2006年11月21日

第15日目 〜フィレンツェ〜

3月18日。

朝8時起床。

さて、今日はフィレンツェを観光するわけだが例によって何も決めてないので朝食を食べながらガイドブックをペラペラとめくる。

フィレンツェと言えば「メディチ家」。

以前からルネッサンス時代に栄華を極めたメディチ家には興味があったので、メディチ家ツアーに出かけることにした。

ユースを出て、バスに揺られながらまずS.M.N駅まで来てそこからフラフラと向かったのはメディチ家の菩提寺であるサン・ロレンツォ教会。

その途中、中央市場なるものを発見しブラブラとショッピング、ということはするわけもなくほぼ素通り。

そして、サン・ロレンツォ教会に到着。

サン・ロレンツォ教会








この教会はわりとこじんまりしていたが、そこはイタリア、旧聖具室なるところはミケランジェロによるもの。

この教会と後ろ側でつながっているのがメディチ家礼拝堂であるのだが、ドアの前にはホニャララナンチャラとイタリア語で書いてあったが、どうやら工事中で立ち入り禁止とのことらしい。

ファッ○!!

どちらかというと、そっちに見たいのがあったので正直げんなり。

ちなみにここサン・ロレンツォ教会は「冷静と情熱の間」の結婚式のシーンで使われてるような気がする。

次はメディチ・リッカルディ宮。

ここはメディチ家のお住まい。

けど宮って言うわりには質素なたたずまいだった。

それもそのはず、やはりいつの時代でも栄華をほこると妬みつらみをかうわけで、時のボスであったコジモ1世というおっさんが建築家と相談してわざと簡素なものにしたそうである。

ここでちょっとブレイク!ってことで最近メールのチェックなどをしてなかったので、日本語が読めるインターネットカフェを探すことに。

こんなときに頼りになるのがTourist Informationだ。

ちょうどその宮殿の隣あたりにあったのでお話を伺うことに。

すると相手はニッポン人のオネーサンじゃないですか!

ひさびさのオフィシャル日本語。

いいですねえ。

とりあえずインターネットカフェの場所を聞き、オネーサンが「お一人で旅行してるんですか?」と聞いてきたので「ソウデース、一人デ旅シテマース。」と答えた。

そこでほぼナンパまがいに雑談すること10分。

どうやらここフィレンツェ、日本人の観光客は多いのだがみんな団体さんで一人旅の人は割りと珍しいらしい。

雑談ついでにおいしいレストランとかオススメの観光スポットとかを事情聴取ばりに聞き出す。

オネーサンに別れを告げインターネットカフェに向かった。

そこでメールをチェックしmixiに日記を書いたりしていたら、お昼の時間となったのでそのオススメのレストランに行ってみることにした。

場所はヴェッキオ橋を渡ってちょっと行ったところらしい。

せっかくなので人通りのあまりない感じの路地を通ってみた。

フィレンツェの路地








ん〜この石畳、ほんとにいい感じです。

そんなフィレンツェ情緒を感じながら無事そのレストランに到着した。

すんげー分かりづらいとこだったから、ちゃんと住所を教えてもらっててよかったわ。

店内に潜入したとき、おれは完全に場違いであることに気付いた。

店員に「一人だ。」と告げるとほんとに嫌そうに「今混んでるから、待ってろ」という。

そう!場違いというのは店の感じがお高級な雰囲気を醸し出していたからであり、一人で来るとこじゃねーとつくづく後悔した。

10分ほど待たされ、席に付いてメニューに目を向けると、オールイタリア語。。。

英語のメニューはねえという。

もう何がなんだか分かんねーけど、テキトーにこれとこれをおねげーします、と告げ料理の到着を待つことにした。

辺りを見回すと、ハリウッドの有名人たちのサインや写真が壁に掛けられていた。

ほんとに有名なお店なのね。。。

うーーん、やっぱおれ場違い!

そして運ばれてきた料理は「トマトのオリーブオイル和え」みたいなのと「ポルチーニのリゾット」。

うわー、トマト出てきちゃったかー。

ぼくトマトダメなんですよね。。。

けど高いお金払ってるので食べないわけにはいかず、水で流し込みました。

リゾットの方はというと、ほんとにおいしゅうございました。

まあ結構痛い出費ではありましたが・・・


気を取り直して、次にピッティ宮にあるボーボリ庭園に行くことにした。

どうやら広い庭園でちょっと高台にあるのでフィレンツェの町を眺めながら散歩できるとのことらしい。

タダで入れんのかと思ったら、ピッティ宮の見学と込みのチケットを買わなきゃいけないらしい。

しゃーねーからチケットを購入し、庭園内を散策することに。

天気もよかったので、芝生に腰を下ろし、すやすやと。。。。




寒っ!!

どうやら3時間ほど寝てしまったらしい。

ほんとにこの旅ではいたるところで寝ています。

ピッティ宮ボーボリ庭園









ピッティ宮の展示をほんとチラ見って感じで立ち去り、フィレンツェに来た一番の目的であるウフィッツィ美術館に向かった。

なぜこの時間を選んだかというと、この美術館ほんとに混むそうで夕方が一番空いてるって話を聞いたからです。

いやいやまだ並んでいるじゃないですか!!

けどまあ30分くらいで中に入れました。

一番見たかったのは、誰もが一度はどっかで見たことがあるだろうボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」!!

いざご対面!

感動しました。

やっぱ、教科書とかテレビで見たものの実物が手を伸ばせば届く距離にあるってのはすげーです。

ただやっぱルネサンスだとちょっと昔になるからかディテールがあんま細かくなかったような気が・・・

足の接地の仕方がおかしいんだよなー。

でもそんなことは関係ないくらいの存在感を醸し出してました。

そのほかに「春」も同じブースにあったし、豪華な感じだった。

この美術館はほかと違って、ちょっとガランとした印象をもったんだけど、要所要所にミケランジェロだのラファエロだのダ・ヴィンチだの作品が展示してあるわけで、もう完全に忍者タートルズなわけでした。

そんなこんなで閉館時間のちょっと前まで、そのルネサンスってやつにひたったおれは宿に戻ることにした。



再びバスでえんやこら。

辺りは闇に包まれ、今日も電灯がついていない。

昨日会ったあいこさんの話では、彼女んときは電灯はついていたという。

なんだ?いじめか?

ほんとに暗いんだって!!

まあ、いいや。


今日も食堂で夕食に舌鼓を打っていると、出会いagain、あいこさんに遭遇。

そして昨日に引き続き、おれらのトークは始まった。

近くの席には信じらんねー量の夕食を食う、ちっこい女の子。

隣の部屋ではオケの合宿みてーのが練習中。

夕食を終え、昨日同様ビールを買い、話す話す。

話が止むことはなかったが、おれは明日ヴェネチアに向かわなければならなかったので1時にギブアップ。

そして床についた。




ちなみに↓この写真は次に日の朝、泊まっていたユースを撮ったもの。
オステッロ・エウローパ・ヴィッラ・カメラータ


hirohirope1982 at 10:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 旅行 

2006年06月28日

第14日目 〜ローマ、フィレンツェ〜

今日でローマはお別れだ。

朝9時にテルミニ駅に行き、12:30発フィレンツェ行きの切符を購入した。

出発までの3時間、まだ行っていなかったトレビの泉とスペイン広場に行くことにした。

駅からバックパックを背負ってテクテクとトレビの泉を目指した。

今日は昨日の雨から一転雲ひとつない快晴。

額に汗をにじませながら、30分ほどで到着した。

トレビの泉








たいしたことねえんだろうなあ、と予想していたがなかなかどうして立派な泉じゃないですか!!

予想よりも大きいし彫刻もなかなか綺麗だった。

そしてここトレビの泉に来たらやらなきゃいけないことがあった。

そう!後ろ向きにコインを泉に投げるのだ。

しかも2枚投げると恋が成就するみたいな話を小耳に挟んだので、なけなしのコイン2枚を誰との恋が成就するんだべ?と思いながら投げました。

しかも投げてる瞬間を近くにいた観光客に写真撮ってもらったんだけど、投げた後その体勢をキープしてるから結構恥ずかしかった。

頼んだおっちゃんは撮り終えたあと、おれにGood!と親指を立てて言った。

いやー恥ずかしいことこの上無しだぜ!


そして近くでジェラートを買い、泉を眺めながら頬張った。

いやーけどバックパック背負って一人でいるやつはおれしかいなかったわ(笑)。

次にスペイン坂に向かった。

ってかおれ完全にローマの休日しちゃってます。



スペイン坂はトレビの泉からわりと近くすぐに着いた。

しかし目の前に広がる光景は・・・

工事中。。。

でも階段は普通に歩けました。

てか想像以上に長い階段で上まで137段あるらしい。

まあピンとこないけど。。。

天気もよかったので階段に腰を下ろし日向ぼっこすることにした。

そういえば、それまでいろんなところで日向ぼっこしたけど、おれ以外に寝そべっている日本人は一人もいなかった。

欧米の人は日向ぼっこが大好きらしく隙あらばってかんじでいたるとこで寝そべってたけど、日本人はそういうことしないのね。

そんなこんなでダラダラ過ごし、電車の時間と相成った。

また駅へ向かい、無事に乗車成功。

次はいよいよ花の都フィレンツェだ。



電車に揺られること2時間弱。

14:06にS.M.Nフィレンツェ駅に到着。

フィレンツェの宿はもうネットで予約済みだったが、そこがバスで行くようなちょっと遠いところにあるので、まだ時間もあるし駅に荷物を預けドゥオモに行くことにした。

相変わらずろくに地図も見ずにフラフラ歩いていると、大きな川にぶつかった。

地図を開くとドゥオモとはずいぶん離れた方向に歩いてきたようだ。

川面を眺めながら、またフラフラとドゥオモを目指した。

イタリアで最も完成度の高いドゥオモと謳われるフィレンツェのドゥオモは・・・・・・近すぎて分かんねーー!

