宗教学講座 初級コース 第229回 秘密伝承(アリマタヤのヨセフ)
【スライドの内容】
『 古仏語聖杯物語群のほぼ出揃った13世紀半ばになって初めてヨセフが英国布教者として注目されたのであろう。1330年にRobert of Gloucesterの記した年代記の中にある「1247年に英国に聖血がもたらされた」という一節である。我々にとって重要なのはこの時期に英国が聖血の所有を必要としたという事実と、聖血であって聖杯ではないこと、の二点である。まず、ヨセフがどのように受容されているか考えたい。 ヨセフが第一に「英国布教の礎」と見なされていることは問題ない。聖書における「弟子」という表現は彼を真正なる使徒とする要件を充分に満たしている。更に、埋葬という行為によって十二弟子をも優越するというアマラリウスその他に見られた見解が積極的に受け入れられ、それによって英国の権威は高まる。埋葬の際に聖血を受けたこともイエスとの親しさを強調する。』
『 古仏語聖杯物語群のほぼ出揃った13世紀半ばになって初めてヨセフが英国布教者として注目されたのであろう。1330年にRobert of Gloucesterの記した年代記の中にある「1247年に英国に聖血がもたらされた」という一節である。我々にとって重要なのはこの時期に英国が聖血の所有を必要としたという事実と、聖血であって聖杯ではないこと、の二点である。まず、ヨセフがどのように受容されているか考えたい。 ヨセフが第一に「英国布教の礎」と見なされていることは問題ない。聖書における「弟子」という表現は彼を真正なる使徒とする要件を充分に満たしている。更に、埋葬という行為によって十二弟子をも優越するというアマラリウスその他に見られた見解が積極的に受け入れられ、それによって英国の権威は高まる。埋葬の際に聖血を受けたこともイエスとの親しさを強調する。』
『古仏語聖杯物語群のほぼ出揃った13世紀半ばになって初めてヨセフが英国布教者として注目されたのであろう。1330年にRobert of Gloucester』これは、ロバート・オブ・グロスターと読むのか、ちょっとわからないです。さっきは同じ綴りでロベール・ド・ボロンでしたから、向こう読みでロベールなのか、英国読みでロバートなのかわからないんですけれど、一応、ロバート・オブ・グロスターと言っておきます。
『の記した年代記の中にある』僕はこの中身は知りませんから、ほんとにこの本の中に書いてあるんでしょう。すごい事を書いていますね。『「1247年に英国に聖血がもたらされた」』と。こういう文章があるんですね。僕はびっくりしました。これはどういう意味ですか。
『の記した年代記の中にある』僕はこの中身は知りませんから、ほんとにこの本の中に書いてあるんでしょう。すごい事を書いていますね。『「1247年に英国に聖血がもたらされた」』と。こういう文章があるんですね。僕はびっくりしました。これはどういう意味ですか。
『「1247年に英国に聖血がもたらされた」という一節である。我々にとって重要なのはこの時期に英国が聖血の所有を必要としたという事実と、聖血であって聖杯ではないこと、の二点である。まず、ヨセフがどのように受容されているか考えたい。』と書いてありますけれども、この聖血という事の意味を横山さんが下で説明しています。
『ヨセフが第一に「英国布教の礎」と見なされていることは問題ない。聖書における「弟子」という表現は彼を真正なる使徒とする要件を充分に満たしている。更に、埋葬という行為によって十二弟子をも優越するというアマラリウスその他に見られた見解が積極的に受け入れられ、それによって英国の権威は高まる。埋葬の際に聖血を受けたこともイエスとの親しさを強調する。』
という事で、ヨセフが英国の教会の礎として受容されるというのは十分な裏付けがあるという事を言っているわけです。なんだけれども、この聖血という風になると、この横山さんという方は、この聖血はあくまでもイエスの血なんです。イエスの血をアリマタヤのヨセフがコップで受けたその血の方がその聖杯というグラスではなくて、この聖杯というグラス、こういったイメージですね。【掲示:カリス・聖杯の画像】カリス、聖杯と書いていますけれど。こういったグラスが持って来られたんじゃないんですね。このグラスに受けたイエスの血がありますね。
これがどうもガラス瓶か何か、別の所に移されて、ガラス瓶容器でイギリスに運ばれたと考えているようなんです。どうもそういう風に解釈しているらしいんです。だって、これはそうでしょ?
