2016年11月28日

ある旅仲間との再会

香川へ行ってきた。20年来の友人の結婚式に出席をするためだったのだが、その翌日、少し足を伸ばしてある友人に会うことにした。

彼女とは7年前の2008年にインドのダラムサラで出会った。ダラムサラは亡命チベット人と共にダライ・ラマ法王が暮らしている。当時の僕は世界一周の旅の途中で、チベットを旅した後にこの街を訪れた。彼女はダラムサラを拠点に放浪の旅をしながらチベット仏教を熱心に学んでいた。

この年はチベットを取り巻く環境が激動の一途を辿った一年だった。長年、中国の侵略に耐え続けていたチベット人は国際社会に訴えるため北京五輪の開催反対を唱え3月10日に蜂起するのだが、その結果、人民軍の弾圧により数千人規模の犠牲者が出たとチベット人コミュニティからは聞いている。だが中国政府の発表によるとその数は数十人程度とされ、その後も今に至るまで真実が曖昧なまま覆い隠され続けることになる大虐殺が起こった。

僕と彼女が出会ったのはチベット本土での蜂起があった頃のこと。僕がいまチベット仏教について知識を深めたのは彼女の影響がとても大きい。当時、ダラムサラに滞在していた旅人たちは皆、連日本土から伝えられるこの一連の悲劇を嘆き、怒り、そして憂い、その思いを共有した。彼女とは友人というよりも同士と言った方がしっくりくる間柄なのかもしれない。やがて僕がダラムサラを出るとき、彼女はある餞別の品をくれた。それは彼女自身が撮影したというダライ・ラマ法王の写真で、僕のお気に入りでいまも大切に部屋のよく見える場所に飾っている。

共通の友人から彼女のお母さんが香川でカレー屋を営んでいると聞き、まず店へ挨拶をしに行った。その後、彼女のお母さんの運転で彼女の家に連れて行って貰った。そこは綺麗とは言い難いアパートの一室で、小さなサイズのチベット仏具やチベット仏画のポストカード、ダライ・ラマの写真などが所狭しと飾られていた。その真ん中に小さな遺骨があった。彼女のお母さんは、ゆっくり2人で話してくださいと、言い残して店に戻って行った。僕は遺骨に向かって、久しぶり、と声に出して言った。

3年前の春に彼女が亡くなったと聞かされた。滅多に連絡を取ることのなかったタイの友人からフェイスブックを通じて知らされた。突然すぎる訃報に僕は怒りを覚えたが、何に対しての怒りか分からず、すぐに怒りの強さの反動でひどく落ち込んだ。彼女は旅の途中で体調を崩し、ガンと診断され、闘病の果てに他界したのだった。

他界とは言わずもがな読んで字のごとく他の世界へ行くということである。死んだ、と捉えずに、彼女はこの世界から旅立っていったのだとその部屋で考えてみると幾分、気持ちが楽になった。華奢な身体でバックパックを背負い、好奇心に導かれるままどこか僕の知らない場所を旅している彼女の旅を目を閉じて想像してみた。

部屋にはダラムサラで撮影された彼女の写真が飾られており、穏やかで優しい表情を浮かべていた。それはひどく懐かしい笑顔で、彼女が闘病に苦しんだという事実があったことをしばらくの間、忘れさせてくれるほどだった。

僕はこれからも仕事の合間を見つけては、またあの旅の続ける。色んな場所で色んな人と出会い、そして、別れを繰り返しては時々運命めいた再会を当たり前のように重ねていく。きっといつか彼女とも再会を果たす日が来ることだろう。その時はまたダラムサラでの日々のように、彼女の旅の話を現地のお茶でも飲みながら聞かせてもらうたい。

今日の一曲『上を向いて歩こう』by坂本九


hironori2z at 12:38|PermalinkComments(0)日記らしきもの | Free Tibet Free China

2015年05月17日

映画「ルンタ」のこと

池谷薫監督最新作「ルンタ」
制作に携わっているわけではないのですが
僅かながら宣伝のお手伝いをさせて頂いている
7月公開予定の映画です。

映画はチベット人難民を救う活動を行われている
とある日本人を追いかけたドキュメンタリー作品です。
一つの民族のために生きることを選んだ
一人の男性の生き様が深く描かれています。