イタリア・ゴシック様式の大聖堂の周りにはジョットの鐘楼や洗礼堂を周りに構えていた。

さて、とりあえずクーポラに上ってみるか!

ってことで高さ91mのクーポラの展望台へと464段の階段をせっせと上る。

そして展望台に到着。

するとフィレンツェの町並みが一望できた。

いやーホントに綺麗だわー。

ジョットの鐘楼ドゥオモからのフィレンツェ









フィレンツェの町並みは結構独特でどこの建物もみな屋根が赤い。

そんな綺麗な景色にひたっていると「井上さん!」とこんな異国の地でおれの名前を呼ぶ声が聞こえた。

なにー「冷静と情熱の間」の再現かーーー!!!

振り返るとそこにはパリのユースで仲良くなった少年Aが立っていた。

女の子だったらミラクルだったな。

けど異国の地で再会ってのは誰と会ってもすげーうれしい。

10日ぶりの再会ってことでとりあえず近況報告。

彼はパリで別れた後、スイスに行ってきたらしい。

建築関係が好きらしく、観光客が行かないようなところを回ってきたとのことだ。

てかこの旅で思ったけど、建築好き、ってか建築目的で旅している人ってめちゃめちゃ多い。

どこ行ってもそういう人に会った。

医学部の人は一人もいなかったなあ。




そんな感じで彼としゃべりながら、ミケランジェロ広場に向かった。

ヴェッキオ宮↓を通り過ぎ、有名なヴェッキオ橋を渡って行くことにした。

ヴェッキオ宮








こいつが橋なんだか家なんだか、とにかくおもしろい。

橋の両側には貴金属のお店が軒を連ね、あたかもショッピングストリートの様を呈していた。

もちろんおれらには貴金属なんて無用の長物です、はい。

ヴェッキオ橋ヴェッキオ橋2







橋を渡り、坂を延々と上りミケランジェロ広場に到着。

ここはフィレンツェ随一のビューポイントであり、なんといっても夕暮れ時の景色はたまんねーって話だったので、そのタイミングを狙って来てみた。

フィレンツェの町並み夕暮れのフィレンツェ







「絶景かな、絶景かな」

石川五右衛門が南禅寺の山門から言ったと言われるこの言葉。

おそらくフィレンツェでも同じように、この景色に驚嘆しそう言うだろう。

ハンパねえ。

屋根の赤と夕日の赤の見事なコラボレーション。

ここ最近感動が薄れてしまっていたが、この景色はまた新しい感動を思い起こさせてくれた。

ちなみに冷静と情熱の間を見た人は共感してくれるものと思うが、オープニングのカットは絶対ここから撮ったものだと思う。



この広場にはミケランジェロの大作「ダヴィデ像」が真ん中に置かれている。

少年Aがそれを熱心に写真を撮っていたので、「これはコピーだよ」と教えてあげると、ちょっとヘコんでいた。

ミケランジェロ広場












そろそろ日も落ちそうなので、宿へ行くことにした。

ということで少年Aに別れを告げ、もう歩くのはめんどいのでとりあえず、広場から駅に行くバスに乗ることにした。

駅に到着。

ガイドブックに書いてあるNo.17というバスに乗ることにした。

15分ほど待ち、バスが来たので乗り込み、運ちゃんに「オステッロ!」と伝え「Si!」と言ってくれたので安心して席に座った。

(オステッロとはイタリア語でユースホステルの意味であり、知らない町でバスに乗るときは結構冒険ものなので行き先を伝えた方が懸命である。)


20分ほど経っただろうか、まだ着かない。

遠すぎだろっ!

ホントに大丈夫か!?

そんな心配もつかの間、バスがあるバス停に停車し、運ちゃんじゃないおっちゃんがあれがユースの入り口だ!と教えてくれた。

グラッツェ!と礼を言い、ユースの門をくぐった。

日も暮れ、辺りには宵闇がたちこめ始めていた。

てか明かりが見えねーんだけど!!

外灯はあるがついていない。。。

林道みたいな道を歩けど歩けど、明かりは見えない。

すでにあたりは漆黒の闇。。。

不安MAX。

そして何分歩いたか、小さな明かりが見えた。

それを見て、そっと胸をなでおろした。

ロビーに行き、無事チェックインに成功。

ふうーー、疲れたあ。

そしてやっと余裕が持ててきたので、辺りを見回すと・・・

「何だい、ここのユースは???」

ご立派な柱や彫刻の数々。

そう!何を隠そうこのユースは貴族の屋敷を改修し、ユースホステルとして利用しているというなんとも歴史のある建物なのです!

ハンパねえ。。。

部屋に入り、荷物を置き、着替えてほっと一息つくことに。

腹減ったなあ。

このユースはレストランってか食堂があるってことでそこで夕食をとることにした。

まず食券をフロントで購入しなきゃいけならしい、ってことで列に並び食券を買い求めた。

おれの前に並んでる女の人、日本人ぽいんだよなあと思いながら食券をゲットしカウンターでディナーセットみたいなのを受け取り席を探すことに。

すると結構混んでてあんま空いてない。

まわりを見回し空いてる席を発見!

さっきの女の子が座っていた。

ここいいですか?的なアイコンタクトをすると、どうぞってかんじだったので席に着いた。

やっぱ日本人だよなあ?

しかしここヨーロッパでは日本人だと思って日本語でしゃべりかけても英語とか現地の言葉で返されることが往々にしてよくあるので、かなり警戒していた。

しかしどうやら向こうも牽制しているらしかった。

そこで思い切って「日本人ですか?」と聞くと「はい」という答えが返ってきたので、安心した。

それから堰を切ったように話をした。

さっきまで牽制してたのが嘘のようだった。

彼女は会子さんというおれの一つ上の女性だった。

よく一人旅をするらしくいろんな話を聞けた。

今回はイタリアを少し旅して、それからイギリスに行くらしい。

夕食も食べ終えたが、おれも会子さんもよくしゃべるので売店でビールを買い飲みながら話すことにした(笑)。

会子さんはお酒があまり得意ではないらしかったが、おれに付き合って飲んでくれた。

おれも久々に日本人とゆっくり話すので、すげーうれしくていっぱいおしゃべりをした。

考え方とかすげーしっかりしてて、すげー勉強になった。

こういう出会いがあるから旅行はたまんねー!

そして延々とおしゃべりすること数時間。

もう1時を回っていた。

この旅でこんな時間まで起きてるのも初めてだった。

もう寝るべ!ってことでこの日は寝ることにした。

二人のおしゃべりはこの日だけでは終わらなかったが、それはまた次のお話(笑)。


hirohirope1982 at 00:11|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 旅行 

2006年06月07日

第13日目 〜ローマ〜

3月16日

マジで旅行に飽きてしまった。

どっか行くのめんどくせー。

けどローマにはあとこの日しかいないのでそうも言ってられない。

まだ行ってないところもいっぱいあるしな。

んでまずは別の宿を探すことにした。

なぜってこのユース、めちゃめちゃ遠いしスタッフの愛想も良くない。

明日は午前中の電車でフィレンツェに行く予定なので、いっそテルミニ駅の近くに泊まってしまえってことでバックパックを背負い、バス、地下鉄と乗り継ぎ「パパ・ジェルマーノ」というユースホステルってよりは安ホテルてな感じのところに到着した。

安ホテルっていっても部屋はドミトリーだから結構安い。

んでまだチェックインできないから、とりあえず予約をし荷物を預け、サン・ピエトロ寺院に向かうことにした。

このホテルは共和国広場↓↓ってとこの近くにあって、地下鉄の駅がその広場にある。

共和国広場








そしてなんとかサン・ピエトロ寺院に到着。

ってかありえないくらいの人がもうすでに並んでいた。

サン・ピエトロ寺院







その行列の長さはみたところ200mってとこだろうか、仕方なく並ぶことに。

前後は騒がしい若者グループ。

ちょっと気まずさを感じながら1時間。

列が2本にわかれ、片方は寺院内部にもう片方はクーポラに登る列だった。

もちろんクーポラ方面を選択。

階段を上りに上りまた1時間後やっとてっぺんに到着。

何気にローマではかなり高いことが判明。

バチカン市国も見渡せなかなか景色がよい。

ただ写真でお分かりいただけるかもしれないが、この日はあいにくの雨。。。

晴れていたらもっと爽快だったろうにとちょっと悔しい。


写真は左からバチカン市国敷地内、サン・ピエトロ広場、そして昨日行ったバチカン美術館。

バチカン市国サン・ピエトロ広場バチカン美術館








とりあえず記念にクーポラの上からそこらへんの人に頼み一枚。

クーポラ屋上








景色を満喫したところで階段を駆け下り、いよいよカトリックの総本山サン・ピエトロ寺院の内部に潜入を試みることに。

サン・ピエトロ寺院内部








でかい!

いやそれにもまして、彫刻やフレスコ画の見事さはなんなんだ!?