『1247年に英国に聖血がもたらされた』と言っていて、ここにこういう解釈をしているわけです。
『1247年に英国に聖血がもたらされた』と言っていて、ここにこういう解釈をしているわけです。
『埋葬の際に聖血を受けた』と。アリマタヤのヨセフが埋葬の際に血を受けたと。その聖血をどうもイギリスに持って来たと。多分、ガラス瓶か何かに移した物。何でこんな事が必要だったのかという事で、次に書いています。
【スライドの内容】
『第二には、彼が文学上の主要人物の祖先とされたことである。上述の聖杯の守護者たちは言うまでもなく、後述するようにアーサー王その人の祖先であるとまで認められることになる。乱暴に言えばアーサー王をその先祖であると意識している英国王室にとって、ヨセフはとりもなおさず名誉ある礎となり得るのである。第三にはヨセフはグラストンベリーの中のSt.Mary's Churchの創立者と見なされるようになってきた。一つには、聖母マリアの夫聖ヨセフとの同一視が進み、それにより聖母子の保護者というヨセフの役どころが定着してきたからである。あくまでアリマタヤのヨセフがマリアの夫だというような意味ではなく、聖ヨセフと我々のヨセフは別の人物と認識されながらも互いのイメージのみが脹らみ、両者を覆い合うようになっていった、ということだ。』
『第二には、彼が文学上の主要人物の祖先とされたことである。上述の聖杯の守護者たちは言うまでもなく、後述するようにアーサー王その人の祖先であるとまで認められることになる。乱暴に言えばアーサー王をその先祖であると意識している英国王室にとって、ヨセフはとりもなおさず名誉ある礎となり得るのである。第三にはヨセフはグラストンベリーの中のSt.Mary's Churchの創立者と見なされるようになってきた。一つには、聖母マリアの夫聖ヨセフとの同一視が進み、それにより聖母子の保護者というヨセフの役どころが定着してきたからである。あくまでアリマタヤのヨセフがマリアの夫だというような意味ではなく、聖ヨセフと我々のヨセフは別の人物と認識されながらも互いのイメージのみが脹らみ、両者を覆い合うようになっていった、ということだ。』
聖血が必要だった理由ということで、まず、ヨセフが英国布教の礎だと見なされたということが第1点でした。第2点、『第二には、彼が文学上の主要人物の祖先とされたことである。』文学上というのは聖杯物語のことですよね。主要人物の祖先とみなされたと。
『上述の聖杯の守護者たちは言うまでもなく、後述するようにアーサー王その人の祖先であるとまで認められることになる。乱暴に言えばアーサー王をその先祖であると意識している英国王室にとって、ヨセフはとりもなおさず名誉ある礎となり得るのである。第三にはヨセフはグラストンベリーの中のSt.Mary's Church』グラストンベリー修道会という所があって、そこに女子の礼拝堂があるんです。それの事だと思うんですけれど、それの『創立者と見なされるようになってきた。』と。
『上述の聖杯の守護者たちは言うまでもなく、後述するようにアーサー王その人の祖先であるとまで認められることになる。乱暴に言えばアーサー王をその先祖であると意識している英国王室にとって、ヨセフはとりもなおさず名誉ある礎となり得るのである。第三にはヨセフはグラストンベリーの中のSt.Mary's Church』グラストンベリー修道会という所があって、そこに女子の礼拝堂があるんです。それの事だと思うんですけれど、それの『創立者と見なされるようになってきた。』と。
この3つです。戻します。【PPT】ヨセフが第1に、「英国布教の礎」。英国に一番最初にキリスト教を布教したのがヨセフだったという認識が第1。それから第2に、聖杯物語をする一群の主要人物の祖先とされたと。第3に、アリマタヤのヨセフの布教の結果、グラストンベリー修道院の中にある女子礼拝堂の創立者とみなされた。こういった3つの要件から、ヨセフがもたらしたとされるイエスの血、血液が見つかったことにするというか、もたらされたことにする必要があった。そして英国の権威を高めようとしたというのがこの横山さんの主張なんです。
