2015年05月17日

映画「ルンタ」のこと

池谷薫監督最新作「ルンタ」
制作に携わっているわけではないのですが
僅かながら宣伝のお手伝いをさせて頂いている
7月公開予定の映画です。

映画はチベット人難民を救う活動を行われている
とある日本人を追いかけたドキュメンタリー作品です。
一つの民族のために生きることを選んだ
一人の男性の生き様が深く描かれています。

手伝うことになったきっかけは何かというと、
試写会で作品を拝見した後、監督に僕から申し出たことです。
この作品の視点がかつて僕が経験したものと
同期していたため、居ても立ってもいられなくなったのです。

何度かお伝えしていますが2007年から2008年にかけて
僕は世界一周中にチベットとダラムサラを訪れました。
ダラムサラはチベット亡命政府が置かれているインドの街です。

チベット問題は一言で言うと
国際社会から見捨てられた現在進行形の大虐殺です。

僕が訪れた頃のチベットは既に物理的な虐殺は休止状態となり
中国政府による巧妙な政治的、経済的な侵攻が行われていました。

ですが、僕がチベットを後にしてダラムサラに到着した頃、
再びチベットで虐殺が始まりました。

おそらく僕がチベットで出会ったチベット人は
その犠牲となっているはずです。
ダラムサラで僕は何度も悔し泣きをしました。。。

そして、この虐殺はいまも続き、
これに反対する形でいまチベットでは
焼身自殺という形で抗議活動が行われています。

僕にはダラムサラでお世話になった恩人がいるのですが
実はこの恩人こそが映画の主人公である中原一博さんです。

この中原さんという方はまるでチベット民族の代弁者です。
中原さんの映画がもうすぐ公開されること、
個人的な部分もありますが楽しみで仕方がありません。

願わくばこの作品がチベット人の悲しみを止める
きっかけになりますよう。

そんな祈りを込めて関わらせて頂いております。

映画「ルンタ」公式サイト

今日の一曲「カルアミルク」by 岡村靖幸


hironori2z at 21:31|PermalinkComments(0)

2014年11月02日

僕たち、地獄の底からやって来ました

里帰りから東京へ戻る新幹線にて。

毎度、慌ただしいスケジュールのため
滞在は僅か二泊三日だったが、
今回も味わい深いひとときとなった。

体調が優れない祖母を見舞う目的だったが、
まぁ、貧乏性の僕が
それだけで済ます訳はなく、
とにかくいま会いたいと思う
人たちに連絡をしまくった。


地元に帰ると、
愛してくれた人たちと
愛した人たちと飲んで語らうスイッチが
自然とオンになる。

本当によく食べてよく飲んだ。

帰りの新幹線に乗るギリギリまで
一緒に居た前の職場の元先輩たち。
お二人とも五年ぶりに再会だったが
元気そうで本当に良かったし、
三人で会うことが感動的でもあった。

なぜ、僕はしみじみと
こんなことを思うのか?

それには理由がある。

僕は放送作家になる前、
タレントのマネージャーをしていたのだが、
この頃というのが
僕の人生で地獄そのものだった。

詳しくは語れないが
とにかく社長がクソ野郎だった。
チベット仏教を学んだ今でも
殺したいほど憎いと心底思っている。

そんな社長に向かって
若かりし頃の僕はその都度、
抗議をするわけである。

しかも入社一年目から。

しかし、真っ向からはやらない。
みんな知らないフリしてますけど
この状況どーするんすか?

と、相談スタンスで詰める。

相手のプライドも立てつつ、
問題解決をはかる。

当時の僕は
罪を憎んで人を憎まず、
を地で行く若者だった。

そんなこんなでしゃは僕を信頼し、
暫くの間は平穏な日々が
続いていたように記憶している。

しかし、社長の愚行は
何かの拍子に復活。
というか僕が気付いた時には
すでに取り返しのつかないような
大事になっていた。

経営という概念とは別次元のことで
社員一同、タレント一同は困惑し
奔走し、絶望にくれた。

そして、あるものは涙を流し、
自殺未遂騒動も何度か。。。

一人の愚者が地獄を創りだしたのだ。

それにしても地獄にいると
人というものがよく分かる。

裏切り者もたくさん見た。
ズルしてウソついて
自分だけ助かろうとする奴。
まぁ、ホラー映画だったら
必ず死んじゃう奴だね。

二度と会わないだろうと思う。

今回、再会したのはその逆。
一緒に地獄を戦った仲間たち。

退社する際、地獄を経験した分、
必ず幸せになろうと僕は誓った。

世の中に不条理なことは多いが
必ずズルせずまっすぐな力で
成功するのだ!

それこそが
最後はなんの責任も負わず、
雲隠れした社長への
最大の復讐だと思った。

地獄から這い上がって
かれこれ8年ほど。

戦友たちと美味いものを食べて
沢山笑って、カラオケで唄ってたら
なんだか感極まって涙が出てきた。

僕ら、みんなよく頑張ったな。
ちゃんと胸はって生きてる。






クソ社長よ、聞こえるか?
俺たちのこの笑い声が。

まだまだ復讐は終わらない。
必ずもっと幸せになってみせる。



今日の一曲『誕生日には真っ白な百合を』by福山雅治

hironori2z at 19:14|PermalinkComments(0)日記らしきもの 

2014年09月01日

森さんのこと

大切な人が亡くなった。

森さん。

大学の部活の先輩。
僕が一回生の時の四回生。
知り合ったのは9月頃。
その時、既に現役とOBの関係だった。
森さんが卒業するまでに
学生生活を共にしたのはわずか半年。