さすが総本山である。

その後も数々の教会を見てきたが、これほどまでにスケールの大きい教会をみたのは後にも先にもなかった(サグラダファミリアが完成したらわからないが)。

その壮大さに圧倒されたおれは、寺院を後にした。

サン・ピエトロ広場記念撮影











次に行くところは・・・・

まったく決めていない。

ってことで時間も12時過ぎてたしお昼にしようと、中心部を目指した。

途中通りかかったのはサンタンジェロ城↓。

サンタンジェロ城







以前ニースのユースでローマにめっちゃうまいカルボナーラを出す店があるという話を聞いていたのでそこに行くことにした。

カルボナーラ







日本でのカルボナーラより水気が少なく、日本人の感覚だとちょっとしょっぱい感じがしたが普通にうまかった。

メシを食いながら次にどこ行こうかとガイドブックをペラペラ。

そしておもしろそうなところを発見。

「アッピア街道のカタコンベ」

アッピア街道とはあの有名な「すべての道はローマに通じる」という言葉にある「道」のことである。

こしてカタコンベとはそのアッピア街道沿いに散在する初期キリスト教徒の共同地下墓地だそうだ。

うーーんなんとも楽しそうな響きだ。

よしっここに行こう!ということでどうやって行くかを調べてみると、ここはローマ郊外にあってバスで行くとのことである。

早速バスを乗り継ぎ、30分ほどで到着した。

やっぱ郊外だと全然雰囲気が違くて、辺りは家がまばらにある感じ。

そして依然として雨。

ってかちょっと強くなってね!?

まあいいか!

んでチケットカウンターへ行き1枚ゲット。

入り口らしきとこにいくと、ちょっと待ってろと言う。

どうやらガイドつきで言葉も選べるらしい。

英語でも良かったんだけど、日本語あるか?と聞くとあるが今いないからちょっと待ってろと言う。

さすが日本人観光客が多いローマだけあって、日本語を話せるガイドもいるのかあと感心しながら待つこと20分。

「Japanese!Japanese!」の放送があり、入り口に向かった。

すると中国人らしき一人のおっちゃんがおれを待っていた。

日本人はおれだけ。。。

彼の名はリーさん。

リーさんは「こんにちは」とおれに挨拶をし、おれもひさびさの日本語だーと思い、うれしくなって挨拶を返した。

しかしリーさんの口から出た次の言葉は「Where are you from?」。。。

???

英語じゃん!!

そう、リーさんは日本語をしゃべれるわけではなかったのだ。

そしておもむろに肩から提げたウォークマンみたいなやつのスイッチを押した。

「みなさん、こんにちは。カタコンベへようこそ!」と声が流れ出した。

・・・・・

気を取り直して、そのテープの案内に従い見学することにした。

曲がりくねった通路はあたかも冥府へといざなうかのようだった。

なるほど、一人じゃ迷子になるわ!

通路の脇には穴が掘ってあり、そこから覗くと人骨がこれでもかというくらいに安置というよりは放置されている。

どうやらスポットがあるらしく各スポットで足を止め説明を聞く。

するとリーさんは付け足したいことがあるらしく、テープを止め説明してくれた。

もちろん英語で。

位が高い、いわゆる高僧クラスになるときちんと棺が設けられ、名前も彫ってあった。

リーさんはこの人は何をした人だとか、いつごろの人だとか、細かく説明してくれた。

なかなか面白い!

そして観光コースも終盤になりテープの女の人が「本日はどうもありがとうございました。」的なことを言い、テープは終了した。

まだ見る所がちょっと残っているらしく、リーさんと雑談しながら見学した。

そして最後にリーさんは唐突に「仏教徒か?」と聞いてきた。

何せ家がお寺だから、そうだ!と答えると、一瞬悲しそうな顔をしたが、次の瞬間名刺をおれに渡してきた。

困ったことがあったらここに連絡しなさい的なことを言い、おれはふと名刺に目をやると、どうやらリーさんは神父さんらしい。

ということは何かい?おれを改宗させる気なのかい??

アグレッシブな布教活動だなあと思いながら、リーさんに別れを告げた。



またバスに乗りローマ市内を目指すことにした。

そしてバスに乗っている途中おれはあるものに目が留まった。

延々と張り巡らされた城壁。

ローマ城壁








そうローマは城壁で囲まれた町だったのだ。

うーん、新たな発見。

パリも「レ・ミゼラブル」とかの映画で見る限り、中世は城壁で囲まれた町だったらしいが現在ではそんな雰囲気は感じなかった。

しかしここローマでは現在も跡というのではなく、きちんと残っているのであった。



バスはサン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ大聖堂↓という教会の前の広場に到着した。

サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ大聖堂







そこからは地下鉄で宿へと向かった。

預けていた荷物を受け取り、チェックインを済まし、部屋に入った。

なんて綺麗な部屋なんだ!

いままで決して綺麗とは言えない2段ベッドで寝ていたおれにとって、それは久々にみるちゃんとしたベッドだった。

まあ普通のホテルのベッドなんだけど、そんときのおれからすればそれは貴族のベッドなわけです。

しかもテレビがある!!

2週間ぶりのテレビ。

うれしくなってチャンネルを回すが、当然オールイタリア語。

けど日本のアニメとかも結構やってた。

「幽々白書」とか「らんま1/2」とか。

ウケたのがイタリア版「クイズ・ミリオネア」。

ほんとにそのまんまだった。

部屋は4人部屋で男女兼用だったんだけど、みんな一人旅の男2人と女2人。

しかもみんな日本人。

久しぶりに日本語だけど空間にいることが出来て、ほっとした。

久々の柔らかいベッドに横たわり、ぐっすりと寝ることが出来た。


hirohirope1982 at 17:52|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 旅行 

2006年06月05日

第12日目 〜ローマ〜

ガタンゴトン、ガタンゴトン。

電車に揺られ気持ちいい眠りに就いていたはずなのに、メチャメチャ寒い。

ふと目を開け、窓の方に目をやると窓が開いているではないか!?

だれだこの寒いのに窓なんて開けたやつは!!

まあ答えは簡単でおそらくおれの上で寝ているおばさんだろう。

そりゃあ天井あたりは暑いかもしんねーけど、おれんとこは風が直接吹き込むんだよっ!!

窓を閉め、再び眠りについた。

そして何時間経ったのだろうか、おれは誰かに起こされた。

まだ陽も出ていない。

何かと思い外を見ると電車はローマのティブルティーニ駅に到着していた。

まだ頭がボーっとしているがバックパックを背負い電車を降り、地下鉄を乗り継ぎ、予約した「オステッロ・ペッシーナ・フォロ・イタリコ」というユースホステルに向かうことにした。

そして最寄(だと思っていた駅)に到着。

ここでおれは大きな間違いを起こしてしまった。

ガイドブックの説明では場所は地図外になっていて何番のバスを使えと書いてあったが、付録の地図には端っこにそのユースが載っているではないか。

これなら歩いていける!と思いテクテクと歩き出した。

途中犬の散歩していたイタリア人のあんちゃんに道を聞いた。

彼は愛想良く、「それならあっちの方向だよ!」と教えてくれた。

そして20分、歩けど歩けど目的地に着かない。

広場があったので地図でそこがどこか調べてみた。

・・・・・・・・


逆方向じゃねーかよっ!!

仕方なくまた来た道を戻り、30分。

再びガイドブックを見たときおれはあることに気付いてしまった。

そのユースの名前の横にちっちゃい矢印がついてるではないか!!

なーるほど、そっちの方向だよってことね!


って、分かりづれーんだよっ!!

んで住所を見ると「olimpiadi」という文字がかろうじて読み取れた。

そして冷静に考えてみると、セリエAのASローマの本拠地「スタジオ・オリンピコ」の近くだということに気がついた。

そして地図を見る。

歩ける距離じゃねーーーーっすわ。

やはりバスしかねー。

しかしバス乗り場が分からず、ウロウロしているとおっちゃんが話しかけてきた。

「おめーどこ行きてーんだ??」

バスに乗ってこのユースまで行きたいと言うと、そのおっちゃんはわざわざバス停まで連れて行ってくれた。

グラッツェ!!

イタリア人はテキトーだがみんなやさしい。

ホントにいろいろ助けてもらった。

そして無事バスに乗りユースに着くことができた。

実はバスに20分ほど乗ったところだった。

ひゃーやっぱ歩いていけるわけねーっすわ。

ローマに朝5時に着いたのにもう9時半。。。






荷物をユースに預け、バチカン美術館に行くことにした。

バスで近くまで行き、それから歩いていくとすでに長蛇の列。

並んでいた人に「これはバチカン美術館に入るために並んでるのか?」と聞くと「多分そうだ」という。

なので並んでみることに。

40分ほど並び、中に入ることができた。

今までいろんな美術館を見てきたからぶっちゃけちょっと飽き気味ではあったが、やはりミケランジェロの「最後の審判」はみたい!ってことで順路通りに見学するが、このバチカン美術館は何気に広い。

しかも一方通行的なところがあるから、かなり込み合っている。

うざくなったおれは流れからはずれ屋上を目指した。

なんかどこに行っても高いところに上りたがるのです。

ローマ町並み








これがなかなか景色が良かった。

ローマの町並みを一望できるしね。

ローマもまた独特な雰囲気を持つ町で、辺りにビルなどはない。

そして赤い屋根の建物がたくさんある。

屋上で一服し、気を取り直して最後の審判があるシスティーナ礼拝堂へと向かった。

この礼拝堂は見学ルートの最後の方にあるので、いやでも他の作品を観なくてはならない。

この美術館にある美術品は大部分が歴代の教皇のコレクションだそうだ。

これではそこらへんの国王などがやっていることと変わらないではないかと、少々複雑な気持ちになる。

バチカン美術館









ルーブル美術館を見てしまうと他の美術館がしょっぱいものに見えてしまうが、ここバチカン美術館ではイタリア人芸術家の作品がたくさんあるのでそれなりに楽しめた。

やっとのことでシスティーナ礼拝堂に到着。

・・・

こいつはすごい!

