父が入院した時から、いろいろと悩み続けていた。
これから先のこと、両親のこと、仕事のことetc.
今まで両親が元気だったから、何も考えず好き勝手にやってこれたんだ。
親は永遠に生きていてくれる訳でもなく、自分が歳を取るように親だって歳を取っていく。
自分が歳をとったな〜って言ってる以上に、親は身体にもがたがき始めている。
ちょっと考えれば分かることだが、知らんふりしてきた。
あんなに元気で健康に気を付けていた父ですら・・・

その術後の父だが、不幸中の幸いで手術の結果早期発見だったことが分かり、予定通りに回復していく。
入院から1ヶ月、全てが順調にすすみ無事に父は家に帰ることができた。
退院後5年間はずっと再発しないか検査を受ける必要があるが一安心である。
その後1ヵ月、通常の生活に戻るために少しずつリハビリをし、仕事に復帰できるまでに回復。
がしかし、定年前ではあるが結局仕事は止めてしまい隠居することとなった。

その頃自分は東京で今後どうすべきか悩んでいた。
今回の一件で家族の絆みたいなものを物凄く感じていて、自分にとって何が一番大切か改めて考えさせられてもいたからだ。
家族が1人減るかもしれないという不安。もう会えなくなるかもしれないという不安。
今回は幸運にも無事に戻ってきてくれたが、またいつかやってくる。
今まで自分ひとりで大きくなったような顔をして、親に文句ばかり言ってきた。
でもどんな時でも最後まで味方で居続けてくれるのは本当の意味で家族だけだ。改めて親元に居た頃、上京後、いろんなことが思い出され実感した。
そんな大切な家族と過ごせる時間、元気な姿を見れる時間て、今の時代案外少ないと思う。
自分みたいに遠く離れて暮らしていると、滅多に家族と会えない。仕事が忙しいから、予定があるから、となかなか帰省しなかった。帰省どころか、電話すら滅多にすることがなかった。
近くに居ても似たよう人はいると思うが、何かあった時、近くに居ればすぐに駆けつけられる。
近くに居るだけで、傍に居るだけで、なんてなんか恋愛ドラマの台詞みたいだが、それだけでも安心だと思う。

自分が今後幸せに生きていくためには何が必要か?
そう問うた時、充実した仕事、熱中できることも必要だが一番ではなかった。もちろん人それぞれだからどう思うかは自由だ。
只、その時の自分は家族の笑顔が必要不可欠だと思えるようになっていた。

そしていろいろと悩んだ挙句、両親の元に戻ることを決めた。本当は最初に一報貰った時から決めてたような気もする。
所謂核家族。たったの3人。1人欠けても一大事。
これからはいっぱい家族と話そう。一緒の時間を過ごそう。そして今まで以上に幸せになろう。
自分の気持ちが固まった。ちょうど父が退院して1ヶ月半が過ぎた頃だった。

決めたはいいが今度はそのことをどうやって両親に伝えようかと考えてしまった。
また突然勝手なこと言いやがってって突っ込まれそうな気がしたからだ。
上京する時、「もうこっち(岡山)で暮らすことはないから」と言って出てきちゃったし。困ったヤツだ。よっぽど親不孝だったんだと思う。
でも悩んでてもしゃ〜ないし、素直に今の気持ちを伝えよう。
そして生まれて初めて両親宛に手紙を書いた。
「今後の自分の人生を考えると、岡山に戻ることが一番笑って楽しく生きていける選択だと思う。親父の一件で無理に決めた訳じゃない。いいキッカケではあったけどね」

数日後、父からの電話。
「手紙は読んだ。本当に無理してないか?よく考えたんだな。いいんだな」
何度も念を押されたが、予想に反して文句は一つもなかった。
そしてその年の夏、ちゃんと会って話そうと一週間程帰省した。
そしていろいろと話した結果、年が明ける前までに戻る約束をした。

すでに東京に出て14年と数ヶ月が経っていた。

つづく。。。(また気が向いた時に続きを書こう・・・)