代なのだけれども、

先生がかよっていた小学校にも
縄文土器が展示(てんじ)されていて、

「すげー、すげー!」

興奮(こうふん)しながら見ていたものです。

そんな、とても純粋(じゅんすい)(単純)な少年でした。

縄文土器の中には
すごく複雑(ふくざつ)模様(もよう)の種類もあります。

「よく縄文人(じょうもんじん)ごときが、こんなん作れんな~!」

なんて言いながら、
当時よく不思議(ふしぎ)に思ったものでした。


非常に縄文人をなめきった問題(もんだい)発言(はつげん)ですね。


どこか野蛮(やばん)そうに思える縄文人にも
手先が器用(きよう)な人はたくさんいたってことです。


あと、まさつ熱を利用して
火をつけるための木のボウと板も、
縄文土器といっしょに置いてありました。

よく休み時間に、友達と一緒に
木のボウをグルグル回転させて
火をつけようとチャレンジしていました。

なんとかして火をつけて、
火災(かさい)報知機(ほうちき)をジリリリリ~ってならして、
最後に消火器を使って迫力ある消火活動を
展開してみたかったのです! 

摩擦棒


でも、どんなに木のボウをグルグル回転させても、
ちょっと熱くなるだけで、
ちっとも火はつきません・・・。


縄文土器を作れないうえに、
火もつけられない・・・、

「オレらが10人いたって、
 縄文人1人ほども役に立たないってことだな。」

世紀をこえた、縄文人と現代っ子のバトルは、
現代っ子の完敗に終わりました。 

 

〈縄文時代の特徴(とくちょう)


 
1万2000年前~

  イノシシやシカ、海の魚などを()り、
木の実などを採集(さいしゅう)する。

(マンモスやナウマン(ぞう)は残念ながら、
  すでに絶滅(ぜつめつ)してしまっていた・・・。)

  竪穴(たてあな)住居(じゅうきょ)」に住み、「縄文土器」を使用。

  生活のゴミは「貝塚(かいづか)」にすてる。

・食べものはみんなで平等に分けあう、貧富(ひんぷ)の差がない社会。

 (一つのむらにある家が
みんな同じ大きさでできていることから判明(はんめい)。)



土偶
      土偶(どぐう)

 

()よけや安産(あんざん)のお守りとして

縄文(じょうもん)時代につくられた人形です。

この土偶(どぐう)くんのひそかな自慢(じまん)

昔、ドラえもんの映画(えいが)に出たことがあることです。


日本誕生
※ 土偶の映画初出演の作品です。


(次回へつづく)

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日本のあけぼの⑥ 弥生時代と言えば、みんなで米作り!

3、「弥生(やよい)時代」の人々はどんな石器で稲を()りとりましたか?

   
   また、収穫(しゅうかく)した稲はどこにたくわえておきましたか?


(正解)「(いし)包丁(ぼうちょう)」「高床(たかゆか)倉庫(そうこ)



高床倉庫



      高床(たかゆか)倉庫(そうこ)


「お宅の高床(たかゆか)倉庫(そうこ)、セコムしてますか?」

セコム
 

残念ながら、セコムはしていません・・・。


でも、稲を食べちゃうネズミの対策(たいさく)として

ネズミ返しをつけています!    