なんつーか、躍動感っていうんだろうか。

描かれた人物がいまにもキャンバスから飛び出してきそうな雰囲気である。

実際ミケランジェロは解剖学にも精通し、肉体を描くときそれぞれの筋肉なども忠実に描いたといわれている。

なんか3Dの絵を見ているような感覚に陥ってしまった。


最後の審判システィーナ礼拝堂







やはりピンぼけになってしまっているがそれはあしからず。

ちなみにシスティーナ礼拝堂では撮影禁止だが、みんなかまわず写真を撮っているのでおれもこっそり。

つーか学生が修学旅行みたいな感じで来ているらしく、めっちゃうるせー!!

係員が注意して一旦静かになるが、またすぐにおしゃべりを始める。。。

まじでぶっ飛ばしたくなるぜ!

のんびりミケランジェロの大作を見たいのに、気をそがれた。

システィーナ礼拝堂以外にもラファエロの間や絵画館にある「キリストの変容」などなかなかみどころもありおもしろかった。





そしてバチカン美術館を後にし、パンテオンへ向かうことに。

ローマは道が入り組んでいて、すぐに迷子になる。

距離的には近いのに結構時間がかかった。

そしてやっと到着。

パンテオンパンテオン内部パンテオンの穴







なんかギリシャっぽい。

つーかこのパンテオン、歴史が半端ない!

なんと紀元前27〜25年に建てられ、118年に再建されたという現存するローマ建築の中で最も完全な形をとどめる、世界最大の石造り建築だそうだ。

パンテオンとは「すべての神々」という意味らしい。

なんとなく神々しい雰囲気を持ち、そのドームは美しい。

さすがミケランジェロが「天使の設計」と賞賛しただけある。

ちなみにここにはラファエロなどの著名人の棺が安置されている。

また新しいものを見たと、新鮮な気分にもなれた。





もう時間は1時を回っていたので腹減った。

ってことで昼食を近くのレストランでとることにした。

最近ろくなもん食ってなかったからイタリアではメシくらい贅沢しようと決めていた。

といっても10€(1400円くらい)だが。

個人的にイタリア料理は好きなので、結構楽しみにしていた。

かなり空腹だったのでパスタとピザを注文することにした。

ボロネーゼとマルゲリータ。

う〜ん、かなり贅沢な選択だぜ!

そして料理が到着。

やべーーー、マジうま!

さすが本場ですな。

ちなみにローマあたりだと、レストランの店員は日本語で話しかけてくる。

まあ大概が「ナカタ〜、ナカム〜ラ」だが。。。

ってかもう二人ともイタリアにいねーし!

あと「コンニチハ」とか「アリガト」くらいは言ってくる。

満腹、というか食いすぎた感はあったが次はコロッセオに行くことにした。

食後の散歩的な感じでフラフラとコロッセオのある方向に歩いていくとすげーのが現れた。


ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂







なんだこりゃあ!!


ローマの恐いとこってかすごいところは、全然有名じゃないのにものすごい建築物がポンポンそこらへんに立っているところである。

これも「ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂」っていうらしいが、聞いたこともない。

ローマはハンパねぇ!



何はともあれコロッセオに行かなくては。

そしてその道中、工事現場みてーのが広がっていた。

フォロ・ロマーノフォロ・ロマーノ2








何を隠そう、これはフォロ・ロマーノといい、古代ローマの共和政時代に政治、裁判、商業取引などが行われていたという市民生活の中心地なのである。

要するに紀元何年とかいうレヴェルの遺跡なのである。

そんなもんがまたポンポンあるっていうんだからやはりローマは底知れねぇ。

ちなみにここは「フォーラム」の語源となったことでも知られる。

ん〜、なかなか目的地にたどり着かないね。

けどやっとコロッセオに到着。

コロッセオ







これもすごすぎだろっ!

まあこれはローマのシンボルとしてあまりにも有名だが、一応説明までに、コロッセオとは古代ローマの円形闘技場であり紀元80年に立てられたそうである。

もうなにがなんだかわかんねーよ。

だって今まで生きてきて紀元何年とか紀元前何年とかってやつは大体「ただの穴じゃん!」とか「ただの石じゃん!」ってかんじだったわけで、こいつはこんなにきれいな姿で現在まで残っちゃってるわけですよ!

人間の命とははかないもんですね。

ようするに2000年間健在なわけですよ、こいつは。

ということは人間が20歳で子供を生むと考えると100代前のご先祖様の時代ってわけです。

ってことは2の100乗ってことだから、・・・・まあすごい人数のご先祖様がその間にいるわけだね。



なんか話が脱線してしまったので元に戻すことにしよう。

内部に潜入しようということでチケットカウンターに行こうとするとまたもや長蛇の列。

ローマは世界一の観光地というだけにどこに行っても人がいっぱい。。。

そしてツアー客がメチャメチャ多い。

一人旅だとこの並んでいる時間がこの上なく寂しい。。。

てかローマには一人旅の人があんまいない。

おれはイタリアに行って一つ悟った。

ローマに限らずイタリアは一人で来るところじゃねぇ。

友達とかとわいわい来るもんだと。

まあそんなこんなで1時間ほど並びチケットを購入し中に入ることに。

コロッセオ内部コロッセオ内部2コロッセオ記念撮影








うん、フツーにすごいね。

ただグラディエーターみたいなのを想像してたんだけど、実際には床(アレーナっていうらしい)がなくてむきだし状態。

写真にもあるんだけど、地下は行くつかの小部屋や通路があって、当時は猛獣の檻だったり、倉庫だったりに使われていたらしい。

そんな風景を眺めながら、当時のことを想像してみるといやはやすんげー迫力だったんだろうなあと思う。

まさに歓声が聞こえてくるような気分になる。

ただ内部は思いのほかボロボロで観客席は完全な状態では残っていなかった。

悠久の時に触れたおれは先ほど素通りしたフォロ・ロマーノを見に行くことにした。

コンスタンティヌス帝の凱旋門







コロッセオのすぐ隣には「コンスタンティヌス帝の凱旋門」なるものがある。

雰囲気的にはパリの凱旋門をすんげー小さくした感じ。

フォロ・ロマーノ3フォロ・ロマーノ記念撮影








そしてフォロ・ロマーノの敷地内に足を踏み入れた。

これはコロッセオほど綺麗な状態で残っているわけではない。

まさに遺跡って感じで現在も発掘作業を行っている。

さすがにここまで来ると、かなりお疲れです。

この日はかなり歩いた。

とりあえず写真を何枚か撮り、まだ5時過ぎくらいだったがユースに戻ることにした。

おれが泊まっているユースはASローマのホームスタジアムに激近。

そしてその日はちょうどUEFAカップの試合があるって話しだ。

ユースのおっちゃんにチケットってどこ行ったら手に入るんだ?と聞くとぜってームリだと言う。

がんばればダフ屋とかから買えたかもしんないけど、この日は疲れていたからまっいっかということで大人しく寝ることにした。




つーかローマに来てなんだか疲れてしまった。

この旅行も中盤に差し掛かり、今まですげーものをいっぱい見てきた。

だからどっかを観光するってことにちょっと飽き始めていた時期でもあった。

やっぱりどんなすごいもんでも、ずっと見ているとそれに慣れてしまう。

だからこのころでは、最初にパリに着いたときの感動を感じなくなっていた。

てかローマは見るところが多すぎる。

プランも立てづらいし、どこ行っても観光客が多いし。。。

イタリアはまた今度イタリアオンリーの旅行でのんびり来たいなーと思う。








hirohirope1982 at 02:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 旅行 

2006年05月25日

第11日目 〜ニース・モナコ〜

9時起床。

今日は何をするか最初から決めていた。

何もしない!!

ユースのチェックアウトを済まし、荷物を預けたまま外に出た。

めちゃめちゃ天気が良くあったかい!

近くのスーパーでサンドイッチと水を買い、海岸へと向かった。

そして海岸を散歩しいい場所を見つけ腰を下ろした。

地中海は真っ青というよりエメラルドグリーンだった。

そしてニースの海岸は砂浜ではない。

砂利よりは小さい小石で出来ている。

だから身体に貼りつかないのでシートなんか無しでもノープロなのだ。

靴下を脱ぎ、Tシャツも脱ぎダラーっと横になった。

青い空、青い海、そして海岸に寝そべる日本人。

ニース海岸








ニース海岸2







まわりには俺と同じような人たちが日光浴を楽しんでいた。

隣にはギャル3人組が雑誌を読んだり、音楽を聴いたりして過ごしていた。

のどかやなあ。

暖かい太陽のもとウトウトと睡魔に襲われ、眠りについた。

そして目が覚めたのは11:00。

それから1時間ほどまたボーっと海を眺める。

この旅で一番のんびりしたひと時を過ごせたと思う。

しかし12時くらいになり、さすがにヒマだなーと思いガイドブックのページをペラペラとめくる。

ニースから近いのはモナコやカンヌ。

よしっ!モナコに行ってみっかな☆

この日唯一やらなければならないことがあった。

それは夜に出るローマ行きの寝台列車のチケットをゲットすることである。

ちょうど駅に行かなければならなかったので、ついでにモナコも行っちゃうかーみたいな。

んで道中昨日教えてもらったうまいケバブ屋で1つケバブを買いほおばりながら駅へ向かった。

無事にチケットを購入し、ちょうどモナコ方面行きの鈍行列車が出発するところだったのでそれに飛び乗り、一路モナコへ向かうことにした。

おれはユーレイルパスを持っていたからTGVとか以外はフリーパスなのである。

そして電車は海沿いに走り30分ほどでモナコに到着した。

モナコはれっきとした独立国なのだが実際に行った印象としてはフランスの1つの町って感じ。

パスポートチェックなんてもんはまったくないし、言語もフランス語が主流であった。

ただイタリアに近いということもありイタリア語を話す人が結構いたり、英語も割りと話されているようだった。

でモナコのモナコ・モンテカルロ駅という駅に到着したのだが、この駅はちょっと変わってて山の地下にある。

だから地上までは数本ある連絡路みたいなのをテクテクと歩いていかなければならない。

そして地上に脱出成功したおれはとりあえず宮殿を目指した。

モナコの大公つまりボスが住む大公宮殿は海岸沿いの小高い山の上にある。

というか宮殿だけじゃなく政府機関の庁舎はほとんどここにある。

そしてテクテクと山を登り頂上に着くとモナコ公国が一望できた。

モナコ港








モナコ町並み







モナコはバチカン市国に次ぐ世界で2番目に小さな独立国である。

それを実感できた。

なぜってホントに端から端まで見渡せるからさ!