手伝うことになったきっかけは何かというと、
試写会で作品を拝見した後、監督に僕から申し出たことです。
この作品の視点がかつて僕が経験したものと
同期していたため、居ても立ってもいられなくなったのです。

何度かお伝えしていますが2007年から2008年にかけて
僕は世界一周中にチベットとダラムサラを訪れました。
ダラムサラはチベット亡命政府が置かれているインドの街です。

チベット問題は一言で言うと
国際社会から見捨てられた現在進行形の大虐殺です。

僕が訪れた頃のチベットは既に物理的な虐殺は休止状態となり
中国政府による巧妙な政治的、経済的な侵攻が行われていました。

ですが、僕がチベットを後にしてダラムサラに到着した頃、
再びチベットで虐殺が始まりました。

おそらく僕がチベットで出会ったチベット人は
その犠牲となっているはずです。
ダラムサラで僕は何度も悔し泣きをしました。。。

そして、この虐殺はいまも続き、
これに反対する形でいまチベットでは
焼身自殺という形で抗議活動が行われています。

僕にはダラムサラでお世話になった恩人がいるのですが
実はこの恩人こそが映画の主人公である中原一博さんです。

この中原さんという方はまるでチベット民族の代弁者です。
中原さんの映画がもうすぐ公開されること、
個人的な部分もありますが楽しみで仕方がありません。

願わくばこの作品がチベット人の悲しみを止める
きっかけになりますよう。

そんな祈りを込めて関わらせて頂いております。

映画「ルンタ」公式サイト

今日の一曲「カルアミルク」by 岡村靖幸


hironori2z at 21:31|PermalinkComments(0)

2014年11月02日

僕たち、地獄の底からやって来ました

里帰りから東京へ戻る新幹線にて。

毎度、慌ただしいスケジュールのため
滞在は僅か二泊三日だったが、
今回も味わい深いひとときとなった。

体調が優れない祖母を見舞う目的だったが、
まぁ、貧乏性の僕が
それだけで済ます訳はなく、
とにかくいま会いたいと思う
人たちに連絡をしまくった。


地元に帰ると、
愛してくれた人たちと
愛した人たちと飲んで語らうスイッチが
自然とオンになる。

本当によく食べてよく飲んだ。

帰りの新幹線に乗るギリギリまで
一緒に居た前の職場の元先輩たち。
お二人とも五年ぶりに再会だったが
元気そうで本当に良かったし、
三人で会うことが感動的でもあった。

なぜ、僕はしみじみと
こんなことを思うのか?

それには理由がある。

僕は放送作家になる前、
タレントのマネージャーをしていたのだが、
この頃というのが
僕の人生で地獄そのものだった。

詳しくは語れないが
とにかく社長がクソ野郎だった。
チベット仏教を学んだ今でも
殺したいほど憎いと心底思っている。

そんな社長に向かって
若かりし頃の僕はその都度、
抗議をするわけである。

しかも入社一年目から。

しかし、真っ向からはやらない。
みんな知らないフリしてますけど
この状況どーするんすか?

と、相談スタンスで詰める。

相手のプライドも立てつつ、
問題解決をはかる。

当時の僕は
罪を憎んで人を憎まず、
を地で行く若者だった。

そんなこんなでしゃは僕を信頼し、
暫くの間は平穏な日々が
続いていたように記憶している。

しかし、社長の愚行は
何かの拍子に復活。
というか僕が気付いた時には
すでに取り返しのつかないような
大事になっていた。

経営という概念とは別次元のことで
社員一同、タレント一同は困惑し
奔走し、絶望にくれた。

そして、あるものは涙を流し、
自殺未遂騒動も何度か。。。

一人の愚者が地獄を創りだしたのだ。

それにしても地獄にいると
人というものがよく分かる。

裏切り者もたくさん見た。
ズルしてウソついて
自分だけ助かろうとする奴。
まぁ、ホラー映画だったら
必ず死んじゃう奴だね。

二度と会わないだろうと思う。

今回、再会したのはその逆。
一緒に地獄を戦った仲間たち。

退社する際、地獄を経験した分、
必ず幸せになろうと僕は誓った。

世の中に不条理なことは多いが
必ずズルせずまっすぐな力で
成功するのだ!