ねずみ返し


ねずみ返し1

ねずみ返し2
※小学館「学習まんが 日本の歴史」より


さて、新しい「弥生時代」なんですけれど、
この時代は日本中の人々が自分たちの力で
稲を育てるようになったということで、

それまでの「縄文時代」とは
大きく生活が変わっていった時代です。


農作物を育てるなんて、
当時の人々には
とっても画期的(かっきてき)なことだったのでしょう。



コメ作り


だから、弥生時代のみんなは
毎日の稲の成長に
きっとすごく一喜(いっき)一憂(いちゆう)したのだと思います。

今の静岡県にあった「登呂(とろ)」というむらでは、
稲のもみを植えた翌日(よくじつ)から、
さっそく

「まだかな、まだかな・・・?」

と地面に顔を近づけて、
毎日稲の()が出てくるのを
楽しみに待っていた男の子がいました。

また、つまらないことがきっかけで
仲良しの友達とけんかをしてしまって
ちょっぴり落ちこんでしまっている女の子も、
すくすくと空に向かってのびていく稲を見て、

「・・・私も元気を出さなきゃな。」


と、はげまされたこともありました。

このように、米づくりは
みんなの生活の中心だったのです。

弥生時代のムラ


でも、やっぱり初めての米づくりに
むらの人々は、すごく苦労をしました・・・。

雨がちっともふらずに
稲が()れてしまったらどうしよう・・・。

コメ作り2


逆に雨がふりすぎて
稲がくさってしまったらどうしよう・・・。

稲がなかなか育たなかったり、
育ったとしても害虫(がいちゅう)
稲を食べてしまったりしたらどうしよう・・・。

収穫(しゅうかく)する直前に台風がやってきて、
一晩(ひとばん)でそれまでの苦労が
水のあわになったらどうしよう・・・。

コメ作り4


たくさんの苦労や心配ごとが
むらの人々にはありました…(困)。


でも、そんな苦労をのりこえて、
いよいよ稲を収穫(しゅうかく)する日がやってきました!


米作り


子供たちは、この日のために用意した
手作りの「(いし)包丁(ぼうちょう)」を持って、

収穫(しゅうかく)だ~、収穫だ~♪」

と、朝からとってもハイテンションです!


元気よく竪穴住居の家から()けだしていく
子供たちの背中(せなか)に、子供たちのお母さんは

「石包丁も刃物(はもの)なんだから気をつけて使ってよ!」

と声をかけて注意をしました。

でもちゃんと子供たちに聞こえたのかどうか・・・?


コメ作り6


さてさて、しっかりと稲がみのり、
黄金色(こがねいろ)にかがやく田んぼで、
さっきの家族が
さっそく稲の()りとりを始めています。


みんなとっても(うれ)しそうな顔です♪

「なかなかの豊作だね。」

「これで、ごはんをおなかいっぱい食べられるね。」

そんな会話も聞こえてきます。

夕方ごろになって、
ようやく収穫が終わりました。

子供たちはとっても満足そうな顔をして
家に帰ってきました。

「どうやらケガはしなかったみたい、
 やれやれひと安心。」

お母さんはホッと一息つきました。

でも、そのすぐあとに

「イテテテテ・・・。」

と情けない声を出しながら
お父さんが帰ってきました。

その声を聞いて

「この家で一番不器用(ぶきよう)な人は、
 そういえばこの人だった・・・。」

そうお母さんは大事なことを
思い出したのでした(笑)。


このように自分たちでつくった米を
収穫(しゅうかく)して食べてみたときの弥生時代の人々の喜びは
どれほどだったでしょうか?

きっとごはんがおいしくておいしくて
たまらなかったのじゃないかな。

「一年間、がんばってきてよかった! 
 また来年もおいしいお米をつくろう!」

そう心にちかい、家族全体、むら全体が
一致(いっち)団結(だんけつ)したのだろうと先生は思います。


そりゃ時代もかわるってぐらいの
人々の(あせ)(なみだ)と感動がそこにはあったのでしょう!

米の収穫
 

弥生(やよい)時代(じだい)(前半)の特徴(とくちょう)

・およそ2300年前~

  「稲作」をはじめ、田んぼのまわりにむらができる。

・人々の間に「貧富(ひんぷ)の差」がうまれる。

  「弥生土器」「(いし)包丁(ぼうちょう)」の使用。

  高床(たかゆか)倉庫(そうこ)」に稲を保存(ほぞん)

 
石包丁
        石包丁


石を丹念(たんねん)にみがいて作った石包丁。
石をくだいただけの打製石器と

一緒(いっしょ)にされちゃあ困るぜって感じです。

もちろん、刃物なので大変危険です!
必ず大人の人と一緒に使いましょうね!