そしてここから見渡した感想。

めちゃめちゃ綺麗な町!

ただ土地が狭いから高層ビルがぎゅうぎゅうに建っているって印象をもった。

実はヨーロッパで高層ビルを見ることはほとんどない。

だいたい5、6階建てがいいとこである。

パリでもモンパルナスタワーっていう超高層ビルがあるけど、これを建てたばっかりに住民から美観を損なうとかなんとかと反対され、これから先パリに高層ビルを建てることが禁止されたくらいである。

だからモナコは結構新鮮な印象を持たせてくれた。

モナコ宮殿







大公宮殿では衛兵がきちんと監視していた。


そしてモナコと言えばカジノ!ってことでそれを見に行こうと歩いていたら、トラムを見かけそのルート図を見てみた。

すると約30分でモナコの主要な場所をまわり日本語のオーディオガイドもついて8€とかだった。

歩くのめんどくせーし乗っちゃうかーって感じで乗車。

オープンだから何気に走ってるときは恐かったが、モナコグランプリのコースを実際に走ったりお目当てのカジノんとこで停まってくれたりとなかなか満喫できた。

モナコカジノ







モナコカジノ2







もちろんマネーを持ってないしエレガントなんて程遠い格好をしているのでカジノに実際に行くなんてことは到底無理なお話。

カジノの中をタダ見することは出来なくて10€くらいは賭けなきゃいけないんだってさ。

そしてモナコを満喫したおれは再び電車に乗り、ニースへと戻ることにした。

そしてまた海岸で日向ぼっこをすることに(笑)。

電車の時間は21時過ぎ。

それまで海岸で寝てるってわけにはいかないからユースに戻り、ガイドブックを開きローマについてちょった調べることにした。

すると昨日話した日本人が戻ってきた。

そしてしばらく談笑することに。

ローマのうまいレストラン情報を聞いたりした過ごしているうちにそろそろ電車の時間が近づいてきた。

その人たちに別れを告げ、駅に向かうことにした。

途中再びケバブと水を買い、無事電車に乗った。

今回は6人部屋で、3段ベッドの真ん中。

これがメチャメチャ狭い。

身を起こすことなんて到底無理ってぐらい狭かった。

お母さんと息子、娘っていう3人組と一緒になるが挨拶を交わすこともなく、眠りに就くことにした。

明日はいよいよイタリアに上陸だ!

バイバイフランス!



hirohirope1982 at 19:25|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 旅行 

2006年05月24日

第10日目 〜アヴィニョン・マルセイユ〜

寝ている間も風が窓をたたく音や木々がざわめく音に何度も目が覚め、結局9:30くらいまで寝てた。

今日は午前中にアヴィニョンを見てまわり、午後はマルセイユを観光し夜ニースに向かう予定だ。

荷物をまとめ、中心部に向かうため橋を渡った。

今日も相変わらず風が強く帽子が飛ばされそうになった。

まずローマ法王庁に向かった。

時期的なこともあるのか街中では観光客を目にすることもなく、ひっそりとしていた。

ローマ法王庁に着いても人影はない。

入り口を探すが入り口が分からず、めんどくさくなったから中に入るのはやめて辺りを散策することに。

ローマ法王庁2








アヴィニョンの町並み









ここアヴィニョンはさすがに歴史がある町って感じでかなりいい感じ。

小さい町だからどこでも歩いていけるし、小道なんかも石畳で中世のヨーロッパって感じで結構ひたり系でした。

けどぶっちゃけ見るところはあまりない。

だから半日で十分かもね。

んで歩いて駅に向かうことにした。

アヴィニョンからはTGVか特急でマルセイユに行ける。

けどTGVは駅が別のところにある、ってことでめんどくせーから特急にフラッと乗りマルセイユに向かうことにした。

ヨーロッパの列車はだいたいコンパートメントになっていて1つに6人乗りが普通。

ハリーポッターの映画に出てくるホグワーツ行きの列車を想像してもらえれば分かってもらえるだろう。

今回おれが乗り込むとおばさんが1人座っていた。

Bonjour!と挨拶を交わし、列車は出発した。

おれが興味津々で景色を眺めていると「Where are you from?」と話しかけてきた。

「From Japan!」と答えると、それからおばさんとの会話が始まった。

そのおばさんはてっきりフランス人かと思っていたら、スイス人だということだ。

どうやらマルセイユに住んでいるらしい。

かなりいい人で英語も分かりやすく楽しい出会いだった。

フランスのチーズは臭くて食えねーよなーなんて話で盛り上がり、1時間ほどおばさんと話しこんでいると列車はマルセイユに近づいていた。

窓の外に広がる青い海、そう地中海!

テンションは俄然アゲアゲ!

ここでおばさんは一言「Welcome to Marseille!」

そして列車はマルセイユの駅に到着。

おばさんは「Have a nice trip!」と別れを告げ電車を降りていった。

おれも駅に降り立ちまずはTourist Informationに向かいマルセイユの地図をゲットすることに成功。

マルセイユ町並み








マルセイユ港








ここマルセイユはまさに地中海の港町といった雰囲気であった。

潮の香り、青い空、白い船。

イフ島という牢獄が置かれた島に行くことにした。

駅は町の内陸部に位置するので、とりあえず海のほうへいつもどおりろくに地図も見ずにテクテクと歩き、15分ほどで港に到着。

そして船着場に行くと、いやな予感が頭をよぎった。

だれもいなーい。

受付でイフ島まで行きてーと告げると今日は風が強いから欠航だよ〜といわれた。

ファッ○!!

しゃーねーからガイドブックを見回しノートルダム・ド・ラ・ギャルドバジリカ聖堂という教会に行くことにした。

ここは高台にあり何気に結構坂を登る。

バックパック背負ったままだと結構きつかった。

しかし到着するとそんなつかれなどフッ飛ばしてくれた。

マルセイユ町並み2








マルセイユ海岸







めっちゃ景色がいい!!

マルセイユは実は石灰岩らしき白い岩山に囲まれていた。

ちなみに写真の奥にある島が行きたかったイフ島。

展望台にベンチがあり、そこで日向ぼっこを決め込みダラーっと時間をすごした。

現在16:00

そろそろニースに向かわなくては。

またバックパックを背負い、テクテクと駅へ向かいニース行きの特急列車に乗った。

バルセロナの反省を生かし、ニースの宿はもうネットで予約済みなのでなんもあせることはねーぜ!



そして揺られること2時間半、ニース駅に到着。

世界有数のリゾートとして名高いニース。

ぶっちゃけリゾートだから見るところはまったくない。

しかしなぜ今回おれが行こうと決めたかと言うと、海岸で日向ぼっこがしたかったから!!

マジでそれだけです。

そして駅から宿に向かうことにしたわけだが、予想外に人通りが少ない。

21時前だぜ!?

しかも街中はいたるところで工事中。。。。

あれっ!?

ミステイクか!?

まっいっか。

ニースに泊まる理由のもう一つがユースがきれいということだ。

いろんなとこであったバックパッカーたちが「あそこのユースはいい!」と口をそろえて言う。

じゃあなんぼのもんじゃいってことで泊まることにしたのだ。

じつはその話を聞く前はマルセイユに泊まる予定だったのだ。

そしてオーベルジュ・ド・ジュネス・レ・カメリアというユースに到着。

なるほど言うだけの事はある!

外観も綺麗だし、部屋の中にシャワーがついてるし、キッチンもある。

ユースのなかでは「☆☆☆☆」こんぐらいかな。

荷物を部屋に置き、シャワーを浴び、、、、、、、あっメシ食ってねー!!

町へくりだし、といっても人気はあまりないが、ケバブ屋を発見!

これまでどこの町に行ってもケバブ屋ってのはある。

けどおれはラムが得意ではないから敬遠してたんだけど、選択肢はねーから一つ5€だったかな?と水を購入しユースで夕食と相成った。

ヤベーーーーーーーーーー、マジうま!!!!

おれはなんてバカだったんだろうか。

こんなうまいものを今まで敬遠してたなんて。。。

まったくクセなんてないし、あのジューシーなお肉、野菜も結構入ってるしボリューム満点!

包むものは店、というか国によっても異なり、トルティーヤだったりバニーニだったりと様々。

この後、おれは今回の旅でおそらく10回以上はケバブは食べた。

マジはまってしまった。

でもケバブってトルコ料理だよね?本場行ったらどんなことになっちゃうんだい?

確かにトルコといえばメシがうまいことでも有名だ。

どーなんだい、ほっぺげ?