大きな手の人だった。
僕が酒の飲み方を知らなかった頃、
部室のトイレで酔いつぶれていたら
背中をさすってくれたな。
あの時の妙な安心感を今もよく覚えている。

共に最高のクリスマスを過ごした人。
一緒に全身タイツを着て、
部内のカップルの家を訪ね回った。
題してサンタ狩り。
いまとてつもなく悲しいのに
あの日のことを思い出すと
笑いがこみ上げてくる。

寂しがり屋の人。
大きな体に似合わず1人が苦手な人。
だから、僕が1人でいるとよく飲みに誘ってくれた。
よく飲んだな。
そして、よく笑った。
時々、ふざけすぎて色んな人に怒られたな。

父親のような人。
多くの部員にとって父親のような存在だった。
アダ名は「おいちゃん」。
高校時代に父親を亡くした森さん。
誰よりも父親を欲していたからこそ、
自分がそうなろうとしたんだろうな。

憧れの人。
この人にしてもらったことを
誰かにしてあげたい。
そう思って後輩には精一杯そう接したつもりだったけど
どこまでそう慣れたかは疑問。
いまもその思いはあって
まだ思うように辿りつけていない。

人生の楽しみ方を教えてくれた人。
小さくまとまる習慣が染み付いていた僕。
多くの人を巻き込み楽しませる
だから自分も楽しい。
そんな普遍的な楽しみ方を教えてくれた人。

僕の殻を破ってくれた人。
森さんとの出会いが無ければ
そう考えるとゾッとする。
僕の人生はひどく退屈なものだったと思う。
自由という言葉の意味など知らなかっただろう。
きっと世界一周もしなかったし、
放送作家になどなっていなかっただろうと思う。


森さん。

その強さと優しさを少し分けて貰います。
俺、森さんに褒めてもらえるように
もうちょい色々、頑張るから。

あとね、KSで集まる時は必ず来てね。
そんで、また一緒にアホなことしようね。

今までホントに色々ありがとう。
またね。

今日の一曲「からたち野道」 by THE BOOM

hironori2z at 23:47|PermalinkComments(0)

2014年07月28日

サヨナラ「あんた早死にするよ」

「あんた早死にするよ。」
5年前にとあるオッサンが
僕に放ったこの言葉を信じて生きてきた。

先日、受けた人間ドッグの結果が返ってきた。
ほぼオールA。
担当医からは、体型をトライアスロン選手並みと絶賛され
あと5年は人間ドッグ受けなくても良いとまで言われた。

「あんた早死にするよ。」
この言葉を鵜呑みにしてきたからこそ
《太く短い人生》のラストスパートとばかりに
これまでがむしゃらに走ってこれたと思う。

東京暮らし&放送作家として5年目。
《太く短い人生》でできる事はもう色々やったし、
奇跡のような結果もそれなりに出してきた。

「あんた早死にするよ。」
この呪いのような言葉に今は感謝さえ感じている。

「あんた早死にするよ。」
この言葉を信じてきた僕には衝撃的な事実。
どうやら想定外の長い人生があるらしい。

いまさら立ち止まるつもりはないし、
走ってきたペースを遅くするつもりはない。

「あんた早死にするよ。」
振り返ってみると、この言葉で得たものがある一方で
諦めてきたものが色々とあった。

これからは早死にする予定だった男に
僕が禁じたことをしていこう。

それはきっと楽しいはずだ。

サヨナラ、「あんた早死にするよ」の言葉。
ハロー、早死にしない人生。

今日の一曲「天使たちのシーン」by小沢健二 


hironori2z at 21:32|PermalinkComments(0)日記らしきもの 

2014年05月12日

祖父のさすらい

祖父の四十九日で護国寺へ。
あまりにも簡易的ですが、
1人、チベット仏教の祈祷を行ってきました。

さて、ここからちょっとマニアックで長いお話です。

仏教的には四十九日というと、
冥土へ辿り着くまでの期間とされていますが、
これは1つの区切りに過ぎません。

四十九日を超えても霊魂は来世の肉体を求めて旅を続けます。
来世までの期間はひどく曖昧で、
例えば、ダライ・ラマ14世の場合は先代の13世が亡くなってから
一年と半年ほどの歳月を必要としました。

つまり祖父の旅がいつ終わるのか、
それは誰にも分からないわけです。

7年前に僕が世界一周の旅に出かけた時、
心配症の祖父には僕の旅について
知らせずに出発したのですが
後日、このことを知り祖父は激怒。

母に連れ戻すようにと何度も言ったそうです。
実は祖父が心配性になってしまったのは
それなりの経緯があります。
 
これは祖父の通夜、親族から聞かされて知ったのですが
祖父はとても過保護に育てられたそうで、海外経験は無し。
それどころか曾祖母の言い付けを守り
生涯、車の免許も取らず、
自転車にさえ乗ることはなかったそうです。

超ビビリの心配性。
そんな祖父の初めての長旅。
道中どんなことが起こっているやら。

今際の際、壮絶な苦しみに
耐え続けた偉大な祖父です。
きっと大丈夫でしょう。

旅慣れた者としてアドバイスをしたいところですが
それも叶わないので、
無事に来世に辿り着けることを祈り
僕の世界一周時のテーマソングでもあった
この歌を今夜、祖父に捧げます。

じいちゃん、良い旅を!
そして、またどこかで!

今日の一曲 「さすらい」by奥田民生



hironori2z at 23:52|PermalinkComments(0)日記らしきもの