石包丁2


(次回へつづく)

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日本のあけぼの⑦ 登呂遺跡いいとこ、一度はおいで♪

こんな時代が弥生時代の前半です。


で、先生は以前、静岡へ旅行したときに、
この時代の様子がわかる
登呂(とろ)遺跡(いせき)」というところに行ってみました。

登呂遺跡地図
         登呂遺跡の場所

遺跡のある場所の近くに住んでいる
友達のダイスケ君に

「ぜひ行ってみたい!」

とわがままを言って
連れていってもらいました。

するとダイスケはあまりノリ気では無い様子で、

「え~、本当に行くの? 
多分、期待(きたい)以上のものはないと思うよ。

 本当に教科書の写真にうつっているものが
 そのままあるだけだから。」

と言っていました。 


車で移動(いどう)すること約20分、
ついに登呂(とろ)遺跡(いせき)到着(とうちゃく)

遺跡(いせき)の中に入っていって見物してみると、
なるほど、たしかにそこには
大したものはありませんでした。


竪穴住居
     写真どおりの竪穴住居


高床倉庫
       写真どおりの高床倉庫


ただ少し予想とちがっていたのは、
2000年前は青々と稲が育っていたであろう田んぼのあと地に、
同じく青々とした雑草(ざっそう)
わがもの顔でおいしげっていたことです。
これはさすがに教科書にはのせられないなと思いました。

高床倉庫を見物しているときには

「これが、かの有名なねずみ返しか。
いや~、これにはねずみたちも
あすがに手が出せないね~。」

とつくづく感心しながら見物しました。

ねずみ返し
          ねずみ返し

ネズミぎらいで有名なドラえもんにも
早くこのテクニックを教えてあげたいと思いました。

ドラえもんとねずみ


そしたらダイスケが

「今、オレらの目の前で、
もしねずみがこの仕掛(しか)けをやぶって
倉庫の中に入っていったらウケるよな~。」

とぼやいていました。

そんなことが起こったら
考古学(こうこがく)常識(じょうしき)をくつがえす大事件です! 


また竪穴住居の中にも入ってみました。

竪穴住居内部

電気が無いので当たり前だけど、中は薄暗(うすぐら)いです。

そしたらまたダイスケが

「弥生人の中にも
引きこもりになっちゃう人がいたのかな~? 

 だとしても何もすることなくて、
 こんな家には1日中いられないな。

 よかった~、オレ現代人で。

 とりあえず引きこもりしていても
 生活できるからな~。」

などと、つぶやいていました。

となりで聞いていて笑ってしまいました。

引きこもり
※ これは現代の引きこもりです。

他にも博物館(はくぶつかん)の中には
弥生土器がたくさんあって、先生は

「おお~、これが(うわさ)のかたくて丈夫(じょうぶ)な弥生土器か~!」

と言いながらはしゃいでいました。
弥生土器

するとダイスケが

「ねえねえ、ちょっとこれ見てみて。」

ってさめた口調(くちょう)で言ってきます。

何かと思って見てみたら、カベにはりがみがあって、
そこにはなんと

「こわれやすいので気をつけて下さい。」

って書いてあるのです!

「うそ~! 
弥生土器といったらかたくて丈夫なんじゃないの!? 

 オレ、授業で子供たちに

『弥生土器は丈夫だから、簡単(かんたん)にはこわれないんだよ。』

 って説明してるよ~。」

と大きなショックを受けてしまいました。

そしたら、

「形あるものは、いつかは必ずこわれるってことだね。
 ウンウン・・・。」

と、ダイスケは何かを(さと)ったかのように
先生に語りかけてきました。


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そんなこんなで終了した登呂遺跡見物。

みんなも静岡に行く機会(きかい)があったら、
ぜひお出かけください。

 登呂遺跡パンフ


(次回へつづく)

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日本のあけぼの⑧ 邪馬台国の卑弥呼さん

4、紀元(きげん)1世紀ごろ、
日本(())には100あまりの小さな国がありました。

   その中の一つの奴国(なこく)(今の北九州あたりの国)の王が、
   中国におみやげを(おく)るかわりに
   中国の皇帝(こうてい)からもらったものは何ですか?