大満足のおれは近くでおしゃべりしていたバックパッカーたちの話に混ざり、うまいケバブ屋情報をゲットした。

そしてみんなの話を聞くと、ニースに泊まり、ここを拠点として近くの町をまわるという人が多いらしい。

なかには1日中海岸で寝てたっていうつわものもいたが。

そして夜も更け眠りに就くことにした。




hirohirope1982 at 17:38|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 旅行 

2006年04月27日

第9日目 〜アヴィニョン〜

今日は8:45発の電車でフランスのアヴィニョンっという街に行く予定だ。

昨晩遅くまで飲んでたせいで、案の定寝坊。。。

現在8:00。

こりゃあやべーってことで速攻で荷物をまとめ、チェックアウトも済まし再び贅沢なタクシーを使ってしまった。

電車が出るのはフランサ駅というところで、歩いても全然行ける距離ではあったが、いかんせん寝坊してしまったせいで歩きでは間に合わない、ってことでタクシーを使ったら8:30に駅に到着。

割と早めに着きました。

フランサ駅









んで無事電車に乗りまずはフランスのモンペリエというところまで行き、そこで電車を乗り換えそれからアヴィニョンというところへ行く。

寝不足のため延々と爆睡。。。

途中検札とパスポートチェックがあったが寝ぼけながらも無事国境超えに成功。

そして13:16モンペリエに到着。

アヴィニョン行きの電車は14:20ころ。

というわけで一旦駅の外に出て昼食をとることにした。

駅を出ると目の前にマクドナルドがあったのでそこに入りビックマックセットを注文。

確か5€くらいだから日本円で700円くらい。

ちょっと高いけどまあいいべ。

そしてマックで時間をつぶしいざアヴィニョンへ。

17:00ころアヴィニョンに到着。

すると目の前には城壁が姿を現した。

アヴィニョン門







アヴィニョン城壁







ここでアヴィニョンがどういった町かと説明すると、ここアヴィニョンは1309年から1377年の間ローマ法王庁が置かれた町であり、これは教皇権がフランス王権に屈したことを意味し「アヴィニョン捕囚」というらしい。

というわけで小さい町ではあるが歴史的に非常に重要な町でもある。

ちなみにアヴィニョンのローマ法王庁を中心とする歴史地区は世界遺産にも登録されている。

とまあこんな町なわけで町の周りには城壁が巡らされているのだ。

今日はもう時間も遅いので、宿に行くことにした。

今回泊まったのは「オーベルジュ・バガテル」というユースホステル。

ここは夏はキャンプ場としても営業しているユースでアヴィニョンを流れるローヌ川の中洲に位置する。

なのでロケーションは最高なのである。

↓ローマ法王庁。
ローマ法王庁







↓童謡でも有名なアヴィニョン橋。
アヴィニョン橋







そしてチェックインも無事済ませ部屋に入ると誰もいない。。。

というかこのユースに来ておれ以外に人を見ていない。。。

1泊12€とわりと安かったけど、ちょっと寂しすぎる。。。

あとで一人日本人の鉄道マニアらしい40歳くらいのおっさんが同室になったが、どうやら今日はこのおっさんとおれ二人らしい。

このおっさんがしゃべるしゃべる。

かなりマニアックな話(どこの国のあの電車はどこがどうでたまらない、みたいな)をするので完全に着いていけず、半分無視。。。

言い忘れたが、ここアヴィニョンはめちゃくちゃ風が強かった。

いや風なんてかわいいもんじゃなく、おれは暴風というのにふさわしいだろう。

このユースは川の中州にあるから橋を渡らなきゃなんないんだけど、遮るものがないから直で風がくる。

マジで飛ばされそうになった。

そしてこの風が冷たいことこの上ない。

なんで体感温度で言えば、今回行った町のなかで一番寒かったのがここアヴィニョンだった。

あまりに強い風だから、ユースのスタッフに「ここはいつもこんなに風が強いのか?」と聞くと、いやっ今の時期は特にそうでこれはミストラルと言って山から吹く北風なんだと説明してくれた。

ミストラル、地理かなんかで聞いたことあるな。

風も強いしもう遅いから外にでるのはめんどくせーと思い、ユースの食堂で夕食をとることにした。

これがマジで最悪だった。

メニューなんてもんはなく、夕食をくれというと決められたもんが出てくる。

ポークチョップとスパゲッティー、石のように硬いパン。

なぜかまったく味付けされておらず、スパゲッティーは茹でただけ。。。

仕方ないから全部塩振って食ったけど、めちゃめちゃまずかった。。。

しかもこの最悪な夕食、なんと8€!!

完全なボッタクリですよ。

まあ食わなきゃ死ぬから食ったみたいな感じで見事にすべて平らげた。

もちろん全部のユースがこうってわけじゃなくてここが特別そうだった。

そして部屋に戻るとおっさんがまた話したそうにしている。

もちろん無視して速攻で就寝。

というわけでこの日は移動しただけで特になんにもない一日だった。


hirohirope1982 at 20:47|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 旅行 

2006年04月24日

第8日目 〜バルセロナ〜

昨晩はホントにハラハラドキドキだった。

そして一夜明け8:00に起床し、シャワーを浴びまずは今日の分の予約をしなきゃならなかった。

昨日飛び込みだったから今日の分はまた明日の朝来いと言われ、早速朝食をたいらげフロントに向かった。

すると、まだチェックアウトの時間じゃないし空いてるかわからんから、1時間後に来いと言われた。

じゃあとりあえずここから歩いていけるところを観光に行こうということでグエル邸というところに向かった。

ここはユースから歩いて10分くらいのところにあるガウディの建築だ。

そして行ってみると・・・・・・工事中。。。

というわけでそこらへんをフラフラと散歩して時間をつぶし、再びユースに戻るとルームチェンジだがなんとか今日も泊まれるってことで、荷物を移動しバルセロナの街へとくりだすことにした。



まずはサンパウ病院というところにいくことにした。

地下鉄で最寄の駅まで行き地図を頼りに難なく到着。

サンパウ病院













サンパウ病院2








サンパウ病院3







これが病院です。

ほんとに驚きです。

ここサンパウ病院はモンタネールというガウディのライバルチックな建築家の作品で、「芸術は病も治す」みたいな意志のもとに造られたらしい。

ガウディとは違った趣きではあるが、スペインの世紀末建築というのはそういうものなのか、複雑な彫刻が彫られ、シンプルという言葉とは程遠い雰囲気であった。

バルセロナはメチャメチャ天気がよく、暖かい!

写真を見ても、この空の青さがお分かりいただけるだろう。

なのでどこに行っても、ベンチを見つけると日向ぼっこをしてしまう。

ここでも30分ほどベンチに座りながら、ふと思ったことがあった。

ここは正真正銘病院なので構内には入院患者や外来の患者さんなどが実際にいる。

たしかに建物は綺麗だが、病院としてはどうなのだろう?

患者さんにとって自分が入院している病院が観光地だというのはどういう気分なのだろう?

やはり自分が一応医学生だからか、ふとそんなことを思いながら、天気いいなーとも思ったもんだった。

そして病院をあとにし、バルセロナと言えば「サグラダファミリア!!」ということで未だ未完成であるそのアントニ・ガウディが生涯をかけた世紀の建築物に向かうことにした。

というかここサンパウ病院からサグラダファミリアは近い。

その方向を見れば高くそびえるサグラダファミリアが見えるのであった。

サグラダファミリア













おそらく今回の旅で一番の感動であり、また驚きでもあった。

すごすぎる。

この写真の多さでもその感動がお分かりいただけるかもしれない。

ここまですごすぎると表現する言葉が見つからない。。。

そのスケールの大きさ、複雑さ、独特の雰囲気、そして着工から100年以上が経過しているというのに未だ未完成だと言う壮大さ。

サグラダファミリア2













サグラダファミリア3













とりあえず内部に潜入することにした。




ホントに工事中だった。。。

サグラダファミリア内部












サグラダファミリア ステンドグラス














地下にサグラダファミリア資料館みたいなのがあり、着工から現在に至るまでの変遷を写真で見ることが出来、完成予想の模型などがあった。

そして一角にガラス張りでサグラダファミリア内のある部屋を見ることが出来るところがあり、のぞいてみるととガウディのお墓があった。


現在スペイン政府を中心に急ピッチで工事を進めているらしいが、完成の見通しは定まっておらず。。。

おれが生きているうちに完成したら、ぜひまた来てみたいものだ。



塔の上部に登れるってことで、実際に登ってみることにした。

階段とエレベーターという選択肢がある。

もちろん階段を選択!

なぜってエレベーターだとお金がかかるから。(2€くらいだったかな)

それに登ってる途中も階段だったら景色が見えるしね。

この階段がホント果てしない。。。

しかも混んでてあまり進まない。。。

すれ違うことなど出来ないほど狭い。。。

結局一番上に着くまでに1時間半くらいかかった。。。

サグラダファミリア上部







サグラダファミリア上部2








その代わりなぜか下りはめちゃめちゃ空いてて、速攻で駆け下りた。

そして外に出て、近くにいた人に頼み記念撮影。

サグラダファミリア記念撮影













現在14時。

さすがにおなかペコペコだ、ってことでガイドブックに載っていた「ラ・プンタ」というレストランに行き昼食をとることにした。

ここがメチャメチャ安い!

んで結構うまい!

8.50€でサラダ、パスタ版のパエリア、ステーキ、デザート、そしてなぜかタダのワイン。

かなり満腹になりました。

デザートのカタルーニャクリーム(クリームブリュレみたいなやつ)もうまかった。

そして明日は再びフランスに行くから、フランサ駅(実際の発音はフランシアらしい)に行き、切符をゲット。

その駅はバルセロネータ海岸というところにあったので海岸沿いを散歩し、またいつもどおりベンチを見つけ日向ぼっこ。

ほんとに気持ちがいい!