それこそが
最後はなんの責任も負わず、
雲隠れした社長への
最大の復讐だと思った。

地獄から這い上がって
かれこれ8年ほど。

戦友たちと美味いものを食べて
沢山笑って、カラオケで唄ってたら
なんだか感極まって涙が出てきた。

僕ら、みんなよく頑張ったな。
ちゃんと胸はって生きてる。






クソ社長よ、聞こえるか?
俺たちのこの笑い声が。

まだまだ復讐は終わらない。
必ずもっと幸せになってみせる。



今日の一曲『誕生日には真っ白な百合を』by福山雅治

hironori2z at 19:14|PermalinkComments(0)日記らしきもの 

2014年09月01日

森さんのこと

大切な人が亡くなった。

森さん。

大学の部活の先輩。
僕が一回生の時の四回生。
知り合ったのは9月頃。
その時、既に現役とOBの関係だった。
森さんが卒業するまでに
学生生活を共にしたのはわずか半年。

大きな手の人だった。
僕が酒の飲み方を知らなかった頃、
部室のトイレで酔いつぶれていたら
背中をさすってくれたな。
あの時の妙な安心感を今もよく覚えている。

共に最高のクリスマスを過ごした人。
一緒に全身タイツを着て、
部内のカップルの家を訪ね回った。
題してサンタ狩り。
いまとてつもなく悲しいのに
あの日のことを思い出すと
笑いがこみ上げてくる。

寂しがり屋の人。
大きな体に似合わず1人が苦手な人。
だから、僕が1人でいるとよく飲みに誘ってくれた。
よく飲んだな。
そして、よく笑った。
時々、ふざけすぎて色んな人に怒られたな。

父親のような人。
多くの部員にとって父親のような存在だった。
アダ名は「おいちゃん」。
高校時代に父親を亡くした森さん。
誰よりも父親を欲していたからこそ、
自分がそうなろうとしたんだろうな。

憧れの人。
この人にしてもらったことを
誰かにしてあげたい。
そう思って後輩には精一杯そう接したつもりだったけど
どこまでそう慣れたかは疑問。
いまもその思いはあって
まだ思うように辿りつけていない。

人生の楽しみ方を教えてくれた人。
小さくまとまる習慣が染み付いていた僕。
多くの人を巻き込み楽しませる
だから自分も楽しい。
そんな普遍的な楽しみ方を教えてくれた人。

僕の殻を破ってくれた人。
森さんとの出会いが無ければ
そう考えるとゾッとする。
僕の人生はひどく退屈なものだったと思う。
自由という言葉の意味など知らなかっただろう。
きっと世界一周もしなかったし、
放送作家になどなっていなかっただろうと思う。


森さん。

その強さと優しさを少し分けて貰います。
俺、森さんに褒めてもらえるように
もうちょい色々、頑張るから。

あとね、KSで集まる時は必ず来てね。
そんで、また一緒にアホなことしようね。

今までホントに色々ありがとう。
またね。

今日の一曲「からたち野道」 by THE BOOM

hironori2z at 23:47|PermalinkComments(0)

2014年07月28日

サヨナラ「あんた早死にするよ」

「あんた早死にするよ。」
5年前にとあるオッサンが
僕に放ったこの言葉を信じて生きてきた。

先日、受けた人間ドッグの結果が返ってきた。
ほぼオールA。
担当医からは、体型をトライアスロン選手並みと絶賛され
あと5年は人間ドッグ受けなくても良いとまで言われた。

「あんた早死にするよ。」
この言葉を鵜呑みにしてきたからこそ
《太く短い人生》のラストスパートとばかりに
これまでがむしゃらに走ってこれたと思う。

東京暮らし&放送作家として5年目。
《太く短い人生》でできる事はもう色々やったし、
奇跡のような結果もそれなりに出してきた。

「あんた早死にするよ。」
この呪いのような言葉に今は感謝さえ感じている。

「あんた早死にするよ。」
この言葉を信じてきた僕には衝撃的な事実。
どうやら想定外の長い人生があるらしい。

いまさら立ち止まるつもりはないし、
走ってきたペースを遅くするつもりはない。

「あんた早死にするよ。」
振り返ってみると、この言葉で得たものがある一方で
諦めてきたものが色々とあった。

これからは早死にする予定だった男に
僕が禁じたことをしていこう。

それはきっと楽しいはずだ。

サヨナラ、「あんた早死にするよ」の言葉。
ハロー、早死にしない人生。

今日の一曲「天使たちのシーン」by小沢健二 


hironori2z at 21:32|PermalinkComments(0)日記らしきもの