   また、当時の中国には何という国がありましたか?

(正解)「金印(きんいん)」(金でできた豪華(ごうか)印鑑(いんかん))「(かん)

 

 

金印
 
                 

この金印には「(かん)(の)()(倭)(の)

()(の)国王」と書いてあります。

つまり、()(倭=日本)は(かん)(中国)の

家来だってことを意味しています。

       

  

小さなむらや国を支配していた裕福(ゆうふく)な人(豪族(ごうぞく))の中には、
(となり)の中国の皇帝(こうてい)におみやげを(おく)る人がいました。

おみやげをあげる代わりに、
中国の皇帝(こうてい)に自分はえらい人間だと
みとめてもらうことで
自分の国を治めようとしたのです。

「ひかえ、ひかえ! 
 私は偉大(いだい)なる中国の皇帝(こうてい)にみとめられた王だぞ!」

そう言ったら、当時の日本人はみんな
「へへ~・・・。」
って水戸(みと)黄門(こうもん)印籠(いんろう)を見せられた悪者(わるもの)のように
(さか)らうことをやめたそうです。

いかに当時の中国が強力な国だったかがわかるね。
水戸黄門
     水戸黄門ご一行


ちなみに中国につけてもらった「()」という漢字は
小人、つまりチビって意味。

う~ん・・・、なんか、
かなりなめられていたみたい(怒)。

 

 

5、3世紀ごろの日本はある国が中心となって
30カ国あまりの小国をまとめていました。

その国の名前はなんですか? 

   またその国の女王は誰ですか?

(正解)「邪馬台国(やまたいこく)」「卑弥呼(ひみこ)


卑弥呼
    卑弥呼(想像図)

「とりあえず、弥生時代では
 私のことをおぼえてくださいね。
 しゅみは、うらないとおまじない。
 こう見えて、わりと女の子らしい、
 しゅみも持っているんですよ♪」


漢字が難しくて書けないっていうあわれな人は
「やまたいこく」と「ひみこ」という言葉だけは
必ずおぼえよう! 

特に「卑弥呼」は日本の歴史の中で、
初めて出てくる有名人です。

これからもたくさんの有名人がでてくるから、
キチンとチェックしていってね。

まずは「邪馬台国(やまたいこく)の女王、卑弥呼(ひみこ)」を
あなたの頭にインプット!

 

 

6、邪馬台国(やまたいこく)卑弥呼(ひみこ)も中国から金印(きんいん)をもらっていました。

  さて、この邪馬台国は
  中国の何という国と交流(こうりゅう)があったのでしょうか?

(正解)「()

このころの日本については、
中国の「三国志(さんごくし)」という歴史書の中にある
魏志(ぎし)倭人伝(わじんでん)」とよばれる部分に書かれています。

「三国志」が書かれた時代は、
中国が3つの国に分かれ、
たがいに争っていた時代です。

金印の説明のときに出てきた中国の国名は
(かん)」だったよね? 