次はグエル公園に行くことにした。

海岸からは正反対の場所にあるんだけど、今回初のバスで移動することにした。

もちろん路線図はもってない。

これがかなり無謀な挑戦だった。

最初は地図を見ながら今走ってるところを辿ってたんだけど、途中からわかんなくなたから諦めて、ノリで降りることにした。

まあ、当然迷子です。

そこがどこだかまったくわからなかった。

近くの老夫婦に道を尋ねるがスペイン語だからまったく分からない。

というわけでもう勘で歩くことにした。

グエル公園ってのは丘にあるから、のぼり坂の方に行けば着くべ!みたいな感じで。

そして歩くこと1時間、「Parc Guell」の文字が!

なんとか着くことができました。

バスに乗るときは路線図をゲットしてからにしましょう。

グエル公園









グエル公園のトカゲ








グエル公園2








グエル公園3








グエル公園からのバルセロナ








グエル公園からのバルセロナ2









このグエル公園ってやつは何気に広い。

散歩する人、広場でサッカーをする迷惑な若者、バイオリンを弾くミュージシャンらしき人、様々な人がこの公園で午後のひと時を過ごしていた。

丘にあるからバルセロナの街並が一望できる。

そして遠くには地中海。

マジで最高!!

もちろん再びベンチに座り日向ぼっこ。

それまでで一番のんびり出来たのがバルセロナだった。

2時間ほどのんびりと過ごし、とりあえずガウディの作品でも見て帰るかなってことで、テクテクと大通りみたいなところを歩きカサ・ミラ↓ってところに行ってみた。

ここは内部を見るには7€かかる。

高えーよ!!

ってことでほぼ素通り。。。

カサミラ








次にカサ・バトリョ↓ってとこに行った。

ここは内部見学は屋上も含めると16€。。。

もはやボッタクリだろっ!!

ってことでここも素通りし宿に戻ることにした。

カサ・バトリョ












宿に戻ったのが19時、腹も減ってきたので宿の近くにあるレイアール広場ってところに向かうことにした。

この広場にはオープンカフェみたいなレストランが軒を並べている。

そのなかでガイドブックに載っていた「アンボス・ムンドス」というレストランに入ることにした。

まずはドリンクを頼まなきゃなんねーってことでビールを注文。

ビックかスモールかと聞かれたから、もちろんビックと答え、待つこと数分。

ありえない大きさのビールが運ばれてきた。

そしてパエリアとスペイン風オムレツとやらを注文した。

マジで激ウマ!!

スペイン風オムレツってのは生地の中にポテトが入ってるやつでこれもメチャうまいし、パエリアはさすが本場ってかんじでほんとにおいしかった。

実はわたくし、魚介類嫌いというのもあって今までパエリアってやつを食べたことなかったんだけど、今回は新たな発見ができました。

そんなスペイン料理に舌鼓を打ち、満足したおれは宿へ帰ることにした。



しかしここ情熱の国スペインの夜はそれだけでは終わらなかった。

昨日同じ部屋だった日本人の2人組ヨシとリュウスケに遭遇し、これから飲みに行くと言う。

あっ僕も行きまーす!!

22時過ぎ、おれら3人は夜のバルセロナに繰り出した。

おれらが泊まってたユースはどうやら繁華街(飲み屋街?)に位置していたらしく、22時すぎだというのに、通りを歩く人の数は・・・多すぎだろっ!!

この人ごみは0時を過ぎても2時を過ぎても変わらなかった。

眠らない街、バルセロナ。

1軒目は雰囲気が気にいらねーってことで1杯で、2軒目へ。

ここ最高!

ギターマンが登場し、客みんなで大合唱。

変な一体感が生まれてました。

ギターマンが客に歌いたい人いるかみたいな感じで聞くと、さすが欧米人はノリがよく、マイクを取り合う。

つーかお前歌いすぎだろって感じのちょっとオンチな女の子↓。

バルセロナナイト2








混んでたからってことでアメリカから来たって言う女の子5,6人のグループと合い席になり、ほぼ合流。

つーかお前おれのタバコもらいすぎだろっ!

ヨシはしょっちゅう外国人に話しかけられるし、リュウスケはおれと女の子談義に花を咲かした。

バルセロナナイト








そんなこんなでメチャメチャ楽しかったバルセロナの夜は過ぎ、3時ころおれらは宿に戻った。

つーかおれ明日8:30くらいの電車でフランスに行くんだよねー。

起きられっかなあ。。。






hirohirope1982 at 20:41|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 旅行 

2006年04月21日

第7日目 〜マドリード〜

マドリードは見るところがない。

ということで朝ユースのチェックアウトをすまし、バックパックを背負いアトーチャ駅に向かうことにした。

11:35の電車でバルセロナに向かうつもりだ。

現在10:30。

駅のチケットカウンターに行き、バルセロナ行き11:35発の切符を一枚くれ、というと駅員はムリだと言う。

Why??

なにやらいっぱいらしく、今日バルセロナに行きたいなら19:00の電車しかねーぞと言う。

なにっ!?

うーーん、今日バルセロナに行かないと予定がくるってしまう。

しかたなく、分かった、それでいいから一枚くれと言い切符をゲット。

さあこれからどうする??

意気揚々とバックパックを背負って来たはいいが、19時となると時間をつぶすなんてレベルの話じゃない。。。

まずは荷物をどっかに預けなきゃならねー、ってことで再びユースに戻り荷物を置かせてくだせーと頼み、荷物を預けることに成功した。

19時発の電車でバルセロナに行くってことは向こうに着くのは23:40。。。

それから宿を探すのムリじゃね!?ってことで電話で予約をすることにした。

1軒目。

今日は一杯だからムリ!ガチャ。。。。

なんて愛想の悪いやつだ!!(バルセロナに行った人のなかにはここがどこのユースかお気付きの人もいるだろう。笑)

2軒目、センターランブラス。

空いてるから大丈夫だよ!!うん?予約したい?、大丈夫大丈夫予約なんかしなくたって泊まれるって!!

ホントに大丈夫なんかよっ!?

まあ、そんなに言うなら信用しよう。

そしてどこに行こうかと、ガイドブックを開く。

王宮くらいしか行くとこはねーな、ということで王宮に行くことにした。

今日はどうにか時間をつぶさなきゃならねーってことでユースから徒歩で向かうことにした。

まあ2kmくらいの道なりだから、1時間もあれば余裕で着くべとそのときは思っていた。

おれはどこかに行こうと思ったとき、最初に地図をみて方向だけ頭に入れて、それからはほとんど地図を見ずにフラフラと歩いていってしまう。

なのでこの旅ではよく迷子になった。

案の定今回も迷子になった。

ユースを出発して1時間ほど経っただろうか、おれはマドリードの町並みを見ながらフラフラと歩いてたわけだが、ふと気付いたことがあった。

人がいない。。。

あんれー??

そして久々に地図を開き、その場所の住所を見ながら、ここらへんだろーと思うところを見てもまったく該当しない。

あれっ?やばくね??

これはあとで聞いた話だが、マドリードは非常に治安が宜しくないらしい。

首絞め強盗だとか手刀一発気絶して目を覚ましたら無一文でした事件や、首に下げていたバックを盗るため首を切りつけられた事件といった、背筋も凍るような事件が多発しているらしい。

ちなみにスペインではシエスタといってお昼ご飯+昼休みが14時から16時までとムダに長く、家に帰ったりしてのんびり過ごすらしい。

そのシエスタの時間帯は街中では人気がなくなり、歩いているのは観光客と頑張り屋さんのスペイン人くらいなもんだ。

そういった強盗事件はそのシエスタの時間に起きることも多いそうだ。


話は戻り現在12:30くらい。

仕方なく近くを歩いていたスペイン人のおっちゃんに道を聞くことにした。

おれはスペイン語はまったく分からないが、「どこ?」と言う意味の「Donde esta?」は一応覚えた。

スペイン語はだいたいローマ字読みだから日本人にとっては発音が非常に楽である。

気をつけるのは「R」の発音が巻き舌になるくらいだがそんくらいはおれにもできる。

そしてスペインではほとんど英語が通じない。

なのでスペインでは例えば料理を頼むときなどはスペイン語で言うのだが、メニューに書いてあるものをわけもわからず言ってみても案外通じたもんだった。

おっと、また話が脱線しちまった。。。

んでここはどこだと地図を指しながら聞くと、地図を眺めたおっちゃんは首を横に振り、どうやらこの地図には載ってねーと言ってるらしい。

そしてこの道をまっすぐ行くと、この地図に載ってるプリンシペ・ピオ駅に着くぞ!と教えてくれた。

グラシアス!

とお礼を言い、言われた道をテクテクと歩くこと20分、その言われた駅に到着。

そこからはきちんと地図を見ながら、王宮を目指しました。

マドリード王宮







王宮の後ろ側には庭園が広がっており、おれはどうやらそこに迷い込んだようだ。

まあ要するに裏庭のスケールがでかいやつなんだけど、そこをブラブラと入り口はどこだべー?と歩いていると、あるところで近衛兵らしき2人の男にそっち行っちゃダメだ!と言われ入り口の場所を聞き、いざ王宮内部を見学することにした。

マドリード王宮2







これが王宮の正面である。

ここ王宮は1764年、ブルボン王朝(お菓子じゃないよ)の第1代国王フェリペ5世によって建てられた。

この国王はヴェルサイユ宮殿で生まれ育ったらしく、この王宮はフランス・イタリア風の華麗な宮殿であった。

現在は国王一家は別のところに住んでいるらしく、公式行事のときに使用されているそうだ。

内部はまさに宮殿といった感じで華麗な装飾を施された調度品や絵画などが置かれていた。

王宮食卓







これなんかまさしく宮殿の食卓って感じじゃね??