言っている事はわかりますよね?彼女が何を言おうとしているか。彼女の主張をちゃんと理解しなければいけないので。彼女はそう言っているということなんです。続けてみてみます。
『一つには、聖母マリアの夫』大工の方のヨセフです。『聖ヨセフとの同一視』アリマタヤのヨセフと大工のヨセフの同一視『 が進み、それにより聖母子の保護者というヨセフの役どころが定着してきたからである。あくまでアリマタヤのヨセフがマリアの夫だというような意味ではないけれども、聖ヨセフと我々のヨセフは別の人物と認識されながらも互いのイメージのみが脹らみ、両者を覆い合うようになっていった、ということだ。』
『一つには、聖母マリアの夫』大工の方のヨセフです。『聖ヨセフとの同一視』アリマタヤのヨセフと大工のヨセフの同一視『 が進み、それにより聖母子の保護者というヨセフの役どころが定着してきたからである。あくまでアリマタヤのヨセフがマリアの夫だというような意味ではないけれども、聖ヨセフと我々のヨセフは別の人物と認識されながらも互いのイメージのみが脹らみ、両者を覆い合うようになっていった、ということだ。』
そういう感じでしょうね。そういう感じで、アリマタヤのヨセフという人物が段々と大きくなってきた。ヨセフがもたらしたというイエスの血が出てくれば、キリスト教ですから英国の権威付けにはもってこいだという風に彼女は解説をしているわけです。だったら僕は、その血を見せてくれ、どこにあるんだと。そのイエスの血とやらはどこにあるんだと言いたくなるんですけれど、これはそういうことではないんです。
彼女はそう解釈しているんですが、そうではないんです。この「1247年に英国に聖血がもたらされた」という意味は何かと言うと、ここです。【指し:系図:マグダラのマリアーサラ…聖グラト…(ロートリンゲン家)】聖杯というのは、マグダラのマリアの子孫のことです。特に聖杯家というのがメロヴィング家の子孫です。
その当時の聖杯王は誰だったかと言ったら、モンセギュール城のラモン・ド・ペレラだ。【板書:(メロヴィング朝)…ラモン・ド・ペレラ赤字でモンセギュール城主】彼はモンセギュール城主です。ところが、ここが陥落するんです。【板書:青字で×1244年】1244年カタリ派絶滅。もちろんラモン・ド・ペレラには子孫、息子がいましたから逃げます。どこに逃げたかと言うと、【板書:→1247年イギリス】 1247年にイギリスに逃げるんです。テンプル騎士団に匿われる。イギリスは12世紀にはテンプル・チャーチというのがロンドンに出来ています。テンプル騎士団の、所謂、牙城です。おそらくそこに逃げ込んだ。テンプル騎士団に守られたと思います。だからこそ、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハのパルチヴァールの物語なんかは、聖杯王をテンプル騎士団が守っているという設定になっている。こういうことなんです。だから聖血というのは、まさにラモン・ド・ペレラの子孫なんです。聖杯王なんです。逃げたラモン・ド・ペレラの息子は、新しい聖杯王です。聖杯王がイギリスに運ばれたんです。テンプル騎士団が守ったんです。その事をこれは言っているんです。
これは非常に重要な一節です。僕もこの一節を見るまで、そこに気づかなかった。僕はラモン・ド・ペレラの子孫がどこに行ったんだろうとわからなかった。この一節でやっとわかったんです。イギリスに逃げたという事です。確かに、イギリスかスコットランドが一番有力ですよね。一旦、ピレネー山脈を越えて、スペインの方に逃げたかもしれません。カタリーナ地方に逃げたかもしれないと僕は思っているんです。まだこれは仮説で確認はとっていません。可能性はあるなと思っています。なぜかと言うと、イギリスの王室が、そこの辺りの王女様、娘と繫がりがあるんです。そういう、自分たちに命の危険があって、ローマカトリックからアルビ十字軍で滅ぼされようとしていて、子孫が絶えようとして、命からがら逃げる時、山を越えて逃げるでしょ?山を越えてまで追ってこないから、逃げるでしょ?