その「漢」の次に出てくるのが、
3つの国のうちの1つだった「()」です。

魏呉蜀
  邪馬台国があった時代の中国

また、「邪馬台国(やまたいこく)」は
北九州にあったのか近畿(きんき)地方(ちほう)にあったのか
今でも確かなことが分からない、
なかなかミステリアスな国です。

余談(よだん)だけど、あるマンガ雑誌(ざっし)
読者からのおたよりのページに、

「ぼくは、友達の誰も
自分の家に連れてきたことがありません。

 そんなぼくの家は、みんなからは
『どこにあるのか分からない邪馬台国(やまたいこく)。』

 ってよばれています・・・。」

というのがあって、
読みながら笑ってしまった思い出があります。


邪馬台国のなぞ

弥生(やよい)時代(じだい)(後半)の特徴(とくちょう)

・「土地」と「水」をあらそって戦争がおこる。

(むらのあとに(てき)侵入(しんにゅう)(ふせ)ぐための
(ほり)(へい)のあとが残っていたり、
お墓の中からは首のない死体や
矢がつきささっている死体なども
発見されたりしたことから分かる。)

・強いむらがいくつかの弱いむらをしたがえて
 小さな国ができる。

・中国の「(かん)」、のちには「()」との交流が始まる。
 (「金印(きんいん)」をもらう♪)

  邪馬台国(やまたいこく)」が約30カ国をしたがえ、国をまとめる。

 
首の無い死体
 お墓から見つかった首の無い死体

(次回へつづく)

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筆者のインドやエジプトなどの海外旅行での
珍道中をまとめた
「旅ブログ Run around the World」
興味があればのぞいてみてください♪

日本のあけぼの⑨ 卑弥呼、邪馬台国の女王になる(前編)

さて、稲作がはじまってからの
弥生時代の後半の日本は

「もっとお米をたくさん収穫(しゅうかく)したい!」

という人々の欲望(よくぼう)のもとで、
栄養(えいよう)のある土地や豊富(ほうふ)な水を求めてむらとむら、
国と国が戦争をつづけるといった、
とても(こわ)い時代でした・・・。

土地をめぐる争い2
※小学館「学習まんが 日本の歴史」より


各国の王様たちは、このままではまずいと考えて
一人の女性を女王にしようと考えました。
それが「卑弥呼(ひみこ)」だったのです。


卑弥呼誕生2

※各国の王様たちが、卑弥呼を女王にしようと話し合っているようすです。




では、その「卑弥呼」がどのように
国をまとめていくようになったのかを
少し勉強してみましょう。

 

 

昔々(むかしむかし)邪馬台国(やまたいこく)という国に、
「卑弥呼」という名前の一人の女性がいました。

ある日、卑弥呼は部屋で趣味(しゅみ)のうらないをやりながら

卑弥呼

「明日の天気は晴れか~。

 そろそろ雨がふらないと
 田んぼの稲が()れてしまうな~。」

などと考えごとをしていました。

ところがそんな卑弥呼の
大事なプライベートな時間を打ちやぶるかのごとく、
「ドンドンドン!」
というドアをノックする音がしました。


「なんだろう?」

そう思ってドアを開けたら、
いきなり何人もの男の人が
急に卑弥呼の部屋の中にドカドカと入ってきました。

とつぜんの訪問者(ほうもんしゃ)
卑弥呼はビックリしました。

しかし、もっとビックリすることに
その男の人たちは全員が全員、
近くにある小さな国々の王様たちだったのです!

「えっ、えっ、いったい何があったの!?」

卑弥呼には何が何だかわかりません・・・。

しかし、そんな卑弥呼の気持ちなんかおかまいなしに、
王様たちの中の一人が話を始めました。

「卑弥呼さんとおっしゃいましたね? 

 あなたは未来のことが
 わかるという不思議(ふしぎ)な力をお持ちのようだ。

 そこでどうだろう、あなたのその力を
 この国の平和のために役立てては下さらないか?」

いまだに状況(じょうきょう)がよくつかめない卑弥呼は、
なんとか落ち着こうとしながら

「それは・・・、いったいどういうことですか・・・?」

とだけ声に出しました。

王様は話をつづけます。

「つまりは、あなたに我々(われわれ)の女王になってもらいたいのです。」

「ええっ!?」

 

とつぜん各国の王様たちにやってこられて

「我々の女王になって下さい。」

とお願いされることは、
一人の女性にとってどれぐらい
ショッキングなことなのでしょう。

あまりに急なもうし出に
卑弥呼は一瞬(いっしゅん)、言葉を失ってしまいました。

「とてもじゃないけれど今すぐにはお返事できません・・・。

 お願いですから、少しだけ考える時間を下さい・・・。」

混乱する頭の中をどうにか整理しながら、
やっとのことで、そう各国の王様たちに伝えました。

そのとき、卑弥呼は
そうとしかこたえることができなかったのです。

 

各国の王様たちが帰ったあと、
卑弥呼は一人部屋の中で考えました。

「私なんかが女王になっていいのだろうか?