で、一番感動したのが↓これ!!
ストラディバリウス







本物のストラディバリです。

初めてみましたよ。

一個数億円するということでも有名なアントニオ・ストラディバリ(だったっけ?)のバイオリン。

これを見れただけでもここに来た価値があるって思った。

これが4,5個展示してあった。

やっぱ王家ってすげーな、とも思った。


そして王宮をあとにしたが、ここからはホントにやることがない。。。

ってことで町の中心部にあるTourist Informationに行き、インターネットカフェのリストをもらい、日本語の使えるとこを探すことにした。

で、探すこと5軒目、やっと日本語を使えるところを発見!!

実家にメールを送ったり、日記を書いたり、日本の情報を見たりした。

結局3時間くらいダラダラとネットをやり、そー言えばそろそろ現金が少なくなってきたなーってことでアメリカンエキスプレスのオフィスを探すことにした。

再びT.Iで場所を聞き、トラベラーズチェックを換金。


うーん、これからどうしよう?

今は17:00。

とりあえず荷物を取りにユースに戻らなきゃ、ってことでユースに戻り、ロビーでバルセロナについて調べることにした。

日本人の女の子2人組みに遭遇し、しばし談笑。

さて、行くか!

無事電車に乗車し、一路バルセロナへ向かった。

途中ずーっとホントに宿大丈夫かなあと内心結構あせりまくり。

野宿ありえんじゃね!?

そして電車は遅れ、0時バルセロナ到着。

ますます悪条件です。

駅に着いてもあっここだったら寝てても死なずに済みそうだとか考えながら歩いてみた。

初めての街に深夜に到着・・・・

さすがに不安だったから今回初のタクシーを利用した。

タクシーってちょー楽だな!!

んでユースに着いたらフロントに誰も居なく、鍵まで閉まってる始末。

「おい、まじかよー」 と内心かなり焦ったわ。。

んでインターホンがんがん鳴らして、

「泊めてください、お願いします!」

じゃないと僕は死んでしまいます、みたいな切羽詰まった感じでお願いしなんとか泊まれました。

深夜に到着する場合はきちんと宿を予約しましょう。

このユースでもいい出会いがあったんだけど、それはまた明日の日記で!

hirohirope1982 at 19:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 旅行 

2006年04月20日

第6日目 〜マドリード〜

電車に揺られ深い眠りについていたそのとき、おれは誰かに揺り起こされた。

時計を見ると午前3時。

おれは寝ボケ眼をこすり、人影のある方に目をやった。

3人ほどのメンバーは駅員らしき男1人と男と女だった。

何やらスペイン語でまくし立てている。

What???

I don't understand Spanish!!

English please!!

しかしまったく通じない様子で、いいから荷物を持ってこっちへ来いと言っているらしい。

なにっ!?荷物全部か?と聞くと、そうだ!と言う。

仕方なく荷物をまとめ、そいつらに付いていった。

3両ほど超えたところに食堂車があり、そこでは別の男が乗客のパスポートをチェックしていた。

そこでやっとおれはこの人たちが誰なのか理解した。

国境警備隊だ!

そこにつれてこられても、彼らが話すのはスペイン語。。。

おれはもちろん分からない。

彼はおれのパスポートをひろげ、なにやら言っている。

「☆□×※★×☆■▲aviyon×△※!!」

唯一aviyonという単語を聞き取れたが、おれはフランスの町avignonと勘違いし、「yes,yes!」と今思えばわけの分からない受け答えをしていた。

あとで知ったんだがaviyonとはスペイン語で飛行機という意味らしい。

要するに「お前、パスポートにスタンプが押していないが、どの空港からヨーロッパに入ったんだ??あん??」

みたいなことを言っているらしい。

しかしそれはもちろんスペイン語なのでおれはまったく分からなかった。

そこで女がカタコトの英語でなにやら言ってきた。

おれはやっと英語が通じる人だーと思い、「一体何なんだ?」と聞くと通じていないらしかった。

通じないなら英語で話しかけんなよー!!

未だ意思の疎通はできず。。。

そして何やら荷物をあけろという。

そんなこんなですべての荷物をひろげられ、いちいちこれは何だと聞いてくる。

そして一人の男は電話をかけ始めた。

「おい、なんか身元不明の日本人がいるんだけど、国外退去にでもしとくか?あはははー」

みたいなことを言ってるのではないかと不安になったが、帰りの航空券を見せると何やら話し合いが始まり1分後。

オーケーだ。

どうやら納得したらしい。

ベットに戻りまた寝ることにしたが、眠れるわけねーだろ!!

もうアンチスペイン人です。

国境を通過するのにこんなにうるさかったのはスペインだけだった。

EU内ではあたかも隣の町に行くように国境を越える。

パスポートをちらっと見せれば普通はそれでOKだった。

つーかパリのシャルルドゴール空港でスタンプ押してればこんなことにはならなかったのだよ!

普通押すだろー。

とイライラしていたがいつの間にかウトウトと眠ったしまい、列車は9:13マドリードのチャマルティン駅に到着した。

お気づきの人もいるかもしれないが、今回の移動時間は13時間半でした。

新しい町についてまずやること。

それはTourist Informationに行き地図をもらい(これは無料のときもあれば有料のときもある)、宿を探すことである。

今回目星をつけたのは、サンタクルスマルセナードというユースホステル。

最寄の駅まで地下鉄で行き、探すこと30分。

迷子になりました。

来た道を引き返し、今度は住所も確認して(ヨーロッパの住所は通りの名前が必ず入っている。しかもどんな小さな道でもきちんと名前がついている)、探すと駅からめちゃめちゃ近かった。。。

そしてチェックアウトも無事済まし、荷物をロッカーに預けプラド美術館に行くことにした。

ちなみにこのユースは今回の旅行で泊まった中で一番安かった。

7.80€!!

で、地下鉄に乗りプラド美術館に行く途中マドリードの町並みの写真を撮ってみた。

マドリードの町並み








マドリードの町並み2









プラド美術館に到着。
プラド美術館







ここプラド美術館は絵画において世界一と言われている美術館であり、スペイン絵画を中心に7500点の絵画を収蔵している。

グレコやベラスケス、ゴヤ、スルバラン、ムリーリョといったスペインを代表する画家たちの作品が収められているが、おれにとってはあまり聞きなれない画家だった。

その中で唯一見たことがあった作品が↓ゴヤの「着衣のマハ」。

着衣というくらいだから隣にはきちんと「裸のマハ」という作品も展示してあった。

着衣のマハ








そして次はベラスケスの「ラス・メニーナ」という作品。

これは日本語で言えば「女官たち」という作品らしく真ん中の女の子が王女でその周りを女官たちが囲んでいるという作品。

この作品はあとで聞いたのだが、絵の中にこの絵の作家であるベラスケスが登場し、絵の中でベラスケスはこの絵を書いているというなんだか鏡に映った鏡の中の自分みたいなややこしいことになっているらしい。

ちなみにやはり絵画はピントが合わないらしくピンボケになってしまっているんだけど、そこはご了承願います。

ラス・メニーナス







↓はルーベンスの「三美神」と言う作品。

当時はこのようにムッチリとした女性が美しいとされた。

よってこの絵に限らず、当時の絵に登場する女性はみな豊満な体型をしている。

おれもどちらかと言えばぽっちゃり好きだからわからんでもないけどこれはちょっと行き過ぎかなとおもった。

でも豊満な女性の方が色気を感じるというのはわかる気がする。

三美神












といった感じでスペイン画家たちの作品を観てまわった。




次はピカソの「ゲルニカ」を収蔵しているソフィア王妃芸術センターというところにいくことにした。

ちなみにゲルニカは1992年にプラド美術館からここに移されたそうだ。

ソフィア王妃芸術センター







ここソフィア王妃芸術センターはピカソやダリといった抽象的な絵を描く画家たちの絵画を多く収蔵している。

そしてゲルニカに対面。

でかい!

しかしわからん!!

この絵は戦争反対的な意志で描かれたと聞いていたが、どこらへんでその反対の意志を示しているのかがまったくわからない。

むしろこの絵がうまいのかどうかさえ分からない。

ピカソは変遷の画家とも呼ばれている。

若いころは僕ら素人目にみても上手だと思える絵を描いていたが、その後抽象的な絵を描くようになったそうだ。

この美術館にある絵はまったく理解できなかった。

例えば白いキャンパスに黒で点が3つくらい描いてある絵。

はっ??

これならおれでも描けるぞ!

まあ専門家に言わせればその点のバランスが絶妙とでも言うのだろう。

しかし名もない画家がもしこの絵を描いたところで世間は見向きもしないだろう。

その画家が数々の絵を描き、その中の一点ということで美術館に置かれるに至ったのであろうが、こんなもんは5秒で描ける!と思った日本人のさわやか青年であった。

むしろ理解はできないが、「あっこの人絵がうまいんだー」と思わせたのはダリだった。

そして理解に苦しむ中、美術館をあとにした。





もう、今日はやることがない。

むしろマドリードにはもう観るべきところがない。。。

というわけでここからはただただ散歩。

↓これは植物園か?と思う人がいるかもしれないけど駅の構内。 
アトーチャ駅







↓ここがマドリードのへそ?みたいなもんであるマヨール広場。

スペインにはこういう風に四方を建物に囲まれた広場というのが結構ある。

ここマヨール広場もそういった趣きで、真ん中におそらく有名な人物なのであろう銅像が建っていた。

そしてまわりにはオープンカフェが並ぶ。

もちろんおれはそんなお高級そうなところには似つかわしくないので、ベンチに座りダラダラ。

マヨール広場







そんなこんなで日も落ち、スペイン一日目は過ぎていった。。。

マドリードは見るとこねーーー・・・・・・・・・・。


hirohirope1982 at 20:33|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 旅行