そして親戚がいたら、一族がいたらそこに逃げ込むでしょ?それでそういう可能性がものすごく高くて、そして然るべき準備を整えるのに2、3年かかったんだろうと。そしてイギリスに逃げ込んだ。イギリスはテンプル騎士団が根を張っている所なので、非常に安全だという、そういうことなんだということがわかったきたんです。これはこの横山さんのここの一文【指し:「1247年に英国に聖血がもたらされた」という一節】が決定的な意味を持っていて、新しい光が当たったという部分なんです。非常に重要な部分でした。だから僕の解釈と彼女の解釈は全く違うということなんです。
あくまで僕は、聖杯というのは血筋という風に認識していて、彼女は聖杯はコップだと認識しているんです。それだと聖杯の物語というのは意味を成さないんです。何を言っているか全然わからない。聖杯とか、聖杯家とか聖杯王とは何なのか全然わからないんです。それがマグダラのマリアの子孫だと認識出来た時に初めて、全部意味を持ってくるんです。それでもう一度こちらに戻りますが、そうすると、ここにもそう書いているんです。まず、アリマタヤのヨセフが、聖杯伝説上の主要人物全部の祖先になっていると。それからアーサー王その人も、祖先であると見なされているということで、これは僕の言っている通りです。
アーサー王がヨセフの子孫、ほんとは養子で血は繋がってないんだけれど、一応養子で子供にしたという形になると、子孫になっているわけです。アーサー王がヨセフの子孫になっているということで僕の主張通りなんです。それから、聖杯伝説の主要人物が、ヨセフの子孫であるということなんです。これは次回やります。その通りになっているんです。僕の主張と全く同じです。なぜかと言うと、聖杯伝説の主人公というのは、ヨシュアとかタマルの子孫だからです。なぜかと言うと、アーサー王の中心でしょ?この辺りの人物【指し:ヨシュア、タマルから後の人物たち】だから。だからまさにヨセフの子孫なんですよ。だからこの主張と全く同じで、言っている事はほとんど同じなんです。
ここに書いてあるように、『乱暴に言えばアーサー王をその先祖であると意識している英国王室』ということで、確かに僕は、イギリスの王室は直接のアーサー王の子孫だとは思っていません。多分切れていると思っているんです。だけども乱暴に言えば、どこかでサン・クレア家と繋がっていれば、そう言えない事はないなという感覚です。だからここもわからないではないということです。ここの第三のグラストンベリーの中のセント・メアリーズ教会の創立者と見なされるというのは、伝説を彼らが作っているからそれはそれでいいでしょうと。彼らがそこにしたんだから、それでいいだろうと。
聖母マリアの夫聖ヨセフとアリマタヤのヨセフの同一化が進んできたと。僕は、いや、同一人物だとはっきり言っているわけです。これは僕が言っている主張のほとんどの事が取り込まれているわけです。そういったものを前提として聖杯伝説が組み立てられているということなんです。だからまさにこれなんですよ。このシチュエーション【指し:系図】で聖杯伝説はつくられているという。だけども、カトリックの主張というものを大前提として、あくまでも大工のヨセフとアリマタヤのヨセフは別人ですよというものを、先に先入観として持ってしまえば、ここに書いてあるように、ヨセフというのが、聖母子の保護者としての役どころという認識にならざるを得ないですね。実はそうではありません。
正確に言うと、聖母子の保護者じゃなくて、マグダラのマリアの子孫の保護者。聖杯物語はそうでないといけない。マグダラのマリアの子孫の保護者がアリマタヤのヨセフの一族。それが聖杯家。ヨセフの一族は、彼らを守ろうとしているわけです。だからテンプル騎士団なんかその典型になるわけです。それで、メロヴィング家、聖杯家から分かれているギョーム・ド・ジェローヌの子孫であるゴドフロワ・ド・ブイヨン、テンプル騎士団。彼らは大雑把に言って、アリマタヤのヨセフの子孫だと言っていいわけです。それで聖杯家を守る役割を担うテンプル騎士団を彼らが作った。
そういう形になっているわけで、聖杯物語の意味が非常によくわかるという形になっているわけです。だから、あくまでローマカトリックの、要するにパウロ教というものを一旦離れて、それを捨てて、ありのままに聖杯物語を見たら僕が言っているこの形になるんです。こっちの方がずっとすっきりしているんです。だけど、カトリックの言っている事を、事実だという風に認識したら、こういうすごくボワーッとした解釈になってしまうんです。これは多分違うだろう。的が完全にはずれているだろうという風に、僕から見たら見えるということです。次です。