私にできることといったら
 未来のことを予知(よち)することぐらい・・・。

そんな私がこの国をまとめていけるのだろうか・・・?」

「もし私が女王になって国が(みだ)れてしまったらどうしよう・・・。

もし私のせいで多くの人々の命が失われたらどうしよう・・・。」

そういう不安が当然、卑弥呼にはありました。



(次回へつづく)

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日本のあけぼの⑩ 卑弥呼、邪馬台国の女王になる(後編)

何日も、何週間もの間、卑弥呼は考えました。

大勢(おおぜい)の人々をたばねて国をまとめていく自信なんて
もちろん全然ありません。

でも・・・、戦争に出かけたまま帰ってこない家族や恋人を、
いつまでも待ちつづける人々の不安でさびしそうな表情を
卑弥呼はこれまで何度も目にしてきました。

しかし、卑弥呼は知ってしまうのです、
分かってしまうのです。

その人たちが待っている大切な人は、
もうここには帰ってこないということを・・・。


卑弥呼の時代3



卑弥呼の時代2
※小学館「学習まんが 日本の歴史」より


そういうことがあるたびに卑弥呼は

「この私に何かできることはないのだろうか?」

そう自分自身に問いつづけてきたのでした・・・。

 

ある日、戦争に出かけていった若者が、
また一人亡くなってしまうことを
卑弥呼は感じとりました。

なやんだ(すえ)に卑弥呼は
若者の家族にそのことを伝えました。

「そうですか・・・。

本当のことを言ってくださって、
どうもありがとうございました・・・。」

若者の母親は
そう静かに言葉をもらしました。

卑弥呼の言うことにまちがいは無い、
そのことをむらの誰もが知っていたのでした。

すると、急に若者の母親は
何かがくずれてしまったように
卑弥呼の前で泣き出してしまったのです。


その涙を見て卑弥呼は
とてもやるせない気持ちになってしまいました・・・。

「もうこんなこといやだ・・・。

もう誰かが死んでしまうのを知りたくなんかない、
 もう誰の涙も見たくない!

 もし私の能力が何かの役に立つというのならば、
 この母親のように、
 弱くてかわいそうな人たちのために、
 この力を使ってあげたい!」

卑弥呼はついに
邪馬台国の女王になることを決意しました。

 

卑弥呼は、すぐさま各国の王様たちを集めて
お願いをしました。

「私をどうか、邪馬台国の女王にして下さい!」

「ついに決心して下さったか!」

各国の王様たちはとても喜びました。

 

卑弥呼誕生3


卑弥呼誕生4
※ 女王、卑弥呼が生まれました!


そのあと何年ものあいだ、
卑弥呼は自分の能力をいかしながら
国と国とが戦争にならないように、
女王として政治をおこなっていきました。

卑弥呼1


卑弥呼2


そうした卑弥呼の努力のかいもあってか、
しばらくすると国どうしの戦争は無くなっていき、
日本はだんだんと平和になっていったとのことです。

 

卑弥呼が邪馬台国の女王になってから、
数十年の月日がたちました・・・。

卑弥呼は中国の()の国との交流で、
魏の国から金印(きんいん)
数十枚もの銅鏡(どうきょう)(銅で作られた(かがみ))をもらいうけました。


卑弥呼と道鏡1



銅鏡   
     ※銅鏡です。

自分の部屋にもどり、
銅鏡を一枚一枚手にとりながら、
そこにうつる自分を静かにながめる卑弥呼・・・。

「あらあら、こんなにも白髪(しらが)がはえてしまった。

フフフ、私もずいぶん(とし)をとってしまったな・・・。」

卑弥呼はそうしみじみ思いました。

卑弥呼と道鏡2


しかし、その銅鏡の中にうつっていたのは、
(とし)をとったただの老女などではありませんでした。

そこにうつっていたのは、
平和を願いつづけた
一人の女性の(やさ)しいほほえみでした・・・。

 

邪馬台国(やまたいこく)」は卑弥呼が()くなったあと、
新しく男の王様がたんじょうしたようですが、
争いが起こってしまい、
「イヨ(トヨ)」という女性が新しい女王になり
また平和になったそうです。


卑弥呼の時代4


()しかし、邪馬台国がその後はどうなったのかは分かっていません。
滅亡(めつぼう)してしまったのか、
そのまま存在(そんざい)しつづけたのか・・・。

 

このあとの日本には、
近畿地方に「大和(やまと)政権(せいけん)(大和朝廷)」という
大きな政治(せいじ)組織(そしき)がうまれ、
日本を支配(しはい)していくことになります。

邪馬台国(やまたいこく)」がこの次の時代にうまれた
大和(やまと)政権(せいけん)」のもとになったのかどうか・・・、
確かなことは今も分かってはいません・・・。



卑弥呼

    卑弥呼(ひみこ)(想像図)

             


(かがみ)よ、鏡よ、鏡さん・・・

この世で一番、(うらな)いが上手な女性はだ~れ?」

冗談(じょうだん)でそんなことを銅鏡(どうきょう)に向かって言いながら

いろいろなことを考えていたのかもしれませんね。

(次回へつづく)

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日本のあけぼの(復習問題)

(おさらい問題)

学習したことが、きちんと身についているか、
もう一度確かめてみよう!

全部できたら
安心して次の時代の勉強に進みましょう♪

 

問1、「旧石器(きゅうせっき)時代」のみんなが使っていた
 大きな岩をくだいてつくった簡単(かんたん)な石器のことを
 何といいますか?

(正解)「打製(だせい)石器(せっき)

 

 

2、「縄文(じょうもん)時代」の人々は
どんな家に住んでいましたか? 

   また、彼らの食生活や使っていた道具については、
   何を調べれば分かりますか?

(正解)「竪穴(たてあな)住居(じゅうきょ)」「貝塚(かいづか)

 

 

3、「弥生(やよい)時代」の人々は
どんな石器で稲を()りとりましたか?

   また、収穫(しゅうかく)した稲はどこにたくわえておきましたか?

(正解)「(いし)包丁(ぼうちょう)」「高床(たかゆか)倉庫(そうこ)

 

 

4、紀元(きげん)1世紀ごろ、日本(())には
100あまりの小さな国がありました。

   その中の一つの奴国(なこく)(今の北九州あたりの国)の王が、
   中国におみやげを(おく)るかわりに
   中国の皇帝(こうてい)からもらったものは何ですか?

   また、当時の中国には何という国がありましたか?

(正解)「金印(きんいん)」(金でできた豪華(ごうか)印鑑(いんかん))「(かん)

 

 

5、3世紀ごろの日本はある国が中心となって
30カ国あまりの小国をまとめていました。
その国の名前はなんですか? 

   またその国の女王は誰ですか?

(正解)「邪馬台国(やまたいこく)」「卑弥呼(ひみこ)

 

 

6、邪馬台国(やまたいこく)卑弥呼(ひみこ)も中国から金印(きんいん)をもらっていました。

  さて、この邪馬台国は中国の
  何という国と交流(こうりゅう)があったのでしょうか?

(正解)「()

 

 
(次回へつづく)

ご愛読ありがとうございます。
まわりのお友達にも
ぜひ紹介してみてください。
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